カフェウォールの檻の錆

めめ

カフェウォールの檻の錆

 十七の、夏至が過ぎてからしばらく経った頃だった。

 まだ坊主頭だった私にとって、あれは一つの夢に過ぎなかった。

 夢の中でも、とりわけ悪夢に分類されるものだ。もしあれが悪夢でないというのなら、他にどのような言葉が当てはまるだろう。

 目が覚めれば途切れるはずの、一晩という檻から決して抜け出すことのないものだと思っていた。

 今になってそれが私の心にふと蘇ったのは、なんてことはない、神の気まぐれによるものなのだ。そう思わなくては、どうにかなってしまいそうだった。別に薬を切らしてしまったわけではない。

 ただ単に、私は怖くて仕方がない。畏怖とでも呼ぶべき感情を、あの夏に捧げよう。

 まだ右手は痺れている。妻がいつ起きだしてくるかも分からない。

 ただ、こうでもしなければ、私は安らかな眠りにつくことができないのだ。紙に書いて、それから丸めて捨ててしまえばいい。

 あれから、私は成長したはずだ。当時理解できなかったことも、こうして俯瞰してみれば受け入れることができるかもしれない。

 机の上の小さな明かりが、私の手の甲に無数の影を作り出している。私の手には、あれから随分と皺が増えたようだ。


 あの夏のことを書き終えぬ間に、眠りにつけることを期待して。

 筆を動かしているうちに、きっと、私の瞼は重くなるだろうから。




 学校の裏門を出て少し歩くと、枕坂と呼ばれる急な坂があった。急勾配なだけでなく、随分と距離のある坂だった。その上、上る者の腰を折るように曲がり角まで持ち合わせているものだから、普段から道の幅のわりに人通りが少なかった。

 飲み屋が連なる商店街と住宅街を結ぶ近道だったこともあり、酔った男の人たちを夜に何度か見かけることがあった。坂を上りきれなかった彼らが鞄を枕にして寝ているのが学校へ行く時に目に入り、それから枕坂と呼ぶようになった。そう、この坂を枕坂と呼ぶのは私だけだった。

 その日も、私は枕坂を上っていた。上りきっても、息が切れることはなかった。坂の上ではあちこちで街灯が影を生み出しており、まだ日が長いことを知らせていた。

 そのまま真っすぐ歩けば住宅街に入るのだが、私の足は右へ折れ、続く細い坂を上った。枕坂や住宅街とは違い、両手に木々が立ち並ぶ細い坂だった。夜になるとひどく不気味になり通れたものではないため、私は明るいうちにそこを通るようにしていた。

 足元のアスファルトが砂利に変わると、一件の平屋が見えてくる。玄関から明かりが漏れており、扉の上の街灯には蛾がたかっていた。

 ただいまと言って入り、靴を脱いであがった。返事はなかった。

 廊下を抜けて台所に行くと、こちらに背を向けて何かを揚げている女の人が目に入った。髪が長く、肌は見えなかったが、なんとなく自分よりもすごく年上の人だと分かった。

 もう一度ただいまと言うと、おかえりと返ってきた。くたびれたような低い声だった。女の人がこちらを向くことはなかった。

 私は回れ右をして来た廊下を戻り、居間で鞄を下した。教科書を入れたことなど数え切れるほどしかない、私の頭のように空っぽな鞄だった。

 私は、部屋の中央で明かりもつけず横になった。仰向けになると視界は真っ暗で、どこに天井があるのか分からなかった。夕食までの間、少し休もうと思った。瞼はすぐに重くなり、私はやがて眠りについた。


 そこで私は目を覚ました。瞼を閉じたばかりだというのに、窓からは日がさしていた。

 その窓は、あの居間のものではなかった。紛れもなく、母と二人で暮らす部屋の窓だった。

 そこで、ついさっきまで見ていたものが夢だったのだと理解した。妙に現実味のある夢で、一日を終えて眠ろうとしたところで目を覚ましたものだから、前日の疲れを引きずっているような、一睡もしていないような、それまで味わったことのない感覚を覚えた。

 当時、十七の私は母と二人でアパートを借りて暮らしていた。

 母が父の話を進んですることはなかった。そんな母は私の学費を稼ぐために必死だったようで、私がまだ寝ているうちに家を出ることがよくあった。その朝も例外ではなかった。

 台所には昨晩のおかずの残りが置かれており、皿に分けることなく箸をつけた。腹が満たされるにつれて、夢のことは頭から抜け出ていった。学校に着いたころには、すっかり忘れてしまっていた。

 学校で、変わったことは何もなかった。ただ、下駄箱の前で靴を脱ぐときも、席についているときも、何か見えない重りを肩から吊り下げているような気だるさがあった。

 ぼうっとしているうち、あっという間に放課後がやってきた。帰ろうとすると、門の方でKやS、Tら三人が私を待っていた。それから、いつも通り四人で川原を歩いて道草を食った。先頭を歩くKが、数学の先生の悪口を言っていた。私は、もっともだというような言葉を返した。

 三人と別れ、自転車を押してアパートについた私を迎えたのは、明かりのない部屋だった。母はまだ帰っていないようだった。昨晩の残りは朝たいらげてしまったから、空腹を満たすものはなかった。

 母が帰るまで、横になっておこうと思った。畳に寝転がったところで、ふと、夢のことを思い出した。すると、四人でいた時は忘れていた疲れがどっと押し寄せてきた。

 制服に皺がつくなと思いながらも、私が睡魔に逆らうことはできなかった。

 数える間もなく、私の意識は途絶えた。


 次に私が瞼を開いた時、そこはアパートの部屋ではなかった。天井からぶら下がる照明は、豆球だけがついていた。

 私は、ぐっしょりと汗をかいていた。袖のゴムが緩くなったスウェットを着ていたような気がする。

 私が身を起こしたままぼうっとしていると、食器を乗せた盆を持った女の人が入ってきた。昨晩夢で見た、台所に立っていた人だった。

 今だから同じ人だと分かるけれど、不思議なことに、夢の中にいる時はそこが現実の世界であるとすっかり信じ込んでしまっていて、昨晩の夢など頭になかった。私は、自分が以前からずっとこの家で育ってきたものだと思い込んでいた。

