chapter5-20-6:そのあと
◇
「揺れが、止まった?」
「どうなったんだ……」
断続的に響く爆発音に恐怖し、声を押し殺していた人々が寿司詰めになっていたビルの避難シェルター。
そこに潜んでいた鳴瀬ユウ……否、ボクことクロコダイルは、周囲のザワつく声で事態の解決を悟った。
戦闘が終わったなら、あとはこの人垣の中に呑まれて去るだけだ。
抱えた鞄の中には、盗み出した双融機が眠っている。
あとは、これを無事に持ち出せれば。
……しかし、本当なら裏口からさっと逃げ出し、これをギンジさんが呼び出した機械獣に渡したかったのに。
後悔が募るばかりだったが……このまま逃げられれば。
そう思い、立ち上がる。
『皆さん、もう安全です!我々が護衛しますので、外まで――』
みると、先程ボクを案内してくれたヒーローが避難の誘導をしてくれている。
それに素直に従い、一階エントランスまで降りられれば……インターンシップ生である鳴瀬ユウは、そのまま帰ることができるはず。
はずだった。
『――な、社長!?』
その言葉に、自分の顔から血の気が引くのを感じた。
社長、社長と言った?
つまり、それは青葉キョウヤ……今日、このビルにはいないはずの、都知事候補の社長を意味することに間違いない。
「あぁ……いや、この非常時に改まらなくていい。それより皆、無事かな?」
避難シェルター唯一の出入り口に、彼は立って社員たちに労いの言葉をかけていた。
「社長こそ、ご無事でしたか!?」
「あぁ、問題ないさ。さ、今日のところは帰っていい、仕事は終わりだ。怪我のあるのものはいないか?」
一人ずつ、丁寧に。
――まずい、まずいまずい!
知らない相手に見咎められるくらいならいい、だが彼は……確かユウさんと一対一で話をしたことがあると聞いた。
話しかけられたら間違いなく、ボロが出る。
そう焦っている間にも、社長のチェックはどんどんと自分の近くへと迫ってくる。
周りの避難民達がそれに安心していくのとは対象的に、自分の緊張は高まっていくばかりだった。
もしも……この場で怪人だと暴かれてしまったら。
今この閉鎖空間にいる全員から敵視され、外からはヒーローが駆け込んでくるに違いない。そうなれば生きて帰れる可能性など、まったくない。
どんどんと蒼白になり、思考にとりとめのなくなっていく。手の震えも……止まらない。
そうこうしてる内、ついに社長が目前にたつ。
頭は真っ白で、言葉もでない。
結局なにも対策を考えられないままに、ボクは自分たちが盗みにはいった会社の、その主。
都知事候補……青葉 キョウヤのその眼前に、縮こまることとなった。
「――あぁ、ユウくん。今日は災難だったね」
「は!?え、あ、はい……!?」
優しくかけられた声に。
ボクはとっさに気の利いたこともいえず、ビクついた態度を取ることしかできなかった。
未だ震えは止まらず、冷や汗が滝のように出る。
ユウさんの「射影機」の力で作られた幻影が優秀であったがために、怪人の身体に浮かんだそれは、偽の鳴瀬ユウの姿にも特徴として現れてしまっているようだった。
「こんなに手も震えてしまって……すまない、インターン生である君がいるなかで、こんな事件が起きてしまうとは」
青葉社長は、こちらのことをいたわってくれているような様子をみせる。
しかしそんな彼にも、ボクは気の利いた返事もできず……コクコクと、首をふることしかできなかった。
だが、そんなボクの様子を怪訝に思うこともなく。
青葉キョウヤは、続けて話を続けた。
「そうだ、“一昨日”に話してた君の提案、採用することになったからよろしく。あぁ……いや、こんな時にする話ではなかったか」
――提案?
そんな話は、ユウさんから一切聞いてはいなかった。
確か、ご家族が亡くなっていることはバレていたのだったっけ。
もしかすると、それに関連したこと?
