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chapter3-6: 正義のオーディション
◇◇◇
―――9月30日。
新都アオバの中心部、そこに程近い場所に聳える巨大施設「火力ビル」。
そこは内部に様々な店が軒を連ねる大規模な複合施設で、そのそれぞれに大勢の人々が集い、賑わっていた。
そんなところに、僕―――明通イクトは、手持ち無沙汰でやってきた。
別段、買い物などがあるわけではない。
ここにきたのはもっと別の理由、大事な用事のためだ。
「ここ、かぁ……」
僕はそう呟き、外からビルのその上層、頂上付近を見上げる。
―――「アオバ火力ホール」。そこが、約束のあった場所であり、僕の目的地だ。
あの日、「
「まさか、僕が―――」
その会場を前にして改めて、あの日のことを思い出す。
突如脳裏に浮かんだ女性のピンチのビジョンに、咄嗟に駆け出した僕。そして彼女を拐おうとしていた不良相手に立ち向かって……負けて。
そんな中、あの勇敢な人―――鳴瀬ユウさんが助けに入ってくれて、事態を解決してくれた。
何もできなかった僕はそのままヒーローに連れられて、ただ見たことを話しただけだったけれども。
それが、まさか。
「まさかヒーローに、なれるかもだなんて……」
◇◇◇
火力ビルのエントランスに入ってから、約数分。
エレベーターが故障中とのことで、僕は止むなく裏口から入り、階段を登って上層へと向かっていた。
目的地は15階とかなり上で、非力な僕は息を切らせながらも一歩一歩、確実に上へと歩を進めていた。
―――くそ、こんなことなら日頃から運動をしておけばよかった。
そんな後悔を少ししながら、僕は延々と段を登り続ける。
そんな無限にも思える長い階段のなか、僕は脳裏にあの日、僕の運命が決まった日をフラッシュバックさせた。
……思えば、あの一言が全てのきっかけだ。
『―――キミに、「英雄達」への加入試験を受けてもらいたいと考えているんだが……どうだろうか?』
―――そんな打診を唐突に受けたのはあの事情聴取の終わる、本当に最後の瞬間だった。
『僕、が……ヒーローに……!?』
『あぁ、キミのその勇敢さと、度胸。それは間違いなく、我々「英雄達」が欲する才覚に他ならない』
僕は突然のことに、驚くことしかできなかった。
だってそれは、僕にとっては夢であり、ある種の目標のような物でもあったからだ。
生まれもったこの「直感」という能力で、苦しむ人の姿を無数、本当に沢山見てきた。
だけど僕には力がなかった。それをただで、手をこまねいてただ見てることしかできなくて、苦悩と無力感だけがただ募っていく毎日を送るばかりだったのだ。
だから、心のどこかで僕は望んでいた。
力がほしい、皆を護れる、正義の「ヒーロー」になりたい……と。
『もちろん、あくまで推薦だ、実際に受かれるどうかまでは……保証できないが 』
だから、その向こうからの要請は、まさに願ってもない、大願成就の機会だった。
『ともかく、考えておいて。もしもその意志があるなら、明日アオバの「火力ホール」まで来てくれ、わたしの名前を出せば直ぐだから』
……でももちろん、即断できるわけはなかった。
ヒーローになるということは即ち、今までの生活をすべて捨てること―――そう説明されたからだ。
友達も、家族も、知り合いも。その関係を全て断つかもしれないという覚悟が求められる、過酷な選択。
だからこそ、この数日間僕は考え続けた。
考えて、考えて、考えぬいて。
そして、ついに決めた。
「……うん、やっぱり考えるまでもない、よな」
その結果が、この場所への来場。
―――「
「はぁ……はぁ……ここ、か」
火力ビル15階の、非常階段踊り場。
そこへ到着した段階で、僕の体力は限界に近かった。普段から多少なりとも運動はしていたが、なにぶん階段の量が多すぎた。
僕は息を切らせながら、少し膝に腕をつき小休憩する。
その最中も階下からは階段を昇る靴音が聞こえ、自分以外にも複数人、ヒーロー候補がいることを改めて認識させた。
……果たして、彼等を押し退け、ヒーローの座を掴むことができるのか。
そんな不安が、一瞬胸中によぎったのは、決して気のせいではない。
「……よし」
―――息を整え、深呼吸。
そうだ、今更慌てたところでどうなるわけでもない。今はただ、目の前のことに集中するだけなのだ。
