chapter3-5:作戦会議(ブリーフィング)
―――病院の一件より、数時間。
夕焼けに染まった空は、その色を徐々に暗澹とした紺へと変えていく。
そんな中俺、鳴瀬ユウは、新都アオバの五つの区の一つ、一般居住区「イズミ」にある街「ヨシナリ」の遊歩道を歩いていた。
向かう先は当然、「アンチテーゼ」の本部だ。
ヨシナリ中心部のビル街の、その裏路地の一角。街中の決して日の当たらない暗がり、その更に奥にそれはある。
レイカからの召集により、これよりそこで作戦会議が始まる。町中に潜伏した構成員達は皆、様々なルートからそこに集結するのだ。
……とはいえリヴェンジャーこと俺、鳴瀬ユウはこのような会議には滅多に参加してこなかったのだが。
というのも普段はレイカから連絡が着次第、打ち合わせもなく現場にいって、ただヒーローを狩るというのが常套手段だったからだ。
俺にとっては、アンチテーゼの思想信条は勘案するにも足りないくだらない物だ。恩義があるとはいえ、その目的に殉じるほどの忠誠心は持ち合わせていない。
だからこそ、客将のようなポジションである「特例部隊」として組織に加わることを了承したのだ。俺の目的はただひとつ、「ヒーロー」、などという紛い物の正義を翳す組織を壊滅させることに他ならない。
「英雄達」を打倒する、ただその一点においてのみ、俺はあの組織に協力するのだ。
……勿論、状況によっては従わざるを得ないタイミングもあるだろうが。
言うなれば今回がそれだ。
組織をあげての作戦。その中で行動するにあたって、情報もなしに普段通り暴れまわるのは、流石に無謀が過ぎる。
普段は相手の性質上、その能力摘出作戦は当日に急遽計画されることが多い。前日以前にも打ち合わせがあること、というよりそもそもこのような大規模作戦が計画されること自体がとても珍しいことなのだ。
だからこそ俺は否応なしに警戒し、今回ばかりは会議にも参加せざるを得なかった。なぜならそれほどの計画性が必要な作戦ということは、すなわち大規模な反抗作戦であることが分かりきっているからだ。
路地裏にある、小高いビルのその裏手。
そこにあるひとつの錆びた扉に鍵を刺し、俺はそれを開く。
そのなかに入ると、奥にあるのは無限に続くかのような長い長い螺旋状の階段だ。
俺はそれを一段一段降りるのが面倒で、螺旋階段のその真ん中の空白となっている空間に向かって飛び降りる。
「―――『身体強化』」
着地までの間に、俺は身体を強化する。
かくして落下の衝撃にも俺の身体はほとんどダメージを負わず、着地後にすぐ立ち上がることができた。
以前にこれをやった時には足に僅かに痛みが走ったので、おおよその成長も見られるというものだ。
辿り着いた地下層にある扉で、カードキーを差しそれを開くと、青みがかった電飾で彩られた無機質な通路が目の前に映る。
ここが、反「英雄達」対抗組織『アンチテーゼ』、その本拠点だ。
その所在は「イズミ」と首都区「アオバ」の中間に位置する場所にあり、例え作戦の実施場所が新都のどこであったとしても迅速に展開できる、というのが触れ込みだ。
―――だが、俺はここが好きではなかった。
第一、このような街中にあっては発覚の危険性が高くなる。
入り口のセキュリティだって、さして厳重とはいえないだろうし、一度バレてしまえば最後だろう。
だから俺は、あの廃ホテルにその居を構えることとしたわけだが―――、
「……無駄に時間かかってしまったな」
こういった集まりのときには、その利便性のなさやアクセスの悪さがデメリットになってしまうのは考えものだ。
……ともあれ、俺はひとつの部屋の扉をキーで開く。
戸の上にある電光掲示板には、「Briefing Rooms」の文字。つまりは此処こそが、メッセージにあった作戦会議の会場というわけだ。
俺は先程と同じように、カードキーを扉横の端末へとスラッシュする。
すると<認証>という字が端末に表示され、それと同時に自動ドアが高速で開く。
「―――お、来ましたねユウさん!」
開いた部屋のなかには、十数人近くの少年少女と、組織の幹部であるレイカの姿があった。
その声に部屋へと足を踏み入れると、世間話をしていた同年代、もしくは少し下くらいの子供達が皆一様に、その口をつぐんだ。
(まぁ、そういう反応になるだろうな)
内心俺は苦笑する。
思えば、作戦中に彼等と口を聴いたことなどない。それどころか、彼等の静止も聴かずに拳に捉えたヒーローを抹殺したことだってある。