 これも当時の私が知らなかったことなのだが、盆を持っていたのは母方の叔母だった。母の元を離れた時お世話になったことがある。

 けれど、そもそも十七の私はまだ叔母の顔を見たことがなかった。

 だからどうしてあの夢に叔母が登場したのか、それだけは今の私にも分からない。

 叔母は、恐れとも不安ともつかぬ表情で私を見ていた。大丈夫かと声をかけられたはずだ。何と返事したかは覚えていない。

 私が横になっていた部屋には、隅に小さなちゃぶ台があった。叔母はそこに盆を置いて部屋を出ていった。音を立てないようゆっくりと襖を閉めていたから、機嫌が悪かったわけではないと思う。

 盆の上の食器には、私の腹を満たすのにちょうどよい量の料理が盛られていた。素朴な物ばかりで目を引くようなものはなかったけれど、だからといって不満に思うこともなかった。味噌汁は少しだけ熱かった。

 盆が軽くなったころ、叔母が再び部屋を訪れた。学校はいいのかと聞かれて、私はさっき腹に詰めたものが朝食であったと理解した。

 平屋を出て細い坂をしばらく下ると、左手に枕坂が見えた。端に注意しながら枕坂を下りたが、路上で寝ている者はいなかった。

 学校にいる時間をどう過ごしたかは忘れてしまった。ただ、誰とも話さなかったような気がする。枕坂を下りた私の記憶は、すぐにまた枕坂を上っていた。私は、叔母の家へ帰った。

 叔母の家の玄関は、アパートとは違い引き戸になっていた。癖のある扉で、押し込みながら引かないと砂利が挟まって開かなくなることがあった。

 居間に行くと、叔母が座椅子に腰掛けてテレビを見ていた。私におかえりと言うとき、やはり叔母はこちらを顧みなかった。

 私には、叔母の家が灰色に見えた。どす黒いわけでも、純白というわけでもなかった。建物の輪郭はぼんやりしていた。壁一面に灰色の靄がかかって見えたことだけを覚えている。

 私は、叔母と最低限の会話を交わしながら一週間を過ごした。夢から覚めて振り返ってみると、その週の休日はあっという間だった。大したことをしなかったのだろう。

 夢が途切れたのは、教室でこくりこくりと相槌を打っているときだった。いや、後ろの席からはそう見えたかもしれないが、私は頬杖をついたまま寝てしまったのだ。先生が私を注意することはなかった。

 そのときの気持ちを、どのような言葉で表したらよいだろう。眠っている間に、一週間の日々を過ごしたのだ。眠っているうちに一週間が過ぎたのではない。一晩の夢の内で、私は七日を過ごした。

 体は休めていたかもしれない。けれど、私の心はどんよりとしていた。布団から出る気になれず、学校へ行こうという気にはなおさらなることができなかった。

 腹の虫だけは元気だった。どうにか鳴き止ませてやろうと思って、のっそりと起き上がり台所へ向かった。

 部屋は狭く、廊下と呼べる通路はなかった。くたびれた色の障子が仕切りとなっていた。

 台所に母の姿はなかった。またしても、前の晩の残りが置かれているだけだった。


 結局、私は学校へ行くことにした。きっと、母の働きを無駄にしたくないという思いが少なからずあったのだろう。

 教室にあったのは、いつもの顔だった。それも当然のことで、皆にとっては、ただ一夜が明けただけだったのだ。そんな皆の様子を見て、私は安心することができた。自分は夢から戻ってこられたのだと。

 ベルトの穴を、緩める方へ一つずらして席についた。すぐに眠気に襲われた。

 うつらうつらとしながら頬杖をつく私に、委員長のYが声をかけてきた。先に目に入ったのは、彼女の透き通るような白い腕だった。

「どしたん、眠いん?」

 彼女は人懐っこい性格で、男女問わず誰とでも話せる人だった。そんな彼女は、気遣いと好奇心を半分ずつ持ち合わせたような目で私の顔を覗いた。

 私は、「ああ」とか「うん」という言葉を返すことしかできなかった。それほど、私の心は疲れていた。

「昨日のあれ、見た?」

 Yは、すぐには私の机を離れなかった。Yの言う「あれ」が何を指しているのか、私にはピンとこなかった。

「もしかして、見とらんの? おもしろかったのに」

 当時、私はうちにテレビがないことを隠していた。だから、毎日欠かさずドラマを見るというYとは上手く話を続けられなかった。

 私の眠気は相当なものだったようで、この後、いつYが自分の席へ戻ったのかも分からなかった。

 いつもの四人で学校を出る時も、私の口数は少なかったような気がする。そんな私の心を知ってか、それとも知らなかったのか、今となっては知る由もないが、彼らと過ごす時間は私の頭から朝の憂いを取り除いてくれた。

 Tは三人の中でいちばん背が低く、とてもすばしっこいやつだった。私と同じく坊主頭で、例えるなら猿がぴったりだろう。いつも私の左を歩いていた。

 それに比べて、Sは校庭で集会をする時でもすぐに見つけられるくらい背の高いやつだった。私ほどではないにしても口数が少なく、大人しい印象だった。彼は私の右にいることが多かった気がする。

 そして、三人をまとめるKは先頭に立つのが決まりだった。放課後に駐輪場で私に声をかけるのも、行き先を決めるのも、全て彼の役割だった。たまに振り返っては、私に声をかけてきた。

 その日も、真っ先に口を開いたのはKだった。時間を潰すのにちょうどいいところを見つけたから、これからみんなで行ってみないかとのことだった。凸の字を描くように、四代の自転車が並んで進んだ。

