chapter5-15:組織の影
「反英雄組織の、初期メンバー……!」
あまりに信じられない告白に、俺はついに感情を抑えることを放棄した。
思わず後ずさり……鋭い視線で、相手を見据える。
目前の男、一迫 ギンジが本当に元反英雄組織メンバーなのだとすれば、まだレイカと繋がりを保っている可能性がある。
警戒せずには、いられなかった。
拳を握りしめ、すぐにでも戦闘態勢が取れるようにして身構える。
だが。
「あァ待て待て!オレはもう追い出されてンだ、組織とはもう切れてるよ。つかその反応、さてはあそこのこと疑ッてるな?」
ギンジは手振りでわざとらしく俺を制止し、そう告げる。
追い出されている?
反英雄組織から、除名されたということだろうか。
……いや待て、だとしてもまだ警戒は解くな。
俺は先の失敗から、まだ戦闘態勢を解くことをやめない。
ただ、ギンジからは警戒を緩めたように見えるよう、握った拳だけは開く。
「はァ……オレはレイカに嫌われてンだよ。アイツが無抵抗な怪人を殲滅しようとしたとき、反対したせいでな」
ギンジはそう言い、俺たちの背後、扉の前にたつ警護の怪人達に微笑みかける。
……反英雄組織が、怪人を殲滅しようとしていた?
あまりイメージの湧かない話だ。
反英雄組織の目的は、「世界から能力者をなくすこと」だという。
だがその目的に、怪人はどう映っていたのかはわからない。
今はヒーローの撃滅を最優先の目的としているが、それ以前では活動内容も違ったのかもしれないが。
……果たしてレイカが、それを主導するのだろうか?
そこまで思案して。
「ん、ちょっと待て」
俺はひとつの疑問に行き着く。
初期メンバーだったギンジは、方針の違いからレイカに追い出されたと話した。
だが、当時からレイカにそれだけの権力があったのか?
今の彼女は、まるで中間管理職のように振る舞っているが……それから今までの間に、ひと悶着でもあったのだろうか。
そして、なにより。
「初期メンバーということは、アンチテーゼのリーダーが誰なのかも知っているのか?」
一番気になったのは、それだった。
なにせ俺も、拠点に詰めている子供たちも、誰も反英雄組織のトップの名も、顔も知らないのだ。
今まではレジスタンス的組織であるのだから、そんなものかと流してきたが……その正体に迫れるなら、それに越したことはない。
そんな淡い期待で聞いたのだが……、
「はァ?今更何聞いてンだお前?」
ギンジは、心底呆れたようにこちらを睨む。
まるで「馬鹿にしてるのか」とでも言いたげな表情だ。
……いや、こちらは心底真面目なのだが。
「今更もなにも、俺らは知らないんだ。知らずに集められて、兵隊代わりにされてる」
「……なるほどォ?そういうやり口をするようになったワケだ」
素直にそう言うと、ギンジはまた呆れたように姿勢を崩す。
そこにあったのは、反英雄組織というものへの落胆のように思えた。
……彼がいた時は、もっとまともだったのだろうか。
「アンチテーゼの頭はなァ」
「――レイカだよ。あの女が、昔から全部を仕切ッてやがッた」
「……」
◇◇◇
……正直、話の流れから察されるものはあった。
だが、改めてそう断言されると、相応に衝撃のある事実だ。
レイカが、反英雄組織のトップ。
つまり本部からの支持だのなんだのというのは、全部彼女の狂言だったということか。
……どうして、そんなことを?
そんな疑問が首をもたげたが……今手元にある材料だけでは、断定には至らない。
ただ、ひとつ可能性として浮かんだのは。
「まさか……反英雄組織は、レイカの私兵代わりってことか」
彼女が、自分自身の目的のために組織を動かしているのではないか、ということ。
反英雄組織と英雄達をぶつけることによって、彼女がなんらかのメリットを得られるのだとしたらこの説は真実味を増す。
「その通り、お前らはレイカに踊らされて、アイツだけのために働かされてたッてワケだな。まッたくご愁傷さまだ!アイツの計画なんざ知ッたこッちゃねェが、ろくなもンじゃねえだろうなァ!」
ギンジは腹をかかえてわらう。
……だが、馬鹿にされているようにはあまり感じなかった。
むしろ、過去の自分を嘲笑っているような。
そんな雰囲気を感じつつ……俺は、懐の記憶触媒に触れる。
このなかに、その彼女の計画に迫ることのできる材料があったからだ。
彼女の名前が連なった、怪しげな計画書。
まるで誰かが意図的に、俺に渡そうとしたように思えたそれは、英雄達のファイルサーバーから確保したものだ。
きっと……一迫 ギンジもその存在は知らないだろう。
そう思い、ぼそりと呟く。
「――真人類創造計画」
「!、なンつッた、今」
俺の呟いた言葉に、ギンジが目を見開き身を乗り出す。
ギンジからすれば、自身の仇敵ともいえるレイカにつながる情報、食いつくだろうとは思っていたが、ここまで前のめりだとは思わなかった。
「英雄達のネットワークに侵入したときに見つけたデータのなかにあった、計画の名前だ。その計画の立案者の名前が……「若林 レイカ」だった」
「アイツの本名かァ……!そんで、どんな計画だった!」
あまりの食いつきように、これはチャンスなのではと思い始める。
……レイカへの疑念は、確信へと変わった。
