ジェローム


 スーパーグスタフを調査したいというレッドの望みは、図らずも叶えられた。

 コラド達に連行されたその先が、スーパーグスタフだったからだ。


 それはもはや列車砲などという代物ではなかった。

 要塞砲――いや、都市砲というべきだろう。

 中央に巨大な大砲を備えた街だ。

 しかも移動する街である。

 小さなビルほどもある巨大なローラーが、道を塞ぐあらゆるものを押し潰していく。


 何者が造ったのか、何処へ行くのか――。

 その答えを得られぬまま、レッド達は移動要塞都市の小さな部屋に閉じ込められていた。


「271は何処に連れて行かれたんでしょうね」


 沈黙に耐えきれなくなり、ブルーは口を開いた。

 狭い牢獄の中、スゥの姿だけがない。

 スゥ、そして辺村は、94班がここに押し込められて間もなく、コラドなる少年によって何処かへ連れて行かれたのだった。


「知るかよ」

「ちらっと見た大砲、もう120センチ口径なんてもんじゃなかった。ロケットでも打ち出せそうなデカブツでしたよ。いったいあれだけのもの使って、何と戦おうってんですかね」

「おまえ、もしかして俺を何でも知ってるナゾナゾ博士だと思ってるのかも知らんが、ご期待には添えねえよ」


 苛々するレッドの神経を逆撫でするかのように、鼻歌が流れてきた。

 それはどんどん大きくなる。近づいてくる。

 鼻歌の主は監房の前で止まった。格子が開く、


「やあ、御機嫌麗しく……はなさそうだな? エケケケケ!」

「187……いや、ゼツトーリョーか!」


 いかにも、と絶遠は嘲笑を浮かべた。


「目的地までは遠い。それまでオレと愉快なお喋りでもいかがです?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 牢屋に押し込められたレッド達に比べれば、スゥの待遇は破格といってよかった。

 小綺麗な部屋を与えられ、着替えの服まで用意された。

 どこかの民族衣装の趣がある、ライトブラウンの質素な衣装。

 少なくとも迷彩服よりはずっと、少女達の趣味に近い。


 更には、極めつけに軽食まで運ばれてきた。

 パンにスープ、目玉焼きにベーコンが一切れという簡素なものだったが、地球に降りてから食べたものの中では上位に入る。


 異様な好待遇は、スゥにすら不安を抱かせた。


「……丸々と太らせてから食べるつもりじゃないよね?」

「太るには全然足りない量だったけれど」

「じゃあ、毒?」

「鉛玉1発で事が済むのに、わざわざ?」


「おそらく」辺村は部屋の外に声が漏れないよう、声をひそめる。「あいつらは俺の――レヴォルバーの価値に気づいてる。俺の機嫌を損ねないよう、現パートナーのおまえらにもお優しくしてくれてるってことだろうぜ」


 そんなとき、ドアがノックされた。

 囚われの身である以上、拒否するわけにはいかない。


「どうぞ」


 入ってきたのは、コラドと、そして中年の男性。

 40代くらいだろうか。陽に焼けてがっしりとした体格の男だった。

 顔にはいくつもの古い傷痕が、皺のように刻まれている。


 だが、そんな肉体的特徴よりも。


「何、その格好?」


 たとえ械獣によって地球の文明が大きく後退しようと、スーパーグスタフはれっきとした科学文明の産物であり、人の操作によって動いている。

 その中にあって、コラドとその後ろに立つ男の出で立ちは、自然の中で機械文明を持たずに生きる――いわゆる未開の部族のそれに見えた。


 上半身に巻き付けた1枚の布の下からは素肌が覗く。

 その肌の上には何らかの意味を持つのであろう紋様が、白い塗料でペインティングされていた。

 手首と足首には輪がいくつかはめられている。コラドよりその後ろの男の方が本数が多い。もしかしたら階級を示しているのかも知れなかった。

 足には素朴なサンダル。

 加えて後ろの男は鳥の羽をいくつも並べた帽子で頭から首元まですっぽり覆っている。

 