 三人と別れたのは、街灯がぽつぽつと灯り始めた頃だった。もし冬だったら、辺りは真っ暗だったと思う。道は薄暗くなっていた。

 私は、自転車を押してアパートへ帰った。

 母と暮らす部屋は二階にあった。自転車を裏の方に止めて階段を上がった。

 普段から母の帰りが遅かったためか、いつの間にかノブを捻る前に鍵を鍵穴にさす癖がついていた。鍵の開く感触が、何度私を落胆させたことだろう。

 十七になった私にも、母を恋しく思う気持ちはまだ残っていたのだ。母が先に帰っていたらどれほど良いかと、開き戸の向こうで明りのついた部屋が私を迎えてくれることを期待していた。それが現実となることは、一度もなかった。

 窓際の畳は紫色をしていた。西日のあたる角部屋の方が、家賃が安かったのだ。

 それは私が求めていた明かりではなかった。白かったはずのレースのカーテンは、下に行くにつれ紫色を帯びてゆき、朝顔の花を逆さにしたように見えた。真夏が過ぎようとしている道で、よく見かけた花だった。

 昨晩のことを考えると、寝る気にはなれなかった。畳に腰を下ろして、どうしたものかと考えた。このまま、ぼうっとして母の帰りを待とうかと思った。

 けれど、疲れていたのは心だけではなかったらしい。私は、すぐに横になってしまった。

 一度畳に背をつけると、起き上がろうという気持ちが押しつぶされてしまった。

 母はまだ働いているのだろうかと思った。もし帰り道なら、瞼が下りかけた頃、うちについた母が起こしてくれるだろうと考えた。

 母に対して、申し訳ないという気持ちはあった。なのに、私はうたた寝をしてしまった。今思うと、私はなんて親不孝な息子だったのだろう。本当にそんな気持ちがあったのなら、あの時、そのまま寝るべきではなかった。米を炊くくらいしてやればよかった。筆を動かす今の私には、もうどうしようもなくなってしまったのだけれど。


 私の意識が流れ着いたのは、叔母の家の部屋だった。身を起こすと、窓の外に雪が積もっているのが目に入った。

 変化したのは、外の様子だけではなかった。襖の絵や畳の角が露わになっていた。そこには長い間家具か何かが置かれていたようで、周囲と比べるとまだ日に焼けていない鮮やかな色をしていた。

 廊下に出ると、ツンとした寒さが服の隙間から入り込んできた。一気に眼が冴えた私は、居間に向かった。

 襖を開けると、叔母夫婦がこたつに入っていた。廊下に立っていたら冷えるだろうと手招きされ、私もこたつに脚を入れた。

 そこで叔母夫婦とどのような会話をしたのか、今はもうすっかり忘れてしまったけれど、どうやら私は、翌日その平屋を出る予定になっているようだった。どうりで部屋が広くなっていたのだなと頷きながら、ミカンを口にしていたような気がする。

 一晩が過ぎ、予定通り私は叔母夫婦の家を出ることにした。前の晩は、少しだけ豪華な料理が並んだ。

 私は、何着かの着替えが詰まったカバンを背負い玄関に立った。

 夢の叔母は、私を励ましていた。頑張れだとか、いつでも帰って来ていいだとか、ありふれた言葉ばかりだった。不思議なことに、それを聞いた私は涙をこらえていた。どうして私の帰る場所がこの平屋なのだろうと考えることはなかった。

 すでに雪は融け始めており、駅に向かう途中に何度か転びかけた。それでも、叔母に渡された切符を頼りに、私は順調に列車に乗ることができた。

 もう一つ、渡されたものがあった。叔母の家を出た私がこれから住むことになっている部屋の鍵だった。小さくなってゆく駅を眺めながら、私はずっとその鍵を握っていた。

 こうして文字にしてみると、夢には連続性があったらしいということが分かる。けれど、夢の中の私はいつも記憶が途切れた状態だった。前の夢でどのようなことをし、誰とどのような話をし、どのような予定を立てたのか。その都度、情報を集めなおす必要があった。そこで行動する私は、まさか夢の中にいるなど思いもしなかったのだ。

 だから、列車で声をかけられた時も、その主が誰であるのか分からなかった。

 私は、窓枠に頬杖をついて流れる景色を眺めていた。まだ雪が残ってはいたけれど、所々に緑も見られた。列車は二人掛けの椅子が通路を挟んで並ぶ、よくある内装をしていた。

 景色に飽きた私が何か暇をつぶせることはないかと考え始めた時、ふと通路の方から名前を呼ばれた気がした。

 そちらへ目をやると、赤いマフラーを首に巻いた一人の女性がこちらを窺っていた。その挙動を不審に思う気持ちが顔に出てしまったのか、女性は何かに気がついたようにマフラーをほどいた。

 当時流行していたロングコートの襟もとから、白い肌が僅かに見えた。窓の外を駆けてゆく雪のようだった。

「覚えとる?」

 首をかしげながら、女性は問いかけてきた。

 先ほどの文を訂正したい。確かに私の記憶は空白を含むものだったが、私が彼女をすぐに判別できなかったのは、学校で目にしていたYとあまりにも様子がかけ離れていたためである。一度彼女がYであると分かると、首をかしげながら顔を覗いてくる点など、あちこちにその面影を見つけることができた。

 列車で出会ったYは、随分と大人びていた。声は落ち着きを含んだものになっており、艶のある髪は肩まで伸ばされていた。

 それもそのはず、彼女は春から大学に通うことになっていたのだ。

 彼女の話を聞いて、なるほど、だから私は叔母の家を出る必要があったのだなと納得した。私が進学する先は、叔母の家から通うには難のある離れた地域だったのだ。

「にしても、変わっとらんね」

 いつの間にか、彼女は私の隣に腰を下ろしていた。

 彼女によると、私には何か考え事をするときに頬杖をつく癖があるようだった。外で眠りについている私は十七のままなのだから、当然だろう。私は、高校時代と変わっていなかった。

 しかし、彼女は変わっていた。話をしている最中、彼女の口紅が色気を醸し出していたものだから、視線は自然と窓の方へ向かった。傍から見れば、不愛想な態度だったかもしれない。

