chapter4-2-5:志波姫リナはなぜ反発したのか
◇◇◇
―――しかし、大変面倒なことになった。
そう脳内でぼやきつつ、俺……
あの地獄のような民度の教室から移動して、今は旧校舎の空き教室に俺たちは集まっていた。
集まった三人は、以下の取り合わせだ。
―――アンチテーゼの任務で、教育実習生としてこの学校に潜入した俺、
―――
―――そして、妹の通う病院付近で怪しげな行動をし、多賀城マナカにも名指しで警戒、敵視されている白髪赤目なアルビノの女生徒、「
三者三様、マナカと相対する必要のある者達が結集したこの場は、謂わばレジスタンスの会合めいたものだった。
……とはいえ俺は彼女達もまだ信用していない。
マナカが彼女らを通じてこの場を盗み見ていることも在りうるし、シズクに至ってはそもそもまだマナカに心酔している可能性もある。
迂闊にアンチテーゼのことを知られるわけにはいかない。勿論、その他の俺、いや俺たちの個人情報なども。
「―――ちなみになんだが、
「ひっ!?は、はい……」
俺が一言一言発する度に、
……正直、いちいちこれでは話し合いにならない。早いこと誤解だけは解いておくか。
「そう怯えるな、お前に復讐するなんて話のことなら、嘘だから安心しろ」
「ほん、とう……?」
俺がそういうと、シズクは恐る恐るといった様子で顔色を伺ってくる。
その身体は震えており、よほどの恐怖を抱えているとみえた。……まぁ今までやってきたことからして、それくらいの罰はあって当然なのだろうが。
「あぁ、本当だ。……正直お前のことを考えてる余裕なんて俺にはない。復讐の対象は別にいる」
実際そうだった。
俺が復讐の相手としているのはシズクのような場に流されてるだけの小悪党じゃない。
もっと、多くの人々を影で恐怖に陥れている元凶……すなわち『
大事の前の小事……などと言うつもりはないが、学校のイジメなどというものは少なくとも自分が無理に介入するものではない。
しかし今回の元凶は
ヒーローが引き起こしたイジメだというなら、それを止められるのは生徒でも教師でもなく、それと同質の力を持つ者だけなのだから。
「復讐自体はするんだ……」
横から、志波姫 リナがぼそりと突っ込みをいれてくる。
別に今更知られても、という事柄ではあるが、いざ他人から「復讐」という言葉を聞くとなにかむず痒いものもある。
……変身後の名前を「リヴェンジャー」としておいて、今更な話ではあるのだが。
「……正直、俺が一番事情を聞きたいのはお前なんだがな、志波姫」
俺は丁度いいとばかりにそのまま、リナへ聞きたかったことを質問することにした。
マナカに対する対抗策の話し合いが本題の集まりではあるが……今のうちに話しておかないと、聞き時を逃す気がしたのだ。
「昨日はたしか友達の見舞いだとかいって病院に行ってただろう?だが……」
「……孤児院の頃の友達が、あそこにいて……」
「居たとしてもあの病院に行ってるなんてあり得ない。あそこは値段も高いし、予約も町の有力者で満杯だ。よほどのツテでもない限り……」
「……」
「だんまりか……」
俺の矢継ぎ早の追求に、リナは俯いたまま口を一文字に結んで動かさない。
もうそれは何か別の意図があってあそこにいたと告白しているようなものなのだが、どうやらこの娘はそれに気付いていないらしい。
……その段階で、俺の中の毒気はだいぶ抜かれた。
正直なところ、一番懸念していたのは「最愛の妹の生存がヒーロー共に露見すること」だったのだ。その点でいくと、この志波姫リナという少女はおよそ、驚異となる要項を満たしてはいないだろう。
万が一にでもハルカと接触していたなら、その限りではないが……彼女がそこまで探っているとは考えづらい。
とはいえ、腹を探られるのは不愉快だし、危険だ。すこしばかり釘を刺しておくこととする。
「……一旦この話は置いておく。だが、どんな手を使っても必ず話してもらうからな。でなければ、多賀城 マナカにお前を引き渡すことだって視野にいれるかもしれない」
