chapter4-2-13:嘘と秘密と牢獄学園

 学長室へと踏み込んだ俺は、まずその場の捜索より先に準備を開始した。


 <映写機CINEMA能力抽出エクストラクト


「せんせい、何を?」


 リナがそう聞いた瞬間、変身機から発した光が真っ直ぐに監視カメラのレンズを射つ。

 そしてその表面へと……俺達が入る前の、平穏そのものの姿の部屋を投影した。


「これで監視カメラに幻影を映し出した。しばらくは誤魔化せるが……まぁすぐにバレるだろうな」


「手早く調べよう」


 俺はそう言うと、部屋の探索を開始する。

 リナもまた、俺に倣って本棚や机などを物色し始めた。彼女が探すのは元親友による虐めの被害者、城前 カナコの痕跡だ。



 対して俺がまず探すのは、「英雄達アンチテーゼ」と繋がっているという疑惑を向けられた大企業「ゴルド・カンパニー」への専用回線だ。


 ……「ゴルド・カンパニー」。

 この国が文字通り真っ二つに分割された後に産まれた首都、新都「青葉」でも有数の大企業。

 記憶触媒メモリ・カタリストの生産、薬品の研究、そして養殖食品の販売までと、手広く取り扱う大企業。


 始めに聞いたときはそんな公な企業が「英雄達アンチテーゼ」と繋がっているなど、信じられないとも思ったものだが……よくよく考えれば、極自然なこととも思えた。


 先入観を除けば、当然のごとく至るべき結論だったのだ。

 ―――市販されている記憶触媒メモリ・カタリストと同じ形をした、能力因子を内包した特殊な記憶触媒メモリ・カタリストがヒーローの変身に用いられている。

 その事実が、なによりもあの企業の関与を示しているではないか、と。


 変身機トランサーにしたってそうだ。記憶触媒メモリ・カタリストの装填を前提とした造り。この国に流通する一電子機器でしかない筈のそれに、能力因子を封じ込めることがまるで当たり前かのような仕様。


 ―――下手すれば、一般流通している記憶触媒メモリ・カタリストの方が、「英雄達ブレイバーズ」側の研究の副産物の可能性だって……


「……あった」


 閑話休題。

 俺は飛躍した思考を一旦閉じ、目の前に見つけたそれへと手を伸ばす。

 壁際に配置されていたボックスを開いた俺は、直ぐ様それを見つけたのだ。


 ―――それは、無数のLANケーブルだった。



 科学が発達した現在において、有線接続というのは極めて稀少なものになった。

 無線接続の速度が有線と遜色なく、むしろ速いくらいにまで発達したからだ。今でもそれを使っているのは、旧来のインフラから改修を行っていないような場所か……秘匿情報等を守る必要のある企業、機関くらいだ。