 私の切符に書かれた駅が近づくと、先に彼女が席を立った。どうやら同じ駅で降りるようだった。

 私の鞄に比べて、彼女のものは小さかった。着替えも全て寮に運び終えたと言っていた。

 別れ際、また入学式でねと言われた時に、私はYと同じ大学に通うということを知った。

 彼女が小さく手を振り、つられるようにマフラーの端が揺れた。春を待つ、赤いマフラーだった。

 雪が残る道を歩きながら、私は桜を待ち遠しく思った。


 夢が途切れることはなく、私はそのままYと再会した。さすがに学部までは同じではなかったようで、私はそれを残念だと思った。

 髭の生えた人が入れ代わり立ち代わり壇上で挨拶をする中、私は彼女の凛々しい横顔ばかりを見ていた。その日は、列車の時とは違い口紅をしていなかった。

 式が終わり講堂を出ようとする彼女に声をかけた。高校では私から声をかけることなどなかったから、少し驚いたような顔をされた。

 私は、帰りにお茶でもしないかと誘った。平然を装いながら、心臓は今にも飛び出してしまいそうだった。

 彼女は嫌がるような様子を見せなかった。構内の溜池の横で落ち合い、それから喫茶店へ向かった。なぜか私は、新しく借りたアパートの近くにどのような店があるのかを知り尽くしていた。

 もしその時の私が夢の中にいることを分かっていたのなら、もっと思い切った行動に踏み出すことができただろう。だが、それはあくまで結果論に過ぎない。私には、夢から覚めるまで、自分が立っている世界が幻であると知る術が無かったのだから。

 それから、私は様々な口実を作っては彼女と会う約束をした。

 夢の終わりはぼんやりとしたものだった。糸を切るように途切れたのではなく、靄が段々濃くなっていくような感じがした。本のページをめくるみたいに駆け足で、断片的なものだった。

 以前の夢よりも長い時間を過ごした。半年か、それとも一年か。どんな生活を送ったのかはさっぱりだった。ただ、Yと会った時のことだけが、妙に記憶に残っていた。

 その日の私の足取りは軽やかだった。大学生活をかじってから高校へ向かうのはなんだかタイムスリップしたようで、現実味はそれほど感じてはいなかった。疲れなどではなく、早く学校へ行こうという何かしらの衝動、高揚した気持ちとでも言うべきか、そんなものが私の身体を突き動かしていた。

 階段を下りて表に止めてあった自転車にまたがり、アパートを後にした。


 教室でYを目にした時、何とも言えないあたたかな気持ちが生まれた。私の心がどのような色で満たされていたのか、それは今でも上手く言葉にすることが叶わない。

 もしかしたら、恋という一文字で片づけることができたかもしれない。けれど、夢で私が目にしたのはY自身ですら知りえない彼女の未来の姿であって、所詮夢であったとしても、現実の彼女とはかけ離れたものだった。言ってしまえば、制服に身を包んだ彼女に何か物足りない印象を感じたのだ。

 私には、成長した彼女が本当にあのような姿になるのか、知りようがなかった。そもそも、私は彼女とそこまで親しい関係ではなかった。

 こちらから声をかけようにも、うちにはテレビがなかったものだから、どう話を合わせるべきか分からなかった。だから、私は余計にYのことを目で追うようになったのだと思う。

 帰り道、私はそのことを三人に話してしまおうかと思った。三人は、きっと私を冷やかすだろう。私とYが釣り合わないのは目に見えていた。

 それでも、誰かのうちへ行ってテレビの前に座りたかった。新聞をもらうだけでも良かった。番組欄の見出しでなんとなく内容をつかみ取れば、どうにか話を合わせられそうな気がした。

 けれど、私には勇気が足りなかった。何も言い出せないまま、日が傾いていった。一人で自転車を押して帰る私の影は、どこか哀愁を漂わせていたに違いない。

 またしても、母は部屋にいなかった。紫に染まる畳の上で、私は横になった。夢の中で、もう一度Yと会いたかった。もし私がそのような思いを抱いていたなどと後になって彼女が知ったら、気味が悪いと思われただろう。もちろん、それは今でも隠したままにしてある。

 当時、私はYに好意を寄せていた。それはもう疑いようのないことだった。眠りについた私が彼女と再会できたことが、何よりの証拠なのだ。


 構内に植えられた木々が緑の腕を伸ばし、そこから漏れる蝉の声が夏の訪れを知らせていた。彼女は、もうマフラーをしていなかった。

 ちょうど木陰に設置されたベンチに座って、二人で話をした。どちらが先に座っていたのかはもう覚えていない。

 彼女の服装は、以前よりも軽くなっていた。膝にかかるくらいの、白いワンピースだった。

 途切れたはずだった前の夢の記憶が、漠然と残っていた。大学生になった彼女を見て、まだ髪を伸ばしているだとか、手首に時計をするようになっただとか、そんなことを思った。

 その夏は、入学式と隣り合ったものではなかった。二年の月日を挟み、大学に来て三回目の夏だった。

 鞄から取り出した手帳で日付を確認した私は、ふと不思議に思った。なぜ、私と彼女の交流が絶えていなかったのかと。

 初めは、顔見知りの少ない環境だから、消去法的に私の誘いに乗ってくれているとばかり思っていた。だが、三年生ともなると、友人の一人や二人はできたのではないか。彼女の性格からして、それは容易いことだと思われた。となれば、私と関係を保つ必要があるのだろうか。もちろん、こちらにとっては都合のいいことだったのだけれど、夢に潜り込んですぐの私はそれが妙に引っかかった。

 引っかかってはいたものの、同時に、私は安堵していた。夢から覚めてしまわぬうちに構内ですれ違えたらなと考えていたのに、こうして、隣に座ることができたのだから。

 何を話したものかと自分の首もとに手をやった私は、暑いねとありきたりな言葉を彼女に投げかけた。

 そうかな、と返事をしながら、彼女はワンピースの裾を掴んで足元を扇いでいた。向こうから人が来たらどうするのだろうと思った。

「良いことでもあったん?」

 私を覗く彼女の顔は涼しげだった。私から口を開くことがまだ珍しかったようで、やはり、私は高校にいた頃と変わっていなかった。

 君に合えたこと、などと気の利いた言葉を返す度胸を持っておらず、私は答えをはぐらかした。

 それから、話題は夏休みの過ごし方に移った。彼女は、実家に帰るつもりはないのだという。四年生になれば忙しくなるだろうから、今のうちに大学の周辺を見て回りたいとのことだった。よかったら一緒に回らないかと誘われた。どのような返事をするべきなのか、私は分からなかった。

