第5話


 学院は全寮制で、ドラコーネ寮、ティグリス寮、スルトクレーテ寮、オルニス寮分かれている。別段この寮同士に変わりはなく、あるとすれば建物のある場所くらいだ。まぁ寮同士で何やらする事もあるらしいが。


 今から向かう先はオルニス寮。学院の敷地の北に位置する寮だ。フラミィについては西のティグリス寮らしく先ほど別れた。

 一人寮に向かっていると、ふと誰かが俺の肩を叩いてくる。


「よォ弥国人? てめぇもオルニス寮なんだなァ……?」


 誰なのかと顔を確認すれば、入学式の前に難癖つけてきた野郎どもだった。おおよそ、フラミィと別れて一人になったところにちょっかいをかけようという算段だったんだろう。タイミングが絶妙だ。


「ちょっと面貸せよ?」

「時間無いんだけど」

「あ? てめェに拒否権はねェ」


 まぁそうなるよな。知ってた。でもそうだな、毎度あるたびにこうも絡まれるのは少し面倒くさいからまぁいいか。


「ほら来い!」


 小物二人に両腕を掴まれ、拘束されると、敷地内の林へと連れられる。

 かなり広いようで、それなりの距離を歩かされていると、やがて目的の場所に着いたのか小物二人に投げ捨てられ、しりもちをつく。周りを見れば緑と茶色しか存在せず、人気のない場所だとはっきり分かった。


「ヘッヘッヘ、テメェを守ってくれるお母ちゃんはここにはいないぜェ?」


 リーダーの男が言うと、取り巻き二人も楽しそうに笑みを浮かべる。

 お母ちゃんというのはフラミィの事を言っているのだろうか? だとすればこいつの眼は節穴だな。だってそうだろ? どう見たってあいつはそんな年齢じゃない。


「なんとか言えよ弥国人」


 取り巻きの内一人が前に出ようとするのを、リーダーが制する。


「まぁ待て。俺も鬼じゃねェ。弁明の余地を与えてやる」


 弁明ってそもそも俺が何をしたというのか。なんていうのはこれの前では通用しないんだろうな。


「この場で土下座し」

「却下だ」


 いい加減茶番に付き合うのも飽きてきたのでリーダーの言葉を遮る。


「あ? んだとコラ?」

「俺はお前の言う事は聞かない」


 不機嫌そうにゆがめる顔を無視し、土を払って立ち元来た道を戻ろうとすると、三人行く手を阻まれる。


「まさかタダで帰れると思ってるんじゃねェだろうな?」

「じゃあどうしたら帰してくれるんだ? ちなみに土下座云々とかは無しの方向で」


 言うと、リーダーはニヤリといやらしい笑みを浮かべる。


闘儀バタイユだ」


 闘儀バタイユ、ちまたで言う決闘。この学院の制度の一つで、生徒間での諍いを解決するための方法だ。勝敗はどちらかの降参、あるいはどちらかの戦闘不能によって決まる。ただ、これを行うには事前に学院側に申請をしなければならなかったはずだ。


「別にいいけど、学院側に許可とってるのか?」

「そんなもんはいらねぇよ!」


 不意に、男の拳が飛んでくる。

 俺は即座に躱すと、後方へと跳ねた。


「避けてんじゃねェぞゴラァ!」


 リーダーが吠えると、後方の取り巻き二人の目の前に紋章が刻まれ始める。あれは魔法を行使する際に現れる魔法術式。紡ぎ終わり模様が完成すれば魔法が飛んでくる。まったく、話し合いの余地は無しって事かよ。分かりきってたことだけどやるしかないみたいだな。


