chapter5-17:第・三・陣・営
「怪人化……そんな、新都の全員を、ボク達みたいにするってことですか!?」
映像をみていたクロコダイルが、激しい動揺と共に叫ぶ。
まさしくその『怪人』である彼からすれば、思う所は数多あったことだろう。
偶発的にそうなってしまった彼等は、そのことからこんな地下の区画にまで住処を追いやられた。
だがこの馬鹿げた計画では、全人類を強制的に怪人にするというのだ。
「こんなの、許されるわけがないでしょう!?僕らだって偶然こんなになって苦労してるのに、それを全人類にだなんて……!」
「……なるほど確かに、それなら「能力者」と、それによって生じる差別は消えるなァ」
対してギンジは、何かに納得したように腕を組む。
「全人類が怪人になるなら、そこにヒーローと一般人みてぇな格差は消える。誰もが、誰しもに不当な扱いに対抗するだけの力を得られるってんだから」
……合点がいく。
反英雄組織の目的は「世界から因子を無くすこと」だというが、それはつまり「英雄達」という巨大な力を振りかざす存在と、無力で蹂躪されるしかない一般人とのパワーバランスを崩すこと。
対して、怪人という存在はヒーローでなければ対抗できない、能力因子の塊だ。
全人類が怪人となれば、そこにヒーローとの戦力差は存在しない。
どころか、全人類の怪人化ということは……その対象のなかに、ヒーローも含まれるのだから。
「しかし受け入れられないだろう、こんなこと」
「だから強制的にやろうッてンだろ?コレでよ」
吐き捨てる俺の視界に、ギンジがある物をチラつかせる。
それは「
自分が産まれるよりも前から、広く一般に普及しきったフラッシュメモリの後継。
ずっと、不思議ではあったのだ。
それと同じ形をしたモノが、どうして能力因子を内部に封じ、ヒーローや反英雄組織の武装として運用されていたのか。
真相はなんでもないことだった。
端から、能力因子の運搬、伝播が目的で作られたアイテムであったから。
むしろ一般人の使い方のほうが、イレギュラー的、副産物的なものだったのだのだと。
「――こんな計画、止めなければ」
それは心からの衝動だった。
何も知らない人々を強制的に怪人に変貌させるだなんて、そんな無茶苦茶な暴挙が許されるものか。
そんなもの、「英雄達」よりも始末が悪い。
……見知った人々までもが、被害に遭うのだ。
俺を助けてくれた人々が、袂を分かった友人が、クラスメイトが。
そして……最愛の妹、鳴瀬 ハルカが。
許せない。
許していい、はずがない。
「せんせい、わたしも」
傍らからリナも意志を表明する。
彼女だって当然、同じ気持ちだろう。
学園に入る前まで預けられていた施設の人々。
それに口ではすきじゃないと言っていたあのワカバヤシ学園にだって、思い入れは多少なりともあるはずだ。
それらが一様に危機に曝されるとなれば、黙っていられないのは自然なことだ。
「――一迫 ギンジ、改めて協力してくれ。レイカのやろうとしていることが本当にこれなら、何としてでも止めなければ」
俺は素直に、頭を下げる。
……こんなに人に謙ったのは、何ヶ月ぶりだろうか。
なんでも自分ひとりでやれると、やらなければならないとそう信じ込んできた。
けれど、学園の一件でリナと共にやっていくようになって、そんな意識は随分と変わってきたように思う。
それでなくとも……今回の一件は、あまりに手に余る。
「ま、しちまった約束だしそりゃ問題ねェけどよ、具体的にどうする?」
「まずは今もレイカがこの計画を進めようとしてるのか、それを確認したい。それと、戦力の確保だな」
ギンジの返事に、俺は当面の課題を列挙する。
一つは、レイカの現状の確認。
反英雄組織の首魁たるレイカと、26年前に全人類怪人化などという大それた計画を立てた若林 レイカは同一人物なのか。
そもそもこの計画が、26年経った今でも実行可能なのか。
それらを確かめることが、何よりも先決だ。
そしてもう一つは、戦力の確保。
怪人達と俺とリナ、ギンジだけでは、反英雄組織と戦うにも、英雄達と戦うにも戦力が不足しすぎている。
誰かを仲間に引き入れるか、もしくは対抗しうる兵器でも手に入れるか。
大きく分ければ、これから俺達が着手しなければならない課題はこの二つだ。
特に戦力については、レイカの陰謀の有無に関わらず増強をしたい。
リナを仲間に引き入れた段階で、将来的に反英雄組織から離れることは考えてはいたからだ。
人員と兵器、理想としてはその両方増強できるのが望ましいが、難しいようであればせめて片方。
でなければ、大軍勢に対して一発逆転など、夢のまた夢だ。
「……一発逆転の兵器ってんなら、心当たりはあるぜェ。仲間なんてのはここにいる面子で全部だが」
ギンジはそういうと、テーブルのコンソールを弄ってあるデータを提示する。
――そこに映し出されたのは……一つの変身機、のようなものだ。
いや、変身機の片割れ、パーツとでも言うべきか。