 しばらくして、先に立ち上がったのは彼女の方だった。午後も出席しなければならない授業があると言っていた。

「今日のきみ、なんか変わっとんね」

 去り際、そう彼女に言われた気がした。


 今思うと、私が引っかかっていたのは、手帳で日付を確認したことだった。その頃から、私は自分が別の世界にいることに気がつき始めていたのだ。


 ────彼女の姿が学部棟に消えても、私はベンチを離れなかった。彼女の代わりに私の元へやって来たのは、静けさだった。

 と、私はあることを思いついた。手帳。手帳だ。

 ひと月を見開きにおさめたページには、黒のインクでこれからの予定が書き込まれていた。授業の時間割や課題の提出期限が主だった。今日のところには何も書かれていなかった。

 重要なのは、予定ではなかった。未来ではなく、過去を書き留めるのだ。それを習慣づけておけば、いつ夢が途切れてしまったとしても、高校へ行っている間ここにいる別の「私」が記録を残してくれるかもしれないと思った。

 白いワンピースの彼女は、私に「今日は変わっているね」というようなことを言っていた。そこから考えられるのは、夢が途切れている間も、こちらの「私」が自律して活動をしているということだ。その「私」に高校生の「私」の意識が入り込むのだから、挙動が一時的に幼く見えてしまったのだろう。

 次の晩にまた夢の続きを見られるという保証はなかったけれど、やってみる価値はあると思った。

 私は手帳を閉じ、表紙の『スケジュール帳』と印刷された部分を塗り潰した。

 そして、新たに『日記帳』と書き加えた。

 木陰のベンチは居心地が良かった。午後の予定が何もなかった私は、さっそく今日の出来事を書いてみることにした────


 一日目の日記は、まだ続いていた。

「日記帳?」

 畳で仰向けに寝転がりながらページをめくっている私の傍に、Yが座り込んだ。

「日記、私も書いておけばよかったなぁ」

 そう呟く彼女の首から垂れ下がったマフラーの端が、私の頭の上でゆらゆらと揺れていた。

 前の夢は、二年と五か月で途切れていた。大学を出た年の十二月から、日記が途絶えていた。夢から離れている間にこちらでどのようなことが起きたのか、それを知る術はなくなってしまった。けれど、収穫がないわけではなかった。

 その日は、たしか一月の中頃だったと思う。日記が途切れてからひと月ほどが経っていた。それが、高校へ行っている間にここで流れた時間だった。

 目覚める前の私が書き記した二年半の間の出来事は、一冊の日記帳におさまっていなかった。重ねると辞書のような厚みになった。

 一番新しいものは、最後まで書かれていなかった。開いてみると、十二月のある一日のことを記したページがやけに続いていた。つたない字で、走り書きになっていた。

 目を通してみると、Yへの私の想いが長々と綴られていた。彼女へ渡す手紙の下書きであるらしかった。

 手紙を上手く渡せたとか、彼女から返事をもらえたという趣旨の内容はその先に書かれていなかった。手紙を渡すまでの間か、渡し終えてから日記帳を開くまでの間かに夢が途切れてしまったようだった。

 けれど、どうやら過去の私は事をうまく運ぶことができたようだった。夢に戻って来た時、私は彼女と同棲を始めていたのだから。

 私が住んでいた安アパートに彼女が引っ越して来る形になっていた。もともと、彼女は大学の寮で生活をしていた。卒業後に借りたばかりのアパートをすぐに解約させてしまったことに、少しばかり申し訳ないと思った。

 私の部屋は、隙間風がひどかった。だから、室内でも彼女はマフラーを首に巻いていた。寒くないか、私がここを出て引っ越すべきだったのではないかと尋ねると、そんなことはないと言われた。気に入ったマフラーをずっと着けていられるから、問題ないとのことだった。彼女が私に気を遣っていたのは明らかだった。

 ここまで書いてみると、その時彼女が傍にいてくれなければ今の私は存在し得なかったのだと思えてくる。

 彼女は、とても豊かな人だった。皿を洗う後ろ姿も、テーブルを挟んで交わす言葉も、明かりのない部屋での寝顔も、全てが私の支えになっていた。副作用のない睡眠導入剤のようだった。彼女と過ごす日々は、微笑みで溢れていた。

 その晩の夢は長く続いていた。同棲していた五年間、日記が途絶えることはなかった。

 日記帳が閉じられたのは、彼女と別れた日の午後だった。


 別れを切り出したのは、私の方だった。

 彼女との生活に不満があったわけではなかった。むしろ、このまま長く続いてほしいとさえ思っていた。

 けれど、幸せを得るにつれ、夢から覚めることができなくなるのではという不安が募り始めた。たかが夢なのだけれど、本物の私が眠りから覚められなくなることを恐れていた。

 空想の中の彼女を傷つけてしまうことに、心が痛んだ。実際、布団から起き上がった私の胸はひどく痛んでいた。霞んでいく記憶の中で、最後に残ったのは彼女の泣き顔だった。

 あの朝、もし部屋に母がいたのなら、私は夢のことを打ち明けただろうか。それを聞いた母は、思春期の少年の、行き過ぎた恋煩いだと笑ってくれただろうか。

 あの日の私の後悔は、起きだせなかった私自身を越えて、勝手に鳴り止んでしまった目覚まし時計に向けられていた。それは今でも変わらない。あの朝、母が家を出る前に起きられなかったことを、私は筆を走らせる今も悔やんでいる。


 学校に着いた私は、Yに謝罪したかった。それは、夢の中で彼女を汚してしまったことに対する気持ちだった。けれど、それは謝罪というよりむしろ、自白のようなものになると思われた。

 謝るためには、まず自分がどのような行いをしたのかについて話す必要があった。それを聞いた彼女は間違いなく私を軽蔑しただろうし、それ以降、話しかけてくれなくなっただろう。それを恐れた私は、彼女を目の前にしてもなお、何も口に出すことができなかった。

