幽閉ゲームのあそびかた

逃ゲ水

プロローグ

あるプレイヤーのNEWGAME

 VRMMOというジャンルがある。

 ゴーグル型やヘルメット型のヘッドマウントディスプレイ H M D が普及し、VRという文化が世間一般に広まったかどうかというタイミングで現れた新たなVRマシン。この新型VRマシンは意識に直接接続し、本当の意味で自らの手足を動かすかのごとくアバターを操作でき、本当にそこにいるかのように五感で世界を体感できるという、完全没入型フルダイブを謳い文句に堂々と売り出された。

 この新型VRマシンは高価格でありながら飛ぶように売れ、同時に完全没入型フルダイブ対応のゲームもまた競い合うように開発された。そうした中で一世を風靡したのが、ゲームに接続する全てのプレイヤーが同一の世界で交流しながら、時に協力し合い、時に対立する、VRMMOというジャンルであった。



 このVRMMOというジャンル、興味がない人からすれば意味不明だろうが、実は数多くのタイトルがある。というのも、完全没入型のVRMMOはゲームとしての自由度が高すぎて、ほとんどなんでも出来てしまうのだ。そして、なんでもできるからといってなんでもやろうとすると、途端に開発が追い付かなくなり何もかもが中途半端なゲームにしかならない。らしい。

 そこでVRMMOはそれぞれ独自の方向性で売り出していくこととなった。魔法に必殺技にドラゴンにととにかくド派手なゲームから、史実の中世ヨーロッパを忠実に再現したリアル系のPvP、あるいは地下世界が舞台なホラーでサバイバルなものだったり、果てはデフォルメされたキャラクターがお花畑で暮らすなんていうほのぼのとした雰囲気のものまで。

 そんな中で今俺がプレイしようとしているのは、戦闘はリアル寄りだけどある程度システム的に縛りがあって、PvPもできるけどPvE、つまり対NPC戦がメインなゲームだ。

 なんでそんな微妙なところを狙っているのかというと、極限までリアル志向なゲームでは、俺みたいな一般的な運動センスしかないゲーマー男子高校生では逆立ちしても勝てない相手ばかりがゴロゴロしているからだ。例を挙げるなら、全国大会レベルの運動部だとか、趣味や仕事で格闘技をやってる人たちとか、リアルに鎧や甲冑を着て殴り合いやってる人たちとか、あるいはそんな連中についていける筋金入りのゲーマーとか。

 そんなのとやり合っても勝てっこないのはもう学んだし、勝てないゲームはさすがに面白くない、ということで少しリアルを外したくらいのゲームを俺は探していた。そして見つけたのが『ドラゴンランド・ワンダラーズ D W 』だった。

 このDWは、ドラゴンの住むファンタジーな世界を舞台に、剣や槍や弓なんかを武器に冒険をするというゲームだ。特徴としては、プレイヤー側は魔法のようなものはほぼ使えないという点が大きいだろう。加えて、スキルや装備なんかで無双できるようなバランスでもないという点。体験版時点のレビューだが、ややマゾいという評価も、こうした実力頼りなシステムが事実であることの裏付けとも言える。

 要するに、DWは俺好みなゲームであった。


 俺は早速DWをインストールし、フルダイブモードへと切り替えを行う。

 ヘルメット型のHMDに映されていた画面は消え、暗転。五感全てがカットされて、意識だけが虚空に放り出される。この心許ない感覚は何度味わっても慣れないものだが、しかしすぐに五感が復活、ではなく置き換えられていく。ぼわーっと世界が明るくなっていき、軽やかなサウンドが前方遠くからやってくる。見下ろすと何もなかったところをポリゴンが覆って仮想の肉体アバターを形作っていく。

 そして接近してきたサウンドが俺を通り抜ける瞬間、ふよふよと漂っていた俺の意識がアバターごと重力に引かれ、落下していく。そのままスタッと着地。見渡すと、俺はいつも通りグレー一色の殺風景な部屋、あるいは箱の中に立っていた。ゲームの起動や設定変更などをする初期空間というやつだ。