いや、それとも単純にインターンシップの仕事中の話かもしれない。
「あ、え……えぇと……?」
「もしかして、忘れたかい?」
だとするなら、上手いこと話を合わせなければ。
青葉キョウヤが少し首をかしげるのと同時に、ボクは意を決して口を開く。
「い、いえ!覚えてます!ありがとうございます!」
「……」
「荷物、落とさないように帰りなさい。インターンシップ中だというのに、とんだ災難だったね」
「――ユウくんによろしく」
「ッ!」
◇
『はァ……はぁ……」
ビルから遥か離れた遠方。
そこで、本物の鳴瀬ユウは力なく、その場に崩れ落ちた。
憔悴が、著しい。
圧倒的な能力の差、経験の差、そして変身機の差。
それをはっきりと、目に見える形で叩きつけられて、気力は大きく削られた。
これほどまで、一方的に嬲られたのは「リヴェンジャー」に変身した、最初のとき以来だ。
あぁ、そうだ……クラッシュ・ロウ。
奴を叩きのめし、復讐を遂げようとしたあのとき。
その後に、奴は死んだのだ。無価値に。
――俺とは、全く関係のない事象によって。
◇
あの日、リヴェンジャーとしてすぐ後。
能力を失った「クラッシュ・ロウ」は記憶を失い、市中に放逐された。
アンチテーゼは能力を失ったヒーローに対し興味をもたない。長く施設内においてアンチテーゼの事情を知られる前に、目隠しをした状態で町中に投げ出される。
そのことを知った当時の俺は、当然「奴を殺すべきだ」と進言した。
当然だ、家族を奪った愚物が、のうのうと生き延びるだなんて許せないことだ。
他のヒーローが放逐されようと、それはいい。
だが奴は、クラッシュ・ロウだけは。
そう思い……復讐心もあって、ただ奴の殺害を訴え続けた。
だが、結果としてそれは突っぱねられた。
なにせ、「装備支給や治療等の支援の打ち切り」をチラつかされては、俺に選択権はない。
だからせめてと……俺は、放逐されたクラッシュ・ロウのその行く末を監視することにしたのだ。
奴は能力を失い、ヒーローとなった後の記憶を消された。
犯した罪をすっかり忘れ、それを贖う義務からも解放されたような面をして……何事もなく、日常生活に戻った。
それが許せなくて、俺は奴の動向を探り、その後を追った。
――それからすぐだ、奴が揉め事を起こしたのは。
道行く不良に通りすがりに睨みつけられた、それだけのことだったと思う。
だがクラッシュ・ロウは……それに激昂し、掴みかかった。
「何ガン飛ばしてんだ、てめぇ!」
「んだよ、こいつ!」
奴の筋力は、もともと屈強だった。
だから初めのうちは、不良達に対してかなり優位に立ち回っていた。
所詮は、同じか。
俺は、懸念通りにヒーローが再び暴挙におよんだことに、どこか安心していた。
結局俺が正しかった、奴らは問答無用で殺すべき対象。
俺が復讐し、その命を残らず刈り取ることにも「正当性」が生まれたのだと……確信して。
だからこそ俺は、変身して奴を殺そうとまで、そう思った。
……しかし。
「調子に乗んなよコラ!」
「が――ッ!?」
旗色が、変わった。
クラッシュ・ロウに殴られていた不良達のうちの一人が、強くヤツを睨みつけたのだ。
するとクラッシュ・ロウは、空中に少し浮かんだ状態で磔にされたかのようになった。
なんとかそれから脱しようと、身動ぎするも……指先を動かすのが、せいぜいといった様子だ。
そんな奴を目掛けて。
「よくもやってくれたな……お返しだ」
先程クラッシュ・ロウに掴みかかられ、殴打されていた不良。
その拳が突如として輝き、それを振りかぶると……クラッシュ・ロウの頭部目掛けて振り抜かれる。
「ッ、待て!」
俺は思わず身を乗り出した。
だが、間に合わず……あたりに、鈍い音が響いた。
「え……」
不良が、呆然とする。
クラッシュ・ロウの頭部から、止めどなく血が流れていたからだ。
……そう、能力者であれば、どのような能力の持ち主であれ全身を因子が覆っている。
だからこそ、あの不良の拳程度であれば変身などせずとも耐えられる。
ダメージはあったとしても、致命にはなり得ないのだ。
だからこそ彼らはその力を今簡単に振るったし、事実他の不良と喧嘩するにしても、あの程度であれば問題にもならなかったのだろう。
だが、
「――――」
今のクラッシュ・ロウは、能力を抜かれた非能力者だ。
そんな攻撃に、耐えられるはずもない、なにせ常人の筋力を倍増させた一撃なのだから。
「な、なんで!こいつ能力者じゃ!?」
「ベーくんヤベェよ!逃げっぞ!」
俺に目撃されたこともあって、不良達は脱兎のごとくその場から逃げ出した。
慌てて逃げたからだろう、荷物をいくつか落としていったようだが……そのことに気付くのも、随分先だろう。
そんな彼らの後ろ姿を見届けながら……俺は、足元に転がる死体を見下ろす。
脈など測るまでもなく、それは死んでいた。
息もしておらず、流れる血は止めどない。
俺はその瞬間に……明確な復讐対象を、復讐を遂げることなく失ってしまった。
そのときの俺の抱いた感情は、自身でも噛み砕けず、説明できないものだった。
奴は許せない復讐相手。
それは間違いない、俺の家族を殺し、近隣の住人を殺し、俺を痛めつけた。
けれど……記憶を失ったあとのこれは、あのときのクラッシュ・ロウだったのだろうか。
もし同じ人物であり、俺にとっての復讐相手であるのなら、どうしてこの無様な死に顔を見ても気が晴れない?
