chapter4.5-3:信念の剣 Ⅰ
―――この剣で、悪を斬る。
そう宣言した日は遥か、今の僕は混乱と迷い、その坩堝の中へと閉ざされていた。
「……「ジャンクトレーダー」さん」
目前で自身に懇願しているのは、つい先日まで自分にたいして高圧的な態度で接してきていた、正義のヒーロー。
廃材を操作し、機械を複製したり制御したりできるという彼は、組織でも重用され、驕り高ぶった態度を僕へと向けていたのだ。
勿論、そのこと自体を咎める理由はない。
僕は「
諸先輩方に学ぶことは数多く、僕のような若輩者がそれを教われるのだから感謝しかない。本当に、そう思っていた。
だが。
「……なぁ、フェイスソード!悪くないだろこの額なら!お前もまだ学生なんだし、なにかと必要だろ!?」
彼がやったことは、決して許されることではない。
―――一般人への、
それが、彼の犯した罪だ。
本来、ヒーローへ変身するために用いられるそれは、扱いを誤れば、どれほどの被害があるかもわからないほどの危険性を孕んでいる。
彼はそれを、型落ちの変身機とセットで高値で売り払っていた。
しかもそれらは彼自身の能力でコピーされた欠陥品で、怪人化のリスクは通常の何十倍もあるものだったというのだから、尚更だ。
既にもう何例も、一般人が街中で突如として怪人化する例が通報されていて……それを調査するうち、僕はこの「ジャンク・トレーダー」が犯人であることを突き止めたのである。
「―――大人しく、本部に出頭してください。僕らはヒーロー、皆の希望なんです……こんなことして、許されるわけ……!」
ただ「秘密にしてくれ」と懇願するばかりの彼に、僕は心を込めて説得を試みる。
……例え今、心が悪に染まっていたのだとしても。一度でも、ヒーローを志した者であるのならばと―――、
「!、死、ねぇ!」
……だが。
その期待は……無惨に、裏切られた。
―――否、これから裏切られる。
だから僕は、腰の長剣へと手をかけ……そして。
『ぐ、げ』
『―――残念、です』
背後から飛びかかってきたその敵を、振り向き様に一閃した。
切り捨てられたのち、地面に転がるのは大量の鉄屑だ。
それは彼が変身した姿……否、その力を受けた廃材の集まりだったのである。
以前「英雄達」に所属していたというヒーロー、「メカニックマスター」と同種の能力を持つのが、彼こと「ジャンク・トレーダー」だ。
事前に因子を抜き出し、鉄屑の集まりへと打ち込むことで擬似的に分身体をヒーローとする。この手の因子を自在に操作できる能力者は非常に稀少で……それ故に、惜しい。
―――惜しいが、斬らねば。
「へへ、新人ヒーローが偉そうに、先輩である俺に意見するからこうなるわけだ!さぁ行け俺の……
え、あれ……?な、なんで!?」
直前まで勝利を確信し、愉快そうに嘲笑していた「ジャンク・トレーダー」。
だが彼はその目を見開き、その眼前で巻き起こった惨事に慌てふためいた声をあげる。
理由は簡単。
彼が、僕の死角へと産み出した鉄の分身体が、形を為したその刹那に両断、元の鉄屑へと逆戻りさせられたからだ。
―――他ならぬ、僕の刀によって。
「それくらい、お見通しということです」
言い放った言葉は、その通りの意味であった。
僕の能力―――「直感」が強化された、擬似的な「未来予知」。それによって分身の出現を察知していた僕は、そこに斬撃を配置することで対応した。
空中に斬撃を残し、任意タイミングの未来で起動させる僕の技、「虚刃」。
予知と組み合わせることで高度な誘発型罠として利用できるそれは、表向きの必殺技と同じくらいに、僕の重用する戦術の要だ。
―――そしてその太刀筋は、既に彼の手元にまで届いている。
僕はそれを開陳し―――刹那。
『な、あ!?いってぇ!?」
ジャンク・トレーダーの腕に、金属音と共に鋭く切り傷が浮く。
そしてそれと同時に―――斬撃に重なるように置かれていた「
断面からは内部の配線が垂れ下がり、定期的に火花が散る。
「俺の、変身機……!かえ、ぐぁ!?」
「さぁ、連行します。くれぐれも、抵抗等しないように」
暴れようとする相手を、僕は抑え込む。