 のっぺりとした壁と床だけの空間で待つこと数秒。俺の周りを取り囲むように並んだ色とりどりのアイコンの輪が現れた。そのアイコンの一つに手を伸ばし、横へスワイプ。端までスワイプし、俺はそこにある真新しいアイコンをタップした。アイコンはくるんと回って展開し、動画とメニューが並んだ一枚のウィンドウに変化。そのメニューの中から起動の文字を選んでタップ。確認のポップアップで再度OKをタップ。シャララーンと効果音が鳴り、体がすうっと浮き上がる感覚が訪れ――暗転。


 早速ゲームの世界に飛び込めるかと思ったが、次に俺の前に現れたのはマネキンのように数体のアバターが並ぶ空間だった。要するにキャラメイクの時間である。

 最初に選ぶのは種族だ。事前に調べた通り、種族は七種類から選べる。普通の人間の見た目であるヒューマンの他に、エルフ、ドワーフ、オーガ、リザードマンなど。普通の感覚ならば大抵の人がヒューマンを選ぶのかもしれないが、実は七つの種族の中でヒューマンだけは初期ステータスのボーナスがないというデメリットがある。まあ所詮は初期ステータスの話で、しかも一ポイント分だけしか変わらないとのことだが、それでも最強厨だの効率厨だのは選ばない種族だろう。さて俺は……リザードマンにでもしてみようか。ちょっとかっこよさげだし。

 続いて身長、体格、顔つき、目の色、鱗の色、爪の形と色、化粧や装飾の有無、衣装の選択など、多数の項目を設定。この時点で結構な時間が過ぎているような気もするが、まあキャラメイクならよくあることだ。

 そして最終確認が終わり、目の前にいたリザードマンのアバターがすうっと消えていく。かと思うとキャラメイク用の空間自体が消えて、一瞬の暗転。すぐさま明るさが戻ってきたと思ったら、俺は草原のただ中に立っていた。


 広々とどこまでも続いていそうな平坦な草原。それを区切るように置かれたボロボロな木製の柵。その柵で囲われた場所には、俺とおじさんとウサギみたいなマスコットがいた。

 どうやらNPCらしい彼らは、俺の視線を感知するや否やしゃべりだした。

「『ドラゴンランド・ワンダラーズ』の世界へようこそ。俺の名前はリッキー。よろしくな」

「そしてオレがヴィッキーだ。まあ短い付き合いだろうけどな」

 おじさんの方がリッキー、ウサギっぽい奴がヴィッキーだそうだ。

「ああ、よろしく」

 俺も一応ながら返事をしておく。少し前までのゲームであれば無言でも会話が進行するか、あるいは会話用のコマンドなり選択肢のウィンドウなりが現れたものだが、今ではそういう仕様のゲームの方が希少だ。

「いい返事だね。さて、これから『ドラゴンランド・ワンダラーズ』の広い世界に旅立つ君に、ここではいろいろと説明や練習を行っていくよ」

「チュートリアルってやつだな。そんなもんいらねーってやつは、奥のゲートからいきなり冒険に行くこともできるぜ。戻ってこれないけどな」

 戻ってこれないと言われては受けるしかない。まあ初めからチュートリアルはちゃんとやるつもりだったんだが。

 さて、チュートリアルだが、

「まずは武器を装備してみようか」

 これまでのゲームなら、まずは移動からっていうのが常識だったが、完全没入型では移動から始めるゲームなどはほとんどない。普通に歩けば移動できるからだ。なのでこんな風に、いきなり武器の装備なんかからチュートリアルが始まったりする。

 俺はリッキーの言う通りにインベントリを開くと、インベントリにはいくつもの武器の画像が並んでいた。ショートソード、ツーハンデッドソード、グレートソードと剣だけで三種類もある。他にも斧、棍棒、槍、弓などなど。武器のカテゴリだけで結構な数があるようだ。

 その中から俺は無難にショートソードを選び、鱗に覆われたリザードマンの指でこれをタップ。現れた選択肢の中から「取り出し」――ではなく「装備」を選んでタップ。すると、左の腰に鞘に納められた片手剣が現れた。早速剣を鞘から抜き放つと、シュリンと爽やかな金属音と共に銀色の刃が光を反射する。ブンブンと軽く剣を振り、ぴたっと体の正面で静止させる。重みはあるが振り回す分には支障がないくらいの、いい感じの剣だ。この辺がほどよいリアルさという感じでとてもいい。

