第20話 小学生の女の子から情報を聞き出そう

 静かな住宅街の道を俺はセレトと並んで歩いていく。

 彼女が早まった真似をしても困るので、あまり喋らないように忠告し、飛び出したり離れたりしないように手を繋ぐ。

 向こうの世界の学校でも手を繋いだな。俺は改めて異世界に行ったばかりの時のことを思い出す。ヒナミの時のような勘違いではなく、はっきりとした記憶だ。

 あれからここまでいろいろあった。俺は魔王として召喚されてみんなが驚いて迎えてくれて……今は考えている場合じゃないな。状況に集中しないと。

 角を曲がるとターゲットの背中が遠くに見えた。小学生の歩幅で、歩くスピードもゆっくりだ。かけっこならどうなるか分からないが、この速度なら見失うことはない。

 俺達はただ散歩しているだけの仲の良い兄妹を装って歩いていく。朝っぱらからこそこそしている人達がいたら逆に目立つだろう。リアルの隠密スキルに自信を持っているわけでもない。だから正統派で行く。

 セレトは仏頂面だから仲が良いのか悪いのかはよく分からないかもしれないが。

 相手に振り返られたらどうしようと思うが、その時はその時だ。

 俺の顔は小羽ちゃんには見られたが、こっちの少女には見られていない。だから大丈夫だと信じよう。

 歩きながら、横からセレトが訊ねてきた。


「魔王様、勇者のいない今なら仕掛けるチャンスではないですか?」

「待て、罠かもしれない。しばらく様子を見よう」

「はい」


 セレトさん結構好戦的。彼女のこんな長い台詞は始めて聞いたかもしれない。いつもはヒナミやフェリアが先に喋ってしまうからなあ。あまり喋る機会が無いのかもしれない。

 さて、セレト先生は仕掛けろと仰られたが、現実の俺に小学生の女の子を相手にどうしろというのだろう。

 走っていって後ろからアタックを仕掛ける? 無理でしょ。異世界ならいざ知らず、この世界だと俺が逮捕されてしまいます。


「…………」

 

 どうにもならないので、俺達は慎重に小学生女子児童の後をつけていく。

 俺が警戒しているのをセレトも感じ取っているようだった。だが、俺が警戒しているのは罠では無かった。人目だった。

 大丈夫だろうな。不審者だと思われてないだろうな。周りに他の人影が無いからどう思われているのか分かりません。

 セレトと仲良く手を繋いでいるから、気の良い優しいお兄ちゃんが妹と散歩していると思われていると思いたい。

 ターゲットの少女が公園に入っていく。俺達は慎重に後をついていく。

 ターゲットはこれからどうするのだろうと思っていたら、ブランコに座って泣きべそを続行した。何か悲しいことがあったのだろうか。

 さて、困ったぞ。ターゲットはしばらく動きそうにない。声を掛けるなら周りに人気の無い今しか無いのだが……


「魔王様」

「分かってる」


 俺は決断する。泣いている小学生の女子児童に声を掛けることを。


「セレト、期待しているぞ」

「はい」


 妹を連れているから大丈夫と自分に言い聞かせ。

 思い切ってターゲットに近づいていく。

 誰も俺の行動を止める奴はいなかった。ここにお巡りさんはいませんよね?

 そっと周りを伺う。

 お巡りさんどころか他に人がいなかった。みんな日曜日の午前中だというのに家の中で遊んでいるんだろうか。

 好都合だとは思うが、逆に遊んでいる人達で賑わっている方が良かったんじゃないかとも思う。

 ともあれ状況はどうにもならない。声を掛けるしかない。俺が決断しなかったらヒナミ達が動くだろう。勇者の友達と全面対決だ。勘弁してください。

 俺は女の子のすぐ傍に立つ。よく頑張った。自分を褒めたい気分。

 ブランコに座って泣いている少女は手で目元を覆っていて、こっちを見上げようともしなかった。気づいていないのだろうか。それとも無視か?