……あぁ、気に入らない。
何もかもが、気に入らなかった。
アンチテーゼという組織も、英雄達という組織も。
そしてこの街に住む、能力者という存在自体にも、不快感を覚えてしまって。
俺はその日から……復讐の対象を、「自分にとって気に入らないもの全て」へと、すり替えた。
◇
あの日、復讐相手は失った。
けれど、この胸の復讐心は欠片も収まることはなく、俺は今でも悪事を働くヒーローを狩る、それだけを目的に突き進んでいる。
何人打倒し、何人から変身機を取り上げても気が晴れることなどない。
クラッシュ・ロウの死後、アンチテーゼの面々からは奴の殺害は俺の仕業ではないかと疑われた。
当然だ、直前までその必要性を訴えていたのは、他でもない鳴瀬ユウ自身なのだから。
そして俺は特別否定することもなく、誤解を晴らさないままに今日までやってきている。変身解除後、自身の能力で自爆して死んだ者。もしくは能力を失い、クラッシュ・ロウと同じように解放後になんらかの理由で死んだ者。
その全ては俺の所業として認識され、あまつさえ英雄達のなかにもその悪名は広まっているらしかった。
だが、別にいい。
俺は復讐を続け、少しでも楽になれるならそれでよかったのだ。
それによってハルカを助けることができる。最愛の妹を救うことと、自分自身が楽になることが両立できるのなら、それ以上のことはない。
それだけ、そう、それだけの筈だったのだ。
それだけだったのに。
なのに……いつの間にかリナを助けたり、クロコダイルを助けたり……明通イクト、後にフェイス・ソードとして立ちはだかることになった奴を助けたり。
どうにも……最近の俺の行動は、本題を逸れているように思った。
どころか甘くなっていくにつれ、その強さにすら精彩を欠き始めたような、そんな感覚。
それが今の俺を浮足立たせているのだと……どこかで、もう一人の自分が冷たい目で睨みつけているようだった。
(あぁ、ホントにな。オマエは弱くなったなァ)
……あぁ、鬱陶しい。
自分自身に自嘲されるだけならいい。
(オレを殺したときは、怪人化したなら仕方ねェってそういう気持ちだったよな?なのに今は、怪人のおもりかよ?)
黙れ。
お前は俺じゃない。
赤の他人の、因子ごときが、俺に口出しをするな。
(フェイスソードとそれ以外。クロコダイル達とそれ以外。お前はいっつも宙ぶらりんだ。そんな調子だから、迷いのないあの社長に勝てねぇ。仲間もいずれ無駄死にする。お前の妹も)
「黙れッ!!」
――思わず、近場にあったコンクリートの壁を本気で殴る。
強化の能力でコンクリートは安々と砕けたが……戦闘衣なしで殴ったせいで、拳からは血が流れた。
あぁ、くそ。
若林レイカの計画を知り、青葉キョウヤに敗北し。
今の俺は、どうにも情緒不安定だ。
改めて自分自身で自覚できるほどなのだから、余程重傷なのだと、思わず天を仰いでしまう。
(だから、オレを使え。盗賊の因子を。そうすりゃ、お前が煩わしく思ってるこの声も聞こえなくなる。)
……煩わしい諫言が、耳元で囁かれる。
「ふざけるな、誰が……」
(本当だって、なんせお前らが奪った双融機は二つの因子を一つに束ねる変身機だろ?)
その声色は、今まで感じた嫌らしさのない平坦な喋り方だった。
(そうなっちまったら、変身を解除されて元に戻ったってそれはオレじゃない。残るのはただの意思のない盗賊の因子だ)
違和感が、ひどかった。
今まで奴の声から受けた印象と、いま耳にしている声とではまるで別人。
「どうして、お前がそれを自分から伝える?」
(楽になりたいからさ、今のオレは宿主もしんで、この記憶触媒に封じ込められて……楽しみなんて、お前をおちょくるぐらいのもんだ)
その言葉に嘘はない。
何故か……そう確信できてしまう。
(でも、死にたくはない。いてぇのは嫌だし、自然な形に消えられるのが一番いい。気持ちはわかんだろ?)
