chapter4.5-2:兎作トウカは憧れる



 ◇◇◇





 あの人は、私にとってヒーロー。


 本人はその言葉を毛嫌いしていても、所属する組織がその言葉を敬遠していても。

 やっぱり……私には、彼が素敵なヒーローのように、そう思えた。


 だから、いつか……この想いを、伝えたくて。





 ◇◇◇





 ―――わたし、兎作うさぎさく トウカはどこにも居場所のない人間だった。


 この「ヒーロー」や「怪人」が跋扈する世にも、家庭内暴力というものは当然存在している。


 ある日、お母さんがなくなって。

 そしてその次の月には、お父さんが再婚して。


 わたしはお父さんの連れ子という形で……新しいお母さんとの、新しい暮らしを始めることになった。


 表向きは、ふつうに明るく振る舞う新しいお母さん。わたしも初めはそれに安心して、自分達家族の再出発を信じて、仲良くしようと努めた。


 ……けど。


「はぁ……」


 お父さんが仕事に向かった、その瞬間。

 お義母さんの態度が豹変する。眉間には皺が寄り、目付きも鋭く、いらいらとした様子に。


「子供がいるなんて、聞いてないんですけど?」


「え……」


 動揺することしか、わたしには出来なかった。

 つい先程までそこにいた、「優しいお義母さん」の姿はそこにない。


 例えるなら、それは「鬼」。

 恐ろしい形相で、わたしを排斥しようとする怪物が……そこにいた。


 ◇◇◇




「い、た……!」


「ふ、ふふ!なんだ、邪魔かと思ったら……使い道、あるじゃない!」



 何度、ぶたれただろう。

 もう学校にいく時間はとうに過ぎたというのに……もう、立ち上がる気力も体力もない。


「折角あの女、消してやったんだから!あんたも……」


 口走った、女の衝撃的な発言にも心が動かない。

 ……「この人なら、やりかねない」。そう、不思議と納得ができたから。


 一体、わたしをこれだけした後……どうやってお父さんに隠すつもりなんだろう。

 そう疑問にも思ったけど……それはすぐに立ち消える。


 ……たぶんこの人は、隠す気なんてさらさらないんだ。

 本当のお母さんを殺したときも、こんな風にヒステリーを起こして衝動的に殺したんだ。お誂え向きに、この世界には便利な存在もいる。



 ―――「怪人」に、操られて否応なしに殺させられてしまったと。


 そう唱えるだけで、この人は被害者だ。誰もがそれを信じるし、本人もそう思い込む。


 なんて、嫌な世の中。



「あ、が……!」


「ふ、はは?」



 ……そうこうしてるうちに、彼女の手が、わたしの首に伸びる。細い、真っ白で綺麗な手。けれどそれは化粧品で誤魔化したもので……汗で剥がれて、本来の褐色が覗く。


 それは彼女自身の虚飾が剥がれていくかのようで……「皮肉だなぁ」と、つい心中で呟いた。


「は、は……たの、しい」


 彼女の笑顔は、どんどんと狂気的になっていく。それと同時に、手にかかる力も加速度的に強くなって……、



 ―――不意に、離される。



「!?、ゲホッ、ゲホッ!」


 急に解放されたことで地面に落下したわたしは、全身の痛みに耐えながらも咳き込む。

 呼吸をしてはそれが出て、苦しんでの繰り返し。けれど……それは目前にあった「死」が、先送りされたことも意味していた。


 ―――なんで、解放された?