「これが我々の正装だ。ハビタットの文明から脱却し、新しい人類の文化を築いていく決意の証である」


 後ろの男が言った。


「あんたは?」

「口を慎め、孤独な女」


 コラドが美しい顔に青筋を立てる。


「この方こそ、ジェローム様だ。おまえがみだりに口を利いていい相手ではない」

「やめろ、コラド。私は彼女に口を利いてもらうために来たのだ」


 立ち話もなんだ――と、ジェロームは部屋にあった円形のテーブルに視線を向ける。

 椅子は2つしかない。ジェロームとメンカが座り、コラドはジェロームの背後で仁王立ちになる。


「あらためて名乗っておこう。ジェローム・ニーモンだ」

「7T-271-28。でも、スゥって呼んでください」

「腰にいる御仁にも挨拶してもらいたいな」

「…………!」


 スゥと辺村は身を固くする。

 やはりジェロームはレヴォルバーのことを知っているのだ。


「……辺村肇だ」

「よろしく、ベムラ。ゼツトーから君のことは聞いている」


 絶遠了の名に、スゥは身を固くした。

 あいつはここにいるのか。

 そして、絶遠からレヴォルバーの――辺村の情報が流れたのだ。

 スゥとメンカのこともおそらくは。


「俺もあんたのことは聞いてるよ。HCを保護して回っている大人がいるってな」

「HCの保護。確かにそれも私の目的の1つではある」

「じゃあ単刀直入に訊くが、あんたの本懐は?」

「私は、ハビタットに地球奪還政策をやめてもらいたいのだ。地球には既に新たな生態系が生まれ、調和している。人類の介入はそれを乱すものでしかない」

「――何がおかしい!?」


 コラドはスゥの口元に浮かんだ微笑を見逃さなかった。

 凶暴な犬のように怒りを露わにする。


 テントの時の、どこか他人を1段低く見ているような――いや今もそれは変わらないだろうが――悠然とした印象とは違い、強い感情を露わにするコラドに、スゥは面食らう。


「いや、ごめん。あたし達……あたしの父さんと同じようなことを言うから」

「7ノーベンバー-256-42は私の友人だった」


 スゥ達の父の名をジェロームは口にした。


「父は……?」

「残念ながら会わせてあげることはできない。いや、意地悪で言っているのではないぞ。彼はもうずっと昔に天に召されたからだ」

「なんで、父は死んだんですか?」

「械獣にやられた。彼は反社会分子であったが故に、HCとして地球に下ろされていたんだ。私がいた部隊の一員として」

「…………」

「最初、私は彼の言うことをくだらない戯言だと思っていた。我々は人間だ。地球の生態系よりまず、考えるべきは人類の利益だと」

「あたしもそう思いますね」


 もっとも、スゥにとっては人類の利益などよりも圧倒的にメンカの幸福が優先されるわけだが。

 メンカのためなら人類絶滅も辞さない。


「しかしだ、君の父上が死んだ戦闘で私の部隊は全滅し、私自身もまた生死の境をさまよった。そこで私は地球の原住民に救われ、それで私は、君の父上の正しさを知ったのだ」

「原住民……?」

「まさか、俺達が見たあの犬みたいな人間、あれが……」

「そう。私は『非斗ヒト』と呼んでいる」


 ジェロームはテーブルの上に指で『非斗』と書いた。


「非斗……」

「念の為に言っておくが、彼等は文明人だ。彼等独自の文化と、高潔な精神を持っている。私が教えるどころか、教えられることばかりだ」


「そんなことはないぞ」


 いつの間にかドアが開いていて、『非斗』が1人、立っていた。

 衣装はジェローム達の物によく似ている。

 金色に輝く全身の装身具と錫杖が、その非斗が高位の存在であることを示していた。


 驚くことに、その非斗は人間の言葉を発していた。それも流暢に。


「ジェロームがいなければ、我々は王都が動く乗り物であるということを知らず、再び走らせることもまた叶わなかっただろう」

「陛下、何故このようなところに?」

「ここは王の城である。城の主人が何処へ行こうと勝手では?」


 苦虫を噛み潰したような表情のコラドを余所に、王と名乗る非斗は無警戒なまでにスゥに近づく。


「おまえがもう一挺のレヴォルバーと、その契約者だな? 名乗ることを許そう」

「スゥです。このレヴォルバーはベムラハジメ」

「我が名はラメチネワ3世。『チーハミ』……ジェローム言うところの非斗、その女王である」

「女王様……!?」


 よく見れば、その胸には4つの膨らみがあった。


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