「……」
希死念慮、というやつだろうか。
奴の言うことには、たしかに……同調できる部分もあった。
正直なところ、楽になれるのなら早く楽になりたい。
俺の死後、ハルカのことだけ誰かに託せるのなら……なにも、俺が生き残る必要はないのではないか。
(今のお前だけじゃ、あの社長にも、残りの
(あるいは、破砕の因子なら俺より強力かもしれねェが?)
「――ッ」
破砕、クラッシュ・ロウの因子。
その名前を出されて、俺は歯ぎしりをする。
無様に死んだ、能力も記憶も失った奴にもう執着はない。
だが……あのとき、俺の家族を奪い去ったあのときのクラッシュ・ロウ。
その象徴であるやつの因子と一つになるなど。
(無理だろ、家族の仇と一つになるなんてさァ)
そのとき。
「う、ぐ……」
脳をかき混ぜられる感覚に、強烈な吐き気と、忌避感が。
あらゆるマイナス感情が、絶対的な拒絶とともに体調として表出する。
気持ち悪い、有り得ない、絶対に許されない、そんなことは。
武器の技発動のために使うときさえ、俺は全身を走る怖気を耐えながら使っているのだ。
それが全身を包むだなんて、考えただけでも胃液がこみ上げてくる。
「くそ……!」
俺はよろめきながら、路地を出る。
だめだ。
早く、待ち合わせ場所でクロコダイルたちに会おう。
一人きりでいるから、この悪趣味な因子の話し声が耳に障るのだ。
だが……そうだ。
奴の言うとおり、どの因子を使って変身するかでいったら、真っ先に選択肢としてあがるのが盗賊であるのは間違いがなかった。
それに加えて、やつの声が聞こえなくなるというのなら。
それほど結構なことはないじゃないか、と……俺は脳内で、言いくるめられていったのだった。
◇
このとき、俺はまだ気付かなかった。
因子の語る言葉の、端々への違和感に。
以前の奴と、このとき脳裏に響いた声の、声色の違いに。
◇
「あ、ユウさん!」
廃棄された地下水道にやってきた俺を、まっさきに出迎えたのは……俺とまったく同じな顔で無邪気に手をふる、クロコダイルだった。
なんだか複雑な気持ちになる絵面だ。
もしもクラッシュ・ロウに出会わずに生きていたら、こういう未来もあったのだろうか。
いや、そんなことを考えて仕方がない。
今は目の前のこいつを元の姿に戻そう。
――映写機の記憶触媒の力で、姿を偽る。
その効果時間と適用範囲が、かなり広かったことは今回の計画において大分助かった。
以前、
俺自身の能力ではないから、殴打された程度で止まるものでもなく、変身解除さえされなければ永続で働くだろうという見立ては完璧だったらしい。
まぁ……あの社長の登場で、作戦の失敗確率はかなり高くなっていたが。
ともかくとして成功したのだから、一旦は考えないでおこう。
<
俺が変身を解除した瞬間、もうひとりの鳴瀬ユウの身体がふっと揺らぎ……そのなかから、いかつい姿をしたワニ人間が姿を表す。
「偽装もバレずに帰ってきたなら、作戦は大成功だな。とはいえ……俺はあの社長に手ひどくやられたばっかりだったが」
俺は肩をすくめながら、それでも安心する。
青葉キョウヤは俺が「リヴェンジャー」だと看破した様子だったが、しかし鳴瀬ユウは同時刻にビルから避難していく様が確認されているはずだ。
もちろん疑われたままだろうが、それならそれで構いはしない。
言い逃れようなど、いくらでもあるだろう。
「あ、あの……そのことなんですけど」
「?」
俺が任務の成功を不器用ながらに喜ぶなか、クロコダイルがそっと俺に耳打ちをしようとしてくる。
なんだ、あまり他の連中には聞かれたくない話か。
そう思い、身を屈めてクロコダイルの馬鹿でかい口に耳を寄せると。
「その、青葉さんと社長さんがした一昨日の約束って……なんでした?」
わからない話をされた。
青葉キョウヤと、俺の約束?
そんなものはしていない、強いて言えばインターン初日の会話に出た復讐云々、その話ぐらいだ。
「約束?特になにも―――」
俺はそのことを素直に伝える。
だが、これがよくなかった。
「え、じゃあ……」
このやり取りで……俺たちは。
「僕が偽物だってこと、めっちゃバレちゃった、かも?」
「――っ」
自分たちが、如何に危ない綱渡りをしていたことを、改めて突きつけられることになったのだから。
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