そうして落ち着いたところで、僕は15階の扉をゆっくりと開く。
―――開いた先の光景は、なんというか。
「うわぁ……」
ヒーローがテーブルの奥に座り、書類を前にして鎮座し、十数人の同年代の能力者たちがそこ並んでいる、不思議な光景がそこには広がっていた。
……あの勇敢そうな男子も、あの暗そうな少年も、皆僕のライバルに他ならない。そう思うと、先程抑え込んだ不安の芽が今にもまた芽吹きそうなる。
見ると列はそこそこの長さだが、手続き自体はさくさくと進んでいるらしく、回転率は悪くないらしい。
それを見た僕は、慌ててその最後尾に並ぶ。
列で待つ最中も、背後からは階段から来た他の候補者たちが次から次へと並んでいき、列が途切れることはそうない。
それから数分。
前の候補者が手続きを終え、受付横の入り口から火力ホールへと入っていく。
つまりはようやく、僕の番。
「あ、あのー……」
「はい、入団試験を受験なさる方ですね?お名前と、推薦をしたヒーローの名をお答えください!」
受付のヒーローはかなり受付慣れしているようで、手続きはかなりスムーズに進む。
そして僕は事情聴取をしてくれたヒーロー、つまりは推薦者である人の名前を告げる。
「えぇと、「ギルド・ロード」さんに……」
「―――!?」
―――瞬間、受付の人達になにか、緊張めいた物が走る。
再三の確認と、データ入力。だがその所作は明らかに緊張によって集中を欠いたもので、手際が悪い。
この反応、どうやらあの人―――「ギルド・ロード」さんは、それほどまでに凄いヒーローだったらしい。
……そんな人が何故、あんな小さな事件の事情聴取をしてくれたのかは謎だが。
「は、はい……確かに確認しました、お通りください……」
しかし、それにしたって受付さんたちの態度がおかしくはないだろうか。
一体、彼の何がそこまでヒーロー達に動揺を与えているのか。
「……?、ありがとうございます?」
結局僕には、その理由は分かることはなく。
言われた通り、火力ビル内の大型公共施設「火力ホール」のなかへと、足を踏み入れたのであった。
◇◇◇
火力ホールに入った僕は、すぐに中にいたヒーローの誘導に従った。
先にきた順に最前列から候補者達を座らせているようで、僕は前から参列目の席へと通されることとなった。
入団試験、というから少し緊張していたが、周りを見るとそこまで改まっている者はいない。
席にも勝手に座っているし、中にはあろうことか、持ち込んだのであろう菓子を食べている者もいる。
それは厳粛な就職試験のようなものと認識していた僕にとって、些か拍子抜けだった。
しかもこれほどの適性者がいるということは、合格の定員も相応に多いのだろう。
もしくはそもヒーローの推薦というものがそのまま面接の合格と同義であり、この場は合格発表の場である、なんて可能性もなきにしもあらずだ。
……だが、自分が受かるなんて保証もない。
僕は改めて、気を引き締める。
見れば、席の誘導をしていた数人のヒーローは移動し、裏手へと移っていった。
そろそろ、
『よぉく集まってくれたぁ、未来のヒーローたちぃ!』
―――突如として、会場内に大きな声が響く。
それと同時に火力ホールのステージの中央の床が開き、その下から一人の人影がせりあがってくる。
その姿は、およそ常人のそれではない。
全身には黒板消しや黒板、定規などを模した装飾が取り付けられた姿の、大柄な男。
その顔には眼鏡のようなパーツもあり、全体的なその印象は、学校の教師を思わせた。
間違いない、あの人もヒーローだ。
『私がぁ、試験官を勤めるヒーロー、アオバ管轄区第二部隊隊長ぅ……「グランド・ティーチャー」だ!』
ヒーロー、「グランド・ティーチャー」は、そのたっぷりと間をとった独特な話し方で、自己紹介をする。
その役職からするに、結構な大物だろう。なにせアオバは今の東ニホンの首都。その一部を管轄する部隊長ともなれば、「
「君たちにはこれよりぃ、ヒーローへの適合試験を受けてもらう……」
グランド・ティーチャーはそういい、勢いよく指を鳴らす。
その音と共に、舞台袖から大きな車輪つきのテーブルが、数人の白衣姿の係員の手によって運ばれてくる。
その上には、様々な器具が乗っかっているように見える。
そしてもう一度、グランド・ティーチャーが指を鳴らすと、舞台上部に取り付けられた巨大モニターにてそのテーブルにズームした光景が映し出される。
