そして銀色に輝ける


 半分より更に身の丈を低くした都庁に、影を落とすものがあった。


 ラーディオスである。

 暗緑色の巨神が腰を落とし、その手を砂の上につけると、掌からレッド達が転がり落ちた。


 絶遠が伏兵として忍ばせていた械獣。

 その攻撃が都庁を襲った直後、辺村はスゥにラーディオスを召神させ、レッド達を拾い上げたのだった。


「械獣は……?」

「あっちだ!」


 大地が揺れ、目の前に広がる砂山が噴火したように爆ぜる。

 すぐさま、弾け飛んだ山頂から巨大な蛇のようなものが飛び出した。

 ラーディオスの首に巻き付き、締め上げる。


「……息が……できない……!」

「さっさと引っこ抜いてやれ!」

「飛行!」


 肩甲骨が開き、迫り出したメインエンジンノズルが炎を吐く。

 ラーディオスの上昇に伴い、蛇の全身が砂の中から引きずり出される。

 宙に身を躍らせたその全容は、茶褐色をした巨大な鋼の蠍。


蠍械獣スコーピオン・ゴーレムか!」

「でああああ!」


 スゥは身をよじり、蠍械獣を地に叩きつけようとした。

 だがその直前、蠍は尾の根元を回転させ身を翻す。

 8本の脚で衝撃を吸収、難なく着地。

 逆に脚部先端のアンカーを地に打ち込んでその身を固定すると、尻尾をしならせて巨神を投げ飛ばした。


「うわッ!」


 巨体が地に叩きつけられ、砂塵が爆発にも似て舞い上がる。


「早く起きろ!」


 一門の巨大な砲を持つ多脚戦車、そういうフォルムを持つ蠍械獣の、尾の先端が赤い光を点した。


「どわあッ!?」


 秒速約30万キロメートルで空を切り裂く美しくも怖ろしい死の稲妻は、赤色せきしょくのレーザー照準に沿って発射されたマイクロ波レーザーだ。

 アンチフォトンコーティングによる減衰効果も虚しく、巨神のはだに黒い筋がしるされる。


「大気で減衰されて、この威力か!」

「ら、ラピサーを……」

「駄目だ。メーサーの方が出が速い。いいマトになる」

「とにかく身を隠して! そこのビルの影!」


 メンカの指示に従おうとしたスゥだったが、砂に足を取られて転倒。

 起き上がろうとまず顔を上げたスゥは、隠れようとしていたビルがメーサーに粉砕されるのを見た。

 切り崩されたビルが、自分の上に降ってくるのも。


「うわあああ!?」


 巨神にぶつかって、劣化したビルが粉々に砕ける。

 粉塵が視界を塞ぐ。


「これじゃ見えない!?」


 ラーディオスにもレーダーはあり、それは正常に機能していた。

 だが視界を塞がれたことはスゥをパニックに追い込む。


「第3射が来るぞ、9時方向!」

「く、9時ってどっち――」


 砂煙の向こうに赤い光が灯った――と見えたときには既に命中していた。

 大気を擦るような不協和音が遅れて襲来し、真っ赤に熱した鉄串を押し当てられたような痛みにスゥは全身を強張らせる。


「…………ッ!」


 叫び声さえ出ない。熱砂の上に倒れ、藻掻き苦しむ。

 そのまま気絶しなかったのが不思議なくらいだ。


「スゥ、立ち上がって!」


(そうだ、姉ちゃん、守らないと、あたしが――)


 姉を守る――その意思だけをよすがに、勝算もないまま巨神は立ち上がる。


「今のうちに近づいて、スゥ!」

「近づく……今のうち?」

「ERFのデータベースで、あの械獣のこと、見た! 1回のチャージで撃てるのは3発までで、再チャージと砲身冷却に3分くらいかかるって!」


 つまり、今ならメーサーはこない。


「だったら!」


 地を蹴り、煙の中から飛び出す巨神。

 そこでスゥは、蠍械獣の背中が左右に割れるのを見た。

 そこから飛び出してきたのは、噴煙を引きながら空を舞う筒状の物体。


「ミサイル!?」


 着弾。火球の洗礼が巨神を襲う。

 熱波に煽られたビルが炎を上げる。内部の何かに引火したらしい。


「こいつ、強い……!」


 おまえが弱いんだ、と訂正しようとした辺村だが、械獣が次の行動を取ったことで言葉を呑み込む。


 蠍械獣は――逆立ちをした。


「なにをしようってんだ……?」


 鋏を持った両手が軋みをあげながら90度折れ曲がって、ブーツを履いたような2本の脚となる。

 蠍としての節足が折り畳まれ、人間のものに似た2本の腕が腹の下から迫り出す。


「変形……!?」


 あっという間に、蠍械獣はろくろ首のような人型ロボットへとその身を変えた。

 首を除けば、ラーディオスと同程度の巨体である。


 蠍であった頃の背面装甲がバーニアを噴きながら分離、盾としてマニピュレーターに保持される。

 更に蠍械獣は盾の裏に収納されていた斧を引き抜き、構えた。


 ヒュルヒュルと風が吹きすさぶ中、2体の巨神が睨み合う。

 