後部のパーツを前面にスライドさせることで記憶触媒を読み込ませる変身機、だがこのパーツはその後部部分に似た形状をしている。
ちょうど、「能力抽出」を行う部分。
これを取り外して、交換できるというのか。
「
双融機。
その名前と、二つの窓と基部が覗く外観からあることを察する。
「こいつ……
俺がそう言うと、ギンジはニヤリと笑う。
一つの因子を引き出す変身機でも、人智を超えた強大な力が得られる。
それがもし、二つ同時ともなれば。
「あァ、だがそのぶん負荷も倍……悪きゃ二乗だ。適合にも個人の適性に加えて、記憶触媒同士の相性も要求される。並のパンピーじゃ、変身しただけで怪人化だ」
「……」
予想を裏付けるその言葉に、俺は思わず顔が強張る。
変身自体にリスクのある、強大な力。
だがそれ程の力を手にすることができたなら、レイカ達どころか英雄達の撃退だって夢ではない。
実際に使うかどうかはこの際置いておいても、手元に持ちたい抑止力であるのは確かだ。
「どこにある?わざわざ名を出したからには、現存してるんだろう?」
俺が問うと、ギンジは腕を組み、沈んだ顔で言う。
「――ゴルド・カンパニー、その本社ビル「
「ゴルド・カンパニー……」
その名を聞いて、一つ思い浮かぶ。
つい先刻、公園で演説していた人物の名。
―――青葉キョウヤ。
新都アオバの、都知事選に出馬していた男だ。
そして彼の肩書は「ゴルド・カンパニー社長」。
進めようとしていた計画の名は。
「
「あァ?」
点と線とが、繋がったような感覚。
2つの計画が繋がっているのだとすれば、突如として能力者である青葉 キョウジが出馬し、更には政治家を飛び越え、都知事への最有力候補へと名を連ねたことにも納得がいく。
そうして俺は、思わず前のめりになって宣言する。
「ゴルド・カンパニーには俺一人が行く。お前達はレイカの調査と、仲間集めをしてくれ」
「一人でって……せんせい、わたしも」
「リナ、お前は残っていてくれ。それと……お前にハルカの安全の確保を頼みたい」
リナはこちらを心配してくれるように、表情を伺ってくる。
……彼女には悪いが、この作戦は間違いなく俺一人が適任だ。
俺は学園に教師として潜入した経験があるし、リナはまだ中学生だ。
他の面々は表立った行動の難しい怪人、ギンジに至っては元反英雄組織の幹部メンバーで、地下からは出られないだろう身。
消去法で、俺しかゴルド・カンパニーに潜入することはできまい。
「でも、一人でなんて!」
「俺しか表立って動けないんだから、それ以外にない。なら他は全員別のことをやるしかないだろ」
「それは……」
食い下がるクロコダイルを、俺は強い口調でそう説き伏せる。
今は一分、一秒も無駄にはできない。
単身での潜入プランは脳内ですでに組み立てられている。
それを乱されるのは、勘弁だ。
そんな俺の様子を。
「……」
ギンジは暫く、睨みつけるように見つめ。
「――いいぜ、それでいってやる。ただ」
何かの条件付きで、それを認める。
……なんだ、何が不服なんだ。
不承不承ながらも承知してくれたのはいいが、この事で変な要求をされなければよいのだが。
「ただ?」
「鳴瀬 ユウ、この話が終わッたらテメェだけここに残れ。別の話がある」
「……それは構わないが」
……今は、時間がないというのに。
しかし従わねば余計に心象を損ねてしまうだろう。
不利益と利益、それを天秤に載せれば、彼の要求をのむしかなかった。
――そうして、会議は終わる。
リナとクロコダイルはこちらを心配そうに眺めながら部屋を後にし、ドアの両脇に立っていた警護担当の怪人も、ギンジに睨みつけられてその場を後にした。
部屋に残るのは、俺とギンジのみ。
……なんだろうか、妙に緊張が走る。
部屋の雰囲気が、ピリピリと張り詰めているようだ。
「ユウ」
「……なんだ」
急に呼び捨てにされ、返事がワンテンポ遅れる。
わざわざ居残らせたくらいだ、余程重要な用件に違いない。
そう思った、のだが。
「説教の時間だ」
「は?」
予想外の言葉に、思わず喧嘩腰で返す。
説教?今日あったばかりの他人が、どういう了見で。
俺は反感を覚えるが……しかし、この同盟関係をなかったことにするのは惜しい。
奴が切り出すのを、静かに待った。
「お前……そのキャラ、無理して作ッてんだろ?」
「な」
――なんで、急に。
思わず、そう溢してしまいそうになる。
俺は身の上話などした覚えはない。
どころか、コイツの前で態度を崩した記憶すら有りはしなかった。
どうしてそんな予想を抱く、どうして。
どうして……バレている?
「バレバレなんだよ、全部。お前の言葉は全部薄っぺらだ。そんなテメェが一人でゴルド・カンパニーに行くだァ?ちゃんちゃらおかしい!」
俺が先程宣言した、最善手。
脳内で既に組み立てられ、後は実行に移すだけな計画が、俺個人のパーソナリティーと共にこけにされる。
……何様なんだ、こいつは!
