ボクらの向かう先

沢田和早

梯子の上には星空が広がっている

 この部屋で過ごし始めてもうどれくらい経つのだろう。地球時間なら数カ月ほどだろうか。寝転んで本を読むボクの左隣では、人一倍優れた聴力を持つ彼女が、今日も音響電波探知機を頭に装備している。


「何か聞こえる?」

「いつもと同じ、宇宙の音楽。もっともあなたにとっては単なるノイズにしか聞こえないでしょうけど」


 救助信号電波すら届かぬ宇宙の僻地まで流されてしまったようだ。ボクは本を眺めながらあの日の出来事を思い出す。

 修学旅行で太陽系外に出たボクらの宇宙船。何の前触れもなく出現した小隕石と衝突し、ボクら乗客と乗員はパニックに陥りながら、数百艇用意されていた救命宇宙船に乗り込んだ。


「こんな大型船に三人だけか。あの時は相当慌てていたんだな」


 誰に言うでもなくつぶやく。ボクら三人が乗り込んだのは定員百名の大型救命船だ。酸素も水も食料もたっぷりある。三人だけなら百年以上生存可能だろう。


「この部屋、意外と飽きないな。数百年前の一般的住居の内装らしいけど、不思議に落ち着くぜ」


 ボクの右隣で古びたデザインの樹脂容器から補給清涼水を飲んでいた彼が言った。同感だ。

 救命船は救助者の精神安定のために、部屋の内装を自由に設定できる機能を有している。暇を持て余したボクらは救命船の一室を大昔の住居の内装に改造した。

 とっくに使われなくなった紙の書物。植物繊維を組み合わせて作った衣服。植物の木質部から製作された棚、梯子、床。救命船の大型コンピューターと三次元造形機によって復元されたこの空間に寝転んでいると、大昔の人間に戻ったような気分になる。


「ねえ、天井開けていい? 星を眺めながら音を聴きたいの」


 ボクらの返事を待たずに彼女は開閉装置を作動させた。梯子の上にある天井が静かに開くと、分厚く透明な七層構造の強化ガラスの向こうに、無数の星をきらめかせる暗黒の宇宙空間が広がった。


「この救命船、どこへ向かっているんだろうな」

「愚問だな。地球にいる時、同じ疑問を抱いたかい。地球は太陽を回り、太陽は銀河系の中を移動し、その銀河系も宇宙を彷徨さまよっている。宇宙から見れば地球もこの救命船も、等しく宇宙の迷子みたいなものだ」

「そうね。それに地球へ帰還する必要だってないわ。私たちの寿命が尽きるまで、この救命船で生きることだって可能なのですもの」


 開いた窓から風が入りカーテンを揺らした。もちろんこれもコンピューター制御の空調機能を利用した演出にすぎない。だが、この復元された空間で紙の書物に囲まれていると、自分が宇宙にいることを忘れてしまいそうになる。

 いや、その言い方はおかしい。ボクらは常に宇宙にいる。かつて地球にいた時も、救命船にいる今も、そしてこれからも、ボクらはずっと宇宙にいるのだ。


「この部屋で生涯を終えるのも悪くないかもな」


 ボクは樹脂製容器の蓋を開けて補給清涼水を口に含んだ。少し甘く、そして苦かった。

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