……勿論ただの脅しだ。
イジメの元凶にイジメられっ子を引き渡すなんて鬼畜の所業、間違ってもそんなことは絶対にしない。
だがこうでも言わなければ、彼女は口を開くことはないかもしれない。そんな予感があったから、こんな脅しを使うしかなかった。
「……うん、わかった」
だが俺の脅しに、あまり動揺することなく彼女は返答した。
……なんだろう。
この子は自分自身の安全というものを、あまり重要視していないような。
まるであの日、両親を殺された直後の自分を俯瞰で見ているような―――そんな、既視感があった。
だが、今は急を要す。
そのこびりつくような感覚を一旦振り払い、俺は本題へと話を進めた。
「……それで、二人をここに連れてきたのは他でもない」
「
◇◇◇
「―――初めは、よくあるグループ内のイジメだったの」
シズクが話す。
この学校がまだまともだった頃。マナカが馬脚を現すより前の、入学したての頃の話を。
「マナカがよく遊んでたグループのなかで、1人がなんでかイジメられだして、不登校になって……そこで終わるかと思ったら、今度はその矛先が他の子に向かって」
彼女の言によると、当初の
進学したばかりであまり馴染みのないクラスのなかで、積極的に遊びやらを企画して親好を深めようとするムードメーカー的なポジションだったと。だが……それらは全て偽装で自分達は騙されてたのだとシズクは息巻く。
……彼女が突如として暴君へと変貌したからだ。
「急に本性を現して、色んな子を孤立させたり、逆に味方に引き入れたりして……いつの間にか、他のクラスの子達までマナカの言うこと聞くようになっちゃって!」
……そういえば、いつの間にかシズクはマナカのことを呼び捨てにしている。
どうやら散々尽くした相手に簡単に切り捨てられたことを、相当腹に据えかねているらしい。その行動がイジメへの加担などというものでなかったのなら、正当な怒りと言えただろうに。
……俺がそんな独白をしている最中にも、シズクは話し続ける。
「一番おかしかったのは、いじめられた子は必ず、能力が上手く扱えなくなっちゃうってこと、でもそれを伝えても先生たちは「能力因子はその精神状態にも影響されて不安定になる」って言うばかりで、なんもしてくれなくて……」
なるほど、それがあの「握手」の理由か。
その後にあったシズクの態度からも推測してはいたが……これは、ほぼ確定だ。
恐らくは相手に接触することで、その人物のもつ能力を奪い取る。それこそが多賀城 マナカの能力なのだ。
「でも、あの子に媚びて、気分をよくすれば能力の性能はそれまでよりも強くなった。だから皆……わたしも、マナカちゃんにずっと従って……」
奪い取った能力を限定的に返還することで、意図的に生徒間に能力格差を与える。……なるほどスクールカーストとはよくいったものだ。普通の学校なら生徒同士の関係性によって自然発生する概念だろうが、どうやらここでは違うようだ。
能力因子の奪取と再分配。つまるところ、多賀城 マナカの存在だけで、この学校の力関係すべてが決定している。要は彼女が打倒されたなら、途端に破綻する砂上の城なのだ、ここは。
―――しかし、ひとつ気になった。
そう語る東照宮シズクの態度だ。
如何にも被害者然としたその態度。およそつい先ほどまでイジメに加担していた奴のそれではあるまい。
俺は本物の実習生ではないし、教師を志しているわけでもないが……これくらいは、言っておこう。
「……だが、あいつの目の届かないところでもイジメをしていたのはお前自身の嗜好だろ?」
俺の突きつけた言葉に、シズクは背筋をビクッと震わせて恐る恐るこちらをみる。
露骨に「痛いところをつかれた」という態度だ。
「それは……」
「なら、今回の件は自業自得だ。全部が全部やらされたことならともかく、お前はマナカのいないところでも傍若無人に振る舞ってたんだから」
権威を笠に着て、弱い者に対して力を振るう。