載せられているのは、幾つかの銀のトレイと、赤い液体の入ったビン。そして―――、
「……注射器?」
「そう!そこの君ぃ、正解だ」
僕の呟きに、グランド・ティーチャーは再び指を鳴らしつつ称賛をくれる。
それと同時に、係員たちはその小瓶を注射器に装填し、それぞれ点検を始めた。
そんな様子を一瞥しつつ、グランド・ティーチャーは姿勢を正し、マイクに向かって呟く。
「―――これから行うのはぁ、「適合因子」の移植手術だ」
―――手術。
その言葉に、候補者の子供たちはにわかに浮き足立つ。無理もない、ヒーローを志したとはいえ、僕を含め皆まだ子供なのだ。
注射、という行為自体に忌避感を持つものもいるし、そもそもあの赤い液体がなんなのか、と不安になるものもいるだろう。
なにせ、僕だってそうだ。単なる入団試験と聞いていたが、まさかその場で薬物のような物を投与することになるとは思いもしなかった。
……覚悟があるか、なんて言われれば、正直微妙かもれない。
でも、それでも。長年の願いが叶うのならば、誰かを救うことができるというのなら、いいか。
―――そう、少しでも思えた。
「我々「
「その絶大な力は君達も知っての通りだと思うがぁ……当然、その力を振るうには相応のデメリットが発生する」
グランド・ティーチャーは喧騒のなか、引き続き説明を続ける。
その言葉に、ザワザワとしていた周囲も徐々にその声色を潜め、ついには無言となった。
「デメリット……」
やはり、ヒーローになることもいいことづくめではない、ということ。
……勿論想像こそしていたが、面と向かって告げられると、中々にショックがある。
「「
―――負荷因子。
その言葉は、明通イクトも学校の授業で聞いたことがあった。
曰く、能力者の誰もが生まれつきにもってしまっている、体内爆弾のようなもの。
能力の行使には、体内に蓄積された因子というものが必要となる。それは繰り返し使用し、使用者がその力の本質を理解することで成長を続けていくが、そのなかで因子の中の悪性体もまた、成長をしてしまうのだ。
その悪性の物質こそ、「負荷因子」。
「この「負荷因子」は我々能力者は皆ぁ、産まれながらに持っているものだ。だから、そのままであれば滅多に人に悪影響を与えることはなぁい」
グランド・ティーチャーはそんな当たり前の常識を口にするが、その口ぶりは不安を煽るようなものだ。
つまり、本題はこの先。
「―――だが、変身機を使用して変身するとぉ、能力因子の増大に比例してその負荷因子もまた増大してしまう」
……思えば、当然の話だ。
能力の成長に応じてその生成量も増えてしまうという負荷因子。
それが、ヒーローという圧倒的な力を持つ超能力者ともなれば、その増加幅は通常の人々の比ではない。
「……それを防ぐための処置が、この注射ぁ、というわけだ」
そういうと壇上のヒーローは一本の注射をつまみ上げ、僕たちの見える位置へと翳す。
「つまるところ、この注射により適合したならば、君たちはヒーローとして「英雄達」に加入することを認められるぅ、というわけだ」
そう告げると、グランド・ティーチャーはマイクを手から離し、卓上へと置く。
この件に説明は終わり、そういうことだろう。
見ると舞台袖から何人かの係員が椅子などをせっせと用意して、置いてを繰り返しては掃けていく。
そろそろ整列して、施術―――適合因子とやらの投与が行われる、ということだろう。
―――だが、僕にはひとつ、どうしても聞きたいことがあった。
だから、手を上げて腹の底から声を出してその意志を示す。
「……あの、質問いいでしょうか!」
「ん、なんだねぇ、えーと……明通イクトくん?」
僕のその声に、グランド・ティーチャーはゆっくりとその身を向け、耳を傾けてくれる。
―――すごい、会場にきた候補生の名前を全て暗記しているのか。
そんな驚きに包まれながら、僕は一番大事で、一番気になっていたことを質問する。
「……その、因子が増大したら、いったい何が起こるんですか?死ぬとか、もしくは―――」
そう、それは学校などでも、深くは教えられずに突き放された箇所だった。
能力を使いすぎると負荷因子が溜まってしまうので、軽率に使用することは控えること。
そんな指示が毎月の学校通信にも書かれているほどに、負荷因子という言葉は能力者の半ば常識として知れ渡っている。