 この力に頼るのは本意ではないが、面倒ごとはさっさと済ませたい。中途半端に戦ってこの先も絡まれたら流石に厄介だ。


「力を貸してくれ、ヒイラギ」


 念じると、視界に青色が混じる。

 同時、組まれた術式が完成し、火の玉と葉の刃が顔面に襲い来ると全て見えた。


火弾エルド・クー!」

鋭葉シャー・ラオ!」


 あらかじめ軌道の解り切った魔法を避けるのは容易い。

 身体を反らすと、ワンテンポ遅れて火の玉と葉の刃が鼻の先を通り過ぎた。

 俺は即座に飛翔。木を蹴り、一気に取り巻きとの距離を詰める。


 紡がれる魔法術式。だが発動は間に合わない。俺は後方へ回り込み、取り巻き二名に手刀を加えると、いずれも地面に倒れ伏した。


「て、テメェらだいじょ……ッ⁉」


 何かの異変に気付いたのか、リーダーの言葉は途切れ、瞳孔が大きく開かれる。


「左目が青い……魔法、なのか?」


 予想外の出来事にリーダーは酷く狼狽した様子だ。

 どうせなら身体に変化は現れてもらいたくないのだが、止められるものでもないので仕方が無い。


「まぁ、魔力を使ってる点においては魔法とも言えるかもしれない」

「魔力だと? 弥国人は魔力が無いんじゃねェのか? だから、魔法を使えねェんだろッ⁉」

「その通り。弥国人は魔力を保有していないから魔法は使えない」


 ただそれは一人の例外を除いてだ。

 ……もっとも、今はその例外はどこを探しても見つからないだろうけど。


「はァ⁉ 現にテメェは今魔力を使ってるって言っただろうがッ!」

「使ってるのは俺じゃないんだ」

「意味わからねェ事をぬかしやがってよォ!」


 不意に術式が組まれると、岩石魔法が直線上に飛来すると断定。左に跳ね、魔法の軌道から逃れると、遅れて飛礫が術式から顕現、炸裂。軌道上にあった木に激突した。


「チッ、ちょこまかとッ!」


 吠えるリーダーの第二撃は地の魔法、石尖塔シュー・ピラー。地面から鋭い岩を放つ魔法だ。直径一メートル、高度二メートル。相手の魔法に合わせ足を逸らすと、鋭くとがった岩が傍で突出した。勿論、あらかじめ備えていた俺には当たらない。


武器召喚アスラ=テドア!」


 ふと、リーダーが詠唱する。同時に、虚空から大斧が現れ、大きな一振りが俺の脳天めがけて肉迫。俺は即座に反応すると、後方に躍す。

 見れば、前方で凄まじい一撃が大地にめり込んでいた。

 おいおいあれ当たったら流石に洒落にならないぞ。


「クソッ、なんで当たらねェんだッ!」


 男が苛立たし気にこちらを睨みつける。確かに、あれだけの魔法の連打を避けるのは肉眼だけでは無理かもしれない。ただこの眼があれば別だ。


「見えてるからな」

「見えてる、だと?」

「ああ、この碧眼へきがんは先の出来事を映し出すんだ」

「先の出来事……まさか未来が視えるとでも言うってェのかッ!?」

「そのまさかだ。武器召喚アスラ=テドア


 俺は魔力を借り、唯一覚えている魔法を詠唱。虚空から愛刀不如帰ホトトギスを顕現させると共に、一気に間合いを詰める。リーダーも反応し、大斧を振り上げるが俺の方が速かった。不如帰を喉元に突きつける。


「勝負あったな?」

「……ッ!」


 真っすぐ眼を見て言ってやると、リーダーの頬を汗が滴る。これで力の差は分かっただろうが、まぁもう少しおどしといてもいいか。


「ところでお前は喉を掻っ捌いたらどれだけ血が出ると思う?」

「は、はぁ? 知るわけ、ねぇよ……」


 絞り出したように声を出す男のその眼が、心なしか動揺の潤いを帯びる。


「そうか、ちなみに俺は知ってる。それはもう凄い量だ。確かこの闘儀バタイユは非公式だったよな? それならこの場で見せてやることもできると思うけど? お前の……」

「ひっ……」


 お前の中のを。

 そう言おうとしたが、男のなんとも女々しい声に遮られてしまった。

 やがて雫が地面に落ちるので、流石にもういいかと刃を離してやり背を向ける。 斧でも落としたか、背後でどさりと重い物が落ちる音が聞こえたので、今度こそ元来た道を帰らせてもらった。

  確か寮の部屋には風呂が付いているらしい。大浴場もあるらしいがまぁそれはいいだろう。さて、弥国じゃ風呂は薪で沸かしてたからな、どんなものか少し気になるところだ。

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