chapter4-2-7:侵・入
重苦しい空気に支配された学校を後にして数分後。
空は血のように赤く染まり、建物もまたその光に照らされている。そんな夕暮れ時の街中を、俺達三人は歩いていた。
向かった先は学園のある学業特区ワカバヤシから大分離れた場所、新都アオバの区域に含まれない旧市街だ。
―――そこに、マナカによるイジメの最初の被害者である「城前 カナコ」の実家はあった。
「ここか」
……辺りの民家も含めて、街灯以外の灯りのない奇妙な光景。
それはまるで、そこに住んでいた者たちが一様に死に絶えているかのような、不気味な静寂だけが支配する世界だった。
そんななか、俺……鳴瀬ユウはその扉の横にある、インターホンを押下する。
すると周辺にピンポン、というけたたましいチャイムの音が響く。
だが―――、
「……反応がない」
―――依然、人の気配すらない。
中で物音がすることもなく、当然誰かが出てくることもない。
詰まるところは無人。……いや、それどころか。
「こんなに暗いのに電気ついてないし、不在なのではー……?」
傍らのシズクが、そう能天気に告げる。
だが―――俺にはそうは思えなかった。
この、周辺一体の異常な情景。それを見て……自分の家で起きた、あの惨劇を想起したからだ。
「……お前たち、一瞬周りを見ていてもらっていいか?」
だから俺はシズクとリナの視線を明後日の方向へと向けさせる。
「え、なにを―――?」
……今だ。
能力を発動して、腕力を強化。……施錠機構ごと、扉を破壊する。
鍵穴ごと、ドアの一角がかかる力に耐えきれずに潰れ……そしてひしゃげる。
内側にかかっていた鍵もまた、それに巻き込まれる形で歪んで、露出。
―――斯くして、扉はひとりでに開いた。
「―――おや、開いていたようだな。鍵もせずに不用心な」
「えっ今ドアノブが、え!?」
目を剥いて慌てるシズク。
―――だが、俺の意識は最早、そんなどうでもいいことには向いていなかった。
「―――この、臭い」
開いた扉の奥から漂ってくる、その異様な臭い。鼻を潰さんとするほどの強烈な、その臭いに。
「―――お前たち、ここで待っていろ」
―――血と、肉の腐った異臭に気付いたからだ。
◇◇◇
……二人を玄関先に置き、単身屋内へと侵入する。
臭いの根源は、おそらくリビングだ。玄関から廊下へと土足のまま侵入した俺は、一歩ずつその道を進んでいく。
一歩近付く度に、一層強くなる血生臭い香りと、腐敗臭。
それを嗅ぎとる度に……あの日の、自分が変身者となった、あの惨劇を思い出す。
「あぁ……よく知った、臭いだ」
目の前で、見知った町内会の老人が死んだ時の、飛び散った鮮血……そのときに嗅いだ臭い。
あれ以降も仕事柄、度々こんな臭いを嗅ぐような場面には出くわしてきた。だが……ここまで酷い腐敗臭は、流石に初めてだ。
これは、昨日今日なんてものじゃない。ずっと前……それこそ、多賀城 マナカが変貌したという数ヶ月前ほどから放置されているような、そんな異臭。
「……」
リビングに繋がる、扉を開く。
「ギィッ」と軋みながら、ドアが駆動。その先にある部屋の光景が、俺の目のなかに入る。
窓辺の遮光カーテンは締め切られており、外から見られることを拒絶しているような印象。
薄暗く、そして異臭が支配する部屋に響くのは、壁にかけられた時計の針の音だけだ。
そして、その部屋の中心には―――、
「―――これ、は」
―――そこには俺の想像通り、死体が転がっていた。
それも、2つ。
ひとつは女性物の服を来た遺体で、もう片方はスーツ姿の男性らしき遺体。
恐らくは、この家の……城前 カナコの、両親の遺体だろう。その一部が白骨化した遺体に付着した肉片にはいくらか虫が群がっており、酷く醜悪な印象を与える。
そしてその服は揃って、真っ二つに裂かれたようにボロボロになっていた。
「……頭から胴までばっさりと。明らかに能力にやられた後だな」
これほど鋭利な傷跡だ、能力を疑うより他はない。第一チェーンソーなどでやったなら、もっと原型を留めずに肉片が散乱してるはずだ。
(だが、誰が?マナカか?……だが、わざわざイジメられっ子の親まで殺す意味が―――)
そこまで、俺の疑問が首をもたげたその時。
―――背後から、物音がした。
その音に俺は敵の襲撃を危惧し、即座に
……だが。
「―――あ」
「……!、なんで入ってきた、リナ」
そこにいたのは、教え子である志波姫リナだった。
……参った。
この惨劇を見せない為に二人を外で待機させたのだが。
「……しんでる、その人」
しかし、そんな俺の後悔も知らん顔で、リナはただ淡白に尋ねる。
そんな彼女の異常な姿を怪訝に思ったが、そこは素直に返答する。
「あぁそうだ、それも腐乱を通り越して白骨化しかけてたって程に、前にな」
その俺の言葉を聞いて、リナがまじまじと死体を検分し始める。
……いくらなんでも、この反応はおかしい。よほど心の壊れている人間でもない限りは、多祥なりとも反応をしそうなものだが。
「……動じないな」
「そう、かな……」
しかし彼女は、そんな言葉もどこ吹く風とばかりにただ、小首を傾げる。
その可愛らしい顔と、今の状況があまりにも似つかわしくなくて……俺は改めて、彼女のその異常性を再認識するに至った。
「……」
「とにかく、この部屋のことはシズクには伏せておけ。先に上の階を下見して、同じようなことになってないかを確認してくる」
……だが、今ではない。
彼女のその異質な点を指摘しようとも考えたが、そんなものは少なくとも、死体に蟲が集った部屋でするべきものではあるまい。
―――そうして俺は彼女をシズクの元へと戻し、リビングへの扉を閉める。
背後からは依然として、死体を糧に繁殖した蟲たちの羽音が響き続けている。
そこからはまるで、なにかの視線を感じるかのようで……俺はそこから、意識を遠ざける。
……それにしても、何故城前 カナコの両親はその命を奪われたのか。
現状一番の謎はそこだ。確かにヒーロー絡みの案件ではあったが……根底にあるのはどこでもありがちな単なるイジメの図式のはずだった。
だが、それが巡りめぐって……ついには、惨殺死体との対面。
ただ単純に「
そうして、その足で城前邸の二階へ。
……一階には死体。ならば未踏の二階には何があることやら。
俺はそうひとりごこち、そして身構える。
……だが少なくとも言えることは、ひとつだけ。
これから見付けられる物体はなんであれ、人が二人も死んだ、凄惨な事件に関連する証拠物であるということ、それだけなのだ。
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