だが決して、それが増えるとどうなるか、なんていう情報が流れたことはない。
……前回授業で先生に聞いたときには、「研究機関が調べてる最中らしくって俺らすら分からない」、なんて宣ったほどだ。よほどに厳重に秘匿され、今も研究され続けているのだろう。
―――だが、そんな中、ひとつの噂が流れた。
それは都市伝説にも似た、ある一つの仮説。
心を病み、人の心を失った能力者の子供。
極限にまでその心を壊し、無意識のうちに能力も暴走するような状態となってしまったその時。
―――その子供の背から、まるで脱皮でもするかのように、醜悪な見た目の化け物が現れた、と。
「……恐らくはキミの、想像通りだ」
「負荷因子が増大する。それすなわち、悪感情によって能力が暴走した時と同様の現象といって相違ない」
グランド・ティーチャーはただ、淡々と語る。
「つまりは結果も同じだぁ。能力因子を押さえきれず、
因子を抑えられず、その身体が変異する。
それは例の都市伝説の内容と全くといっていいほどに符号する話であり、それが事実ということを如実に物語っている。
つまり、ヒーローに適合できなかった人間の末路というのは。
「―――怪人化」
頭のなかで、思考が点と線で繋がる。
だがそれと同時に、冷や汗が全身に現れたこともまた、感じざるを得なかった。
今まで「英雄達」が対抗してきた残虐な異生体、「怪人」。
よもやその正体は同じ人間、しかも同年代の子供達だったなんて。
『……だがぁ、心配することはない!なにせ、それを防ぐためのこの処置だ』
『少なくとも処置を受けることで、そこらの能力者よりも怪人化のリスクは低減される、それは確固たる事実だぁ。事実皆も知っての通り、今なおこの町で活躍し続けるヒーローは数多いだろう?』
グランド・ティーチャーは諭すように、そう矢継ぎ早に告げる。
その言葉のひとつひとつは会場の子供達に、安心と不安の双方を覚えさせる。
『それに適合因子には副作用のような物は一切ないぃ。万が一この試験に合格しなかったとしても、その後の生活には影響は一切ないのだからぁ』
グランド・ティーチャーはそう告げて客席の参加者達を見渡すが、一同の表情は浮かない。
事実として理解は出来ても、納得できるかは結局別の話なのだ。他人の成功例をいくら聞いたとて、自身の体内に異物を取り込むことに、忌避感を覚えない人間はいないだろう。
僕こと、明通イクトだってその一人だ。
ヒーローになれるのだと、先程までは胸を躍らせてこの場所へとやってきたものだが、今それほどの情熱が残っているかと言われれば否だ。
……そんな雰囲気を察してか、グランド・ティーチャーは一度咳払いをし、改めてマイクを手に取る。
『……だが、今の話を聞いて加入を再検討したいものもいるだろう。そう考えた者は、今からでも退席してもらって構わない』
その言葉は、最後通告だった。
―――「今ならまだ間に合う」。それが、その言葉が意味するところだ。
それを聞いた僕たちは、にわかに浮き足立つ。
見ると、隣の席に座っていた学生が席をたった。
それを見て、後ろの席の子供が、前の席の年上の男性が席を立つ。
そうして、暫く。
最早席には、半数以下の子供達しか残っていない状態となった。
皆、自分自身でも思っている以上に、自分の身体が大切だったのだ。いざ、なにかの実験にその身を晒すとなって動揺しないものなど、そうは居ない。
そして自分よりも前列の子供達が軒並み去るなか、ついにそこが最前列となってしまった僕は、ただ真っ直ぐと、グランド・ティーチャーの方を見つめていた。
「……」
『……キミは去らなくていいのかい?明通イクトぉ。怪人化の可能性に真っ先に行き当たったのはキミだろう?』
グランド・ティーチャーが、徐に語りかけてくる。その声色は優しく沈んだ声色で、彼が心配してくれているのであろうことがエコー越しでも伝わってくる。
―――無論、不安が一切ないなんて口が避けても言えない。
「……確かに、怪しげな薬を打たれるのも、怪人になるのもいやです」
だから僕は、素直に思いを口にした。
正直な話、ヒーローになることに一切のリスクがない、なんて甘いことは考えてはいなかった。多少の危険は覚悟の上と、そう考えていたはずだったのだ。
……だが、「怪人化」等という恐ろしい末路の存在を提示されて、恐怖し、萎縮してしまったのは、紛れもない事実。
だが……だが、だ。
