第6話「オアシスのひみつ」~瓶子草型侵緑械獣セラサニエ 登場~

魔の森を往け


 大皿の上、1人分だけ余った食べ物のように、その森は砂漠の中にぽつねんと存在していた。

 森を構成する木々はラーディオスでさえ隠れそうなほど背が高く、鬱蒼と密集し、その奥は外からでは見通せない。


 見るからに湿度が高そうで、ジャングルの一部分をコピー&ペーストしたようだと辺村は思った。


 中心にはオアシスがあり、かつてキャンプTの人員がこの森を天然の城壁として械獣達から身を隠していた。けれどそれも過去のこと。オセロはひっくり返され、今ここは植物型械獣の陣地となっている。


「ここから先は車じゃ無理だな。各員、防毒装備に破損がないかチェック」


 メンカ達は宇宙服のような対毒防護服のヘルメットを装着。

 隣にいる人間同士でヘルメットのロックを確かめる。


「これじゃ、お腹空いてもおやつが食べられないね。やだやだ」


 イエローが軽口に見せかけつつも切実な本心を吐露した。

 全員で無視する。


「……おい、メンカ」


 CATから降りる寸前のメンカを辺村は呼び止めた。

 レヴォルバーはドライバーから外した状態で、防護服のベルトに挟み込んでいる。


「あいつのこと、報告しなくていいのか?」


 ジェロームが大人達を滅ぼすと言っていた、あの少年。

 心理学者でもカウンセラーでもないが、恐怖のあまり妄想に逃げ込んだのだとは辺村には思えない。


「一応、録音もしておいたが」

「辺村はどっちの味方なの」

「……俺は……」

「大人を皆殺しにしようなんて間違ってる。でも、このままHCが死んでいけばいいとも、わたしには思えないよ」

「そうだが……」


 いつまで車の中にいるつもりだ、とピンクが怒鳴りつけてきたので、それで2人の会話は打ち切られてしまった。


 キャンプから派遣されたアドバイザーとHC2人を中心に、兵士達は菱形の陣形をとる。

 67班が菱形の右側、94班が左側を構成する形だ。

 何も知らない身からすれば少年少女を兵士達が守っているように見えただろう。

 いや守っているには違いないのだが、あくまで死ぬべきところで死なせるために過ぎない。

 まるで護送される死刑囚だな、と辺村は思う。


「……おかしいな」

「どうした?」


 首を捻るアドバイザーが一行の不安を煽る。


「オアシス周辺の森、こんなに大きかったかと……いや、気のせいか……」

「それより械獣だ。さっさと片付けよう」

「目標は湖の中央、湖底から生えています。移動していなければ、ですが。問題はどれだけ支配地域を広げているか、です」


 オアシスにいた人々が追い出されてから今日で4日目。

 その間、瓶子草械獣がどれだけ成長しているかは想像もつかない。

 

「とにかく、湖までいかないと駄目か」


 毒々しい花々をクリスマスツリーの飾り付けのように散らした、濃密な緑を掻き分けて進む。

 かつて人間達が綺麗に草を刈って切り拓いた道も、もう獣道と区別がつかない。

 植物達は人類不在のわずかな間に、迅速に領地回復を成し遂げつつあった。


「自然の力って偉大だねえ」

「何が偉大だ。勝手に増えやがって、気持ち悪いだけだろ」

「本当、なんでこんな厄介なものがいる星を手に入れなきゃならないんだ」

「その発言チクられたら降格だよ」

「あーもう、さっさとHCで吹っ飛ばしてえ」


 森の中は湿度・温度ともに高く、浄化装置を通して流れ込んでくる空気は固形物のように呑み込みづらい。

 呑み込めば呑み込んだで、喉を灼くようだ。


 67班の少年HCはすぐに体力の限界を迎えた。

 何度も四つん這いになってはぜいぜいと荒い息をつく。

 その都度、隣を守る67班の桃腕章がつまみ上げるように立たせた。


「おら、立て!」

「――待ってあげてください」

「あん……?」


 耐えきれなくて、メンカは割って入った。

 死にたくないと獣のように暴れ回るか、あるいは鎮静剤のおかげでゾンビのようになっているHCの姿しか知らない男は、はっきりと人間的な意志を持って動くメンカに戸惑う。


「この子は、大人みたいに体力がないんです。休ませてあげてください」

「何を……!」


 男は青筋を浮かべる。彼にとってHCとは、目をつぶっていてもパスできるような試験にも受からなかった、出来損ないの穀潰しだ。

 そんな相手に面と向かって意見された。HCとしては異質に見える少女への戸惑いより、怒りが勝つ。


「ハーイ、ごめんなさいねー、ウチの子が」


 イエローが割って入らなければ、メンカはライフルの銃床で殴られていただろう。

 67班の班員は舌打ちして遠ざかる。


「君――」


 メンカはHCの少年に手を伸ばそうとして、思いとどまる。

 前に進むことを強いること、それは彼を死地に送り出す『敵』の行為に他ならない。


「……怖がらなくていいよ。君はここでは死なないから」

「は……?」


 散々迷って、かけることができたのはそんな言葉だった。

 案の定、少年は困惑を露わにする。


「……おい、あんまり無茶すんなよ」


 辺村はそっと声をかけたが、帰ってきたのはメンカの含み笑いだった。


「……メンカさん?」

「気づいた、ベムラハジメ? 今わたし、殴られそうになってもスゥを出さずに済んだ」

「…………」

「これなら思っていたより早く、スゥを辛い目に遭わせずに済むようになりそう……。うん、スゥはわたしが守るんだ、ずっと」


 メンカの言葉に引っかかるモノを感じた辺村だが、67班のメンバーがこっちを訝しんでいるのに気づいて口を閉ざす。


「……休憩しません? その子も限界だし」


 イエローが提案。しかし67班の班長は首を横に振った。


「こんなところで野宿などごめんだ。少しでも早くケリをつける」

「ですが――」

「うちのHCなら心配無用だ。……おい」


 67班の青腕章が、米袋を担ぐように少年を肩に乗せ、歩き出す。


「そこまでするかよ。ハビタットに帰りたいからって」


 ピンクが軽蔑を滲ませて呟く。

 それは小さな声だったが、虫の声も聞こえない静かな森の中では、相手の耳に入るのに充分だった。


「ああ、帰りたいね!」


 67班班長が鼻息を荒げる。


「こんな惑星、さっさと出て行きたい」

「おや、班長自らハビタットの国是に逆らうんですか? 懲罰ものですよ」


 地球奪還作戦は祖先からの悲願として、ハビタットの最重要事業に位置づけられている。

 異を唱えれば、思想犯として逮捕。最悪極刑もありえた。

 実際に地球不要論過激派が銃殺されるところを、レッドは見たことがある。


「そうは言ってない。地球に住みたい奴は住めばいい。私はごめんだ、というだけだ」


「そうか? 広々としていていいと思うんだが」


「よせよ兄弟、こんなところに来てまで心にもないことを言うのは。憲兵どもなら今頃クーラーの利いたテントで我々が何人帰ってこられるか、賭けの真っ最中だろうさ」


「……ガキどもが可哀想だって思わないんですか」


 不快感を滲ませるピンクに、67班班長は笑みを返す。


「ほう、君等はHCを人間扱いしているのか? これはすごい。よくもまあ、人間扱いしている相手を爆弾として使えるものだ」


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