 そしてここは……後者。

 箱の内側……部屋の壁に取り付けられた四基のモジュラージャックには、それぞれ「外部」と「内部」という刻印がされている。

 そして「外部」は1、2、3と存在しており、その何れかが俺の探している当たりであることは明らかだった。


「……一つずつ、試していくか?」


 しかし、その方法は外れた時が怖い。

 もしも防衛機構などが備えられていた場合、警報かなにかが作動する危険性があるからだ。

 正直今さらどうこうなるとも思えないが……だが。


「リナ、地下への道はお前が探していてくれ。くれぐれも、気をつけてな」


「うん、がんばる……!」


 ……今、俺の傍らにはリナがいる。

 彼女は決して罪なき生徒だ。ここまで巻き込んでおいて今更な話だが……俺と共倒れさせてしまうのはあまりに酷だ。


 ……だから俺は、LANを差す前にもう少し調査を進めることに決めた。

 どこか、どこかにヒントがある筈だ。そうでなくとも、なにかしら痕跡のようなものが。


「……ん」


 そこまできて、俺はあることに気付く。

 部屋中央並べられた四脚の椅子のうち、一個が倒れていることにである。


 リナが調査の際に倒してしまったのかとも一瞬思ったが……そのような物音はなかった。


「……見え見えの罠、だが」


 俺は直ぐ様、その椅子を調べる。

 背もたれにも足にも、特におかしなところはない。だが……裏面は、違った。


 そこにはファンシーなシールが一枚、張られていた。文字を書き込む空間が用意されているタイプのものだ。

 そこには丸文字で、こう書かれている。


 ―――さんばん☆


「……はぁ」


 あからさまなヒントに、俺は思わずため息をつく。

 この馬鹿馬鹿しいにも程がある仕込み……間違いなく、マナカの罠だ。



 ……だが、考えろ。

 学長室にまで踏み込むことを予見していたマナカが、何故俺たちの妨害に現れないのか。

 もしかすると……彼女は俺達「反英雄組織アンチテーゼ」がゴルド・カンパニーの機密を抜き出すのを、邪魔する気はないのではないか、と。


 彼女の捻れまがった性格を鑑みると、これがかえって本当の情報であるという線も、あながち否めなかったのだ。


「……よし」


 俺は意を決し、結んで放置されていたLANケーブルを3番の印の書かれたモジュラージャックへと接続する。


端子が触れ、接続が開始される。


 ……特に、警報がなる気配はなかった。



「当たり、か……多賀城マナカの仕業だろうが、今は……」


 俺はそうひとりごちると、読み取り用の端末にLANケーブルを接続、更に端末へと「反英雄組織アンチテーゼ」に貸与された大容量仕様の記憶触媒を接続する。


 瞬間、端末から出たウィンドウへと、ローカルネットワーク上の階層フォルダが無数に表示される。

 よし、間違いなく、ゴルド・カンパニーの内部サーバーへと接続された。

 ネットワーク上には単なる表向きの企業としての情報が大量にアップロードされているが……そのなかに、「上位権限者用」と名付けられたフォルダがある。


 それは開くのに条件のいるフォルダのようであったが……どうやら、この多賀城 コウゾウ用のアカウントは管理側のアカウントらしい。

 フォルダはいとも簡単に開かれて、内部の情報が開示される。


「やはり、か」


 ―――まず目に飛び込んできたのは、「英雄達ブレイバーズ」というその物ズバリなフォルダ名。


 それを開くと、ドキュメントファイルに纏められたヒーロー達の名簿や、「英雄達ブレイバーズ」側の会計処理の履歴等が無数に映し出される。


 しかしやはり……ゴルド・カンパニーは裏で「英雄達ブレイバーズ」と共謀し、変身機の製造などを行っているらしい。開いた資料は数個に留まるが、市販品の記憶触媒とは別に変身者向けの記憶触媒の製造も行っていること、ヒーローが怪人化するまでの猶予期間に関する検証実験の資料などなど……胡散臭く、キナ臭い情報が次から次へと沸き出てきた。


「後はこの記憶触媒にコピーをすれば……」


 俺は一先ず、その「英雄達ブレイバーズ」というフォルダを丸ごと端末に複製しつつ、平行して他のフォルダを漁る。


 その他のファイルについては……あまり、今回の件とは関係ないものが多かった。

 養殖魚や合成食品に関する研究や、能力因子を投与された動物の実験。その他諸々、学術的な興味を牽かれるものこそあれ、「英雄達ブレイバーズ」とゴルド・カンパニーの共謀を示唆するようなものは、そうありはしなかった。


 また「ワカバヤシ第一学園」と名付けられたフォルダもあった。

 それを見ると、内部には「次期ヒロイン候補生名簿一覧」の文字。それを開くと、この学校の女生徒のうち、マナカの側近として強い能力を振るっている子達の名前と顔写真などがずらっと羅列されていた。