 疑問と共に、苦しい気管を労りつつも、前に立つお義母さんをみる。


 だが、その様子は……先ほどわたしの首を絞めていた時よりも遥かに、異常な状態だった。


「たのし、たのしい!わたしは、アタシは!」


 手を宙に掲げ、首を絞めるようなポーズのままにひきつり笑うお義母さん。

 その目は光に狂気を帯び―――否。


「お義母、さん?」


 違う、間違いない。


 ―――本当に、光っていた。

 能力を使用している状態の人間は、その瞳を発光させる。だからその光景は珍しいものでもないし、あり得ないことでもない。能力者なら。


 けれどお義母さんは、32才だった筈だ。

 その身に能力を持つのは25才以下の、「国断事変」以後に産まれた子供達で。



 ……けれど、目前のその光景は間違いなく現実。


 そしてお義母さんは、その姿を……変質させていく。



「たのし、タノ、しイ!ハ、あは、ハ?」


 化粧によって真っ白い、美しかった彼女の肌は黒い、質感の違う物質に置き換えられていく。

 背中からはもう一対、腕が生えて……その節だった形は、虫かなにかのよう。


 口からも牙が生え、彼女の顔を覆うようにして兜のような甲殻が包む。


 ―――そこに姿を表したのは……昆虫人間。


 もはや人間ではなく……「怪人」と成り果てた、たった一日だけ自身の「母」であった女の末路だった。



『ギ、ギチチ、タノシイ、イジメ、ルノ』



 姿形が変わって……なお、その標的は変わらない。


 考えてみれば、当然だ。きっとあれは、わたしを害した時の心の機微によって変異したのだから。

 嗜虐心で暴走するということは、因子もまたそれに同調したということ。……至極、当然のことだったのだ。


 そんな「分析」を、わたしはする。


 わたしの能力は「分析」、入力した情報から、さまざまなことを類推する能力だ。

 だからテストなんかもこの力で対策が取れて、成績も高い位置を維持できた。


 それがこの窮地に、「自分の死を察知できる」という形で使えたのは、皮肉だが。


 ……あぁ。


 しにたく、ないなぁ。

 わたしはそう、呟く。親が怪人になったなんてしれれば、誰もわたしに近付こうとはしなくなるだろう。

 お父さんだって、どうなるか。自分の妻を殺したのが、自分が後妻に選んだ女性だったなんてしったら、きっと思い悩む。



『ギ、ギギ、コロ、す、バラス。アタシノ邪魔をスる女は、ヒトリ残ラズ!』



 いや、だ。

 このまま殺されるなんて、いやだ。


「ゲホッ、い、や」


 いやだ、いやだいやだ。


 絶対に。


「いや、だ!」


 殺されてなんて、やるもんか―――!


 わたしは咄嗟に、お義母さんだった怪物に向け近くにあった椅子を投げつける。

 頭部にクリーンヒットしたそれは、怪物を怯ませはしたが……当然、致命傷になどなりはしない。



『ガ、あの、オンナの娘!オマえだけは、アタ、わたしが!』


 怪物を怒らせるだけの結果にみえた、その攻撃。

 けどそれは、わたしが逃げる隙を産むには十分すぎるものだった。


「!」


 わたしは……名の通り、脱兎のごとく家を後にする。

 急いで階段へと向かい、1階へ。マンションの入り口から、外へと脱出を目指す。


 階段を駈け降りる最中、上からドアを破壊するような激しい音が響く。

 ……もう、一刻の猶予もない。わたしは急いで、入り口から外へ出ようとして―――、


 それは、失敗する。



「きゃあ!?」


『ギ、チチ、ギギ』



 怪人と化した義母は……部屋のある5階から、真っ直ぐと入り口前へと落下してきたのだ。


 ……退路を塞がれた形となったわたしに、最早打てる手はほとんどない。突然のことに、倒れ込んだわたしの足腰はもう限界で、立ち上がることすら。


『グギ、トドメ、いくヨ、トウカちゃン……!」


 最後、怪人がわたしの名前を呼んだ瞬間。

 その語尾だけは、わたしを騙していた頃のお義母さんのものであったように思えて……わたしは、すべてに絶望する。


 ……結局、どうすればよかったんだろう。


 いったい、なにが正解で……自分は、どこで選択を誤ったのだろう。


 そんな答えのでない「分析」をしつつ、わたしは、怪人の爪の餌食となって……生涯を、閉じる。




『―――ガァッ!?』





 ―――その筈だった。





 目の前に、黒い影が舞い降りた。

 それと同時に吹き飛ばされたお義母さんは、壁に半身を埋めながら、苦しげなうめき声をあげる。


『……イ、ギ』



 だが、それを一瞥すらせず。

 目の前に現れた、黒い鎧を身に纏った戦士はただ立ち上がり、肩を落とす。

 ……わたしも、怪人となったお義母さんも。その眼中には入っていない?


 驚愕と、動揺。そこには最早、恐怖は吹き飛んでいて……わたしはただ、目の前の光景を呆然と見つめていた。


『怪人か……因子の反応を追うだけじゃ、これが―――』


 黒い戦士は、落胆の声と共に天を仰ぐ。

 しかしその背後からは、地面を蹴った音が響く。



『グガァッ!』


 お義母さんだった怪人が、反撃に転じたのだ。壁を蹴り跳び一直線に、弾丸の如く飛翔していくそれを、戦士は目視すらしていない。


 ……このままじゃ、やられちゃう!