変身前の姿を晒すのだって、もしかしたら始めてかもしれない。
―――俺がそのように述懐していると、小さな人影が俺の元へと駆け寄ってくる。
「リ、リヴェンジャーさん……おつかれさまです……」
薄い茶髪の少年は、少し吃りながらもオドオドと俺に話しかけきた。
彼のことはよく知っている。つい最近も戦場で邂逅し、あわや一触即発の事態へと発展しかけたばかりだ。
組織への恭順性が誰よりも高い子で、お互い変身前の姿を知っているくらいには面識のある人物でもある彼の名は、
「……相変わらずのギャップだな、「スナイプ・グレイブ」」
あの大柄な蒼鎧の狙撃者、「スナイプ・グレイブ」の変身者である。
変身後の彼の姿は、今の彼とは似ても似つかない巨漢。その性格は高圧的かつ組織への帰属心、忠誠心も人一倍で、戦場でよく対立して銃を向けられたりもしたものだ。
だが、変身前の彼の性格はそれとは真逆に温厚だった。年相応の明るさと、気弱さを兼ね備えたどこにでもいそうな子供。
人当たりも穏やかで、組織中からの好印象でみられる聖人君子だ。
「あはは……ボクの認識としては、なにも変わないつもりなんですけど……」
だがそんな彼の立場は、アンチテーゼのなかでもかなり高い位置にある。
アンチテーゼ第二実働部隊の隊長、それが彼の肩書きだ。これまでにも既に何十ものヒーローを捕縛、確保し、その能力摘出計画に貢献した組織一の働き者。
その獅子奮迅の活躍の前では、変身した際に人格が変転することなど些末なことと扱われているのだろう。
「ねぇ、あの人……」
……そうしてリクと言葉を交わすなか、ユウは辺りの声をふと、聞き取ってしまう。
「……あれが例の「特例部隊」の?」
「「英雄殺し」、でしょう?命令違反の常習犯だって」
「でもそれにしては、平凡な顔っていうか……なんていうか……」
それは、陰口だ。
とはいえ、そんなものは当然叩かれているだろうと考えていたから、さして気にはしない。
彼等からすれば、俺は必要のない殺戮を余分に行う異常者。組織の目的を信じこみ、それに殉じようとする彼らと折り合える日は、きっと来ないだろう。
馴れ合ってヒーローが殺せるならば、世話ないというものだ。
「……」
「あのー……」
だから俺は俺はそれを無視し、シャットアウトする。
そもそも辺りの子供達の戯れ言など聞いている暇はない。俺が聞きたいのはレイカから告げられるはずの今度の作戦情報、それだけだ。
「あ、あのー!……あれ?」
せいぜいレイカとリクの声が聞こえるまでは、他の音は聞くに値しない。
そう考えた俺は、ふと考え事をする。
「あの、リヴェンジャーさん……?」
俺自身の力。それを鍛えるため、今日まで鍛練を続けてきたつもりだ。
だがそれは果たして、「英雄達」の幹部達にも通用するものだろうか、と。
「お、おーい……?」
今まで倒してきたヒーロー達の力が注入された記録触媒を使っての初見殺しも、そろそろ通用しなくなるだろう。
そもそもあれは大元の能力の持ち主よりも、遥かに劣化した廉価版だ。元のヒーローに対して対抗できる者が相手なら、時間稼ぎにもならない小手先の手品に過ぎない。
この拳だけで、果たして所謂幹部クラスのヒーローを相手取れるか。
それは俺が今、もっとも確かめたい事実の一つだ。もし、それが無理なのであれば、なにか他の―――
「あの、あ―――」
「はいはい!無駄話はやめて、ブリーフィングを始めますよー!」
―――レイカの声が響き、ブリーフィングが始まる。
俺は居住まいを正し、その視線をレイカの方へと向ける。
「あぅ……」
……視界の端に誰かいたような気もするが、特に気になるものでもなかった。
◇◇◇
レイカが手元の端末を操作すると、作戦室の中央に置かれた巨大なテーブル上に、一つのビルの3Dモデルが投影される。
その建物は、この街に住むものなら必ず一度は目にしたことがある場所だった。
「今回の標的はここ、商業区「アオバ」の複合ビル、「火力ビル」の7階」
―――火力ビル。
このアオバでは比較的有名な、大規模複合商業施設だ。内部にはさまざまな店舗が軒を連ねる他、イベントホールとしても使用される巨大多目的空間「アオバ火力ホール」が存在しており、TVの公開収録や演劇、ファッションショーなど、さまざまな用途で街の人々から愛用されている。
「あれ、ここって確か、イベントなんかで借りれる……」
「そう、多目的ホール「火力ホール」。ここで「英雄達」が、ある催しを開くことを諜報部隊が掴んだの」
その言葉に、一同は顔を険しくする。
