chapter4-3-1:役得らぷそでぃー


 ◇◇◇




 わたし―――東照宮 シズクは、完璧な美少女で……そして、嘘が得意だった。

 マナカちゃんにへこへこして、まるで従順な態度を取ってたのだって嘘。いじめが楽しいと思っていたのだって嘘だし……それを反省してる、というのも嘘。


 だって状況的にそれ以外たすかる方法はなかったし、惨めったらしい学生生活を送ることしかできないなんて真っ平だ。


 そんな嘘まみれの人生を送ってきた私。

 だが……そこに転機がやってきた、のかもしれない。



 ―――今、私はユウ先生や志波姫リナに、いじめを止めるために協力していたからだ。


「それでね、学長せんせー……悩みなんだけどー……」


 私は出来る限り時間を引き伸ばすように、たらたらと引き伸ばすように喋る。


 マナカちゃんについて悩みがある……といえば、学長先生は絶対に食いついてくると思った。

 それは以前にマナカちゃんが、一緒に昼食を取ったときに溢していた言葉から。



(わたしのお父さん、いちいち口答えしてくるからすっごくうっとうしいんだよね、困っちゃう☆)



 自分可愛いオーラがバリバリに出ていて非常に鬱陶しかったから、よく記憶していた。

 ……父親が、うるさい。

 それはきっと、学長先生のことだったのだろう。


「悩みというのは、マナカのことだったかな?」


 学長先生は、あえて「マナカ」と呼び捨てにして私に聞いてくる。

 やっぱり、ただならぬ関係。

 もしかしたら援助交際とか、そういうあれかとも思ったけど……どうやら普通に血縁らしい。


「うん、そうなんですよ~!それでぇ……」


 私はそのまま引き続き、媚びっ媚びの口調で学長先生の意識を引き付け続ける。

 マナカちゃんからモロパクりした喋り方だけど、普段の私の素行のお陰で特に違和感は抱かれていないらしい。


 ―――散々他の学校との合コンにいきまくった甲斐があったというもの!

 私は心中でガッツポーズを取る。



 だが……


「―――え、きゃっ……!?」




 ―――急に学長先生に、壁ドンをされた!??


 さんざん色々考えていた私の頭は、唐突に真っ白になる。



 ―――なに、どうする、どうしよう!?


 今ここにいるのは私一人、リナもユウ先生も学長室のなかだ。

 男を翻弄するのは得意技だからと安請け合いしたのはいいものの、これ……もしかして一番危険な仕事だったのでは……?


「ちょっと、せんせ……?シズクが可愛いのは周知の事実だけど、そんな急には……」


 私はどうにかそこを抜け出そうと、手が突き立てられた側とは逆に抜けようとする。

 だがすぐに、そちらへも学長先生のたくましい腕が当てられる。完全に逃げ道を塞がれ、このまま抑え込まれるのも時間の問題。


 そして……そんな体勢のなか、学長先生は小声で私に呟く。




「……これ、矢本やもとくんの差し金だな?」


 ―――バレた!!?


 心臓の鼓動が、早まる。



「……ッ、え、ええと」


 ド直球なその指摘に、私は完全に動揺してしまった。

 言い訳も、間に合わない。先生は私のそんな態度を見て、そのことが本当であると確信してしまう。


(どうする、どうしよう!?)


 もう内心、大パニック。だがそんな動揺の最中にも関わらず、学長先生は一切待ってはくれなかった。

 その口を開き、言葉を発する。


「なら、聞いてくれ、どうか……」


 なにを、なにを言われてしまうのか。

 驚きと恐怖で頭も回らなくて、私はもう黙ってそれを聞くしかなかった。


 ……だが。


 彼が口にしたのは、極めて予想外な。



「どうか、私の娘をこの学園から逃がしてくれ……!隠し部屋へのエレベーターは、今通れるようにした!だから、どうか―――」




 ―――私がまったく、考えても見なかった……必死な懇願だったのであった。





 ◇◇◇





 娘を、助けてほしい。


 そんな願い、学長先生が持っているなんて考えても見なかった。

 ……そもそも、娘?娘というのは、多賀城 マナカの方ではないのか。だとしたらおかしい、彼女こそが加害者で、私たちを思い通りにしようとした元凶だった筈なのに。


「詳しくは後だ、とにかく矢本先生のもとへ君も行きなさい!そして娘を救いだして、あんな蛮行はもうやめに―――」


 必死の形相で訴えるハゲ頭の男性。

 だが……そのときだった。





『……あ~あ、おとーさんったら、いっけないんだ』



 私たちが、飽きるほどに聞かされた声が突如室内に響き渡る。

 甲高くて、それでいて甘ったるくて、人の心の隙間に入り込んでくるみたいなそんな声。


 ―――マナカちゃんだ!?