変身能力を失った彼に、ヒーローに対抗する力はない。しばらくはどうにか脱出しようと暴れていたようだったが……僕が欠片も抑える手に力を加えてないことを知ってからは、微動だにもしなくなった。
……今日も、僕の日課が終わる。
当初、この組織に入ったばかりの頃には想像だにしなかった役割。
それは僕に課せられた、他のヒーローにすら迂闊に話せないもの。即ち―――、
「悪事を働いたヒーローの成敗」という……大切な、使命であった。
◇◇◇
あれは、今からおよそ一週間ほど前。
新暦25年、9月5日。
この力を手にしてから、およそ2ヶ月ほど経とうとしている頃だった。
その日僕は「怪人」討伐の仕事を終え、自分達の拠点であるアオバの高層ビルへと帰還していた。
新都アオバ中心部に建造された、巨大ビルを丸々利用したここは、まさしく最新鋭、と形容するのが相応しい場所だ。
なにせエントランスからして、普通のビルの比ではない。そこらの高級ホテルと比較しても、まったく引けを取らない広さだ。
そんな広さですら、日中は怪人被害やヒーローの出動を訴える人々でごった返すのだから、ぴったりの物件ともいえるか。
そんな建物であるからか、内部区画も当然、設備が充実している。
多種多様な運動や戦闘訓練が行えるトレーニング場に、ショッピングモール、さらにはカフェなどを内包している。
まさに大型複合施設。ここだけで一個の街のような規模だ。
所属するヒーローも数多く、ここに住んでいる者も多数いるというのだから、当然の規模ともいえるのだが。
僕はそのなかで……何軒かあるうちのカフェのひとつへとやってきた。
「はぁ……」
なにせ、ヒーローしかこないカフェだ。
しかも僕が来ているのは他の施設とは階層の違う、穴場である。
周りには殆ど客もいないとあって……つい、僕は気を抜いてだらけてしまっていた。
……連日の戦闘、戦闘、それにつぐ新たな戦闘。
単に怪人との戦いだけでなく、複数の怪しげな第三勢力が、散発的に攻撃を仕掛けてくる現在の情勢は……防衛戦に参加しているヒーロー達を憔悴させるには、十分すぎる過酷さをもっていた。
……参加せず、遊んでいるヒーローも複数いる、ようだが。
「―――お疲れだねぇ、フェイスソードくん?」
そんなとき。
背後からよく聞き馴染んだ、エコーがかった声が僕にかけられる。
「グ、グレート先生!お疲れさまです!」
―――僕は咄嗟に背筋を正し、目前の先輩へと挨拶をする。
この方は、「グレート・ティーチャー」さん。
アオバ区管轄のヒーローであり、つい最近までは僕の直属の上司だった人だ。
そして……入団試験で、僕を見出だしてくれた人の一人でもある。
「そんなに畏まることもないさぁ、なにせ今や君は僕と同じだけの権限もち、希代の出世頭なんだから」
そんなことを言いながら、「グレート・ティーチャー」もといグレート先生は僕の向かいの席に座る。
変身解除せずに座るのか……とも思ったが、それは飲み込む。
それよりもかけてもらった言葉への返答が大事だ。
「……いえ、全部皆さんのお陰です。皆に見出してもらって、皆の協力のお陰で振るえる力ですから」
先ほどグレート・ティーチャーさんの言ったことは、確かに事実だ。
今の僕は「「英雄達」アオバ区管内防衛部隊第五隊長」という役職を持っている。
まだ部下はおらず、新たなヒーローの配属待ちの状態だが……「隊長」という肩書きがあるだけで、一般のヒーローからの反応は大きく変わった。
だがそのことには恩恵を感じつつも……まだ精進が必要だ、という思いのほうが強く、手放しに喜べないのが実際。
これから部下を持つことにもなるわけで、周りの人達がしてくれたことを新人の子にできるのか……そんな悩みは、尽きなかった。
「君の謙遜は嫌味がなくていいねぇ……その殊勝な心がけ、最近の新人ヒーローにも見習って欲しいところだがなぁ」
「……最近の、ヒーローですか」
僕の話をきいた「グレート・ティーチャー」さんは、感心しつつも……やれやれと、頭を振る。
「あぁ……裏でこそこそと悪事を働いて、我が物顔でここを歩く、ねぇ?」
そういうと、先生は目線を、廊下でちょうど歩いていたヒーローに向ける。
すると。
「―――っ!?」