「でも、それ以上に怪人や、反社会的な人たちに街の人が脅かされてるのを見るのは、もっといやです!」
自分自身がそうなることで、人を救うことができるなら。
この脳裏に映るビジョンを、なにか、なにか世のために活かせるというのなら。
この無力感を振り切る強さを求める気持ちは、確かに胸の内に燻っている。
「だから……僕は……」
―――覚悟は、ある。
『……ふむ』
その内心を見抜いたのか、グランド・ティーチャーは顎髭を擦りながら、所作を正す。
そして半数以下となった候補者相手に、高らかに宣言した。
『―――ではこれより、適合因子の移植手術を始めるぅ!被験者は席を立ち、順番に並びたまえ!』
その声に、皆席を立ち、順番に壇上へと向かい始める。
……位置的にも、施術の第一号は僕だ。
他の人がやっている姿を見ればある程度の心構えは出来ただろうに……とは思いつつも、あれほどの担架を切った後だ、ここで引き下がるというのも恥ずかしい話。
仕方なしに、他の子供達に先行して真っ先に壇上へと昇る。
そこに映るのは何人もの係員が壇上で、多種多様な器具や注射を持ち待ち構える光景。だが、今さら怖じ気づいてもいられない。
だから、進もう。
―――そう思った、その時だった。
『……む、どうした』
グランド・ティーチャー達が、そわそわと動き出した。
それはおよそ、注射の準備ではない。
誰もがしきりに通信を行い、各所に連絡を取り始め、彼らの眼中から僕ら被験者は消え失せた。
それはまるで、事故が起こった現場で報告と確認を行う警察官のようで、なにかよほどの火急の用件が生まれたのだろうと察することができた。
―――その瞬間。
「うわ!? 」
「な、なんだ?」
―――ビルが、大きく揺れる。
だがそれは地震のような揺れではない。なにかが衝突したような、瞬間的な揺れ。
……それと同時に、階下からなにか、破壊音のような音が聞こえる。
その音は、ニュースなんかで見た倒壊事故の映像に付いていた音に似ていて―――、
僕はついに、その真実に気付く。
「まさか、爆発……!?」
◇◇◇
渦中の火力ビルから少し離れた位置に一つのビルがある。
何一つ物資も、テナントもないそこは、数ヵ月後には取り壊しが決まっている所謂廃ビルだ。古くは様々な会社が入っていた場所でもあったが、その悉くが倒産したり、他所へとその事務所を移したことで無人化。
今では、そこには誰も居ない。
そんな閑散とした場所の屋上に、俺―――
このような誰も居ない寂れた場所は、この街ではそう珍しくはない。日夜新しいビルが建ち、新たなムーヴメントが産まれる弊害。
客は日々流動的に新たなものへと流され、会社も話題性のある、新たなビル街へと拠を移していく。
その結果残されるのは、脱け殻のようにがらんどうな廃墟のみだ。
―――だがそんな場所の存在は、俺らのような者にとってはとても有用だ。
「……さぁ、始めるか」
半ば監視社会の如くカメラの張り巡らされた都市部では、迂闊に行動を起こすことはできない。
だが、ここのような街のアンダーグラウンドでなら、ある程度融通は利く。
……特に、『変身』の時には。
<
俺が記憶触媒の起動ボタンを押すと、辺りには電子音声が響く。
それと同時に、半透明な黒一色だったその触媒の外装が、紫と紅のグラデーションへと姿を変える。
そして俺はそれを、腕に取り付けられた機器―――『
そして、呟く。
これから戦いに赴く自分へと、戦士へと自分を変換する、その言葉を。
「―――変身」
<
―――爆発的な黒霧が、視界を包む。
それはまるで、俺の心中を表したかのような漆黒で、その内側を紫の雷によって断続的に輝かせる。
もはや、俺は鳴瀬ユウではない。
ヒーローを狩り、ヒーローを討つ者。全ての被害者の無念の集積であり、復讐心の器。
―――そう、それが黒衣の復讐者、『リヴェンジャー』なのだ。
「―――さぁ、始めようか』
黒衣が形成され、鎧めいた装甲が全身を覆う。
さしずめ、悪の幹部のような姿となった俺は、拳を握り、廃ビルから跳躍する。
眼下の人々達は突如現れた俺の姿に怪訝な顔を見せ、敵意や恐怖の感情を向けてくる。
だが、それでいい。
奴等が正義を謳うというなら、俺はそれに対立する悪でいい。俺にはお誂え向きな称号だ。
―――だから、行こう。“正義“を討ちに。
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