「なかなかサマになってるじゃないか。じゃあ試しにその武器でこいつを攻撃してみてくれ」

 リッキーがそういうなり、ポンっという効果音と共にカカシが現れた。かぼちゃ頭で、手袋や上着なんかを着せられているオーソドックスなカカシだ。

 俺は言われた通りに片手で握った剣を振りかぶり、袈裟にカカシを斬りつけた。ガシッと硬いもの同士がぶつかるような効果音が鳴り、白色のエフェクトが血しぶきのように飛び散った。手ごたえとしては悪くない感じだ。

 続けてもう一度、と俺は勢いのまま逆から斜めに斬り下ろした。しかし今度はガキィンとあたかも金属の塊でも斬りつけたかのような効果音が響き渡った。手ごたえもさっきと比べて明らかに硬く、これではまるで攻撃が弾かれたようだ。

 そんな俺の驚愕に対して、説明するかのようにリッキーが口を開いた。

「おっと、気が早いな。積極的なことはいいことだがね。さて、今度は別の種類の攻撃を試してみてくれ。さっきのは切断属性だったから、今度は突きや柄頭での打撃、パンチやキックなんかでもいいぞ」

 つまり、今のは切断属性に対する耐性みたいなものだろうと俺は納得する。同時に俺は少しばかり安心した。というのも、リアル志向のゲームではもはや攻撃の属性なんていうシステムは使われておらず、全てが物理演算によって支配されていたからだ。そういったゲームでは棒立ちのNPCを一人倒すだけでもなかなか刃が通らずに苦労したのだ。

 そんな苦い思い出を噛み締めながら、今度は剣を胸元へと引き付ける。切っ先をまっすぐにカカシに向け、踏み込みと同時に剣先を繰り出す。この時に正拳突きの要領で右手を内側に捻るのがコツだそうだ。苦い思い出の副産物だ。

 そのコツのおかげかどうか、俺の放った突きはドスッと勢いよくカカシの胴体に突き刺さり、激しいエフェクトの飛沫を撒き散らしながらその細い胴体を刺し貫いた。かと思うと、カカシは胴体から真っ二つに折れ曲がり、ささやかな光と音を残して消滅した。

 意外とあっけないなと思っていたところに、リッキーから声がかかった。

「お見事! 君はなかなかセンスがあるね」

「うん、ありがとう」

「オレが補足説明してやると、攻撃の物理属性には打撃、切断、刺突の三属性がある。これらはどれも一長一短あって、それぞれモンスターや装備の種類によって得意不得意があるんだな。あと、大抵の攻撃は複数の属性が割合で含まれているってのも覚えておくといいかもな」

 と、ヴィッキーからの解説。要するに鎖帷子には刺突属性が通りやすく、板金鎧には打撃属性が効きやすい、みたいな話だろう。属性が割合で含まれているってのはいまいちよく分からないが、まあそのうち分かる時が来るだろうということでスルー。

「さて、次は?」

 俺が催促すると、ポンっという効果音が鳴ってまた何かが現れた。直径一メートルくらいの、何か白くて丸い……大福か団子みたいな、何かだ。

「次の相手はこいつ、本物のモンスターだ。名前はシラタマ。今回はチュートリアル用ってことで弱くしてあるけど、油断はしないようにな」

 リッキーがそう言い終わるのを待っていたかのように、目も足もないぷよぷよした白くて丸いモンスター――シラタマはぽーんと飛び跳ねた。俺の顔の高さまでジャンプできるということは、こんな見た目だが結構動けるということだろう。片手剣を体の正面で構えなおし、意識を切り替えていく。

「さあ、来い」


 それから数分間――あるいはもっと短いのかもしれないけど体感ではそのくらいだった――俺はシラタマというモンスターと戦いを繰り広げ、なんとか勝ちを収めた。

 まず思ったのが、対モンスターは対人とは全然違うなということ。リアル系PvPで学んだ対人戦のセオリーというものが、あまり当てにならないのだ。まあ手も足も、目すらもない相手に何を言っているんだという話ではあるが。多分だが、モンスターの種類ごとに戦いのセオリーは変わってくるのだろう。

