動力炉の神


「ラメチネワ! をーきほはラメチネワ! いなたのねー ぬらろゆそ をあろけわ へ!」


 怒鳴りながらやってきたのは、たくましい肉体を持った若い非斗ヒトだった。

 ジェロームの姿を見つけ、明らかに不快そうな顔を浮かべる。


「ジェローム、いなたのへ ねーひへをた をーきほは!」


「ろろに」


 ジェロームは肩をすくめると、首を横に振りながら非斗の言葉で返した。


「――いなたへー へんへーにつ みひたをて ゐをめ? ひたをはしを ろ」

「くるーりゑ!」


 何を言っているのかはスゥにも辺村にもわからなかったが、2人の仲が悪い――特に新しく入ってきた非斗の方がジェロームを敵視していることは伝わってきた。


 体格のいい非斗は不機嫌さを隠すこともなくどすどすと足音を鳴らして去って行った。

 遠くで彼がラメチネワを呼ぶたび、スゥの影で女王は喉を鳴らして笑う。

 ジェロームが苦笑。


「女王陛下、また仕事を抜け出されましたな。おたわむれも程々にされないと、私がイクッネン殿に怒られます」


 さっきの非斗はイクッネンというらしい。


「女王にも息抜きは必要だ。おまえもそう思うであろう、スゥ?」

「は、はあ」

「来ませい。私が王宮を案内してやろう」

「えっ、でも」


 スゥはジェロームを見たが、彼は首を横に振った。


「私の話はさほど重要ではない。陛下が代わりに王宮を案内してくれるならかえって助かる」


 何か言おうとしたコラドを制して、ジェロームが言った。


「ジェロームのお墨付きだ。参ろうぞ、スゥ」

「あ、はい」


 スゥが部屋を出て行く瞬間、「ジェローム様は奴に甘すぎます!」とわめくコラドの声が聞こえたが、ドアが閉まったことでかき消された。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「まずは我らが神の祭祀所を紹介しよう」


 無骨な鉄筋の階段をカンカン鳴らしながら女王が言った。


「あれを見るがよい」


 4メートル程の大きさの、節のある真っ黒な円柱が建っている。


「暗黒の炎、竜のごとき芋虫、朦朧もうろうたる闇の塊、そういう呼び名で称えられるのが我々非斗の神である」

「名前はないんですか?」

「もちろんあるが、みだりに唱えることは許されていない。それにどうせ、神の真名は我々の声帯では正確に呼び表すことはできぬ」


 神殿には、煌々と燃える巨大な炉があった。

 炉の周囲の壁や床はレリーフやタペストリー、彫像で飾り立てられ、ここが神聖な場所であると訴えかけている。


 が、辺村にはここに神性を見いだすことはできそうにない。


 彼からすればそこはただの動力炉――、すなわち、スーパーグスタフの心臓部でしかなかったからだ。

 炉の内部から伝わってくる熱とモーターの振動、そこに非斗が何らかの神がかったものを見いだしたのは想像できる。

 それでもタネさえわかっていれば、それはただ機械が稼働しているだけでしかなく、こんなものを崇拝している非斗達は滑稽にさえ思えた。


 もちろん、口には出さない。

 そんなことをしてしまえばその瞬間、辺村はスゥの身体ごと生贄にされてしまうに違いなかった。


 神殿の周囲にはスミレ色のローブと骸骨めいた仮面を被った非斗が動き回っている。

 誰か1人くらい、客人の案内に現を抜かす女王を咎めても良さそうなものだが、誰もそうしない。

 目さえくれなかった。


「神官たちは、王よりも位が高いものだからな」


 恥ずかしげにラメチネワは言った。


「我等の神は、屍体しか食べない。それ故にその眷属たる我々も、命の尽きたもののみを食するようにしている」

「……ああ、なるほど」


 シィが釣り上げた魚を逃がそうとした理由を辺村は理解した。

 彼にとって、釣り上げられただけでまだ生きている魚は食べていいものではないし、また殺していいものではなかったのだ。


「そうです」

「うわっ!」


 いきなり背後から声をかけられて、スゥは飛び上がる。

 振り返れば、黒い肌をした長身痩躯の青年が柔和な笑みを浮かべていた。

 非斗ではない。人間だ。


「失礼、そこまで驚かれるとは思いませんでしたので」

「あなたは……」

「ワタシは、ニアラといいます。ジェローム同様、非斗の文明に興味を抱いてここに来た者です」

「はあ……」

「彼等は――非斗は命を奪いません。ただ獲物が天命を全うし、死ぬのを待ち、それを食します。家畜にさえ生きる権利を認め、尊重する。そうした仏心とでもいうものが、ジェローム氏を惹きつけたようで。いや、それとも女王の美貌の為せる業でしょうかな」

「不敬であるぞ」


 ラメチネワはさっと顔を背けた。


「あいつは、そんな俗物ではない」


 なんだか変な空気になってきた、とスゥは思う。

 辺村はニアラを警戒してか、一言も発しない。

 話題を変えてくれそうな人物は他にいなかった。


「あ、あのですね、えっと……」


 何か話題、話題――。


「家畜にも生きる権利を尊重するってことは、牛や豚も寿命が尽きるまで待ってるってことですか」

「そうだ!」


 空気を変えたかったのはラメチネワも同じようで、やや食い気味に答えてくれた。


「で、でも、それじゃ家畜が長生きしますよね。それでみんな食べていけるんですか?」

「足りぬとすれば、それも神の思し召しだ」

「――どうです、面白いでしょう?」


 ニアラはスゥを――というよりは辺村を――見て笑う。

 皮肉屋などという言葉を越えた底意地の悪さが垣間見えて、スゥはたじろいだ。


「類をみない自虐的な宗教観だ。まあ、いい加減彼等の中でも時代遅れな考えになりつつありますが」


 女王が眉間に皺を寄せる。

 また空気が険悪なものになってしまったが、むしろそれを望むように、ニアラは続ける。


「まあ、ここ数年は豊作でありがたいことですね、女王陛下。偉大なるモルディ――」

「ニアラ殿。異教徒といえど、軽々しく我等が神の名を口にしないでもらおう。不敬であるぞ」

「これは失礼」

「そ、そっか、豊作なんだー。よかったですね女王様」


 だが、スゥの言葉にラメチネワもニアラも微妙な顔をした。


「どうしたんですか」

「い、いえ……」

「――スゥさん」


 ニアラが笑みを深くして、言った。

 あれ、名前を教えただろうか――とスゥは思う。


「今、地球で最もよく死んで、非斗にとってそれなりに食べ応えのある生き物を知っていますか?」

「いいえ――」

あなた達・・・・ですよ」


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