第19話 勇者現る?

 朝食を終えて、ヒナミが外で洗濯物を干している日差しの良い朝。俺はぼんやりと二階の自分の部屋の窓から外を眺めていた。

 窓からは家の前を横切る道路や、閑静な住宅や、その隙間から遠くの景色が見える。

 今日も溜まっているアニメやゲームを朝から消化しようと思っていたが、さすがに昨日ずっと見ていたので疲れていた。ちょっと休憩である。

 見るならヒナミも一緒に見たいだろうしな。

 どうでもいいことを考えながら、ぼんやりと外の景色を眺める俺の後ろでは、フェリアとセレトが部屋の床に座って漫画を読んでいる。


「面白いかー?」


 と訊くと、


「面白いー」


 と返ってきた。どうやら面白いようだ。こっちの世界の書物が読めないとかいったことは無さそうだった。

 まあ、こいつら。もっと難しそうな魔術書とか読んでるみたいだしな。

 漫画ぐらいは軽く読めるだろう。

 研究をする部活をやっているだけあって頭は良さそうだった。


「わはは! おかしー!」


 大笑いして寝転がって床をドンドンしているフェリアを見ると、アホそうにしか見えないが。

 セレトは黙ってページをめくっている。静かなのはいいが、これはこれで本当に楽しんでいるのか不安になる。じっと見ていると、


「プッ、くくく。…………」


 吹き出して笑いをこらえて、真顔に戻っていた。どうやら楽しんでいないわけではないようだ。

 俺は再びじっと観察を続ける。ふと顔を上げてこっちを見てきたセレトと目が合ってしまった。

 俺はまずいと焦るのだが、こっちが視線をそらすより先に、向こうが読んでいる本を持ち上げて顔を隠してしまった。

 可愛い奴だ。もっと見てやってもいいだろう。そうして過ごしていると、フェリアが声を上げた。


「ああ、面白かった。魔王様二巻―」

「そこらへんに無かったか?」


 フェリアの催促に俺は二巻を探して与えてやった。フェリアはすぐにごろんと転がって読書を続行した。

 どうでもいいけど君はもう少し男の目を気にするべきではないですかね。本当にどうでもいいですけど。

 俺は魔王ではあるけど犯罪者になるつもりは無いので務めて見てはいけない場所からは目を逸らす。

 セレトはまだ本を持ち上げて顔を隠して読んでいる。その下に見えている座っている足が動いて見ちゃいけない部分が見えそうになって


「くっ」


 俺は慌てて目を逸らした。部屋は危険だ。

 セレトが本で視界を遮っているからと言って油断は禁物。フェリアがいつ顔を上げるか分からないし、ヒナミもいつ入ってくるか分からない。

 この魔王を釣ろうとしても無駄なのである。少女達の浅はかなトラップなどお見通しなのだ。


 俺は窓から外を眺める。家の前の道路を小学生ぐらいの二人の女の子達が元気に駆けているのが見えた。

 向こうからこっちに近づいてくる。そのまま通り過ぎるだろう。

 彼女達はヒナミ達より幼くて小さい。

 小学生は可愛いなあ。なんて思うのは普通のことだよね? 俺には断じて疚しい気持ちなんてありませんよ。

 何とは無しに眺めていると、女の子達の声が耳に入ってきた。


「あたしは勇者だぞー」

「待ってよ、小羽(こはね)ちゃんー」


 ごっこ遊びだろうか。勇者という言葉に俺はちょっとドキッとしてしまった。

 まさかあんな小娘が本当に勇者というわけではあるまいが。俺は魔王らしく不敵に笑んで思考にふける様を決めてみた。

 フェリアとセレトは読書に夢中で外の出来事には気づいていない。


 俺は小学生の観察を続けることにした。断じて最高だとかそっちの気持ちで見ていたわけじゃないぞ。

 ただ魔王として勇者の動きをだな。ちょっと観察してみようと思ったのだ。

 退屈しのぎにはちょうどいい。


 魔王の俺は二階の窓の高みより下界の人間どもを見下ろす。

 さて、勇者を自称する小学生の小羽ちゃんはどんな動きを見せるのだろうか。魔王であるこの俺が見てやろう。

 友達と一緒にふざけて走っている小羽ちゃん。

 彼女は友達を振り切る勢いで走り、そのままこの魔王の家の前を通り過ぎる。俺はそう思っていたのだが……


「……?」


 なぜか立ち止まってこっちを見上げてきた。子供らしい純粋で無垢な瞳だ。

 視線が交わる。勇者と魔王の運命の出会いである。


「んなわけあるか!」


 俺は慌てて身を伏せて、勇者の視界から隠れた。フェリアとセレトが不思議そうに訊ねてくる。


