第15話

 フラミィと共にやってきたのは第一演習場。ここは恒常的に結界フラグが張られおり、生徒たちが戦いの練習に使えるよう自由に解放されている屋内施設だ。

 実力主義とだけあって意識は高いのか、広々とした部屋には複数の生徒が魔法をぶつけ合い研鑽し合っていた。


「で、闘儀バタイユはいいけど、学院側の許可はとってるのか?」


 聞くと、フラミィは手に持ったダガーをくるくる回しながら答える。


「ま、両者絶対に約束を反故にしないようにするならそれも必要だろうけど、別に今回のはお遊戯みたいなもんだしな」

「でも、遊びにしては目がマジだった気がするけど、俺の気のせいか?」


 俺の問いに、フラミィは挑戦的な笑みを浮かべると、燃えるように紅い二本のダガーを両逆手に構える。


「そいつは遊びの中で判断するんだな」

「そうかい」


 不如帰ホトトギスを腰から抜く。

 何故勝負を吹っかけてきたのかは気になるが、ここはとりあえずフラミィの誘いに乗るとしよう。


「ちなみに、魔法の行使は?」

「悪いけどありだ。遊びだからって一から百まで手は抜けねーな」

「だよな」


 まぁいずれ魔法を相手にしないといけないのは決まっている事だ。

 男三人組に絡まれた時は手早く終わらせるためにヒイラギの力を借りたが、一度ここで自分だけの力を試してみるのも有りかもしれない。


 刃に天上を仰がせると、不如帰の呼吸を合わせるようにゆっくり構え、不動之備ふどうのそなえをとる。


 フラミィが咥えていた枝を投げた。

 宙を飛ぶ枝はやがて上空で制止すると、重力に身を任せ落ちゆき、勢いを取り戻し地面へと到達する。


――それが合図だった。


 フラミィが踏み込み、疾駆。俺との間合いを神速で詰めると、首元を狙った水平斬り。


 俺は即座に不如帰を滑り込ませ、対応する。だが、間を置かずしてフラミィのもう一方のダガーが肉迫。左足を引き、駆け昇る紅の刃を避けると、後方に跳ね間合いをとった。俺はそのまま予想される追撃に対処するため、再び不動之備を取る。


 刹那、いつの間にか飛翔していたフラミィが、重力落下と共に紅の斬撃を繰り出してきた。辛くも流すが、体幹が犠牲になってしまう。


 フラミィはその隙を見逃さなかった。目視すると同時に、痛烈な蹴りが俺の脇腹へと打ち込まれる。


「がは……ッ」


 あまりの威力に吹き飛ばされ、壁に背中ごと殴打させられてしまった。外傷はつかなくても痛覚はそれなりにある。蹴りでこの威力とは、強いとは思っていたがここまでだとは。


「おいおいそんなもんかクロヤ! あんまりがっかりさせんなよッ!」


 フラミィが吠えると、間合いに入り、斬撃を叩き込んでくる。

 俺はすかさず不動之備を取ると、剣の軌道を感知し、不如帰で受け流す。


 だが一つ躱したところでフラミィの猛攻は止まらない。

 下段からの、斬り上げ。回転からの袈裟斬り。滑るような水平斬り。中段からの刺突。


 紅い剣戟の嵐が殺到すると、対処しきれず、俺の体力が少しずつ削られていく。これが実戦なら今頃全身かすり傷だらけで、服はボロボロだっただろう。


 剣は人と同じく呼吸をする。使い手と剣の呼吸がより一致すればするほどそれだけで精錬された剣筋を編み出す。だが、呼吸には必ず一定の波が存在する。優秀な剣士はその波の揺れが小さく、細かい。


 フラミィの波はまさに優秀な剣士のそれだった。

 ただ、不動之備は己の身体を制止させ、集中を高め、相手の呼吸を読み取る剣術。波には必ず頂点が存在し、頂点に近づけば近づくほど波は勢いを落とし、また加速する。


――言うなれば、先ほどのフラミィによって投げられ重力落下した枝のように。


 受けの刃から一転。斬りあげると、フラミィのダガーが宙を舞う。

 もう一方のダガーも弾き飛ばそうと不如帰を振るうが、こちらは間に合わなかった。フラミィは即座に後方へ跳ね、斬撃を回避。


「ったく、流石剣術の腕は達者みたいだなクロヤ」


 弾かれたダガーを持っていた方の手首をさすりながらフラミィが苦そうに言う。


「俺も正直フラミィがここまで強いとはびっくりしたよ」

「抜かせ。分かってるんだぜ? さっきの蹴りも威力を測るためにわざと当たったろクロヤ?」

「まさか、買いかぶりだ」

「どうだかな。まぁいいさ、できれば体術の方で勝ちたかったけど、そんな悠長な事は言ってられねーみたいだしな」


 フラミィは言うと、自らの闘志を映したかのように炎を漂わせ始めた。

 警戒して不動之備を取ると、フラミィが刃に炎を湛えこちらへと肉迫。俺は間合いで繰り出された斬撃を流す。


 しかし斬撃に伴い尾を引く炎は対処しきれない。腕を襲う熱さに耐え、後方に躍すると、数弾の火の玉が飛来してくる。


 宙で身体をひねりなんとか躱すが、危ない綱渡りだった。辛くも地面に着地し前に目を向けると、フラミィが少し先で術式を展開し始めている。


 やはり魔法が絡んでくると戦いづらい。不動之備では明らかに力不足だ。元来、不動之備のような古くから存在する刀剣術なんて言うのは、魔法の使い手を相手取る事を想定して作られてはいない。同じ剣相手には優秀でも、魔法を見切る事はできないのは必定だったか。ヒイラギの力を借りれば見切るのも易いが、自分自身も強く無ければ意味が無い。


 となるともうあれで対処するしかないが、生憎まだ未完成だ。

 ……まぁでもそうだな、あくまでこれは模擬戦、血なまぐさい本当の殺し合いじゃない。

 だったら、多少の遊び心を抱いてもいいだろう。


「クロヤ、悪いけどそろそろ決めさせてもらうぜ。烈火の颶風ケオ・テンペスタ!」


 フラミィの詠唱と同時、腰をひねり、限界まで不如帰を引き絞る。

 凄まじい勢いで肉迫する紅蓮の塊。

 全てに呑まれそうになりながらも、俺は渾身の力を込め、引き絞った剣を解き放った。


 瞬間、全身を覆いつくすのは灼熱。外傷こそ無いが、体力が著しく削られるのが分かる。


 だが、先ほど入れた斬撃のおかげで、すぐに炎は四方へ霧散した。

 刹那、視界が開けると、一気にフラミィとの間合いを詰め、首元めがけて不如帰を滑り込ませた。


「ふう……」


 息を吐いたのは俺か、フラミィか。あるいはお互いにそうだったのかもしれない。


 フラミィのダガーは引き絞られたまま制止し、俺の不如帰はフラミィの首筋に己の刃をあてがっていた。


「参ったよ」


 フラミィが言うと、紅いダガーは虚空へと収められたので、俺もまた不如帰を虚空へと収めた。

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