 私は一瞬で背筋が凍り、学長先生の背中越しにその姿を覗く。


「ッ!お前、どうして……ッ!?」


 ―――そこにいたマナカちゃんは、空に浮いていた。

 ピンクと白のふわふわなフリルに身を包んだそのファンシーな様相。

 そして手にしてるのは、一見オモチャのようにしか見えない魔法のステッキ。


 ―――間違いない。これこそマナカちゃんの、「英雄達ブレイバーズ」の一員としての姿。



『はぁ……おとーさんはすっごくおばかだね☆」



 マナカちゃんは深いため息とともに、呆れたよつな笑顔を浮かべる。


「よりによって……わたしの指に助けを求めるなんてさ?」


 彼女はそう言って……何故か、わたしを見つめる。


「……へ、え?私のこと!?」


 指先?なに、それは。


「そ、学園にいる間、わたしの指先の子達はぜんぶわたしと繋がってるの!視力も、聴力もね?」


 は……?


 そんなの聞いてない、知らなかった!

 わたしは思わず、そう叫びたくなる衝動に駆られる。それじゃあ、個人情報駄々もれってことじゃないか。


 学校の外で悪口を言いまくってたこととか、ユウ先生達との会議とか。


 ―――マナカちゃんがちょっと気にしていた他校の男の子とちょっといい感じにまでなったこととかが、全部バレていた……!?




「ま、学園から出てる間に立てた作戦とか行動まではわからないけど……予想はつくね、きっと今頃せんせー達が学長室に踏み込んでるんでしょ?」


 ……よかった、バレてない!

 私はやれやれとばかりに、額の汗をぬぐう。

 だが……学長先生はそんかに簡単には構えていられなかったらしい。


「く、う……」


 歯ぎしり、悔しそうにマナカちゃんを睨み付ける。

 ユウ先生たちが学長室にいることがバレたからだろう。もしも順調に事が運べば、マナカちゃんに露見することなく地下にいる娘?とやらを助けられたわけだし。


「でもそれくらい、許してあげようと思ったんだよ?わたしは「英雄達ブレイバーズ」がどうなろうと知ったことじゃないし、この力がずっと使えればそれでいいの!だから回線探るくらいならやらせてあげようかなー、なんて思ったのに……」


 ―――瞬間。


「ぐ、ぶぁ……ッ!?」


 マナカちゃんの身体が、突然私の目の前……学長先生の背後へと出現する。

 そして手にしたステッキによる、鋭い殴打。


「う、ぐぅ……ぁ………」


 地面へと転がった学長先生は、その痛みにもんどりうって悶絶する。能力によって強化された、衝撃を内側へとダイレクトに伝える一撃だ。


 無能力者である大人が、簡単に耐えられるものじゃないだろう。



「こんのダメ親父は、地下室を開けやがって、あのゴミクズを逃がそうとしてくれちゃって!やむっぱゴミの家族はゴミってわけ?むかつく☆」


 マナカちゃんがそう罵倒するなか、先生は口からツーッと、血を流す。


「が、あぁ……はぁ……」


 だが私の関心は、マナカちゃんの吐いた言葉にいった。


(家族……?)


 ……同じ多賀城という家のことなら、それはマナカちゃんにも言えることなのでは?

 それが私の思った疑問だ。


 その口ぶりじゃ、まるでマナカちゃんが先生と、まったく関係ないみたいじゃないか。


 しかも地下室にいるのは両親を殺された城前 カナコっていじめられっ子であって、多賀城 マナカとも多賀城 コウゾウともまったく関係のない人なんじゃ?


 そんな風に柄にもなく推理なんてかましてもみたのだが……、


「―――ま、いいか、早くいこっと!じゃ、ありがとねシズクちゃん!」


「は、はい!?」


 マナカちゃんからの突然のキラーパスで、それは絶ちきられる。


 ―――別に自分から協力したわけでもないのに、お礼なんかされても……


 その言葉に真っ先に言い返そうとした言葉はそれだった。

 だが……



「結構活躍してくれたから、こないだのこと不問ね!これが終わったら幹部に昇格してあげる!みんなにもそのことは伝えておくから!」


「へ、あ、はーい!」


 思った以上の報酬に、私は思わず二つ返事をしてしまう。

 最高幹部。


 それはあの、手のひらを返すように私を見捨てやがった子達よりも上の立場になれるということ。


 ……そんなの、乗らないわけにはいかない!


 それに、マナカちゃんが学長室へと向かうということは、ユウ先生との直接対決もあり得るだろう。


 そうなれば、不意討ちのような形になるユウ先生に勝ち目があるとは思えない。「英雄達ブレイバーズ」のヒーローとかならまだしも、ただちょっと強い能力者程度の先生じゃとてもじゃないが、太刀打ちなんてできまい。


 もともとなし崩し的に脅されたみたいなもんだったし、特に義理立てする必要も……たぶんないし。


 だったら……今のうちに勝つ方についておくのも悪くはない!


 そう考えた冴えた私は、産まれてから一番といっていいほど脳細胞が活性化していたに違いない。

 だが、そのとき。


「う、ぅ……」


 その思考を、倒れて伏した学長先生の唸り声が邪魔する。

 ……そうだ、完全に存在を忘れてた。



「……保健室のせんせーつれてこよ」


 そう呟き、私は教室を出て小走りで保健室に向かう。その目的はただひとつ……そう、たったひとつだ。




 ―――万が一ユウ先生が勝ったときに、学長先生を助けるために仕方なく従ったというために……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る