 考えてみると、私が言葉にするまで彼女は何も知らないし、新たに知ることもない。

 今朝のことは一人で抱えておこう。私がそう決心した頃、ちょうど彼女は私の席から離れて、行ってしまった。

 授業に集中することはできなかった。夜になるとまた自分がどこか別の世界へ流されてしまうのではないかと考えると、ただただ怖かったのだ。

 四人で学校を出てからも、私の頭はそのことで溢れていた。Kがどこかへ行こうと言っていたが、その行先が私の耳まで届くことはなかった。

 日が暮れるのはあっという間だった。ぽつぽつと灯り始めた街灯が、私の鼓動を速めた。

 私は自転車を押して帰った。できることなら、うちに帰りたくなかった。けれど帰らないわけにはいかないし、こうしてゆっくり帰れば母が部屋で迎えてくれるかもしれないという淡い期待があったものだから、私は歩みを止めなかった。

 もちろん、私が帰った部屋に明かりはなかった。

 そういえば、当時私と母はすれ違うような生活を続けていた。一人で眠り、その間に帰ってきた母が作った料理を朝になって一人で食べる。部屋に自分以外の姿はなく、皿に盛られた料理だけが現れては消え、また現れる。想像してみると、ひどく不気味な風景だった。

 窓から入る西日が、部屋の角に影を作り出していた。そのせいで、余計に気味が悪く感じられた。

 靴を脱いだ私に、見えない重りがのしかかった。一晩で五年の日々を過ごした疲れだった。横になろうとする体の意志に、抗うことはできなかった。

 昼間、あんなに眠ることを恐れていたのに、私の瞼はすぐに重くなった。何も克服してはいなかった。

 帰ってきた母が起こしてくれることを願いながら、私は静かに眠りについた。


 私がたどり着いたのは、彼女と別れた翌朝だった。

 日記を読んだ私は、すぐに部屋を飛び出した。椅子に掛けられた上着を掴む暇はなかった。鍵をかけたかも定かではなかった。

 新しい日付のページに、一枚のメモが挟まっていた。もっと後ろにあったページを破りとったものだった。

 まだ間に合う。Yを追え。そう書かれていた。

 もしまたここに戻ってきたのなら、その時こそ、彼女に謝るべきだ。そう思った過去の私が書き残したものだった。

 私は車を持っていなかった。良い思い出がなかったため、自転車も持っていなかった。大学も職場も、電車で通っていた。だから、外へ出た私は走るしかなかった。

 裸足のまま靴を履いていた。大学時代から吐き潰したスニーカーで、底の部分が磨り減っていた。雪の残る道で、何度も足をすくわれそうになった。

 上着を持たずに走っていた。必死になって走ったから、寒くなどなかった。

 初めは、夢なのだからどうでもいいと思っていた。あらぬ方へ事が進んでも、いずれ覚めてしまうのだから、現実の私にはそれがどうなろうと関係のないことだと思っていた。

 けれど、そうではなかった。現実でどうしようもない自分が、ここでなら輝けると思った。

 私にとってそこは、夢という言葉で片づけられるものではなくなっていた。どこか別の、遠く離れているのにすぐ傍にあるような、そんな世界になっていた。

 彼女の行き先に心当たりがないわけではなかった。すでにこの辺りを離れてしまっているかもしれないという思いが頭をよぎったが、私は決して足を止めなかった。

 彼女の姿を駅で見つけた。都心の喧騒にあふれた駅ではなく、郊外へ向かう線路に沿ったところだった。叔母の家を出た後、私と彼女が列車から降りた駅だった。

 彼女が立っていたのは、その時と線路を挟んだ向こう側のホームだった。他に人の姿はなかった。

 ホームへ続く短い階段は、あちこちに雪が融けてできた水溜りがあった。そこを駆け上がる私のかかとは擦り切れていた。

 白い息を吐き続けた唇はひび割れていた。

 耳は冷たく、痺れていた。

 私の格好は、虐められた少年のようだった。

 そんな私の姿を目にした彼女の目は、どんよりと曇っていた。こちらの顔を覗く時、もう首をかしげてはいなかった。

 言葉を失った彼女を無理に抱きしめると、大粒の雨が降り出した。

 彼女の目に溜まっていたのは、雨雲だった。


 その後、ホームで倒れた私は二日ほど意識が朦朧としていた。部屋で瞼を持ち上げた私の顔を、Yが首をかしげながら覗いていた。

 もう、この世界に居続けようと思った。夢でも、空想でも、妄想でも、何でもよかった。

 私は決心した。そこにいる彼女に添い遂げようと。


 また同じ部屋での生活を始めた。

 新しい部屋へ二人で引っ越した。

 籍を入れた。

 年子の兄弟を授かった。

 上の子が幼稚園に通い始めた。小学校に入学した。

 二人とも習い事を始めた。

 中学校で部活動を始めた。


 もう、私は日記をつけていなかった。

 気がつけば、現実にいる自分の歳を上回る年月をそこで過ごしていた。

 このまま、私は眠りながら生き続けるのだと思った。すでに、どちらが現実の日々であるのか、判断がつかなくなっていた。

 ふと、ここで寿命を迎えたら向こうの私はどうなるのだろうと考えたりもした。けれど、そんなことを考える必要はないと、浮かんだばかりの疑問をすぐにかき消した。

 私はここで生まれ、ここで育ち、生きてゆくのだろうと信じていたから。



 母のアパートで目を覚ました時、また戻ってきたのだと思った。

 ────戻ってきてしまったのだと思った。

 どこで途切れてしまったのだろう。何が引き金となったのだろう。

 布団の上に私の心はなかった。


 私は、水を背にした魚だった。

 人が死を悟るべきところで、私もまた死を直感していた。

 それは背に迫る水で溺れる恐怖ではなく、陸に打ち上げられた苦しさによるものだった。

 私は、早くその向こうへ行きたかった。皆が溺れてゆく中を、悠々と泳いで回りたかった。


 十七の私は、夢から覚めたくなかった。

 なぜなら、私は知っていたのだから。

 この日遅くに帰ってきた母が、その後台所で倒れることを。いわゆる過労死というものだった。私の好物を作っている最中のことだった。

 この体験は私の大きなトラウマとなり、度々夢として追体験することがあった。母が死んですぐは毎晩のようにうなされていた。

