第13話

「よし、じゃあそこの君たち!」


 案の定、当てられてしまったので前に出る事にする。


「これは剣術演習の授業。剣であれば形態は問わんが、魔力補強マギア・ブースト以外の魔法の行使はとりあえず禁止だ! では所定の位置についてくれたまえ」


 言われたので行くと、あらかじめ顕現させていた愛刀不如帰を構えると、金髪は細剣エペーを虚空から取り出す。


「いやぁ、でも魔法無いと不便だよねぇ? 武器も持っとかなきゃならないなんてさー」

「余計なお世話だ」


 まぁヒイラギの力を使えば持たずに済むんだけど。ただ一度晒してしまったとはいえあまり多くの目に魔法を使っている姿を留めたくない。


「では結界を展開するぞ。結界召喚フラグ=テドア!」


 マックス先生が詠唱すると、演習場全体が燈色のドームに包まれた。

 教師陣すべてが使えるこの魔法は、闘儀バタイユの時も使われる。外的損傷を防ぐ代価に疲労感は蓄積するが、それでも死に直結する魔法を放たれた時に使えば死から逃れられる有用な魔法だ。


「確かフォート君とシラヌイ君だったか」


 フォートという苗字か。聞いたことは無いな。まぁそんな事はどうでもいい。


「それでは始め!」


 マックス先生が言い放つと、すかさず踏み込む。さっさと決めてしまおう。

 間合いを詰め不如帰を振るうと、横薙ぎの一太刀。

 相手も挑んでくるだけあり多少はできるらしい。だが足りない。金属同士が甲高い悲鳴を上げると、弾かれたのは細剣だった。


 俺はすかさず刃を翻し、袈裟に斬り上げる。フォートもなんとか追いつき細剣を入れ込み直撃を避けるも、わずかに体幹が乱れる。このままでは分が悪いと悟ったか、フォートは跳躍。間合いを取るが、逃げ切らせない。俺も併せて踏み込むと、即座に間合いを詰め斬撃を加える。


 金属同士が火花を散らすと、フォートの身体が明らかな不安定を見せる。完全に波は乱れた。


 好機と俺は力を込めた斬り上げを放つと、細剣がうなりながら宙を舞う。

 たまらずフォートがしりもちをついた刹那。

 俺の四肢から凄まじい勢いで力が抜けていくのを感じる。


――一体何だこれは?


 疑問が頭をよぎった時には、フォートの顔が耳元にあった。


「弥国人ってのは間抜けだねぇ?」


 フォートが囁くと、転瞬。鳩尾に衝撃が走り後方へと大きく飛ばされた。


「ゲホッ」


 なんとか倒れず踏みとどまるが、魔力補強マギア・ブーストで強化されているからか意外と威力があった。いやたぶんそれだけじゃない。この異常なまでの脱力感、恐らく何らかの魔法が使われたと思われる。確か魔法には弱体化デバフの魔法も存在したはず。恐らくそれだろう。筋力の低下に伴い受けるダメージの増加、そして結界により受けたダメージは疲労へと直結するからあまり良い状況ではない。でも一体どこで。


 模擬戦が始まってからあいつに魔法など使わせる暇は与えなかった。それに先生も見逃すとは思えない。あるいは教師陣にも弥国に対する偏見があるなら別か。


「あっれー? もうへばっちゃったの黒髪くーん」


 フォートは細剣を拾い上げると、余裕からか笑みを浮かべる。


「せっかく俺が肩のマッサージしてあげたのにさぁ! まぁ劣等種族だし仕方ないよね!」


 言われて、思い当たる。なるほど、あいつが魔法を行使したのは模擬戦の前、俺に触れてきた時か。確かにあの時違和感があった。時限式が存在するのかはしらないがまぁそういう事なんだろう。我ながら油断していた。


「はぁ……っ、抜かせ」


 疲労からあまり大きな動きは出来ない。が、不如帰は握れるし動かすこともできる。ならばさしたる問題じゃない。


「めっちゃ疲れてんじゃーん! そんなんで大丈夫?」


 フォートが挑発してくると、細剣を携え間合いを詰めにかかってくる。

 だが、俺は刀を両手に構え、直立不動。好機とでも思ったのか、笑みを浮かべたフォートからは、鋭い突き。だが、素早いそれは不如帰によって流された。


 俺は再び直立不動の姿勢をとると、第二撃、第三撃と刺突の連打が繰り出される。しかしいずれも刃の腹にそわせて流す。速さは申し分ないが、剣捌きは未熟で単調。軌道を見極めるのは容易かった。


「チィッ」


 攻撃が決まらず、少なからず苛ついているらしい。フォートの舌打ちが聞こえる。だがまだだ。その後もひたすら受けに徹する。まだこちらからは仕掛けない。ただその時を虎視眈々と待つのみ。


