第8話 魔王の偉業の第一歩

 その王国の王は賢い王だった。魔王が現れたと知るや彼はすぐに軍勢を差し向けていた。

 そんな賢い王である彼にとっても予想外だったのは五万の軍がたった一人に全滅させられたことぐらいだろう。

 国王は顔を青ざめさせて、兵士の報告を受けていた。


「全滅したというのか……」

「はい……」

「こんなことがあろうとは……」

「父上、心配されることはありません」


 混乱を隠せない王に強く進言したのは王子だった。この国の誰よりも強く気高く勇敢でハンサムで女子からの人気の高い好青年だった。

 彼は白い歯を煌めかせ、マントをはためかせて、王の前で宣言した。


「こうなってはこの私自らが戦地に赴き、魔王を退治して参りましょう」

「行ってくれるか、息子よ」

「はい、喜んで」


 その勇敢でかっこいい自信に満ちた姿に、周囲のみんなから感嘆の息が漏れる。

 誰もが彼なら魔王を倒せると信じていた。

 王子は颯爽とした足取りで戦地へ向かおうとする。だが、謁見の間から出る必要も無かった。ここがすでに戦地だったのだから。


「邪魔するぜ」


 魔王が勢いよく扉を開いた。ただその開いた扉にぶつかった衝撃だけで、王子の顔は醜くひしゃげ、体は吹っ飛び、唖然と立つ王様の横を通り抜けて、その先の窓を突き破って外に飛び出していき、石ころか鳩のように町の上空を通り過ぎていき、人の集まる町の路上にぼろ雑巾のように落ちて倒れ伏した。


「何か当たったか? まあ、いいか」


 目指す人物は目の前にいる。俺は気にせず歩みを進めた。

 賢明な王は賢明な判断をした。


「参りました」

「うむ」


 すぐさま玉座から降りて床に頭をつけて負けを認めていた。

 床で丸くなった彼の横を通り過ぎて、俺は玉座についた。

 兵士は戸惑っていたが、すぐに国王に従ってくれた。

 こうして、魔王の俺は一国の王となり、名実ともに王となったのだった。




 それからも俺の生活は続いていく。

 現実では退屈な授業を受けて、異世界では面倒にもやってくる他国と戦っていった。


「魔王様に挑もうとは何と言う命知らず! 思い知らせてやりましょう!」

「うむ」


 配下にした元国王はとてもノリノリで好戦的だった。

 俺には国のことはよく分からないので、政治は元国王や先生や生徒会に任せておいた。

 元国王は俺の元で働けるのがとても楽しいようだった。

 部活のみんなも快く俺に協力してくれた。


「魔王様、リヴァイアサンの召喚に成功しました。ここにあった本のおかげです」

「お前が研究を頑張ったからだよ。よくやったな」


 ヒナミはとてもニコニコ嬉しそうだ。窓の外では巨大な青い竜が雨を降らせて水を呼んでいる。

 フェリアがお盆にお茶を乗せてやってきた。


「魔王様、お茶が入りました。どうでしょうか?」

「旨いな。お前はどんどんスキルを上げていくなあ。見違えたぞ」

「魔王様、資料を纏めておきました」

「ご苦労、生徒会長」


 姉も俺の為に律儀に働いてくれている。

 セレトは手持ちぶたさそうにそわそわしている。


「魔王様、わたしに出来ることは何か無い?」

「そうだな。ここで俺の活躍を見ててくれ」

「はい」


 俺は玉座から立ち上がって、外へ飛び出す。

 リヴァイアサンの大洪水に流されて大混乱の敵軍の中にたった一人で舞い降りた。

 悪魔のように、魔王のように。ことさら存在を見せつけるように。

 誰もが恐怖と神々しさに打ち震えた。


 魔王に遠慮や手加減などは無い。

 俺は空に無数の隕石を呼ぶ。


「見るがいい! これが魔王の力だ!」

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