chapter4-2-8:血染めのdiary
―――乾ききった血の臭いが、空間に染み付いている屋内。
そんななか二人の少女を一旦残し、俺は先に二階の安全を確保しに向かっていた。
特に、なんの変哲もない階段。
それを上がりきった俺は、手筈通りに周囲の様子を探索する。
一先ず見える範囲の扉を全て開け放ち、内部を確認。一見そこには特に異常はなく、生活感のある部屋があるばかりだった。
……家具の一部が切り裂かれたりしていたりはするが。
(流石に死体はない、か)
正直なところ、「城前 カナコ」も処理されている可能性も考えていたが……この様子だと既にいなくなったか、連れ去られた後らしい。
……まぁ、あの腐乱死体と共に生活している、なんて話があるはずもないが。
「上は大丈夫そうだ、入ってきていいぞ」
俺は階段を降りて、玄関先のリナ、そしてシズクに声をかける。
先ほど既に死体を目撃していたリナは特に気にする様子もなく屋内に入るが、シズクはすぐにその異常に気付いたようだった。
「……うぇ、なによこの匂いー……」
……当然の反応だ。
血と漿の入り交じって、そして腐ったような悪臭。その嗅いだことのない臭いに、年頃の少女が耐えられるはずもない。
「居間、生物とかが散乱して腐ってたから間違ってもいくなよ、匂いがつくぞ。二階には特にそういうのはないから、早く行け」
俺がそういうと、シズクはハンカチを口に当てて脱兎のごとく階段を駆け上がる。
……対してリナは居間をチラ見した程度で、特に声をあげることもなく。
「……」
俺達はそのまま、城前邸の二階へと足を踏み入れることになったのであった。
◇◇◇
「ここがその、城前の部屋だと思う」
そういって俺が当たりをつけたのは、階段を上がって真っ直ぐいた先の突き当たりの部屋だった。
先ほど扉を開けて回っていたときに見つけた部屋で、勉強机やピンクのカーテンなど、如何にも少女趣味な印象を受けた部屋だ。
ちなみに他の部屋は白いカーテンであったり、ベッドが2つある寝室だったりと、彼女の両親の部屋、もしく物置のようだった。
……だが、その悉くが荒らされていた。
「……他のところに比べて、綺麗すぎない? 」
シズクが、ぼそりとそう呟く。
……そう、そうなのだ。
他の部屋は切り刻まれたり、荒らされたり、死体が転がっていたりと散々だが……この部屋だけが、そのままなのだ。
そしてもうひとつ、俺は貴重な物をその部屋に見つけていた。
「確かに、どこにも切り裂かれた跡もないし……それに、机のうえ」
俺の言葉に、二人は揃ってカナコの私室に置かれた、勉強机の上を見つめる。
「これ……カナコちゃんの、日記?」
―――そう、そこには装丁の血のついた、一冊の日記が無造作に置かれていたのだ。
◇◇◇
―――はじめは、本当に偶然だった。
わたしは、■■■という凄く優しく、話していて面白い子とクラスメイトになって、よく話すようになった。
その時は■女■■■、そしてわたしの間にあったひみつなんて、お互いに何も知らなかった。
そして始めてそれを知ってしまったのは、■■■と校長の会話を偶然聞いたとき。
……そして、その日から、あの辛くて、どうしようもなく嫌なイジメが、はじま て
■■て■■■―――
◇◇◇
俺達は、その日記を読み終えると……パタンと閉じて、元あった場所へと戻す。
その内容は、明らかに城前カナコ本人の書いたものだった。
前半部はただ単に毎日のことが書かれているだけだった、多少本人にとって嫌な思い出であろうものも書かれていたが、普遍的な日記といえるだろう。
……しかし、一時期からその雰囲気はがらりと変わる。
始まったいじめと、その原因。
そして、最も特徴的だったのが―――。
「……一部が、黒塗りにされてる」
そう、個人の名前を記していたと思しき箇所が、悉く黒塗りによって修正されていたのだ。
それはさながら、刑務所から送られる手紙のよう。そしてその内容は、誰かと……校長の、やり取りを目撃したことが発端としていじめが始まったという、衝撃の内容だった。
「これって……もしかしてマナカちゃんが……?ここに住んでた子、拐われちゃったとか……!」
シズクが恐る恐るといった様子で尋ねてくる。
「かもな。そうなると、彼女の両親も彼女を拐った誰かに―――」