なぜか、小走りで走り去っていく。
露骨に後ろめたそうな態度。しかしそんな不審行動は、ここ最近で随分と見慣れてしまった。
―――ヒーローによる、犯罪行為の頻発。
それは「英雄達」に憧れ、彼等のようになろうとしていた僕の耳にも、当然嫌でも入ってくる真実だった。
勿論、大多数ではない。むしろほとんどのヒーローは誠実に、民間の人達を守るために力を振るっている。
……だが、そうではない人が大勢いる。その事実は、どうしても認めがたい現実として、僕の目前へと直面していた。
信じたくないようなその事態に、僕は表情を曇らすしかない。
そんな僕を見かねた先生は、辺りを確認してから、僕に耳打ちしてくる。
……だがそれは、とても信じがたい衝撃の事実だった。
「……ここだけの話だがね、どうやら彼等を取り纏めているのは、「
―――そんな、バカな。
「「四天」……そんな、最高幹部が悪事を扇動してるなんて!」
僕は衝撃と共に、咄嗟に大声をあげてしまう。
「こら、声が大きい!……その素直さは美徳ではあるがねぇ」
それを先生に諌められ……すごすごと席に戻るが、心中は穏やかではない。
そんな、組織の範となるべき最高幹部の誰かが、悪事を扇動してるだなんて。
冗談じゃない、許されるはずもない!
……怒りが覚めやらぬ僕を、先生は諫めるように話を続ける。
「話によると、「プリンセス☆マナカ」様がその首魁なんじゃないかという噂が立ったんだがね。だが彼女は―――」
「……失踪した」
……そのことは、僕の記憶にも新しかった。
あれは確か、ヒーローからの救援信号を承けたときのことだったか。
僕はある民家の近くへと向かい、そこであの人と出会った。
鳴瀬、ユウ。
僕の憧れの人、僕がヒーローになるきっかけとなってくれた人。
そしてその時彼がいた場所のすぐ近くが、彼女……「プリンセス☆マナカ」の自宅だったというのだ。
そして……その内部は、非常に凄惨な光景だった。惨殺された彼女の両親の遺体。そして周辺地域の民家もまた、同じように。
……それ自体は組織によってどうにか隠蔽されたらしい。だが状況からして、その犯人は……娘である彼女の可能性が、非常に高いだろう。
遺体は人間業で行えるような状態ではなかったとのことだし、少なくとも能力者によって引き起こされた事件であることは、確かだ。
だが時を同じくして、追及されるべき本人は行方を眩ませた。
様々なヒーローがそれを捜索しているものの……その痕跡は、依然として影も形もないというのだから、奇っ怪だ。
……そして。
彼女の失踪の結果、現在四天の席には空席が産まれた。特権を振りかざし、組織内での発言力も段違いであるその座。
そこを狙って、また多くのヒーローが功を焦り暴走していく。……とてもじゃない、袋小路の悪循環だ。
「まぁどれもただの噂だ、話半分に聴いてくれ……とはいえ、これが事実だとしたらとんでもないことさぁ」
「果たして我らがリーダーは、それをどこまで把握してるのか……あの方に限って、荷担してるなどということはあるまいがね」
先生は心底憂いるようにして、グラスをあおる。
……やはり、この人は本物だ。元々教師を志していたとのことで、二十代も前半だというのに年以上に成熟しているようにも見える。
そんな彼の人間性が、貫禄ある戦闘衣にも現れているのだろう。そう、思った。
「気を付けなよぉ、フェイスソードくん。君を見出だしたのは僕だが、この先悪に堕ちるか、正義を貫くか……それは、君自身で決めることだからねぇ」
そうして、先生は立ち上がり会釈する。
この人も忙しい人だ。僕に忠告をするためだけにここにまで来てくれたなんて……本当に、情に熱い方だ。
……だが。
彼が最後にいった言葉だけは、「愚問」だと思ってしまった。
「……悪か、正義か」
だって、なんの為にここに入ったのか。
それを思えば……今更、迷ってなどいられはしなかった。
「決まってる。だって僕はその為に―――」
そう、だって僕は―――、
―――誰かを助けることのできる「正義」のヒーローになる為に、「
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