第2話「大械獣空中戦」~蝙蝠型飛刃械獣ゴストリイ 登場~
君と僕の名前
見渡す限りに広がる廃墟の中に巨大なクレーターが1つ。
暗緑色の巨神ラーディオスの放ったプラズマハンマーが大地に刻んだ爪痕である。
クレーターを見下ろす巨神の各所から勢いよく蒸気が排出され、展開していた外骨格が元の位置に戻っていく。
スリットから覗く光は目に見えて弱々しくなっていた。先程の技が巨神自身にとっても負担の激しいものであったことがうかがえる。
辺村は全長50メートルにも及ぶ巨神の視座から世界を見渡した。
刻一刻と夜へと移り変わり行く夕闇の中にあって、地上に灯が生まれる様子は一向にない。
この街には、もう誰もいないのだ。
その隣の街も、きっとそのまた隣の街も。
(人類は、滅びたってのか……)
その相手があのエイリアンなのか、それとも械獣なのかはわからない。
だが視界に広がる人類文明の墓標と、械獣に為す術なく追われる少女の存在は、人類の敗北と衰退を明瞭に物語っている。
こんな世界で、械獣を数匹倒して何になるというのだろう。
「……ベムラハジメ?」
「いや、なんでもない。ラーディオスを『退神』させる」
暗緑色の巨神の姿が溶けるように消え去り、後には少女の姿が残される。
着ている服はラーディオスに乗り込む前のものに戻っていた。
「…………」
「……大丈夫? どこか変なところ、ない?」
黙ったままの妹に、姉は声をかけた。
ベムラハジメが聞いているだろうが、かまってはいられない。
もし何か後遺症があったなら、あのベルトだか拳銃だか、ただですませるものか。
「……うおおおおおお!」
突然、妹が叫んだ。姉の不安は最高潮に達する。
「すげえ! 見たよね姉ちゃん! あたしがあれで械獣をやったんだ! すげー! これで……!」
これで姉ちゃんを守れるよ、と妹は笑う。
脳天気に喜ぶ妹に、姉は呆れたようにがっくりと肩を落とす。大きく溜息。
「……何騒いでんだかな」
妹の浮かれように、辺村は苦笑させられる。
けれど、彼にとってはその方がよかったのかもしれない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……へえ、ベムラハジメは元々人間だったんだ?」
「ああ。だいたい2時間くらい前に目が覚めた。誰が俺をこんな風にしたのか、なんであんなトコに置かれてたのか、サッパリだ」
「まあ、あたしも起きてすぐは自分が誰かわかんなかったりするし、そのうち思い出すんじゃない?」
「いや、寝ぼけてるわけじゃねえよ」
姉妹が遺跡と呼ぶ荒廃したビル街を、彼女達に運ばれて辺村は歩く。
砕けたり溶けたり文字が掠れたりしている看板に書かれた文字は、日本語が目立った。
(異世界じゃないよな。未来の日本、なのか)
パラレルワールドという線もあるが、流石にその可能性まで考え出すと収拾がつかない。
地下鉄構内は辺村の見知ったものだったが、地上はすっかり様変わりしていて、まるで馴染みがなかった。
姉妹に頼んで、スーパーマーケットだったと思しき建物に入ってもらう。
生鮮食品は影も形も残っていない。誰かが根こそぎ盗っていったのか、あるいは腐り果て塵に還ったか。
完全に錆び付いた缶詰は、開けてみようという気さえ起こさなかった。
もっとも今の辺村は食料を必要としないのだが。
戦争映画のロケ地にそのまま使えそうなほど、建物は傷んでいる。
床にはヒビや欠けが目立ち、床板の色がわからなくなるほど埃が厚く積もっていた。
辺村は昔、人類滅亡後のシミュレーション・ドキュメンタリィを見たことがある。
そこではたった数十年で都市が植物と野生動物に支配されていく光景が描かれていたが、目の前に広がる景色はそれとはまた違っていた。
植物はあちこちから頭を突き出しているものの、ドキュメンタリィのように街を覆い尽くすほどではない。
動物の姿もほとんど見かけなかった。
辺村が意識を失ってからあの地下で目覚めるまで、どれほどの時間が経っているのか見当もつかない。
「とりあえず、今日はここで寝ようか」
妹はサバイバルキットを使って焚き火を用意する。
姉の姿は辺村には見えなかった。またカメラの死角にいるのだろう。
妹はレヴォルドライバーを外して床に置くと、陳列棚の上に濡れた衣服をひっかけていく。
下着さえ脱ぎはじめたので、慌てて辺村はカメラをオフにした。
が、その寸前に映った、首輪以外は一糸まとわぬ少女の裸体はしっかり記憶装置に焼き付けられてしまっていた。