 そういう点でいくと、対シラタマ戦の特徴は、攻撃すべきタイミングと回避や防御に徹するべきタイミングが明確に分かれている点にある。というのもこの丸っこい体一つしかないモンスターは攻撃手段も体当たりただ一つしかないのだが、この体当たりをもろに食らうと立っていられないほどの衝撃を受けてしまう。そんな攻撃に向かって真正面から剣を叩き込んでもろくなダメージにならないどころか、叩き込んだ剣もろとも弾き飛ばされて逆にこっちがダメージを食らう羽目になってしまう。もっとステータスが高くなるか、あるいはこっちの攻撃のタイミングが完璧であれば話は別だが、初戦のチュートリアルではどちらも無理だ。

 というわけで俺が取りうるのは次善の策、この白くて丸っこいモンスターの攻撃をステップやガードでしのいだ後に、隙を突く形で攻撃を叩き込むというものだ。ちなみに俺はこの結論にたどり着くまでに三回体当たりで突き飛ばされ、二回の空振りを要した。……あまりセンスはないのかもしれないな。

 とはいえ、最後の一合は我ながら完璧だったと言える。シラタマが跳ね上がるのをじっと待ち構え、こちらに飛び掛かってきた瞬間にサイドステップ。飛び出したシラタマが空を切るのをしっかりと目で追いながら、体を半回転させて剣を振りかぶり、着地と同時に斬撃。完璧な回避からのカウンターは最高のタイミングでシラタマの体に命中し、見事に真っ二つになった大福風ボディは瞬く間に消えてなくなった。



「――さて、チュートリアルはこれで全部だ。もう一度聞きたい話はあるかな?」

 実戦形式の練習の後、さらにいくつか操作やシステムについてのレクチャーを受け、チュートリアルは終了した。

「いや、もう大丈夫」

 そう言って、俺はゲートに向かって歩き出す。

「じゃーな、楽しんでこいよ」

 ヴィッキーの声が背中を押す。

 俺はゲートの前まで来ると、振り返ってリッキーとヴィッキーに手を振った。そして彼らが手を振り返してくれるのを眺めながら、俺はゲートをくぐった。――暗転。


 ◆


 転移ゲートを抜けた先には、道も塀も建物も、全部がレンガでできた赤い街並みが広がっていた。ついでに周りを見回すと、思ったよりもたくさんの人がいて――

 ――その場の全員が俺を見ていた。

 種族も服装も装備もバラバラなところからしてNPCではないはずだ。であればこそ、余計に気味が悪かった。だが、誰からの説明もなければそれ以上の行動を起こす者もなく、人々は興味をなくしたかのように段々と俺から目を背けていった。

「なんだよ……」

 意味が分からない。普通に考えて、この場所はゲームを始めたプレイヤーが最初に訪れる「はじまりの街」的な場所のはずだ。だったら俺みたいなやつはたくさんいるはずで、そもそも注目を集めること自体がおかしい。

 あるいは新規プレイヤーが貴重なのかもとも思ったが、それならどこかのチームからの勧誘なり、そうでなくとも歓迎ムードみたいなものがあって当然だ。だというのに、この場の空気にはそんな明るさはなかった。

「あー、また新入りが来ちまったか」

 そんな妙な空気を貫いて、男の声が届いた。声のした方には、茶髪モヒカンのドワーフがこちらに歩いてきていた。

 。聞き間違いでなければ俺の耳に届いたドワーフの言葉はそう言っていた。明らかに良くないニュアンスだ。その真意は、まあ訊いてみるしかない。

「まるで来ない方がよかったとでも言いたげだな。どういう意味だ?」

 すると、ドワーフが苦々しい顔を作って、ため息を吐くかのように笑った。

「確かに、来ない方がよかったな。だが勘違いすんな、来ない方がよかったってのは俺や他の誰かのためじゃない。アンタのためだ」

「俺のため……?」

 ますます意味が分からない。それじゃあまるで俺はここに来たことで何か不利益を被ることになるんだろうか。しかし、この声のトーンは冗談なんかではなさそうだった。

 そして、ドワーフは取り返しのつかない事実を俺に伝えてきた。

「ああ。この『ドラゴンランド・ワンダラーズ D W 』はな、もうゲームじゃねえんだ。俺たちは。閉じ込められたんだよ、俺も、お前も」

 この瞬間から、俺のクソッタレな新生活は幕を開けた。

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