1.encounter of spring
時は四月。
出会いの季節ーー。
吹く風に桜の花びらは散っていき、私の視界を遮る。
いや、それ以前に見えるものなど何もないのだがーー。
私、
4月12日の今日、大分県立
こんなとき、普通は友達か誰かに「~ちゃん同じクラスだったよ」とか「クラス離れちゃったけど頑張ろ」とか言ってもらえるんだけど・・・。
私は、独りぼっちだった。
それもそのはず、ここには私を知っている人など誰もいないのだから。
数週間前まで神奈川で暮らしていた私は、父の仕事の転勤の関係で大分で暮らすことになり、今に至る。
(お父さんは単身赴任で良いって言ってくれてたけど・・・私はもうあの場所に居たくなかった)
だから、今日から生まれ変わるんだ。
新しい土地で頑張って普通の生活を・・・、
「ーーあれ?小陽ちゃん・・・?」
その瞬間、小陽の体が固まる。
振り向くと、そこには長身の男子が立っていた。
(私の名前を知ってる・・・?でも一体誰・・・)
「あれ?もしかして俺のこと忘れちゃった?」
「え・・・と・・・」
「昔よく遊んだじゃん。
「あ・・・」
その瞬間小陽の記憶が呼び起こされる。
親しみと懐かしさの思いで小陽の顔が笑顔になった。
「大くんだったんだ。全然わからなかったよ。背もめっちゃ高いし」
「あはは、成長期かな。それにしても懐かしいなぁ。でもなんで小陽ちゃんが大分に?」
「私はお父さんの転勤で・・・。そういう大くんはなんでここに?」
「覚えてないの?まあ仕方ないか。もう10年も前だし」
ーー10年前。
家が隣同士だった小陽と大希は昔からよく一緒に遊んでいた。
しかし、ある日事故で大希の父親が突然亡くなり、その後大希は母親の実家である大分に引っ越すことになってしまい、小陽とは離れ離れになってしまった。
「あの時は涙目で、でも笑いながら俺を見送ってくれたなぁ・・・。あの顔は一生忘れねーよ」
「べ、別にそれは当然のことっていうか・・・。お父さんが死んじゃって大くんが悲しんでるだろうなって思って・・・。でも私だって大くんが居なくなることが悲しかったから・・・」
「だからあんな顔だったんだ。あっはっは」
「笑わないでよ!こっちは必死だったのに!」
小陽は大希と話したことで落ち着きを取り戻し、曇った表情も豊かになっていく。
大希と話しているうちに人の量は減っていった。
「ーーそれで、小陽ちゃんは部活入ったりするの?」
大希の言葉に小陽は黙り込む。
「・・・入らない」
「そっか~・・・残念」
「・・・わ、私そろそろ行くね。だいぶ人空いてきたし・・・」
「・・・?うん。またね」
参ったな。せっかく大くんと会えたっていうのに・・・
また思い出しちゃった。
「ーー小陽ちゃんの・・・せいで・・・っ!」
「あいつが・・・なければ・・・!」
「ったく・・・あいつが・・・だぜ」
もう、あんな思いはしたくないーー。
小陽は浮かない顔のままクラス分けの紙を見る。
(えーと、丹羽・・・た・・・、あった。3組だ)
その場で留まっていた小陽の後ろから手が伸びてくる。小陽は驚いて「わっ」と小さく声をあげた。
「あ、ごめんね。ちょっと良い?」
女性の声が後ろから聞こえ、小陽は横にずれる。
横目で見ると、そこには背の高い、短めの髪の毛を後ろで一つに括った少女が立っていた。
「あった。私3組やん」
そう言って少女は小陽の方を向く。
「・・・あんたも3組?仲良うしような」
少女はあどけない笑顔を見せる。
それはとても綺麗で、可愛く見えた。
小陽はそれを見て「あ、こ、こちらこそ」とたどたどしく返した。
心なしか、胸がはずむ。
これからあんなに綺麗で可愛い女の子と交友を持てるなんて、すごく良い学校生活になりそうな予感ーー。
と、ここまで考えたところで小陽ははっと気づく。
(あ~・・・これはダメだ。大くんと話したときよりドキドキしちゃってるような気がする)
まあでも幼なじみってそんなもんか、と気を取り直して体育館へと足を進めた。
「~であるからして、我が校の伝統は引き継がれていき、タフな人間を育成することを目標に・・・」
同じような単語をつらつらと並べた校長の言葉を聞き流しながら小陽は小さくため息をついた。
(・・・暇だなあ。早く終わってくれないかな)
小陽は体育館の壁を見ながらまた一つため息をついた。
これからの学校生活はこう退屈にならないようにしなくっちゃ。
そう決意して、また壇上の方を向いた。
入学式が滞りなく終わり、それぞれのクラスに移動する。
「1-3」というプレートがぶら下がっている場所の教室に入り、自分の席につく。
ここで、ある一つのことに気づいた。
