第32話 三人は行動する 魔王のために

「委員長、許せない」


 俺の去った召喚部の部室で、いつも猫のように人懐こいフェリアが珍しく怒りを露わにしている。敵に対して攻撃的。こんなところも猫っぽいのかもしれない。


「でも、どうすればいいの?」


 セレトが珍しく不安そうにしている。魔王である俺がはっきりとした行動を示さなかったせいだろう。控えめな彼女は自分が一番で勝手に行動する事をやりたがらない。

 そして、この部の活動は彼女が決める。部長であるヒナミがきっぱりと決めた。


「魔王様はあたし達にも考えて欲しいとおっしゃった。だからあたし達も行動するべきだと思う」

「それが魔王様のお望みなら」

「そうしよう!」


 真面目な三人は俺が適当に言った言葉でも実に真面目に受け取っていた。

 決めれば元より部として活動していた三人。動くのが早かった。


「あたしは外の文献に当たってみようと思う。友達のなり方ぐらいどこかに載っているはず」

「お姉に相談してくるよ。生徒会長なら委員長の弱点も知っているかも」

「委員長を見張ってくる。隙あらば!」


 そして、三人は強い視線で頷き合い、それぞれの行動に出るべく放課後の部室を出て行った。




 そうして、魔王の為にそれぞれに行動することにした召喚部の三人。

 校内の廊下を歩いてヒナミがやってきたのは学校の図書室だった。

 召喚部の部室にはいろいろな資料や文献が揃っているが、基本的にはヒナミ自身が興味を持った分野の物かもともとその部屋にあった物しか無かったので、専門外の事を調べるなら外に出るしかなかった。


「友達のなり方。あればいいんだけどね」


 緊張の息を呑んで、ヒナミは覚悟を決めて扉を開ける。

 自分の部では部長としてみんなを引っ張っていくリーダーの立場をやっているヒナミだったが、外に対しては彼女は自分からは関わりを持たず消極的だった。

 自分の部の活動だけ出来ればいい。そう考えていたのが変わったのは魔王である彼と出会ってからだ。

 彼が王都まで連れて行ってくれた事はヒナミにとっては世界が開けるように衝撃的だった。向こうの世界でも彼は何も知らない自分達を気遣って助けてくれた。思い浮かべると改めて彼の凄さを理解できてしまう。