 これこそ弥国における刀剣術【不動之備ふどうのそなえ】。ひたすら受け、体力を温存しつつ相手の動きを読み、隙をつく剣術。


 剣術とは剣を操るすべだ。故に一挙手一投足すべての流れこそが剣術と相成る。いかに体力面で劣ろうが、それが無い敵に負ける理由はない。


 ふと、フォートの体幹がわずかに乱れた。それに伴い、刺突のリズムが崩れる。俺はこの隙を逃さない。受けからの反転、緩くなった突きの刃を弾くと、フォートの懐ががら空きになる。


 即座に不如帰を滑り込ますと、紙一重でフォートが細剣を入れ込み防ぐ。

 だがすでに主導権は掌握した。追撃の袈裟懸けを加えると、フォートの手から細剣が叩き落される。フォートの顔には焦燥。だが無視し、脇腹を不如帰で一閃する。


「そこまで!」


 マックス先生の掛け声が響く。

 すぐ背後でフォートが膝をついた。まだ致命傷には至っていないのか、意識はあるらしい。ただこれはあくまでも模擬戦、最後までやる必要は無かったのだろう。


 不動之備は体力をかなり温存できるが、それでも弱体化デバフのせいか身体には疲労が溜まっている。まったく、魔法というのはつくづく厄介だ。

ともかく勝負はついたのでフォートに背を向けたまま戻ろうとすると、マックス先生が肩を叩いてくる。同時に疲労感や脱力感が消え去った。


 ……なるほど、意外とこの先生はスパルタらしい。

 その大きな手には何かの魔法術式が光を放っていた。


「流石剣術に関しては群を抜いていそうだなぁ」

「いえまだまだです」

「クソッ」


 簡単に答えると、後方で悔し気に悪態をつき地面をたたく音が聞こえたが、気にせず元居た位置へと戻る。


 フォートもまた生徒の中に戻るのを確認すると、マックス先生は生徒に見直り、さて次はと辺りを見渡す。

 しばらく視線を巡らせていると、やがてエクレとフラミィの所で目を止めた。


「よしでは君たちにしよう!」


 マックス先生に言われ、フラミィとエクレが前へと進む。

どれくらいの強さなのかお手並み拝見だと見てみると、開幕早々どよめきが上がる。


 フラミィ軽やかに飛翔。回転し、片方のダガーをエクレへ叩き込むが、エクレも負けず、白銀のサーベルで受ける。


 エクレはそのまま押し返すと、フラミィもまたその力を利用して舞い、地面に着地した。


 同時、エクレが地を蹴り、開いた距離を神速で詰める。サーベルの間合いにフラミィを捉えると、袈裟斬り。フラミィがダガーで流すと、火花と共に金属音が弾ける。


 しかしエクレの攻撃はまだ終わらなかった。


 流されたサーベルを斬りあげると、フラミィの胸を僅かに刃が掠める。咄嗟に反応したフラミィは後方転回すると、四肢を地につけエクレへと猛進。


 エクレが斬り伏せようと白銀の斬撃を振り下ろすが、フラミィには当たらなかった。あろう事かフラミィは空中で体制を変え、刃の軌道内から逃れたのだ


 飛んで着地した先はエクレの正面ではなく、背後。エクレは即座に後ろを振り返るが、既に遅い。


 フラミィの素早い刺突がエクレの喉元で止められていた。勝負あったか。

 エクレの剣術も確かに優れていたが、フラミィの剣術はそのさらに上を行っている。西洋人にあそこまで動かれたらいよいよ弥国人が西洋人に勝る点が無くなるぞ。


「よし、そこまで!」


 マックス先生が言うと、お互い武器を収める。


「やっぱりフラミィ、強い」

「……どうだかな」


 エクレの称賛にフラミィはどこか素っ気なく答えると、一人生徒達から少し離れたところで立ち止まる。その姿を見るエクレの目はどこか悲しげだったが、やがて諦めた様に目を逸らすと、エクレは元居た位置に戻っていく。


「お疲れエクレ。魔法だけじゃなくて剣術もできるんだな」

「……」


 エクレの元に行き声をかけてみたが、反応は無い。やはりまださっきの事を怒っているのだろうか。


「ほんとさっきはごめん。挨拶なんてのは家それぞれだよな」


 謝罪すると、エクレはこちらを向きはするが、何故か半目で睨んでくる。


「それじゃない」

「それじゃないっていうのは……」


 あれ、俺他に何かしたっけ? 

 思い当たる事が無いか記憶から引き出そうとすると、怒っているのか軽く頬を紅く染めたエクレはふてくされた様に言う。


「……クロヤの馬鹿」


 それだけ言うと、前に向き直ってしまった。いや参ったな、本当に何しでかしたんだ俺?

 しかし、演習中ずっと考えてみてもついぞ答えは出なかった。

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