「魔王様?」

「どうかされたんですか?」

「何でもない!」


 俺の態度にのっぴきならない物を感じたのだろう。フェリアとセレトが不思議そうに窓に近づこうとするのを俺は慌てて止めた。


「よせ! 今窓に近づいてはいかん!」


 利巧な子供達だ。俺の言う事をフェリアとセレトは素直に聞いてくれた。

 口元に人差し指を立てて喋るなと忠告する。二人は喋らなかった。

 後は脅威が去ることを祈るだけだ。怪しいお兄ちゃんが見ていたなんて吹聴されませんように。俺はそっと窓から外を伺う。

 勇者はもうそこにはいなかった。

 小羽ちゃんとその友達は道の向こうへと掛け去っていくところだった。

 良かった。通報されずに済んだ。俺はほっと安堵するのだが。

 緊張した空気の抜けて落ち着いた部屋にヒナミが慌ただしく駆けこんできた。


「魔王様大変です! 勇者が現れました!」

「知ってる」

「勇者!?」


 俺は落ち着いて対応するのだが、フェリアとセレトはそうはいかなかった。

 俺が勇者は危険な存在だとかあること無いこと……無いことばかりか。過剰に言っちゃったからなあ。

 三人は勇者をとても危険視しているようだった。

 召喚部一同で窓に駆け寄って外を見る。俺も仕方なく後に続いて三人の後ろから外を見た。

 女の子達の姿はもう見えなかったが、駆け去った方角から何だか光が昇るのが見えた。

 部長のヒナミがいち早く気付いた。


「あれは召喚の光です!」

「どこへ行ったんでしょう」

「魔力の反応が……消えた」


 俺には何か光ったなぐらいしか分からなかったが、召喚部の面々はいろいろ感じ取っているようだった。

 無知を晒して少女達に教えを乞うのも恥ずかしいので、俺はもっともらしく聞こえることを言っておく。


「不用意にここを飛び出すのは危険だ。しばらく様子を見よう」

「はい」


 今日はまた雑事を片づけるつもりだったし、この世界で危険なことが起こることも無いだろう。

 そうしたわけで、しばらく窓から異変が無いかみんなで外を眺めていたのだが……

 俺はハッと気づいた。

 窓からこうしてみんなで顔を出して見ているのって、誰かに見られたらめちゃくちゃ恥ずかしいよな。幸いにも辺りには人通りが無くて助かった。

 静かな住宅街である。事件など何も起きそうにない。

 しばらく待っていると、光のあった方角から一人の幼い少女が歩いてきた。

 さっき小羽ちゃんとか呼んで少女を追いかけていたおとなしそうな子だ。

 何故か泣いているようだった。小羽ちゃんとはぐれたのだろうか。

 こっちには気づかずに泣きべそを掻いたまま、家の前を通り過ぎていった。


「…………」


 角を曲がって姿が見えなくなるまで見送る。もう気配を消さなくて大丈夫。

 みんなで息を吐いてから、ヒナミが訊ねてきた。


「何かあったんでしょうか?」

「さあな」

「勇者の関係者なら……倒しましょう!」

「待て待て」


 ゲームをやっていたせいか、フェリアがゲームみたいに言ってくる。

 いや、学校でもこんな奴だったな。おとなしい奴がいねえ。

 ともあれゲームみたいに言われても困る。これは現実なのだから。

 小学生の女の子を倒したりなんてしたら俺が通報されてしまう。


「魔王様……」


 少女達は不安そう。このままスルーしてもどこかで爆発してしまいそうだ。

 何せ勇者と繋がる存在が白日の下に現れたのだから。

 俺が変なことを言ったせいで、みんなが警戒している。いまさら冗談だったなんて言えない。

 どうにも引っ込みが付かなそうだったので、俺はとりあえず敵の様子を見ることを選んだ。


「セレト、一緒に来てくれるか?」

「はい」


 一人で小学生に近づいたら不審者だと通報されるかもしれない。

 身内の中で一番小柄で控えめに見えるセレトを連れていけば、怪しさをカモフラージュ出来るかもしれない。

 みんなで行ったら目立ちすぎるだろう。臆病な小学生は隠れてしまうかもしれない。

 俺は留守をヒナミとフェリアに任せ、セレトを連れて勇者の仲間と思わしき少女をつけることにした。

 いよいよ魔王と勇者の戦いの戦端が切られようとしている。

 そんな予感は全然無くて。

 俺はただ面倒なことになったなと思うのだった。

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