もしも彼女が新都を脅かすような計画を勧めているというのなら、それは最愛の妹の危機と同じだ。
ならば必ず、止める必要がある。
しかしそれには、戦力が必要だろう。
俺とリナだけでは、とても。
とはいえ、概要しか知らないものだ。
本文の入っているだろうファイルには鍵がかかっていて、その内容は伺いしれない。
「……内容までは、まだ。パスワードがかけられていて、フォルダ直下にある概要しか読めない」
「ンだよ……いや、まぁいい、概要だけでもいいからさっさと見せてみろや」
ギンジは落胆の色を隠さないが、それでも読める範囲のものを読ませろと俺に迫る。
やけに強気。
いや、これは焦っているのか。
俺が想像している以上にレイカとギンジの間の確執は深いらしい。
……だとするなら、これは。
「教えてもいいが、2つ条件がある」
「あァ?」
ギンジは怪訝そうに、露骨に顔を顰める。
……流石に、簡単に飲んではくれないだろうが。
だが言うだけ無料だ。
相手がどうしてもこれを読みたいというのなら、この際ふっかけられるだけふっかけてしまおう。
第一に確定させておきたいのは……俺達とギンジ達の、上下関係だ。
「1つは、エゴ・トランサーを貰うことについての借りはこれでチャラにすること」
相手が壊した詫びとはいえ、彼等が秘蔵していた変身機を厚意で受け取る形だ。
……ギンジは「くれてやる」などと簡単に言っていたが、それがどれだけ重要な物品なのか俺は理解してしまっている。
その事を盾に、無理難題を押し付けられるようなことになっては面倒がすぎる。
だから改めて、因縁を消滅させあくまでも第三者的立場でいることを容認させたい。
そんな考えからのことだったが。
「なんだンなことか、別に構わねェよ。オレにゃいらねェゴミをくれてやンのと同じだ」
ギンジはつまらなそうに、二つ返事で承諾する。
……変身機がいらないというのは、本気の発言だったのか。
だが、それなら先程の巨大ロボットはどのようにして召喚したんだ?
それに火力ビルでの戦闘で披露していた、無数の小型ロボットの同時遠隔運用も。
英雄達から盗み取ったエヴォ・トランサーを使っているのか、それとも本人の素の能力なのか。
後者なら、あまりに荒唐無稽な話だ。
変身機を使わずにあれほどの能力を発揮する能力者なんて、新都中どこを探しても居はしないだろう。
それこそ、怪人ならいざ知らず。
そこまで考えて……俺は脇に逸れた思考を補正する。
貸し借りなしの協力者、という立場を早期に確保できたのは行幸だ。
なれば、二の矢を。
「そしてもう1つは……俺達がレイカさんと敵対することになったら、味方についてくれ」
「……」
1つ目の要求と違い、ギンジは考える素振りをみせる。
……当然だ。
いくら怪人達を何人も抱えているとはいえ、対するレイカ側の保有戦力がどれほども予想がつかない。
もし俺を反逆者として討伐する命令が下ったとして、
しかも最悪、ギンジ本人はおろか、庇護する怪人達が大きな被害を被ることだって考えられる。
彼の立場として、簡単に決められないのは理解しているつもりだ。
……だが。
「イイぜ、お前のその提案に乗ってやるよ」
「えっ……あ、本当か?」
重大な提案をしたつもりが、想像以上に気楽な返事がかえってきて、俺は少し呆気にとられてしまう。
「たりめェだ、レイカのやつに礼参りしてやンなきゃ気が収まらねぇし……なにより、ぶつかるならお前らって戦力もいる今のがいい」
「……そうか」
……直ぐに気を取り直さねば。
ここにきて、慣れない交渉事のせいで少し集中が切れ始めている。
ギンジ達が協力してくれるというなら、それはこれ以上ない心強い助っ人だろう。
なにせ、火力ビルの一件では英雄達、反英雄組織の両方を同時に手玉に取った連中だ。
これならレイカにいつ切り捨てられたとしても、立て直しがきく。
活動拠点がこの因子の霧に包まれた地下空間だというのがネックだが……まぁ、俺達の暮らしていた廃ホテルもひどさのレベルでは同じくらいだろう。
……新都全体が危険となれば、ハルカをここに匿う必要がでてくる。
容態はずいぶん安定しているが、この環境に置かれたらどうなるか……それは、あまり考えたくないことだ。
「要求は終わりか?なら、計画についてさッさと教えろや。レイカの奴が何考えてンだか知らねェが、邪魔してやンねェとな」
ギンジはそう言いながら、部屋の中央に置かれた巨大なテーブルの表面を触る。
その動きは、何かを操作しているようだった。
そしてその手の動きが止まった瞬間、中央が円形に開く。
物々しい振動と、カチャカチャという金属音。
そしてそれが鳴り止むと……テーブルの中心部から、プロジェクターのようなものと、記憶触媒の装填用端子が顔を出した。
「この機能いる?」
リナが横で率直な意見を口にするが、スルーしておく。
俺はギンジに指示されるでもなく、計画についてのデータを保存した記憶触媒を装填する。
そして、プロジェクターによる映写が開始され……一つのドキュメントファイルが、表示された。
<真人類社会創造計画:沿革――>
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