それなりに膨らんだ胸も、ヘソの近くにあるホクロも、脚の付け根にある火傷の痕も。
「ば、馬鹿、おまえ、男の前で裸とか、馬鹿、おまえ……!」
「仕方ないじゃん、濡れた服着たままじゃ風邪引くし」
「大丈夫だ、おまえは風邪引かない。見るからにそんなタイプだ、俺にはわかる」
「どういう意味!? だいたいベムラハジメは機械でしょ、男じゃないし」
「元は人間だってさっき説明したろーが! そういうトコだよ風邪引かないって言ったの!」
確かに異性の裸を目にしても、反応すべき部分はもうない。
この胸の高鳴りにも似た感覚はただの幻肢痛で、実際は何も感じていないのかもしれない。
しかしだからといってそれを認め、性的倫理観さえ失ってしまえば、本当に機械と変わりなくなってしまうと辺村は思う。
最後の矜持として、それは避けたい。
「……お姉ちゃんもなんとか言ってやれよ」
「な、何言ってんのベムラハジメ。ここにはあたし1人だって、やだなー」
「あーはいはい、そうでしたね」
この世界はまだ不明瞭だが、姉妹もまた謎が多い。
理由はわからないが、妹の方は頑なに姉の存在を隠そうとする。
姉も徹底して辺村の視界に入ってこない。
そのくせ、事ある毎に姉妹で会話するのはご愛敬といったところか。
「……なあ、7T-231-82ちゃん」
「7T-271-28!」
今間違えたのはわざとではなく、普通に記憶違いだ。
やはり辺村にとってナンバーで呼ぶのは辛いものがある。
この先、彼女以外の人間と接触することを考えると、やはり呼び名は必要だろう。
「すまないが、俺にとっちゃ覚えづらいし呼びづらいんだ。こっちの呼びやすい名前で呼ばせてもらっていいかな? そっちも俺を好きに呼んでいい」
「わかった。こっちはベムラハジメでいい。めんどくさいし。で、なんて呼ぶの?」
「そうだな……」
妹の方の喋り方や態度は、かつての仲間である
「……スゥ。おまえのことはスゥと呼ぶ」
「それ、なんか意味あるの?」
「そういう名前の知り合いがいてな。おまえに性格が似てた」
「何それ、安直」
どんな珍名をつけられるかと身構えていた妹――スゥだが、案外悪いものではなかったので気をよくした。
スゥ、と口の中で復唱。
聞き慣れなさが、なんだか特別感を与えてくれる気がした。
「いいね、気に入った」
「そう……? 変だと思うけど」
姉は口を尖らせる。
『
(……絶対『7T-271-28』の方がわかりやすいのに)
きっとベムラハジメの本来いた社会は文化がまだ未成熟だったのだろう、と姉は思った。
「ねえ、もう1人分、名前くれない?」
妹が言った。姉の分だろう。もちろん辺村は快諾する。
仲間の名前を機械的に当てはめていくだけだから安いものだ。
「メンカ、はどうだ」
「それも知り合いの子?」
「ああ。
「本当、安直」
「……わたしは要らない」
「……まあまあ姉ちゃん……」
姉妹は辺村の頭上で名乗る名乗らないの押し問答をはじめたが、辺村はあえて聞かなかったことにしてやった。
「で、スゥ。おまえ達の家はどこなんだ?」
「家……」
スゥはちょっと考えて、天を指差した。
「空……?」
「宇宙だよ。
スゥは割れた窓から夜空を見上げる。
自分の故郷を探したのだが、もはや彼女にはどれがそれなのかわからなかった。
「この星は、あたし達の先祖が住んでたんだ。でも今は械獣の住む星になってて、だからみんなはこの星を取り返すために戦ってる」
愁いを帯びたスゥの横顔を辺村はまじまじと見つめる。
(そうか。人類は滅びたわけじゃなく、宇宙に逃げていただけなのか)
それならば、まだ希望はあるということだ。
「……まあ、あたし逃げてきちゃったんだけどね?」
「駄目だろそれは!?」
パイロットだった経験上、軍規違反には強い抵抗を感じずにはいられない。
「――というより、逃げてからの算段は? あそこで俺と出会わなかったらあの械獣相手にどうするつもりだった? 何処へ行く? 食い物は?」
「あー、もう、うるさい! そんなの、そのうち考える! おやすみ!」
スゥは辺村に背を向けて、横になってしまった。
肺と口があれば、溜息をつきたいところだ。
「なんという無計画……」
ふと、辺村は床に目をやる。
満月の光が、壁の形を描き出していた。
その白く切り取られた窓枠の中に、黒い人影が動く。
「――スゥ、メンカ、窓に、窓に!」
その瞬間、窓から、入口から、裏口から――武装した一団が現れて、少女を取り囲んだ。
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