火を噴く超重砲


 半壊した尋問室に1人取り残されたレッドは、途方に暮れていた。


 巨神と人型兵器の戦いが始まってしまえば、彼にはどうすることもできない。

 だが傍観者に徹しているうちに、事態はどんどん変化しはじめた。


 まずスーパー・グスタフの主砲が稼働しはじめた。

 そして今度は透明な械獣がコラドの乗る人型兵器を撃墜。


 械獣も問題だが、それ以上にスーパーグスタフも気になる。

 主砲が動き始めた時点でジェロームは人型兵器の手の中にいた。

 彼が関与している可能性は低い。

 だったら誰が動かしている? 何をするつもりだ?


『……たーしへろみ へ! たーしへとろ つみへ!』


 イクッネンのポケットにある無線機から、声が流れる。

 非斗の言葉。だがレッドはその声に聞き覚えがあるような気がした。


「……おまえ、もしかしてゼツトーリョーか?」

『おや、これはこれは班長殿。エケケケケケ!』

「おまえ、今何処で何をやってる」

『そんなことはどうでもいいでしょう。外の景色が見えますか? 今、ハビタット狙撃計画が進行中です。このままだとあなた方の大地は滅びてしまいますよ』

「…………」

『止める方法は1つ。砲身の近くに、4階建てほどの丸い塔があるでしょう。その最上階に、動力制御室があります。そこに乗り込み、炉を緊急停止させることです』

「動力炉には……」


 ブルーとピンクを向かわせた、と言おうとして、レッドは口をつぐんだ。

 2人はとっくに辿り着いているはずだ。なのに動力炉は止まるどころか全力稼働しているのだから、結果は推して知るべしである。


 そうでなかったとしても、わざわざ絶遠に教えてやることはない。


『今暴れている械獣は、動力炉に近づく者は誰であれ攻撃するようにプログラミングされています。もちろんそれが、たかが人間1人であったとしても、見逃すというチョイスはありません』


 主砲が発射される前に、ラーディオスは械獣を打倒できるか。

 無理そうだ、とレッドは判断する。


『しかし、械獣がラーディオスに注意を払っている今なら動力室に辿り着くことは可能です。そして動力炉を止めることはラーディオスを救うことにも繋がる』


「どういうことだ」


『あの械獣は非実在化に必要な電力をスーパーグスタフから盗電することで得ているのです。動力炉が止まれば、奴は最大の能力である非実在化を失う――そうなればあれは、もはや鈍重な、取るに足らないザコですよ』