 無視なら悲しいね。

 さて、何と声を掛ければ事案にならずに済むだろうか。俺は考えてしまうのだが。

 隣にそんなことを気にしない奴がいた。


「魔王様が話があって来られているのですよ。顔ぐらい上げたらどうですか」

「ふえっ」


 セレトさんまた好戦的。ブランコに座っている少女がびっくりして顔を上げた。

 目尻に涙が残っている。大人しそうで可愛い子だ。


「セレト、後は俺が」

「はい」


 何か妙なことを言われたり胸ぐらを掴まれたりしても困る。ここは俺が引き受けることにする。


「あっと……」


 くそ、全然言葉が出てこねえな。

 コミュ症の俺が小学生の女の子と何を話せと?

 覚悟してここまで来ていろいろ考えたけどよ。この状況。やっぱつれえわ。

 俺は戸惑ってしまうが、とにかく何でもいいから話すしか無かった。


「な……何を泣いているんだい?」


 言えたじゃねえか。小学生の女の子に声掛けを。自分を褒めてやりたい気分。

 少女はチラッとセレトの方を見上げ、


「…………」


 また顔を伏せて沈黙してしまった。この状況、やっぱつれえでしょ。

 俺は困惑しつつこれからどうするか考えてしまうのだが、幸いにも少女が顔を上げて答えてくれた。


「小羽ちゃんが……変な光に包まれて消えちゃって……」

「変な光か……」


 ヒナミの見立てが確かならそれは召喚の光なのだろう。

 だが、誰が何のために? 別の召喚部が小羽ちゃんを召喚したのだろうか。

 何も分からないので俺は質問を続行する。


「小羽ちゃんは勇者なのかい?」

「え? 違いますよ。あれはあの子が勝手に言ってるだけで」

「やっぱそうか」


 俺は案の定だと思うのだが、セレトは納得していないようだった。ちょっと眉根が不満そうに寄っている。

 喧嘩を売らないでくれよ。祈りながら握る手を強め、俺は質問を続行する。


「彼女がどこに行ったか分かる?」

「分かりませんよ、そんなの」


 彼女の目が不審な者を見るような目付きに変わった。質問の打ち切り時か。


「小羽ちゃんのことは俺達も探してみるよ。君達の名前を教えてくれる?」

「わたしは高坂文乃(たかさか あやの)。あの子は清見小羽(きよみ こはね)です」

「文乃ちゃんに小羽ちゃんね。分かった」


 彼女は不思議そうにしながらも教えてくれた。手掛かりが欲しいのはお互いにとって同じだったのだろう。

 小学生の名前ゲットだぜ。知ったからどうだって話ではあるが、小羽ちゃんを見つけたら友達の名を伝えてやれば安心するだろう。


「小羽ちゃんはきっと見つけるから。だからもう泣かないでね」

「はい、ありがとうございます、お兄さん。優しいんですね」


 泣き止んだ少女に暖かく微笑まれた。

 ずきゅーんと胸が撃ち抜かれる思いだった。

 まったく小学生にちょっと微笑まれて優しいと言われたぐらいで好感度MAXになってしまうなんて、アニメのチョロインを馬鹿に出来ない俺である。

 文乃ちゃんのためにも何としても小羽ちゃんを見つけてやらないとな。

 横ではセレトがまだ不満そうにしている。俺は場が和やかなうちにここを退散することにした。

 彼女が知っていることでもう聞きだせる情報は無いだろう。後は異世界での仕事だ。

 すっかり泣き止んでブランコを揺らしている少女と手を振りあって別れを告げ、公園を後にする。

 少し歩いてからセレトが不満を告げてきた。


「勇者の仲間を捕まえなくて良かったんですか?」


 セレト先生は俺に小学生の女の子を捕まえて監禁しろとでも言うのだろうか。真顔でとんでもないことを言う彼女に俺は答える。


「ターゲットは勇者の方だからな。奴に少しでも気取られる危険は避けたいのだ」

「はい」


 セレトは何だか頷いて考えているが、俺の言ったのはただの言い訳に過ぎない。

 ともあれ、小羽ちゃんが何かの間違いで異世界召喚に巻き込まれたのは確かなようだ。今度は異世界に行かなければ手掛かりは掴めないだろう。

 俺みたいに異世界から都合よく戻ってこれれば良いが、今も戻っていないということは都合よく考えるのは危険かもしれない。

 家に戻った俺達は待っていたヒナミとフェリアに状況を話し、異世界へ飛ぶことを決めた。

 建前としては異世界に渡った勇者の手掛かりを掴むため。俺としては小羽ちゃんを友達の文乃ちゃんのところに返してやるために。

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