(前の人大きいなぁ・・・でも女子の制服着てるから女の子か)
小陽の前の席に座っている少女の頭を見上げながら思う。
そのままぼうっと視線を移さないでいると、前の席の少女がくるりと振り返った。
「プリント回してーーって、あれ?」
「えっ・・・あっ・・・」
小陽の前の席の少女は、朝に出会った綺麗な女の子だった。
「また会ったね。よろしく」
そう言って少女は微笑む。
「うん・・・、こちらこそ」
小陽は軽く会釈し、プリントを受け取り、1枚取って残りの束を後ろの席に回した。
「ーーっと、じゃ自己紹介してもらおうかな!名前、出身中学、自己アピールくらいで良いから。じゃ1番からーー」
活発な声の女性の教師が言う。
出席番号1番から自己紹介が始まっていった。
「ーーです!別府
「あー!ほんとだ!お前の顔見たことあるぞ!俺からホームラン打った奴やん!」
「え、マジか!ごめんな!」
・・・自己紹介は盛り上がりながら進んでいった。
(参ったなぁ・・・。皆中学校が違っても仲良しなのか。私だけ新参者みたいで、何かやりにくいな・・・)
しばらくしてから、ガタッと音を立てて小陽の前の席の少女が立ち上がる。
「別府南部中出身、
凛とした立ち振舞いで堂々と自己紹介をする。周りの男子は「背ぇたっけ~」「何センチあるんだろ?」などと口々に言いあっている。
美人でスタイルの良い彼女は、同姓の目から見てもとても格好良く見えた。
冬月が自己紹介を終え、席に戻ってくる。「次だよ」と小陽に言い、席に座った。
小陽はやや重たい足取りで教壇に向かう。
黒板の前で小陽はクラスメイトの方に向き直り、小さく息を吸った。
「丹羽小陽です。横浜北中学校から来ました。よろしくお願いします」
言った途端に教室内がざわつき始める。
「横浜?ってことは神奈川?」
「すげー、都会やん」
「中華街とか本当にあんのかな」
ざわざわと矢継ぎ早に神奈川への情報が飛び交う。「はいはい静かに」と先生が宥め、騒ぎは収束を迎えた。
席に戻る際に小陽は冬月と目が合う。
冬月はぽかんとした顔つきで小陽を見ていた。
(大丈夫かな・・・?)
この先の学校生活と冬月の様子の両方を踏まえて、小陽は心の中で言った。
ホームルームが終わり、生徒たちは帰宅となる。
「小陽!」
名前を呼ばれ、小陽は振り向く。
そこには小陽の母がいた。
「この後どうするの?お母さんは先に帰るけど」
「うーん・・・一応部活見学して帰ろうかなって思ってるけど」
「あら、そうなの?じゃ先に帰っておくわね。特に話す人も居ないしね」
「そうだね・・・」
「え、ちなみにどんな部活見るの?やっぱり陸上なのかしら?」
『陸上』という言葉を聞き、小陽は少しビクッとする。
一瞬思考が飛んだ後、「わかんない」とだけ返した。
その後小陽は文化部を中心に校内を見て回った。
吹奏楽部、箏曲部、美術部、放送部・・・
しかしどれもパッとしない。
(何か無いかな・・・私の心が踊るような、楽しい何かーー)
小陽はグラウンドの方へ向かう。
そこでは陸上部が様々な種目を披露していた。
小陽はその光景を見たあと、目を瞑る。
小陽ちゃんのせいで・・・!
しらけたなぁ~・・・何なんだよあいつ。
あいつ、本当にムカつくよな。
小陽はゆっくりと目を開けた。
(ダメだ・・・もう、心が踊らない)
小陽は振り返り、グラウンドを後にした。
そのまま校門の外へ出て、帰路につく。
家までの道のりを頭の中で確認しながら歩いていく。
そのとき、左手にあった公園から何かしらの音が聞こえてきた。
小陽は左を向く。
そこにはボールを持ってバスケットゴールに相対している一人の少女がいた。
少女はボールをゴールに向かってシュートする。
スパッ、と音を立ててボールはリングをくぐった。
(うわぁ・・・格好いいな)
ボールがネットを通過する小気味の良い音が、小陽には快く感じられた。
そのとき、少女が振り向いた。
「あ」と二人同時に声をあげる。
「丹羽小陽さん・・・やったよね?今日はよう会うね」
少女は小陽の前の席の高波冬月だった。
「どしたん?そんなとこでぼうっと突っ立って」
「あ、いや・・・バスケ、上手いな、って思って」
「・・・一緒にやらん?」
「え?私が?」
「他に誰がおるんや」
「でも、私バスケなんてやったこと・・・」
「やけん、今からやるんや。こっちおいで」
小陽は冬月に連れられ、バスケットゴールの前に立つ。
「ほい」と、バスケットボールを手渡され、リングの方に視線を向ける。
「一回打っちみて?」
冬月は笑みを浮かべながら右手の親指をくいっとリングに向ける。
(そんなこと言われたって・・・!)