 ……どうやらマナカとコウゾウは共謀し、幾人かの生徒を「英雄達ブレイバーズ」へと送り出していたらしい。

 なるほど確かに、能力者の生徒からヒーロー/ヒロインを輩出し続ける学校などというものが実在するなら、これほどの強権が認められているのも頷ける。

 あの善人を形にしたような態度の学園長が、こんなことに荷担しているとは驚きではあったが……まぁ、人間などそんなものだ。

 などと思いながら、前の階層へと戻る俺。


 だが、その時だった。


「……ん、なんだ、このファイル? 」


 俺はひとつ、見覚えのないフォルダが増えていることに気付く。

 フォルダ名は「TAKE FREE」。そしてその作成日時は……


「1分前……!?」


 思わず、驚きが顔に出る。

 その声にリナは振り向き何事かと見つめてくるが……しかし、構ってはいられなかった。


 まずい、確実に侵入が気取られている。

 もちろんマナカの手口からもそれは明らかではあったのだが……いざ露見するとなると、些か慌てる気持ちも湧くというものだ。


 だが、今更退ける筈もない。

 見ると手元の記憶触媒へのファイル転送は既に完了している。俺はそれを引き抜くと……自分の所持しているプライベート用の記憶触媒を、端末に装填する。

 そして……そのフォルダを、俺は開く。




 中身は、一つのファイルのみだった。

 名を「document」とだけ付けられたそれは、その普遍的な名前に反して、かなりの容量がある。


 俺はそれを選択して……一旦その表紙だけを確認する。なに、万が一なにかのウイルスであってもこの端末は俺のものではないし、壊れようと困りはしない。


 そうして、俺の目に「document」と名付けられたファイルの、その1頁目が映し出される。


 ―――だが……そこには、理解するのも困難を極めるほどに、意味不明な表題が載せられていた。


 <真人類社会創造計画:沿革>




「これ、は―――?」


 一体なんだ、これは。

 新人類?社会を、創造?何を言っているか、まるで訳、意味がわからない。

 ゴルド・カンパニーは一体、何を企んでこのようなものを。そもそも、新人類というのは一体何を指しているのか……?


「……」


 そんな困惑のままに俺は、そのデータを手元の……「アンチテーゼ」から支給されたものでない個人の記憶触媒メモリ・カタリストへと転送する。

 ……仮に共有をするとしても、中身を見てからだ。何かの交渉材料に使えるかもしれないし、いざというときの手札は多いに越したことはない。


 そうして俺は記憶触媒を抜き取ると、ふらつきながらも立ち上がる。

 このファイルは、誰にも見せてはなるまい。レイカにも報告はしないで、手元に保管しておくことにしよう。


 そう決意した俺は、リナの様子を伺おうと振り向く。

 だが……ちょうどそのとき。おかしな物音が響いた。


「!?、なんだ!」


 ―――見ると目の前の光景が、先ほどまでの部屋とはうってかわっていた。

 本棚が、動いていたのだ。そしてその先には、怪しげな鉄製の自動扉が見える。

 エレベーター……だろうか。


「先生、急に本棚が動いて、こんな……」


 そう話すリナの驚きようはかなりのものだ。


「どこかにスイッチでもあったのか?」


「ううん、勝手に……」


 てっきり彼女が扉の解放機構を発見したのかとも思ったが……そうではないらしい。

 恐らくは遠隔操作か、それとも時限式の機構か。そのどちらかは不明だが……何れにせよ、罠には違いなかった。


「エレベーター……これで、地下にってわけだか」


 お誂え向きに、扉が開く。

 なかには特に仕掛けめいたものはなく、俺達がその腹の中に入るのを今か、今かと待ちわびるばかりだ。


 ……ここで、足踏みをするわけにはいかない。


「……いくぞ。恐らくこの先に、城前カナコが居るはずだ」


 俺はリナを連れだって、その手中へと飛び込む。

 そして「閉」のボタンを押して先へと向かった。


 学園の地下……誰も知らない、さながら牢獄のようなこの学舎の、その中枢へと。


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