 絶遠了が信用に値するかどうかは、間違いなくノーだ。

 だがどのみち、主砲発射は阻止せねばならない。

 ジェローム暗殺に成功しても、帰るべきハビタットがなくなってしまえばボーナスも何もあったものではない。


「仕方ねえな」


 王宮の廊下をレッドは走る。

 入口に動かせる状態で捨て置かれたバイクがあったので、これ幸いに拝借した。

 動力室のある塔まではあっという間だ。

 械獣は大きな獲物ラーディオスに夢中で、彼のことなど気にもかけない。


 ふうふう言いながら、塔の外壁に沿ってジグザグに設置された粗末な階段を3階あたりまで駆け上がったときだった。


「どうかそこから先は遠慮していただこう」


 背後から投げかけられるジェロームの声。

 鉄板でできた上り階段の中腹で、レッドは立ち止まり、そっと両手を挙げた。

 肩越しに振り返る。案の定、銃口の黒い穴が彼を見返していた。


「これはあんたの娘を救う道でもあるんだがな」

「1度グスタフの炉を落とせば、再起動には長い時間がかかる。娘は大事だが、大義には換えられない」

「俺も息子より大事なものなんていくらでもあるが、念仏なんかで人の命を粗末にするもんじゃない。そんなにハビタットが憎いか」

「感情などという卑俗な問題ではないんだ。ハビタットの強欲を戒め、無駄に流される非斗の血を止めるためのものだ」

「あんたは人間を憎むあまり、非斗って生き物を過大評価している。あんたが思ってるほど高尚な生き物じゃないぜ」

「それでも人間よりは遥かにマシだ」

「そいつは――」


 いくらなんでもどうだろうな、と続けようとしたときだった。


 動力室からけたたましいサイレンが鳴り響く。

 退避しろという人工音声のガイダンスが流れてくる。


「……発射シークェンスが始まっている」

「いったい誰が」

「こっちが訊きたい――」


 その時だ。


 稲妻が落ちたと、レッドは思った。

 耳をつんざいて頭部を破裂させるような轟音と、周囲を白に塗り潰すほどの閃光と、そして熱波が2人を1度に襲った。

 みしみしと階段――いや塔全体が軋む。


 ばきん、と老朽化した階段が不吉な音を立てた。

 「うわあ」とどこか間の抜けて聞こえるジェロームの声。

 見れば、男の身体が手すりの外に投げ出されるところだった。


 レッドは無意識に、左手を伸ばした。

 その手に人間の重みがしがみつく。

 レッドのもう一方の手は、階段の手すりを握りしめる。

 手すりは地面に対して垂直になりながらも、すんでのところで壁と繋がっていてくれた。


「……何故、助けた?」


 泣き笑いのような顔で、ジェロームがこちらを見上げてくる。

 知るか、とレッドは呟く。

 本当にわからなかった。


 手を離せば、ジェロームは階下の踊り場にべたんと尻餅をつく。

 自分も降りようとしたレッドだが、階段が壊れた以上、動力室に辿り着くにはこのまま手すりをロープのようにして上っていかなければならないことに気づき、悪態をつきながら上っていった。



 一方、辺村達もまたグスタフの発射を目視した。

 小さい頃に見たスペースシャトルの打ち上げを、辺村は連想する。

 実際、打ち上げ台が大砲に、シャトルが砲弾に変わっただけで中身は同じようなものだ。


「あれ、止めなきゃいけないんじゃないの!?」


 スゥが叫ぶ。


 はたしてハビタットに守る価値があるのか、自分達にそんな義理があるのか――。

 その答えはまだ出ていないが、多くの人命を奪う危険性を持ったものを、見過ごしておけないのは人の性だ。ジェロームがそれを偽善と呼んだとしても。


 先に動いたのはスゥだ。

 赤に変わるラーディオスが、パルマ・ジャヴェロットを天に向ける。

 しかし、背中にぶつけられたヒートロッドがビームの射線を大きくずらした。

 そのわずかな遅延が、砲弾とラーディオスをもはや手の届かない距離まで引き離す。


「邪魔を!」


 自分でも理由のわからない怒りに駆られ、スゥは照準を背後に向ける。

 だが遅い。もう械獣は姿を消している。


「ちっ――!?」



 ――械獣はそっと、ラーディオスの左後方に移動。

 『彼』は勝利を確信していた。

 いや、信じる以前の問題である。当たり前のことだ。


 姿を消している間、わずかな足先を除いては、彼はこの世界のどこにも存在しない。

 存在しないものを破壊することは不可能だ。

 故に自分に負けはない、そう彼は信じていた。


 だが攻撃に移ろうとした瞬間、巨神がこっちを振り返る。


 一瞬警戒したものの、ただの偶然と械獣は片付けた。

 しかし、それは偶然ではなかった。

 巨神は手にした杖をホイップに変え、投げつける。

 虚しく通り過ぎるだけだったはずの刃は、だがしっかりと械獣の胴体に突き刺さった。


 ――何故?


 械獣はそこで、自分の非実在化が解除されていることに気づいた。


「やったぜ」


 動力炉の停止ボタンに手を乗せたレッドが、姿を現わした械獣を見て喝采を上げる。


「デリャアアアアッ!」


 赤いラーディオスの飛び蹴りは、避役械獣の思考システムを、永遠に実在しない領域へと追いやった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 そして半時間後――。


 なんとか地上に帰還したレッドは、ジェロームの陰鬱な表情に出迎えられた。


「……そうむくれるなよ」

「むくれてなどいない」


 人生をかけた大がかりなプロジェクトが土壇場で何者かに奪われた苛立ちを、ジェロームはまだ呑み込めない。


「それより、私を殺すんじゃなかったのか?」

「今はやらない。さっき飛んでいったあれについて、あんたには訊きたいことが山ほどある」

「私が素直に答えると?」

「殺さないだけでも感謝してほしいくらいだが、何なら交換条件を出そう。俺の質問に答えてくれたら、俺の手柄をあんたにやる」


 レッドの手柄とはスーパーグスタフの炉を落とし、械獣の非実在化能力を無効化し、ラーディオスを――スゥとメンカを救ったことだ。


「本当は娘思いのパパが、悲願を捨ててまで娘を救った――そういう美談にしてやろうっていうんだ」


「その男にそんなものは、むしろ不要ですよ」


 スゥがレッドとジェロームを見つけて歩み寄ってきた。

 父親に向けるその眼差しは、仇を見るように剣呑だ。


「あたしは、あたし達は、あんたを絶対ジェロームとは呼ばないよ、お父さん。あんたには父親の責任があるんだってこと、一生忘れさせてやらないから……!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る