「何、がおかしい……それしかないだろう、怪人と子供と、表社会から消えた奴しかいないんだ、消去法で俺しか……!」
思わず、感情的に返してしまう。
それこそ、ギンジの言葉を肯定してしまうことその物だと言うのに……それにすら、口にするまで気付けずに。
「あのなァ、オレからすりゃオマエもガキなんだよ。強がってるガキなんざ、注意深くみりゃすぐに見抜ける。それは……ゴルド・カンパニーの連中だって同じコトだろうが」
「……!」
それは。
反論しようとするも、今正にギンジに見破られた手前、浅はかに言い返すこともはばかられる。
「鎧を着てるうちなら隠せても、素顔のオマエがヤツラの前に立って心の内を隠せンのか?英雄達に協力して、アイツらの戦う力を作ってる連中に」
「……」
「別に、潜入作戦を止める気はねェ。オマエの言うとおり安全に
ギンジは腕を組み。
「だが、そのままの心持ちで行ったら秒でバレて御破算だろうがよ。だから呼び止めて、説教ってわけだ」
俺を、静かに見下ろした。
それが……癪に触った。
「だったら……だったら、どうしろって言うんだ」
どうして、今日会ったばかりの奴にこうも見下されなけれならない?
ここまで一人でずっと戦ってきた。
学生生活も、幸せな家庭も、大切な家族も。
全部全部犠牲にして、犠牲にされて。
俺はこうするしかないから、そのなかで一番最適な手段を考えて、考えて、考えて……ずっと、そうしてきたというのに。
「俺は俺なりに、頑張って一人でやってきたんだ、これからだってそうする!俺はハルカを護って、英雄達も反英雄組織も潰して……」
そう、そうだ。
一人でやるしかないなら、そもそも作戦会議なんてする必要がない。
俺は俺のやることを、皆は皆がやることを考えればいい。
そこに混ざることも、自分の作戦に口を挟まれることも、全部余分で―――、
「だから、そこが間違ッてんだよ」
だが、しかし。
そんな負け惜しみの慟哭は、ギンジの言葉に切って捨てられる。
「オマエ、もう一人じゃねェだろうが。どうしてあの嬢ちゃんに頼らねェんだ?」
「それは」
「何でもかんでも抱え込んで、自分んなかに溜め込んでらそりゃ凝り固まるに決まってる。胸の内の面倒事もなんもかんも、信頼できる仲間に吐き出しゃいいだろうが」
言葉が詰まる。
だがそんな最中も。
「オマエが信頼できると思えんなら、嬢ちゃんだろうがオレだろうがクロコダイルだろうが、誰でもいい、とにかく頼れ!潜入作戦だって、表向きに出せんのはお前だけでも裏から手引するくらいなら誰でも出来ンだろうがよ」
ギンジは、俺に耳の痛い言葉をぶつけ続けた。
「真っ先に自分だけでやるって言い張って、相談すらしねぇくせに手立てもねぇんじゃ世話ねェっての。一人で一か八かするしかない作戦なんざ作戦じゃねェ、それをどうにか裏技使って、二人以上で安全にやれるようにすんのが作戦だろうが」
「……」
そうして俺は、反論の余地もなく打ちのめされる。
俺は、一人でやるならそれしかないと、そう思っていた。
それは「それが一番最適」とか、「時間が勿体無い」とか、それらしい言い訳で埋め立てられていたけれども。
――結局の所、自分の立てた予定を、他人に崩されるのが嫌だっただけなのかもしれない。
自分の立てた計画で、誰かが傷付くのが怖い。
自分に自信がないから。
だから、失敗しても自分だけが傷付けばそれで無問題だと、そう思っていただけ。
となれば反英雄組織に積極的に協力しなかったのだって、結局はそこに帰結してしまう。
他者と関わることが、怖い。自信のない自分の決定で、仲間が傷付くのが怖い。
俺は所詮、そんな弱さを、涙と一緒に仮面に隠していただけの、弱い男だった。
……リナという大事な仲間ができたというのに、そのことを失念するくらい不義理な、だ。
そんなふうに、俺が理解したのを見届けてか。
「ふん」
ギンジは満足げに鼻を鳴らし、笑顔でこっちを見ている。
……得意げな態度がムカつく。
確かにこいつの言葉に反省して、改めて意識を切り替えることはできたが……こいつに保護者面されるのは、どうにも反感がすごい。
「つーわけで、作戦会議再開!おめぇらもっかい入ってこい!!!!」
そうしてギンジの言葉を皮切りに、改めて面子が揃う。
――あぁ、多分ここからだ。
俺が改めて、英雄達との戦いに挑むのも。
リナに、仲間に心から頼って、時に危険な状況に身を置かせてしまうのも。
ぜんぶ、ぜんぶここから始まる戦いなのだ。
◇
◇
◇
「じゃ、これで完璧だなァ!」
「ですね、ボクも頑張りますから!」
「果たして上手くいくか……いや、行かせなきゃならないんだが」
「だいじょぶだよ、せんせい。わたしも頑張るから」
――ここから
そして……
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