よく分かんないのにーー!
ぎこちなく不細工なフォームからボールを放る。
ガンッ、と音がしてボールはリングに弾かれた。
「うーん、
そんなこと言われたって分かんないのに。
小陽は心の中で呟いた。
「こうやるんよ」
冬月は小陽からボールを受け取り、シュートを打つ。
ボールはリングをくぐり、地面に落ちた。
「さ、
冬月は小陽にボールを渡す。
(分かんない・・・)
小陽は顔をしかめて冬月の方を見る。
「打ち方知らんの?」
「うん・・・聞いたことはあるような気がするだけで・・・あ、左手は添えるだけってやつ?」
「・・・女子は両手で打つんや」
「でも今高波さんは片手で打ってなかった?そっちのほうが格好良くない?」
「・・・
「あ、ありがと・・・」
小陽はボールを額の上に上げる。
「膝
小陽は冬月に言われた通りに、ぎこちなくだが形を作っていく。
「
(えっと・・・だいぶ聞き取れないけど、ボールとリングの間を一本の線で繋いで、アーチを描いて投げればーー)
小陽は飛び上がり、右手からボールを放つ。
ボールは綺麗なアーチを描いてリングへ近づく。
ーースパッ。
ボールがゴールのネットを擦る、何とも言えない小気味の良い乾いた音が鳴る。
「わ・・・」
思わず小陽が声を漏らす。
「ナイスシュート!」
冬月は子供のように無邪気な顔をして小陽を見た。
「よう入ったな!今こっから打ったやろう?」
「う、うん・・・そうだけど」
( こん距離・・・3ポイントラインの外やんか!)
こんなとこから一発で入れるなんて・・・。
「あ、あの?」
小陽が冬月の顔を覗き込む。
その瞬間、手をガシッと掴まれた。
「え、え!?」
「ーー丹羽・・・やなくて、小陽」
冬月の目が、小陽を捉える。
「バスケ、やらんか!?」
大きくぱっちりした目をさらに見開いて小陽を凝視しながら言う。
その迫力に、小陽は少しの恐怖を感じながらも、その熱意を受け取った。
「か、考えとくね」
「よーーっく、考えちょくれ!」
「う、うん・・・」
春の青空にアーチを描いたその日から、
私の人生は、大きく変わることになるーー。
「じゃ、私そろそろ帰らなくっちゃ。今日はありがとね」
小陽は鞄を持ち上げ、家へ帰ろうとする。
しかし何故か冬月がついてくる。
「えっと・・・?高波さん・・・?」
「ん、どうかしたかえ?」
「何でついてくるの・・・?」
「何でって、私もこっちやけん」
「あ、そうなんだ」
「それと、高波さん、
「す、すかんたらし?」
「あぁ、嫌だ、って意味や。なんか他人みたいやんか、名字呼びって」
「そうだよね。分かった。よろしくね、冬月ちゃん」
「うん、そっちんほうが好きや」
「なら良かった」
そうこう話しているうちに小陽の家の目の前に辿り着く。
「あ、私ここだから」
「え?そうなん。私ここの隣やけど」
「へ?」
冬月は小陽の隣のこじんまりした二階建ての家を指差して言う。
「隣やったんか。運命的やな」
「ほんとにそうだね・・・」
「・・・なあ。もっかい聞くけんど、本当にバスケやらんか?」
冬月に先程と同じ質問を投げ掛けられる。
「私は・・・」
また部活をして、同じ過ちを繰り返したらどうする?
人に嫌われたら、
人に遠ざけられたら、
どうすればーー?
「・・・なんかあったんか?」
冬月が小陽の顔色を察して言う。
小陽は顔を上げて、冬月の顔を見た。
最初は、こうなるなんて思っていなかった。
綺麗で可愛い冬月と仲良くなりたいとは思っていたが、それだけだった。
でも、今はーー。
今さっきの、ボールが綺麗なアーチを描いてネットをくぐった快い音を思い出す。
あのとき、心臓がどくんどくんと鼓動を刻んでいた。
それは不安によるものなんかではなく、どきどき、わくわくといった楽しみの感情、期待を表した反応。
ダメだ、この衝動を止められないかもしれないーー。
心踊る、この鼓動を。
「・・・バスケ・・・してみたいかも」
「ほんとか!?」
「う、うん。でも私、背低いし、初心者だけど・・・」
「 そげんしょーもねーこつ気にせんでええ。 バスケをすいちょるんが一番大事やけん!」
「そ・・・そうだね。頑張るよ」
(全然聞き取れなかったけど・・・、何となくは伝わってきたな)
小陽は目をきらきらと輝かせている冬月を見ながら思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます