chapter4-2-6:過去と変貌とイキり少女



 ◇◇◇



 一通りの問答のあとリナは話してくれた。

 彼女の過去、そして小学生の時に会った、「多賀城 マナカ」との和気藹々とした学生生活を。


「初等部の、6年の頃にクラスメイトだったんだけど、孤児院から通ってたわたしのこともすごく気遣ってくれて」


 ……なんでも、孤児院から通っていた彼女は、周りからひどく避けられていたらしい。

 その一因にはその容姿もあったのだろう。白髪赤目のその姿は、一般人からは確かに奇異に映るかもしれない。


 ―――だがそんななかで、志波姫 リナを仲良しグループの輪に率いれたのは……なんと、多賀城 マナカだったというのである。


 当然そんな言葉は、最近の彼女を知っていれば信じられるはずもない。


「……え、誰それっ!?私の知るマナカちゃんとちがあいたぁ!?」

「黙ってろ話が進まん」


 眼をひんむいて驚き、リナに掴みかからんとばかりに動揺するシズクに俺はチョップをかます。


「……なるほど、中等部にあがった瞬間に人柄が変わった、と……」


 小学生時代は確かに、そんな心優しい少女だったのかもしれない。

 中学になって唐突に性格が変わったというのなら……要因に心当たりはある。


(おそらく、その時期に変身機トランサーを手に入れたんだろう)


 変身に使用される「変身機トランサー」は、使用者の能力因子を増大させて戦闘衣を形成するものだ。

 だがその過程で因子中の悪性物質すらも、活性化してしまう。


 それが何を引き起こすかといえば……「怪人化」。肉体が変質して、人間とは別の生命体になってしまうというのが変身者共通の末路である。


 そして変質というのは、得てして外見的なものからでなく、内面的な―――精神面から始まることが多い。

 つまりあの多賀城マナカの不遜かつ傍若無人な態度も、もしかしたら因子の暴走によって産まれてしまったものなのかもしれない。


 ……同情は、しない。「英雄達ブレイバーズ」の誘いに乗り、怪しげな力に手を伸ばしたせいで迎えた末路だ。

 実際に被害を受けた子供達からすれば彼女が元はどんな人間だったかなんて、関係のない話なのだから。


 俺はそう思案するなかで、いくつかの疑問を抱いていた。

 一番はマナカのリナに対する態度。

 精神が変質したとはいえ、仲の良かった友人をそう簡単に突き放すだろうかということ。


 そしてもう1つは……最初のいじめ、今の彼女の原点についてだ。


「最初に苛められたのは、どんなヤツだったんだ?」


 変貌したマナカが、最初に標的にした少女のことを俺は知りたかった。

 完全に怪人化したのならまだしも、ただ性格が攻撃的に変わっただけならばなにか理由がなければ、友人に対してそのような行動に出るとは思えなかったのだ。


「え、どんな子だったっけ……確か、マナカちゃんが最初に仲良くしてたグループにいた、ちょっと暗い子だったような……」


「……城前、カナコちゃん。今もクラスメイトのはずだけど、イジメられてからは一度も登校してきてない」


 うろ覚えのシズクに対して、リナは流暢に必要な情報を返してくれる。


 ……城前カナコ。

 そういえば、担任の教師が渡してきた名簿のなかでみた名前だ。

 とはいえうちのクラスの不登校者の数は、もう少しで二桁といったところ。皆マナカの被害者なのだろうとは思っていたが……そのなかに、一番始めにイジメられた少女がいたとは。



「……その子の家って、わかるか?」


 俺が話を聞くと、リナは肯定しながらも疑問を口にする。


「うん……どうして?」


「いや、少し知りたいことがあってな、マナカに打撃を与えられるような有益な情報を持っている可能性もあるし、接触したい」


 マナカの能力は「能力因子の管理」だと推測されるが、学園全員ぶんの力が結集しているともなれば、そう簡単には能力の確保ができなそうだと思ったのだ。


 話を聞いたところ、リナは変貌後のマナカとはあまり交流はなかったらしい。だがその「城前 カナコ」ならば、弱点……あるいは何かの情報を握っているのではと考えた。



 そこで俺は、郊外にあるという城前邸への来訪を提案した。

 リナもシズクも、すぐにそれに賛同する。

 ……二人からすれば、息苦しいこの学校からひとたびでも脱出できるのなら、なんでもいいのかもしれない。


「じゃ、じゃあ早速行きましょう!……学校になんていたら、いつイジメられるかわかったもんじゃないし……」


 俺たちはシズクに急かされるままに、空き教室の外へと飛び出したのであった。




 ◇◇◇



 昇降口へと向かう道すがら。


「……」


 幾人もの生徒の冷たい視線が、俺らを突き刺した。

 そしてそれを特に感じていたのはシズクだろう。なにせマナカの命令は校内中に広まっている。対抗できる俺や気にしていないリナはともかく、彼女からすればひどく不快だったことだろう。



「……なによ、なに見てきてるのよ!」


 堪えきれんとばかりに、シズクが辺りに吠え散らす。

 その顔は俺に氷を射ってきたときとそっくりで、相当腹に据えかねているとみえる。


 ……だが、他の生徒たちはそんな剣幕はお構いなしに、ただ言い放つ。


「別に?」


「てか、気軽に話しかけてこないでよ?立場が違うんだからさ」


「来週から、がんばってね?」


 そう言った彼女らは、嘲笑いながら口々に言葉をかけていく。

 そんな生徒らの態度に、シズクはただヒートアップしていくばかりであった。



「むぅ……!人のこと勝手にチクっておいて、なにがむぐ!?」



 流石に五月蝿いので、手で口を塞いで抑え込む。

 こうでもしないと大人しくはならないだろうし、仕方がない。


「黙ってろお前は……あと、そこの奴ら」



「嫌がらせにくるのは結構だが、まだコイツのことはイジメられない筈だが?それとも、フライングしてコイツにちょっかいをかけてきたって俺が伝えてもいいんだぞ」


「ひっ、こいつあの教育実習生!?なんでそいつと一緒に!?」


「まずいよ、逃げよ!」


 ―――俺が威圧した瞬間、生徒たちは蜘蛛の子を散らすようにたち消える。

 虎の威を借る……とはよくいったものだ。どうやら彼女たちのなかで、マナカと対等に対話のできる俺のカースト的地位は勝手に上がっていっているらしい。


 正直勝手にそんなものに含められて迷惑千万ではあるが……ひとまずは手元のシズクに対処することにする。


「むぐぐ!ぷはぁ……へん!一昨日来なよイジメっ子ビギナー!プロフェッショナルのわたしに勝てるなんて思わないことねむぐぅ!」


「うるさい調子のんな、というかイジメっ子だったことを誇るな」


 なんだ、イジメっ子のプロフェッショナルって。

 アマチュアやらプロフェッショナルやら、まるで競技のように言うんじゃない。


 調子に乗りまくるシズクを押さえ込み、どうにか黙らせた俺。

 ―――そんな俺たちを、冷たい視線で見守る別の人物の存在に気付く。


「……もう終わった?」



 リナはすでに靴に履き替え、携帯端末をいじりながら俺たちに言い放つ。


 そんな呆れた様子の彼女に、俺たちはただ言葉を揃えることしかできなかったのであった。



「「あ、すみません……」」



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