取引


 67班に遅れて、94班も大型テントの外に出る。

 周囲に人影がないのを確認してから、辺村は押し込めていた鬱憤を吐き散らした。


「あんたらなんとも思わないのかよ? あんな子供を特攻兵器にして!」


 イエローとピンクが気まずそうに目を逸らす。


「……誰の所為だと思ってるんだ、旧世界人」


 押し殺した怒りの声が、レッドの口から漏れる。


「おまえらのせいだろうが。おまえらが地球を奪われなんぞしなければ、HCだけじゃなく、俺達だって戦わずに済んだんだ!」

「…………!」

「それともなにか? おまえが全部のHCの代わりに械獣を根絶やしにしてくれるってのか!」

「それは……」


 辺村は言葉を濁す。

 それは残りの人生の全てを戦いに費やすということだ。

 薪にされるのは自分の人生に留まらない。

 メンカとスゥ、そして彼女達の次に続く召神者レヴォリストの命も使い捨てることになる。

 軽々しく「できらぁ!」などと返事はできない。


 しかし。


「何で黙るの、ベムラハジメ。やろうよ」


 メンカは乗り気のようだった。


「械獣を1匹残らず滅ぼせばいいんだよね。ラーディオスならできる。いや違うな、ラーディオスでもなければできない」

「残りの人生、戦いに費やすことになるぞ」

「今だって、ラーディオスで戦うか、HCとして自爆するかの2択なんだ。ポイントFX破壊に成功しようがしまいが、械獣が絶滅しない限りわたし達はハビタットに戻れない」


 スゥを傷つける者は、1匹残らず駆逐する――。


 無言のうちにそう語るメンカの声に、辺村は薄ら寒いものを感じていた。


「どうやら271の方が腹は据わってるみてえだな」


 レッドはニヤリと口を歪めた。


「できないなら、黙ってろ。偽善者が」


 吐き捨てるように言って、レッドは辺村に背を向ける。

 しかしその進路は彼等に割り振られたテントのある方向ではなかった。


「班長、どちらへ?」

「67班のところだ。まだ寝るには早い。瓶子草械獣討伐作戦の打ち合わせをしなくちゃな」

「1人でですか」


 普段ならレッドは、ブルーを秘書代わりに連れて行く。

 だが今回はついてこいとは言わなかった。

 流石に、言われなくてもついていくものとして扱われるのは嫌だとブルーは思う。

 来て欲しいならあらかじめ言え。気安くこき使わないでもらいたい。


「ああ、俺1人でいい。おまえらはゆっくり休め。久しぶりのまともな寝床だ」

「……聞いた? 今の?」


 決して部下に優しい方ではないレッドの台詞に、班員達はむしろ不安げに顔を見合わせた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 部隊ごとに1つのテントが与えられた。

 ただし、そう広くない。

 全員が横になれる程度のスペースに、あるのは天井からぶら下がった電灯1つと、人数分の寝床だけだ。


 イエローはテントに入るなり、すぐ横になって寝息を立てはじめた。

 ピンクもそれにならおうとしたのだが。


「……ああクソッ、胸糞悪ぃ、畜生が」

「何それ、俳句?」


 寝たはずのイエローが目を瞼を開き、へらへら笑う。


「うっせんだよ」


 驚かされた腹いせに、ピンクは枕でイエローの顔をはたいてやった。


「何がそんなに気に入らないワケよ? あの日?」

「……さっきの、どう思った? ブルー192も」

「ん? 何がだ?」


 睡眠導入剤代わりに作戦資料をチェックしていたブルーが視線を上げる。


「あのガキだよ」

「67班のHCか……」

「地球に降りる直前にさぁ、いきなりこれを爆発させてこいって271を押しつけられたときは、ああこれが軍隊ってもんなのかって思ってたけど、ああやって泣き叫ばれるとクるもんがあるよ」