あの「英雄達」が組織として実施する計画となれば、そこには必ずろくでもない目的が存在する。
「それって……」
「―――「入団試験」、よ」
―――入団試験。
つまりは、「英雄達」に新しい人員を招くための、ある種の企業説明会のようなものか。
俺はその意味を理解し、腕を組んだ。
なんとなしに俺が呼ばれてきた意味も、少しは分かってきたというものだ。
「今までピックアップしたヒーロー候補に、変身機―――エヴォ・トランサーを授与する式、らしいのだけれど」
「ここを、襲撃します!」
レイカは明るい笑顔で、さも当然のように言い放つ。
「なるほど、頭数を増やさせないためか」
「そう、ユウくん正解!あとは……」
「彼等が用意してくれたエヴォ・トランサー、全部手に入れちゃいたいかなって!」
「―――なので今回の目標は、入団試験の妨害と変身機の押収。そのためなら、被害は問いません」
だがそれに対して、騒然としたのは周りの構成員達だ。
「……え」
「それって―――!?」
―――被害は、問わない。
それ即ち、まだ「英雄達」に加入すらしていない能力者達も巻き込む危険性があり、それを良しとすることに他ならない指示だったからだ。
だが、その言葉によってようやく、俺は自身の役割を完全に理解するに至った。
「……なるほど」
「俺がブリーフィングに呼ばれた理由が分かったよ、レイカさん」
「……えぇ!」
レイカはご満悦といった表情で、こちらを見つめる。
どうやら俺の予想は完全に的中していたらしい。このやたらと期待の込められた視線こそ、何よりの証明だ。
「リヴェンジャーさんには先鋒として、他部隊に先行してなにも考えずに正面で暴れてもらおうかなって!」
「それって……!」
「……囮?」
「そんな、いくらなんでも……」
辺りは再び、騒然となる。
……先程まで陰口の対象だった相手に、随分とお優しいことだ。
とはいえ自分よりも遥かに年下の子供もいるし、なにより俺自身彼らとの関わりを持とうとしてこなかったという事実もある。
むしろこうして少しでも心配をしてもらえただけ、有難い話でもあるのだが。
「レ、レイカさん、流石にそれは……」
スナイプ・グレイブこと、瀬峰リクも周りの子供達と同じように、計画への疑念を口にする。
―――もしも彼が変身していたなら、その計画を強く推しただろうな、と俺は思う。
第一に俺は立場上、どの部隊からも独立した独自の指揮系統で運用される者だ。つまりは協調性など求めるべくもないスタンドプレーの塊であり、事実今までも俺はそのように戦闘に参加してきた。
そんな連携に支障をきたしかねない不穏分子を、チームメンバーとして運用するのは些か不安定にすぎるのだ。それならばレイカの案のように、本隊に影響しないエリアで派手に暴れまわったほうが、遥かに任務自体の成功率を大きく引き上げる、重要なファクターとなり得るだろう。
「―――承知した」
そう考え、俺はレイカからの打診を了承する。
「つまりは、ヒーローを自由に狩っていいんだな、いくらでも?」
「……えぇ、今回は能力の摘出は主目的ではありません。あくまでも敵の戦力を削ぎ、こちら側の戦力を補強することが狙いなので!」
念のための確認も、無事完了した。
となれば、俺がやるべきことは一つだ。
「わかった、なら俺は失礼する」
そう告げ、俺はこの場を去ろうとする。
「えっ待って、作戦の内容は―――」
だが背後から構成員の声がし、俺は振り向く。
どうやら彼女は、俺がこの作戦の概要を最後まで聞かないことに不満があるらしい。
……だが、作戦の内容など俺が知る必要がないことだ。
「……お前らはお前らで作戦をやればいい。俺は俺のやり方で、真正面から敵を全員倒して目的地まで向かう」
「その方が、囮としての役割を果たせるだろう?」
俺の今回割り当てられた仕事はあくまで、敵の目前での大立ち回りでしかない。
だから、特に計画の仔細を知る必要はなくなったのだ。
それにもしも、相手のヒーローに読心系の能力を持つものがいたなら、俺の記憶からその侵入経路を辿られる危険性もある。
殊更、知らないほうがお互いに都合がいいのだ。
そんな結論と共に、俺は再びその場を去ろうとする。
―――今度こそ、俺を止めるものはなかった。
在ったのは、背後からふと聞こえた、女性からの礼賛の言葉。
「ふふ、えぇ……それでこそ!」
「―――わざわざ貴方を引き入れた甲斐が、あるというものだわ……!」
不敵な笑顔で見つめる、レイカから発された言葉、それだけだった。
◇◇◇