「?」
俺は彼女の両親の死にも、マナカが関わっていると確信する。
……しかしそんな俺の納得は、シズクには分からない話だった。
当然だ、彼女には死体を見せてはいないのだから。
「……いや、なんでもない。だがとにかくハッキリした」
困惑するシズクを他所に、俺は自身の納得を裏付ける為、情報を整理する。
「マナカと校長の間にはバラされたくないような秘密があり、その為にこんな口封じまでした」
その事実は、最早疑いようのないものだ。
城前 カナコの日記でまで校長の名前が挙がるのは些か予想外ではあったが、マナカとの繋がりを思えばさしておかしなことでもあるまい。
そして、カナコの家のこの惨状。
これもまた、多賀城 マナカが襲撃した後であることを示唆する重要なファクターだ。
……それにしたって、異常な話だ。この年頃の娘にしては、やり口があまりにも凄惨に過ぎる。
それが因子による性格の矯正が原因なのか……それとも元来の残虐性なのか。
それは分からないが、どちらにせよ到底許されることではない。
そしてここまで大っぴらな事件を、周辺の住宅から人を追い出すことで隠蔽する手口。
……俺は、このやり口に間違いなく覚えがあった。
なにせ俺の家がそうだった。付近一帯を焼け野原にされ、知り合いを皆殺された後の事後処理。
爆発事故として処理され、世間から完全に隠蔽されたあの、ヒーローが起こした事件。
その時と、やり口が非常に似通っているのだ。
だから俺は確信する。
「この事件、間違いなく「
「あ、前にマナカちゃん言ってた!自分は「英雄達」の幹部なんだって!……まぁ皆、ただの見栄っ張りの嘘だと思ってたけど」
「―――何?」
……それは、初耳だ。
あの能力から、彼女が「
だが、そうか。幹部。
あの組織を、あれほどまでに腐敗させた元凶とも言える存在。
ならばあの屈折した性格と、人を人と思わない蛮行にも納得がいく。
……だがそれが、このような杜撰な現場保全をしているとは信じがたいが……、この際それは置いておこう。
「なら尚のこと、この事件を突き止めれば、マナカと「
目的は、改めて定まった。
そも「
だが、マナカが最高幹部の一人だというのなら……「彼女を無力化して重要な情報を聞き出す」という第三の目標が産まれる。
戦闘で撃破して「
……最悪、癪だが組織に連絡して「スナイプ・グレイブ」あたりに応援を頼む必要もあるかもしれない。
借りを作るようなものだし、正直避けたいところではあるが―――、
「あの……先生って、一体何者なんです……?」
……そこまで考えていたところで、シズクが怪訝な顔で俺に聞いてくる。
正直、リナはともかくコイツには教えたくはなかった。
なので俺は、最大限の凄みでもって彼女を威圧することにした。
「……知りたいか?」
……数ヶ月前の俺なら、気弱さが隠せずにかえって笑われるところだったろう。
なにせ大した能力もない不良に一方的にやられるばかりだったほどだ。ろくに運動もしてなく身体も華奢だったし、舐められるのも当然といえば当然だ。
「い、いえ……遠慮しておきます!!!」
だが、どうやら今ならそんな威圧も通用するらしい。……シズクが俺に能力で負けたことがあるからというだけの気もするが。
シズクは背筋を正して、まさしく教師に叱られたかのようにその身体を硬直させた。
「とにかく、他に手掛かりも無さそうだし撤退しよう。ここがアイツにとって口封じするほどに重要な場所なら、誰か―――」
……その、瞬間だった。
「……先生、どうしたの?」
「二人とも、静かに」
俺は気付いた。
玄関先から、何者かの足音がしたことに。
そしてそれは、およそ一般人のそれではない。
金属製の、重い装備を着用した者特有の足音だ。
それは俺が、戦場で幾度も聞いた音。何度も立ち向かった、そんな音。
だから、俺はすぐにその危険がなんであるかを、察知する。
……そして、玄関先から慌てたような大声が響き渡る。
『だ、誰だこの家に侵入してるのは―――!?』
エコーがかった、マイク越しのような男の声。
―――それは、正しくヒーローの声だった。
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