第17話 異世界で燻る火種

 俺は世界は平和だと思っていた。勇者なんていない。そう信じていた。だが……

 俺の知らない間に異世界である動きがあった。


 どこにあるとも知れない古い遺跡のある土地で。

 一人の男が松明を手に、薄暗い祭壇の階段を昇っていく。

 長い階段だ。星空まで届きそうに思えるが、頂上はすでに見えている。

 歩みを進めるのはただの男ではない。包帯を全身に巻き、それで顔まで覆った不気味な男だった。


「見つけたぞ。神の降臨した土地を!」


 階段を昇り切った男の目は狂気に見開かれた。

 こここそ天に最も近い場所と呼ばれ、かつて神が降臨したと伝えられている場所だ。辺りにこれより高い場所は無い。

 彼は祭壇の中心に炎を投げ入れると、天に向かって声を張り上げた。


「神よ、答えよ! 僕は王子アレックスだ!」


 その名前を魔王である俺は知らない。会う前に開けた扉に当たって城の外まで吹っ飛んでしまったからだ。

 俺にとっては全くの不可抗力だったが、男はずっと魔王に対する復讐に燃えて逆転する手段を探していた。


「賢王と呼ばれた父すらも魔王には敵わなかった。だが、僕はまだ奴に屈したわけではない! 答えるのだ、神よ!」


 彼は恨んでいた。自分の顔を醜く潰した魔王を。今まで女の子にモテモテでみんなから尊敬の眼差しを浴びてキラキラとした何不自由無いリア充な生活を送っていたのに、それを一瞬にして打ち砕かれたのだから。

 かつての栄光はもうここにはなく、今ではみんなが王子の姿を見ると恐怖におののいて逃げていた。

 もうあんな国に用は無い。どんな手を使っても復讐するのみだ。

 そう決意して旅をしてきた。

 果たして、そんな彼の声に神は答えた。天が輝き、壮麗な声がする。


「人の子よ、この神に何用ですか?」

「僕に魔王を倒す力を! 与えてくれ!」

「…………」


 神はしばし沈黙し、答えた。


「魔王のことは聞き及んでいます。今は遠くにある地のことですが、いずれ無視できない存在となるでしょう。あなたの希望を聞き入れましょう。この召喚の杖を使いなさい。勇者を召喚するのです」

「勇者を?」

「魔王を倒せるのは勇者だけです。あなたが王家の人間なら、その召喚の杖の力で真に正しい勇者を召喚することが出来るでしょう」


 光が去っていく。神の声はもう聞こえなかった。

 神託は伝え終えられたのだ。

 王子アレックスの手には神の与えた杖が残っていた。


「召喚術を学んだこともない僕が勇者の召喚を? 行えるのか? まあ、いいだろう。やってやるぞ。見ていろ、魔王めえええ!!」


 炎の燃える異世界の祭壇で男の声が鳴り響いた。




 俺の知らない異世界での動きはまだ他にもあった。

 俺は国の事など何も知らなかった。それ故に全ての事を元国王と校長と生徒会長に任せていたのだが……

 元国王と生徒会長の間で対立が起きていたのだ。

 魔王が不在の城の会議室で生徒会長のフィリスは元国王に抗議を行っていた。


「わたしは反対です! これ以上いたずらに他国を刺激しようなど!」

「何をおっしゃる、フィリス嬢。今の我らには魔王様の後ろ盾があるのですぞ。今こそ領地を拡大する時です! 国が豊かになればきっと魔王様もお喜びになります!」


 元国王は小娘の戯言などどこ吹く風と跳ね流す。フィリスは悔しさに歯ぎしりする。


「まあ、ここは穏便に。ともに魔王様のために国を良くしていきましょう」


 校長先生は何とか間を取りもとうとオロオロとするばかりだった。

 フィリスはため息を吐く。元国王の言い分も分かるのだ。

 魔王が来てからこの国は大きくなった。もう近隣の国など恐れなくてもいいほどに。

 元国王は賢いが故に勝ち目が薄い戦いは挑まず、賢いが故に勝機を逃がすことは選びたがらなかった。

 今、この国は間違いなく上り調子に栄えている。

 だが、最近町にならず物が増えてきたのだ。

 魔王の力にあやかろうと傭兵やモンスター達がやってきていた。元国王は彼らを選抜し、兵に組み入れてきた。

 国力は上がったが、この国はこれからどうなるのだろう。

 会議室を後にし、フィリスは窓から外を見る。


「フェリア、元気にやってるかな……」


 向こうの世界へ行きたいと妹が言った時、フィリスは戸惑いの一方で安心もしていた。

 今のこの国にフェリアを置いておいて大丈夫なのか心配していた。

 さすがに向こうの世界であんなことやこんなことをしているとは思っていなかったが……

 嬉しそうに喜んでいるので、きっと楽しんでいるのだろうとは思っていた。


「迷惑を掛けていなければいいけど。あの子」


 空を見て、未知の世界へ思いを馳せる。


「やはり、魔王様に相談しよう」


 校長先生からは国に亀裂を生まないように、自分が何とかするからと止められていたが。

 フィリスはやはり言うべきだと小さく決意するのだった。

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