「―――俺に、武器?」
『えぇ、そう。貴方には前線で暴れてもらうことになるわけだから、流石に徒手空拳だけでは、ね?』
それは作戦室を出て、基地内の自販機で飲み物を買ってから帰ろうとしていた俺に、突如として入った通信だった。
話によれば、アンチテーゼの技術開発局がメンバー用に新たな武装を開発。
その試験運用を、折角なので最前線で暴れまわる予定の俺に試してほしい、というのがレイカからの提案だった。
―――当然、断る理由はなかった。
どのような敵が現れるかも分からない戦場において、戦術の幅が広がるのは非常に有難い。
試しに使用してみて、もしそれが有用ならば今後も活用していけばよいし、使い物にならなければ最悪棄てればいい。
なにより、非常に俺向きな任務だ。
安全性も定かではない兵器を、年端もいかない他の構成員に持たせるのは流石に酷というもの。
レイカは腹の内も読めない油断ならない女ではあるが、ただひとつ、俺の使い方に関してだけは信頼できる。
そんなわけで、俺はレイカに指定された基地内のある場所へとやってきた。
地下の最深の廊下、その更に奥にある他の部屋の扉とは物々しさの違う鉄扉。
『そこ、その扉に入って。貴方のカードキーでも開くようにしてあるから』
その声に習い、俺はその扉の横の端末へと自身のカードを通す。
―――すると、扉から物々しい音が響き始める。
一つ一つ施錠が外れ、内部で幾重もの機械的機構が駆動していく。
そしてそれが十数秒続いた後、端末には<OPEN>という表示が現れた。
俺はそれを一瞥すると、鉄扉に取り付けられた機材へと手を伸ばす。
すると扉は俺の指紋を認証し、自動的にまた重々し音と共に、ついに開いた。
「ここは……」
そこは、研究室というにはあまりにも雑多な、書類やら器具やらが散乱したゴミ屋敷だった。
見渡す限り、作業台とガラクタしかない薄暗い廃墟のような部屋。
その部屋の奥には一台のデスクがあり、6個のモニターが180°に囲うように配置されている。その奥には無数の配線がまるで毛細血管の如く張り巡らされていた。
しかし、肝心の部屋の主は見当たらない。
そのことを、俺は通信機越しにレイカに訪ねようとする。
「誰も……」
『……というわけで、説明を頼むわね「ミス・スミス」ちゃん!』
―――レイカのその言葉と共に、背後から物音がした。
「……はーい」
その声は、ひどくダウナーな幼い少女の声。
不意に聞こえたその声に俺が振り向くと、そこにいたのは、気だるそうな表情をした少女だった。
黒いフレームの眼鏡と、栗色の髪と長髪が特徴的なその子は、俺の顔を一瞥するとそのまま部屋の奥へと向かう。
「で、武器ってのは?」
「……こーれ」
少女は俺の声に、無造作に投げ捨てられたガラクタの山から一つの物体を取り出す。
それは一見短剣のようであった。だが、その先端部には円柱状の金属パーツ―――つまりは砲口があり、それが剣ではなく銃であることを物語っている。
だが、その側面には普通の銃にはないものがあった。それはユウや他の構成員がヒーローと対抗するために装着する装備、「変身機」に類似した部品。
「銃、か?でも、ここの形……」
「……詳しくは、このマニュアルに書いてあるから、あとは……てきとーに」
質問をしようとしたその瞬間、少女―――アンチテーゼ武装開発局局長「ミス・スミス」は俺には目もくれず、PCに向かおうとする。
―――この子、全部投げやがった。
「説明してくれるんじゃないのか……」
「……だるいし」
ミス・スミスの態度はおよそ、どんな説得を受けても揺るがないという強い意志をひしひしと感じるもの。
とはいえ、説明があっても仕様が分かるか怪しい装備だ、流石に投げ出されるわけにはいかないだろう。
「俺、極々一般人だったもんでな、こんなのの使い方とかしらないんだけど、どっか練習場とかは……」
「……しらん」
「えぇ……」
バッサリと切り捨てられ、俺は唖然とする。
この反応から察するに、この少女本当に俺になにも教える気がない。
……いっそこんなの使うのやめてしまおうか、とも思ったが、レイカにあまり良い印象を持たれないのは明白だし、それが後々に響くと面倒だ。
しかして、銃の使い方なんて何処で習えばいいのやら―――、
「あ」
そこで俺は気付く。
―――そういえば、あれがあった、と。
「……どったの」
「心当たり、あったわ」
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