 わかる、とイエローが指を鳴らした。


「その点、271は最初から平気そうにしてたもんなぁ」

「ああ。泣くどころかふてぶてしく睨みつけてきやがって。ありゃ確実に重犯罪者で、手の込んだ死刑に付き合わされてるんだと思ったよ」


 その271メンカはここにはいない。

 少しの間、居心地が悪そうにもじもじしていたが、「やはりCテントで寝る」と言って出て行った。


「あー、クソ、面倒くせえ! なんで私が余所のしらねえガキのために嫌な気分にならなきゃなんねえんだ!」


 ハビタットにいれば、嫌な情報のシャットアウトは容易だった。

 だが地球ではそうもいかない。

 厄介な問題は拒否設定などお構いなしにやってきて、解決するまで離れてくれない。


 悶えるピンクを無視して、ブルーは資料に目を戻す。

 彼にとってはHCよりも明日の作戦のことが重要事だ。


 目的地のオアシスにある植物はその7割が悪性植物に変化している。

 単に鋭い棘を持つだけのものから、神経ガスを放出しているものまで多様だ。

 よって出発前にはHCを含めた全員にA級防毒装備一式が支給される。

 瓶子草械獣のいる湖までHCを護衛し、その後オアシス外まで離脱せよ。

 安全圏まで避難したら反陽子爆弾を起爆。


 ……そういう、作戦と呼べないような行程が記載されていた。

 地図も大まかなものだ。突入ルートも現場の判断任せである。

 植物の繁茂スピードが速すぎて、どこからなら比較的楽に入り込めるのか、もはや司令部にもわからないのだ。


「要は湖まで爆弾をしかけて、逃げる、か……」


 ブルーはリストアップされた毒性植物を記憶することに専念した。

 もっとも欄外には、『これはまだ1部であり、更に未知の種が存在する可能性が極めて高い』という素敵な但し書きがついていた。


 要は、何が出てくるか全く予想がつかないというわけである。

 ブルーは目頭を押さえる。

 心強さに涙が出そうだ、畜生が。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 一方、メンカは67班のテントに向かっていた。

 寝る場所の変更について、レッドに許可を取るためだ。


 入口にまで近づくと、ぼそぼそとした喋り声が耳に届いた。


「……最後に、提案がある」レッドの声。

「ほう?」


 67班班長の声には、面白がるような、戸惑うような響きがある。


「瓶子草械獣討伐には、こちら側94班のHCを使いたい」

「それはこっちの台詞――」

「だが、ハビタットへの優先帰還権は、そちらが受け取っていい」


(……え?)


 メンカは耳を疑う。

 ハビタットへの帰還は、降下兵なら誰もが願うもののはずだ。


 確かにレッドは以前、ハビタットの生活に馴染めないと言っていた。

 けれどそれは彼個人の問題であって、ブルーや他の者は違う。

 優先帰還権を勝手に譲り渡そうだなんて、班員に対する裏切りといえよう。


「HCを失ったら、そっちはこれからどうしていくつもりだ」

「そっちのHCを回してくれればいい」

「この取引で、貴官に何の利益があるのかな?」

「なに、手柄を奪り合った結果、両方共倒れが嫌なだけだ」


 予想もしない申し出に67班がざわつく気配が、テントの外にも伝わってきた。


「……実に魅力的な話だ」

「では」

「だが申し訳ないんだがね、祖母グランマの遺言に、祖父さんグランパの『もうしない』と、向こうからやってくる旨い話は信用するな、というのがあるんだよ」

「そうか。孫思いのいい婆さんだったんだろうな」

「ああ、いい人だったよ。私のお袋ママン以外には、という但し書きがつくのが悲しいところだが。さて、もう話すことはないな。明日に備えて休もうじゃないか」


 レッドが追い出されるように出てくる。

 メンカはうっかり、身を隠し損なった。


「……271!?」

「あ、あの、班長。今の、どういうことですか」

「聞いていたのか……」


 レッドはしかめっ面をする。


「みんなには黙っていろ」

「そうもいかないだろ」


 辺村が言った。


「みんな、帰りたがってんじゃないのか。あんたが帰宅恐怖症のオッサンだからって、部下を巻き添えにするのはよくないな」

「だが、結局断られたんだ。白紙だよ。だからいいじゃねえか」


 レッドは笑ってみせたが、秘密の取引が失敗したうえそれを見られたとあってか、その笑顔はどうにもしまらないものになった。


「……いいよ、ベムラハジメ。黙っていてあげよう?」

「メンカがそう言うなら……」

「助かる」


 レッドは見るからに安心した表情を浮かべる。


「ところで、おまえ……おまえらはなんでここに?」

「あ……。わたし、Cテントで寝ようと思って」

「かまわん、許可する」

「ありがとうございます」


 メンカは敬礼し、Cテントへ足を進める。


「どうした、なんか嬉しそうだな」


 少女の足取りの軽さを察して、辺村は声をかけた。


「班長がどうして帰還権を譲ろうとしたのか、わたし、わかった気がする」

「へえ?」

「きっと班長は、あの子を助けたかったんだ」

「あの子……?」

「67班のHCだよ」


 94班が械獣を倒せば、あの少年が自爆する必要はない。

 表向きにはHCを失った94班は、ハビタットに帰る67班から少年を譲り受ける。

 けれどメンカがいる以上、あの少年が爆弾として使われることはない。


「たぶん、ハビタットにいる息子さんと重ね合わせたんじゃないかな」

「育児放棄の埋め合わせか。そういうの、本人に対してやってもらいたいもんだがな」

「それでも、あの子は助かる。ならいいんじゃない?」

「……まあ、そうか」

「HCになるような人間はさ、周りから要らないって言われたような子ばかりなんだ。そんな人間でも、ちゃんと救おうとしてくれる人がいて、よかった……」


 ジェロームなる救済者の存在も、あながち嘘ではないのかもしれないとメンカは思う。

 実際に出会えるとまでは、まだまだ考えられなかったが。


「だから、さっき聞いたことは他のみんなには内緒にしようと思う。ベムラハジメも、黙っていてくれない?」

「……わかったよ」


 辺村は盗み聞きした会話の録音データを削除した。

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