 彼の力になりたかった。自分が賢い子だと思われたかった。ヒナミは勇気を振り絞る。

 放課後の図書室は人が少なくて静かだった。図書委員の子も暇そうに受付の席で本を読んでいた。これなら自分でも入れそうだ。

 ヒナミは助かったと思いながら物音を立てないように中へと忍び込んだ。

 一瞬だけ図書委員の子に睨まれたような殺気を感じたが、気のせいだったようだ。見ると彼女は変わらず本を読んでいるではないか。今の気配は気にしすぎる自分の気のせいだ。


「友達のなり方。あればいいけど」


 改めて目的を意識して、ヒナミは息を整えて落ち着いて見ていく。慣れない場所はどこに何があるのかよく分からない。

 王都や向こうの世界に行った時は知らない場所でもみんながいたから迷うことは無かったのに。でも、覚悟を決めて来たのだ。

 思いを胸に、本棚を見上げながら歩いていると不意に横から声を掛けられた。


「何かをお探しですか?」

「ひゃい!?」


 驚いて振り向くとすぐ傍に受付で本を読んでいたはずの図書委員の子が立っていた。

 いつの間に近づかれたのか全く気が付かなかった。彼女は真っすぐにこちらを見ていて全く隙が伺えなかった。

 その表情からは相手が考えている作戦も何も読めなかった。

 初対面の強者を前にヒナミはしどろもどろになって混乱するしか無かった。


「あの、あたし委員長に勝ちたくて」

「委員長に?」


 しまった失言だ。委員長にこちらの行動がバレるわけにはいかない。


「ごめんなさい、失礼しましたー!」


 ヒナミはこれ以上ボロを出さないうちに慌ててその場を走り去るしかなかったのだった。




 一方その頃、フェリアは生徒会室の扉の前まで来ていた。重厚そうな扉を見上げて思いだす。

 初めて魔王の召喚に成功したあの日、魔王である彼がこの扉を魔法の力で吹っ飛ばし、魔王の凄さを見せ付けて姉のフィリスを驚愕させていた時の事を。

 思えばあの日が初めてだったかもしれない。何も恐れる物が無いと思っていた凄い姉をびびらせるほどのもっと凄い奴がこの世界にいると知ったのは。

 今度は自分が堂々と姉と向かい立つとフェリアは決心を固めて中へと踏み込んだ。


「お姉! 話があるんだけど」

「フェリア、ドアは静かに開けなさい」


 姉のフィリスは生徒会長の席で冷静に妹を迎えた。自分に姉をびびらせるほどの力が無い事に、改めて魔王である彼の凄さを実感してしまう。

 フィリスを驚かせて従えた彼は本当に凄かったのだ。フェリアはそんな彼の為に発言する。


「うちの委員長が魔王様につまらないちょっかいを掛けて困っているの。それでお姉の方からあの委員長を黙らせて欲しいんだけど」

「それであなたはここへ来たの?」

「そうだけど……?」


 姉の態度はそっけない。まるで興味が無いようだ。話を切り出すヒナミや行動を促してくれるセレトがいないのでは、フェリアはただ返事を待つしかなかった。

 フィリスはやりかけの作業を一段落させて手を止めてから、改めてフェリアの方を見て言った。


「魔王様は委員長の挑戦など余裕だとおっしゃったのでしょう?」

「お姉、知ってるの?」

「噂話程度の事はね」


 さすがは生徒会長、耳が広い。驚くフェリアの前でフィリスは冷静に言い放った。


「魔王様のお力はわたしも知っているのよ。あの方が余裕だとおっしゃっているのに、あなたがうろたえてどうするのです?」


 そうだった。魔王の力は姉も知っているのだ。フェリアは改めて自分の小ささを思い知らされる気分だった。


「わたしは魔王様を信じていますよ。だからあなたも信じなさい」

「はい! ありがとう、お姉!」


 味方がいるとは心強いものだ。それが強い自分の身内なら尚更。

 恐れて縮こまる事はない。勇気をもって行動しよう。姉のように堂々と。

 フェリアは元気に頭を下げてから退室し、自分も出来る事をやろうと決意するのだった。




 一方その頃、セレトは委員長を見つけてその後をつけていた。彼女は放課後の廊下を歩いていく。

 ここを歩いているとセレトには思いだすことがあった。

 初めて魔王の召喚に成功したあの日、魔王である彼は自分と手を繋ごうと言ってくれた。そのように興味を持って言われたのは初めての事だった。

 何事にも関心がないセレトは自分の事にも無関心だった。誰も関心を持たない召喚術を頑張っているヒナミをぼんやりと見ていると誘われたので入部した。部活なんて何でもよかった。

 誘ったヒナミの方も特別にセレトの実力を見込んだわけではなく誰でも良かったようで、特別に何かを指示してくる事は無かった。

 召喚部ではただヒナミとフェリアの後をぼんやりとついていって喜びを分かち合えればいいと思っていた。でも、今は違う。

 今のセレトは明確に自分の意思で何かをやりたいと思っていた。そう思えるようになったのも手を繋いで微笑んでくれた彼のお蔭だった。

 向こうの世界でも彼は自分を信用して勇者に関わる者の調査に同行させてくれた。自分も彼の信用に答えたかった。

 セレトはそっと物陰から委員長の様子を伺った。廊下を歩いて人気のない校舎の外れまで来た委員長はそこにある自販機でジュースを買おうとしていた。

 鼻歌がここまで届いてくる。奴は調子に乗っている。


「ジュースだジュース~、このジュースってここでしか売ってないのよね。って何で売り切れなの、この!」(ドン!!)

「びゃっ!!」


 いきなり相手が自販機を蹴った音が大きくて、まさか委員長がいきなりそんな行動をするとは思わなくて、驚いたセレトは思わず声を上げてしまった自分の口を急いで押えた。

 幸いにも委員長には気づかれなかったようだ。


「仕方ないからこっちを買っていきましょ」


 委員長は別のジュースを買って去って行った。


「委員長は何を買っていったんだろう」


 セレトは気配が去ってから自販機に近づいて見てみたが、委員長が何を買っていったのかも、売り切れが複数あって何を買いに来たのかもよく分からなかった。

 振り返ると委員長の姿はすでになく、これ以上の尾行は無理そうだった。

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