 わたしは思わず、声をあげる。


「あ、うし―――」


『っ、ハァッ!』


 だが、私の声が届くよりも先に彼は動き出していた。

 飛び込んできた怪人を紙一重で躱し、その腹部に拳を突き上げる。


『ゲ、ェ!?』


 圧倒的な力を腹部に受けた怪人はその場で打ち上げられ、宙に無防備な姿を晒す。


 ……瞬間。


 <仮面MASKED最大解放チャージアップ


 その手甲から、紫色のオーラを発しつつ大きく振りかぶる戦士。

 全身の鎧の表面がスライドして、そこからは黒い蒸気が排出されていく。そしてそれと同期するように、紫の粒子が彼の腕から噴出。それはまるでロケットのブースターのように、彼に莫大な推進力を与えた。


 そして黒い戦士が、呟いた瞬間。


『―――「打消掌槍イレイズ・スピア」』


 ―――その身体はまるで、光のごとき速度で天へと打ち出された。拳から放出された粒子はまるで槍のような形を取りつつ、天に浮く怪人……「お義母さん」のその身体へと、向かっていって。


『ガ―――』


 その腹部を、貫通する。

 そこから四散した彼女は、激しい悲鳴をあげるでもなく、そのまま落下していき……地上につくよりも前に、爆発する。



 ……お義母さんが、死んだ。


 けれど悲しみなんかは浮かばなかった。一日だけの付き合いとはいえ、自分の新たな母となる筈だった存在に。


 私の関心は、そこにはなくて……目前に着陸して、ゆらりと立ち上がった黒き鎧にあった。



「―――ヒー、ロー……なの?」


 咄嗟に、そう問いかける。

 この世界で、あのようなメカニカルな衣装を纏って怪人を倒す存在など、「ヒーロー」しかいない。

 彼が正義の味方で、私を助けに来てくれた?


 ……いいや、きっと違う。


 やってきた場所にいたのが怪人だと知った瞬間の、落胆した彼の声色。

 テレビで見るようなヒーローとはデザインの違う黒い腕輪。そのすべてが……、


『違う、俺は……』



 彼を構成する、その全てが。




『ただの、復讐者だ』



 ―――ヒーローを狩る、一匹の狼であることを、なにより示していたのであった。




 ◇◇◇



「―――それで、自力でここを?」


「は、はい!」


「なるほど、なるほど……確かに、貴方の能力は素晴らしいですね!「英雄達ブレイバーズ」に渡ったら、とてもじゃないけど危険!」


「わかりました、「アンチテーゼ」への加入を認めます!すぐに準備をするから、待っててね!」


 ◇◇◇



 ―――それから、一月ほど。

 私は変身も出来るようになって、彼がいた反英雄組織「アンチテーゼ」へと籍を置くようになっていた。


 あの事件の後、お義母さんが振るった暴力とその怪人化は、白昼の元に晒されることとなった。


 家庭内暴力、妻が死んでから間を置かない再婚、そして再婚相手の怪人化。


 世の人々がバッシングをするには十分すぎるほどのその事実がそこにはあり、父は勤務していた会社をも辞めることとなってしまった。


 それに随分と参ったお父さんは、最早歩く気力もないといった様子で家に篭りきりになってしまって……私は、そんなお父さんを養う為にここの給料を使うこととなった。


 最早、お父さんの目には私すら映ってはいないのだろう。そこに映っているのはきっと私でなく、私の目の前で爆散したお義母さんの幻影だ。


 ……そんな家から、逃げるように特訓を積んだ私に、転機が訪れた。



『あの、「リヴェンジャー」さん!わたし、リベンジャーのオペレートを担当することになりました、「ラビット・ナビット」ともうします!その、よろし―――』


『挨拶はいい、索敵と分析の結果をよこせ。ヒーローに逃げられる』


『あ、はい……』


 私を助けてくれた、私の「ヒーロー」へのオペレーター業。

 もしかしたら、レイカさんが気を効かせてくれたのかもしれないそれは、私が仕事をする上で大きなモチベーションとなった。


『ヒーローは討伐完了、回収は任せた』


『あ、はい!お疲れ様です、リベン……あ、切れてる』



 依然取りつく島もなく、あんまりにもな塩対応だけれど。


 けど……いつか、必ず。あのときの話をして、お礼をしてみせるのである。

 それまでは……この仕事でもって、助けていこう。



 ―――あの人の目的を、「復讐」を。





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