 けれど、薬を飲むようになってからは次第にその間隔が開いていった。夢を見ないで済むよう、睡眠導入剤が手放せなくなった。

 台所に置かれた皿の中身は、いつもと同じものだった。

 当然だ。私はまたあの夏に戻ってきたのだから。ここは悪夢以外の何でもない。

 口にしたそれは、ひどい味をしていた。母の腕が悪かったわけではない。私の舌が、その味を嫌うようになっていたのだ。


 ああ、そうだ。あの夏の日々は、全てが夢の中で繰り返されたものだったのだ。本物の私は、叔母の家で生活を送る方だった。あの平屋こそが、私の帰るべき場所だったのだ。


 母が去ってから、私は叔母夫婦の元に引き取られた。父との繋がりがなかったから、他に行く当てがなかった。

 叔母夫婦には子供がいなかった。どういう事情があったのか、尋ねるのは憚られた。

 それでも、嫌な顔一つせずに私の面倒を見てくれた。私は、あの枕坂を歩いて学校へ通ったのだ。


 制服に着替えた私は階段を下り、表に止めてあった自転車にまたがった。

 本当は、そのまま二階から飛び降りてしまいたかった。

 けれど、私の身体はあの日の自分の後を追う。私がどのような命令をしても、身体はあの日を繰り返す。心だけが殻に閉じ込められてしまったようで、それは成長した私にもどうしようもないことだった。

 下駄箱で靴を脱ごうと体を曲げると、そのまま倒れてしまいそうになった。心だけが、倒れてしまいそうだった。身体は勝手に動いていたが、負担がないわけではなかった。見えない重りが気だるさに姿を変え、私の心にまとわりついた。

 教室にあるのは、いつもの顔だった。思い出そうとしてもぼやけていたはずの顔が、ここに来ると生々しいほど鮮明に蘇る。皆、私の記憶に囚われていたのだ。

 あの朝、教室に着いた私は、ベルトを緩めて自分の席につき、頬杖をついて授業が始まるのを待った。今回の私も例外ではなかった。

 そんな私の前に、白い腕が現れる。Yが、私に声をかけてくる。

 彼女にとって、それは最初で最後の朝なのだ。通過したら二度と戻ってこない。そんなことを彼女は知らないし、知ることもない。

 けれど、私は知っていた。これからYが口にする言葉を、全て知っていた。

 私の瞳に、彼女の顔は映らない。あの朝、私は彼女の透き通るような白い腕に目を奪われていた。あの朝を繰り返すのは、腕や脚のように大きな器官だけではなかった。

「どしたん、眠いん?」

 私は、ああと答えた。過去の私が彼女に返した言葉はそれだけだった。

「昨日のあれ、見た?」

 彼女の質問は、それからしばらくの間、私を苦しめた。私は、彼女がどの番組の話をしようとしていたのかを知りたくなったのだ。

 誰かのうちでテレビの前に座りたかった。新聞をもらうだけでも良かった。同じ曜日の番組欄の見出しから内容をつかみ取れば、彼女の好みに合いそうな番組から絞ることができるかもしれないと思った。

 あの日を経験した私を皆が避けるようになったものだから、誰も協力してはくれなかった。結局、私は高校にいる間にそれを知ることはできなかった。

 列車の中で再会した時に尋ねたりもした。彼女は、覚えていないと答えた。

 高校時代に皆が私を避けるようになったのは、あの三人の影響もあったはずだ。私とK、S、Tの四人を除いた生徒たちの目に、私たちはどのように映っていたのだろう。四人は自転車を並べて仲の良さそうに歩いていたのだろうか。いや、そんなはずはない。少なくとも私には、そのような光景を想像することができない。

 私が彼らと並んで歩いたのは、あの放課後だけだったのだから。それまでも、それからも、私と彼らに接点などなかった。

 ただ、私の家が貧しいということを知った彼らが、門の方で私を待ち伏せていたのだ。駐輪場にやって来た私に、Kが近づいてきた。

 前々から、目をつけられているという自覚はあった。けれど、彼らは学年が一つ上だったから、放っておけば卒業していなくなると自分に言い聞かせて何も気づいていないふりをしていた。それに業を煮やした彼らは、あの日の放課後、ついに私に声をかけてきたのだ。それは、不幸としか言いようがなかった。彼らが気まぐれで選んだ一日を、私は延々と繰り返すことになったのだから。

 私には、Kの誘いを断る勇気がなかった。

 門を出た後の彼らは、私が逃げられないように並んで歩いた。Kが先頭で、Tが左で、Sが右だった。凸の字に私を囲んで、逃げられないようにしていた。

 前を歩くKが、首だけをこちらに向けて数学の先生の悪口を言い出した。単なる独り言ではなく、私に同意を求めるような話し方だった。

 当時の私は、その先生を僅かながら気に入っていた。冴えない中年の男の先生だったけれど、物分かりの悪い私にも丁寧に解説してくれたから。

 Kのことが怖かった私は、もっともだというような言葉を返した。その返事は、Kへの服従と私の心の醜さを表していた。

 Kが、時間を潰すのにちょうどいいところを見つけたから、皆で行ってみないかと切り出した。三人は、薄汚い笑みを浮かべていた。

 私だけに行き先が伝えられないまま四人で歩いたが、これから自分がどのような目に遭うのか、見当はついていた。

 私が連れて行かれたのは、ひと気のない橋の袂だった。Kは、万が一誰かが通りかかっても見つからないよう、袂の下にできた影の方へ私を蹴り飛ばした。

 起き上がろうとした私を、背の高いSが羽交い絞めにした。すばしっこいSが私の鞄を奪い、Kがそれを川原にひっくり返した。

 私の鞄に、彼らを満足させるようなものは入っていなかった。もちろん、財布も持っていなかった。財布に入れるような小遣いをもらっていなかった。

 つまらない結果に終わった彼らの目は、橋から離れた日向の方を向いていた。そこには、四台の自転車が止められていた。


 高校に入った私は、男子のほとんどが自転車で登校していることを知った。一年生の私は、うちが裕福でないということを知っていながら、母に自転車をねだった。

 母は、制服と教科書を揃えるだけで手一杯だったはずだ。それでも、私のわがままのために新しい自転車を買ってくれた。そこらの道を走っているようなありふれた型だったけれど、その一台だけが私にはひときわ輝いて見えた。