「なんか、強そう……! こっちも武器はないの?」

「『アロンズケイン』――腰の後ろのラッチにケインがある!」


 腰部背面に保持された杖をラーディオスは引き抜いた。

 短刀のような長さの杖がその身を伸ばし、太刀ほどの長さになる。


「でりゃあああ!」


 気合一閃。唸る剣風、響く破砕音。

 振り下ろされた杖の先端は械獣の盾にぶつかって、明後日の方向へその身を飛ばした。


「折れたー!?」


 呆然とするスゥに蠍械獣の蹴りが飛ぶ。

 地を転がりながら、ラーディオスは右掌砲門から光弾を発射。

 蠍械獣のシールドはビーム攻撃さえ受け止めてみせた。


「なんで防御力だ!」


 械獣の頭部が早くも発光をはじめる。


「まだ時間経ってないよ!?」

「どうやらあの盾は、受けたビームをエネルギーに変換して吸収できるらしい」

「完璧かよぉ!」


 スゥはラーディオスの左掌部展開式光子装甲ソリッド・オレオールを起動――させたが、バリアの完成よりメーサーの方が早かった。直撃。

 発射音よりも早く、苦痛が来た。


「――ああああああ!!」


 撃たれた右腿を押さえ、砂の上を転がるスゥ。

 貫通こそしなかったものの、そこにはミステリーサークルめいた傷痕が刻まれ、融けかけた装甲がオレンジ色の光を放っていた。


 顔からだらだらと脂汗を垂らすスゥ。

 その虚ろな瞳に映る敵の姿は、時折ぼやけて見えた。


「動け、スゥ!」


 械獣の足元で砂が巻き上がる。

 ホバーを噴かす蠍械獣の姿が、あれよという間にスゥの視界を占拠する。

 斧が振り上げられた。スゥは反射的に頭部をかばう。


「バカ、避けろ!」


 失策。

 左腕に重ねた右の腕に、斧刃が深く突き立った。


 甲殻が割られ、筋繊維が引き裂かれ、内部フレームにまでも歯が食い込む。


 ――右腕が、落ちた。


「ぎゃああああああ――――っ!」

「スゥ!」


 切断面から血飛沫のように光が噴出する。

 辺村は即座に右肘へのエネルギー供給をカット。

 しかしスゥの精神的ショックまでは消せない。


「あ、あた、あたしの腕がああああああ!?」

「しっかりしろ、スゥ! 斬られたのはおまえの腕じゃない!」

「大丈夫、スゥ!?」


 思わずそう呼びかける自分を、メンカは馬鹿だと思った。

 感覚だけとはいえ腕を1本ぶった切られて大丈夫な奴がいるものか。


 ――いや、ここにいる。


 同じ身体を有しているのに、メンカはスゥと痛みを共有しない。

 痛覚を感じるのは、表に出ている人格だけだ。

 スゥが身体を支配している間は、メンカにとって自分の身体に起きた異状は全て他人事だった。

 殴られた痛みも、腕を切り飛ばされる恐怖も、全てスゥが1人で抱え込む。

 そのために、スゥは生まれた。


『……そうだよ。あたし達は2人で1人の人間だ』


 嘘っぱちだ。メンカはスゥに何もかも押しつけて生きている。

 痛みも、怒りも、悲しみさえも。辛いことばかり、面倒な役目ばかり背負わせて。


 ――それでいいのか、姉として?

 

 『みじめったらしく自分を慰める』ことだけが、自分にできることなのか?


「違う、わたしは……! わたしだって、スゥを守りたい……!」

「姉……ちゃ、ん……!?」


 跳ね起きるラーディオス。

 その内部空間で深い息をついた少女は、もはやスゥではなかった。

 メンカだ。メンカが肉体を操っている。


「あなた達なんかのために――!」


 繰り出された膝蹴りを、蠍械獣は盾で防御。

 ダメージを受けたのはむしろラーディオスの方だ。膝の外骨格にヒビが入る。


 だがしかし、そこで異変が起きた。

 その表面がどろりと崩れると、暗緑色の外骨格が傷1つない銀色の皮膚へと変わる。


「――これ以上、大事な妹の悲しむ姿は見たくない!」


 ラーディオスの変化を自覚しているのかしていないのか、かまわずメンカは左拳を突き出す。

 盾とナックルガードの衝突音が大気をビリビリと震わせる。

 そしてその拳もまた、膝と同様に変形した。


「姉ちゃん……!?」

「スゥにも笑顔でいてほしいんだ!」


 攻撃を加えれば加えるほど、ラーディオスの変化は全身へと伝播でんぱしていく。


「だから見ていて、スゥ! わたしはもう、守られなきゃならない弱い子供じゃない!」


 そして――。

 ラーディオスはダークグリーンのウミクワガタから、ミジンコを銀色の人型にしたような姿となる。

 2本の角は棘の生えた触角に変わり、外骨格は硬質でありながらどこか烏賊イカのような印象を見せる。

 威嚇するように敵を見据えるその目は、単眼モノアイに変わっていた。


「わたしが、スゥを守るんだ!」


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