そんな人間を、そんな組織を。俺はたしかに知っている。
願わくば俺よりも若い子たちが、そうはならないことを期待したい。今仮にも教育実習生としてこの場にいる以上、彼女らをそうならないように教育する義務が、確かにあるように思えたのだ。
シズクはしゅん、とした様子で軽く俯く。
「―――だが今回だけは助けてやる。お前の持ってる情報は俺にとっても有用だし、純粋に人手が増えるのはありがたい」
「だが覚えておけ、マナカを倒した後に、今度はお前がアイツのようになったのなら……俺は必ず来て、お前を倒す」
「ひ……っ!?は、はい!絶対しません!」
……よし、言質は取った。
「……よぉし、見てなさい多賀城マナカ!散々尽くしてやった恩も忘れてこんな仕打ち……絶対復讐してやるんだから!」
挙げ句の果てには訳の分からない逆ギレをしているらしい。
まぁ動機があるのは結構なことだし、モチベーションを高くもってもらうに越したことはないのだが。
なにせ、今現在この学校で明確に協力者というポジションにあるのはこの二人の少女だけだ。
―――だが、そこでまたひとつ疑問が浮かんだ。
「それで志波姫……お前は、なんで俺に着いてきてくれたんだ?」
「……わたしは」
思えば、彼女がどうして自分から俺の元に来たのかがわからなかった。
元々怪しい挙動をしていたところはあるが、今回東照宮と俺に着いてきたのはまた、別の思惑だろう。
なにせ今ここにいるのは、多賀城マナカを倒す為の集まりだ。
ということは、リナにも動機があるのだ。
「わから、ないです」
……だが、他ならぬ本人がそれを「分からない」と切って捨てる。
それに俺は思わず口を挟んでしまいそうになる……「分からないのに着いてきたのか!?」と。
……だが、そうはいえなかった。
なにせ、そう語るリナの姿はひどく神妙な面持ちだった。流れで着いてきた、なんて冗談にでもいえないほどに、深刻な様子。
だから俺は、彼女が言葉を続けるのを待った。
「……マナカちゃんのあんな姿、見てられなくて。昔と全然違うし、ひどいことばかりいうし、ひどいことばかりしてるし……もう我慢できなくて」
そう吐き捨てたリナは、珍しく熱を持った言葉を紡ぐ。
いつもどこか無気力な、ともすれば気だるげな雰囲気を漂わせていた彼女だったが、今はそのような気は片鱗すらなく鳴りを潜めている。
「―――だから、止めたくて。……たぶん、それだけで」
そう告げて、リナは俺のことを真っ直ぐに見据える。
そこには確固たる意志が窺えた。「多賀城マナカを止めたい」、ただその一心なのだというその強い動機が。
「……キミは」
思わず、素が出そうになる。
だがそれをどうにか抑えて、仕事のモードに……「リヴェンジャー」へと切り替え直す。
……ダメだ、やはり俺は甘い。油断すると、事件より前の「弱い鳴瀬ユウ」が漏れ出てくる。
この場にヒーローさえ絡んでくれれば、自然とあちらに切り替えできるのだが。
「いや、わかった……十分だ、ありがとうリナ」
僕は……俺はそういうと、どうにか自身の姿勢を立て直す。
彼女の決意が確かなことは十二分にわかった。スパイの可能性も、恐らくはないだろう。なにせ彼女がマナカに歯向かったのは、俺が現れるよりもずっと前のことであったわけだし。
……だが、「ずっと、前」とは。
そこに引っ掛かりを覚えた俺は、改めて聞き返す。
「それで、昔と違うっていうのはどういうことだ?さっき東照宮のいってた、「入学してすぐは猫を被ってて」って奴の話か?」
「……ううん、そうじゃなくって」
リナはすこし悩むようなそぶりを見せながらも、意を決したように話し始める。
―――だがそこから語られたのは、ただ衝撃の事実だった。
俺も……マナカをよく知る
「―――マナカちゃんは最初はあんな風じゃなかったの。この学校に入る前は、わたしたち」
「『
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