 Kの指示通り、Tが私の自転車を橋の袂の方へ押してきた。それを待っている間に、Kは川から子供の頭ほどもある石を拾ってきた。

 私は、自分がどのような酷いことをされても我慢するつもりでいた。でも、自転車にだけは手を出してほしくなかった。私にとってそれは、母の努力が結晶を成したもののように感じられたから。

 私がどれだけ暴れても、Sはびくともしなかった。

 泣きじゃくる私の前で、Kは持っていた石を自転車に振り下ろした。


 彼らといる時間は、私の頭から朝の憂いを取り除いてくれた。

 街灯が灯り始め、私を虐めることに飽きた三人はさっさと帰ってしまった。私は、へこんだ自転車を押して帰った。顔も腕も擦り傷だらけだった。

 薄暗い道を歩く私は、どうして自分がこの体験を繰り返さなければならないのだろうと思った。もう二度と、ここへ戻りたくはなかった。

 ふと、思いついたのだ。トラウマとなったのは、母を亡くしたことだった。なら、これから母を救えばよいのではないかと。

 どうすれば母を救うことができるかと考えた。

 私がどのような命令をしようと、身体はあの日を繰り返す。だから、母の職場を訪ねるような大胆な行動をとることはできない。私の意志は指先にすら届かなくて、手紙を書くことも不可能だ。

 私に残された方法は、一つしかなかった。

 もう走ることの叶わなくなった自転車をアパートの裏に止めた私は、西日に照らされる階段を上がった。










 私は、二十年ぶりにその夢にうなされていました。筆を執る、ほんの少し前のことです。

 不思議なことに、これはあの日の追体験であり、六十を過ぎた私の夢であると、懐かしい布団の上で目を覚ました私は気づいていたのです。

 それと同時に、今までの間隔からして、これ以降私がこの夢を見ることはないであろうと悟りました。そこで、私は夢の中で母を救おうと考えたのです。

 けれど、身体は私の言うことを聞いてくれませんでした。あくまで、あの日を繰り返そうというのです。瞬きさえも、あの日と同じように行われました。

 私が母を救おうが救うまいが、あの日を追体験しなければなりませんでした。

 台所で朝食をとり、制服に着替え、表に止めてある自転車に乗って登校しました。

 教室で、Yと僅かに言葉を交わしました。

 放課後はあの三人と歩きました。

 すべてが、いつも通りでした。二十年の最後に見た夢と、何ら変わりのないものでした。

 ただ、自転車を押して帰る私の意志だけは、以前の夢と異なっていました。

 その時の私にとって、教室でYの腕を眺めていたことも、目の前で自転車を壊されたことも、全てどうでもよかった。アパートに着いてからが、勝負だったのです。

 相変わらず、部屋は不気味なものでした。傷だらけの私は、風呂に入ろうともせず、制服を着たまま横になりました。

 瞼は、私の意志に反してすぐに重くなってゆきました。

 そこで、私は身体中にできた擦り傷に意識を向けました。たとえ瞼が下りようと、意識を保ってさえいれば、夢は途切れないだろうと考えたのです。傷は、痺れるように痛みました。

 しばらくして、痛みに慣れてくると、今度はあの三人の私に対する酷い行いを思い出しました。憎しみが、私の心を奮い立たせました。

 それから、Yの顔を思い浮かべました。朝の私は、ずっと彼女の腕を見ていました。だから、彼女の顔は想像するしかなかったのです。

 瞼が作り出した闇の中で、Yは気遣いと好奇心を半分ずつ持ち合わせたような目で私の顔を覗いていました。

 その最中も、私は母をどうにか助けようということばかり考えておりました。あの日の私の意識が途切れた、その先へ向かおうと。

 母が帰ってきたところで、私が起きだすことができるという保証はありませんでした。あの日の私は眠ったままでしたから。

 と、Yの声が私の耳に届いた気がしました。教室にいた時とは違う、低くて落ち着きを含んだ声でした。

 声は次第に大きくなり、Yの顔には霞がかかり始めました。

 霞は段々と濃くなってゆき、そして、そして…………






 結局、私の夢は、途切れてしまったのです。

 隣の布団でうなされている私を心配した妻が、私の身体を揺すっておりました。


 妻の余計な行いのせいで、私が母を救うことは叶いませんでした。

 だから、妻を手にかけたのです。


 これ以上書くことなど、何も残ってはいないでしょう。先ほどまで書き進めていた便箋は、もう全て丸めて捨ててしまいました。警察が来れば、それらも洗いざらい読まれてしまうのでしょうか。


 筆を動かしているうちに妻が起きてしまうのではと思っていましたが、それも杞憂だったようです。右手が痺れるまで、私が首を絞めたのですから。


 妻が窒息する様は、とても苦しそうでした。

 これから首を吊ろうとする人間が見るべきものではありませんでした。

 ですが、他に私が夢から覚める方法などあるのでしょうか。いいえ、ありはしません。


 ああ、妻を失くしてしまった今の私は、どうしてもこれが夢であると信じたいようなのです。

 いつだったか、寿命を夢の中で迎えることについて考えたことがありました。

 その答えはきっと、「夢から覚める」なのでしょう。


 死んでしまえば、その原因も手段も問うべきものではないのです。




 首を吊るのに、何か都合の良いものはないでしょうか。


 ああ、押し入れに見つけました。くすんだ色の、丈夫そうなマフラーです。

 冬の匂いのする、赤いマフラーです。

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カフェウォールの檻の錆 めめ @okiname

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