第39話 ヤースミーンの炎

ララアの後を追って城壁の物見櫓から地上まで駆け下りた貴史とヤースミーンは、城壁の内側の広場の惨状を見て息をのんだ。


真っ白に霜に覆われ凍り付いたガイアレギオンの兵士の死体が広場を埋め尽くしていたからだ。



貴史は何が起きたというのだろうかと、広場から城門のあたりを見渡し、城門の手前の広場で剣を交える二人の人影に気が付いた。



その二人は鮮やかな剣さばきで切り結んでいたが、その動きから大柄な人影が手傷を追ったことが見て取れた。



どうやら小柄な人影がララアのようだ。



ララアはさらに剣を繰り出して戦いを続けるが、大柄な剣士と剣を打ち合わせて、睨み合ったとき、突然力が抜けたように床に倒れ伏してしまう。



「シマダタカシ、今あなたに支援魔法をかけました。あの騎士を本気で倒さなくてもいいですから戦ってララアのそばから引き離してください。ララアが安全な距離まで引き離してくれたら、私が魔法攻撃をかけます」



貴史にとって、ララアをとらえたハヌマーンに戦いを挑んで斬られたのはつい最近のことだ。



ヤンの回復魔法で一命をとりとめたとはいえ、その時の苦痛はありありと思い出せる。



ヤースミーンの申し出は理解できる内容だが、貴史はすんなりとガイアレギオンの騎士に戦いを挑むことができなかった。



貴史は自分の剣を抜いてバランスを試すように振る。



ヤースミーンの攻撃支援魔法が効いているのでドラゴンスレイヤータイプの重厚な邪薙ぎの剣が軽く感じられる。



貴史は自分の装備を見下ろしながらヤースミーンに尋ねた。



「魔法防御は盾を使えばよかったのだよね」



ヤースミーンはうなずきながら貴史に言う。



「シマダタカシの剣の腕は進歩しています。クリストさんやララアを相手に練習していた時もいい動きをしていましたよ」



その二人が練習の時に全力で戦っているとも思えないと貴史は思うが、ヤースミーンの攻撃支援魔法は効果のある時間が限られているのでいつまでも躊躇していることは出来ない。



貴史は左手に焼きガニの盾を構え、右手に持った剣は横に低く構えたままガイアレギオンの騎士に立ち向かった。



近づくほどに敵の騎士は手ごわく見えた。



重量のかさむプレートアーマーなどは装着せずに軽装の鎧を身にまとったセイバータイプの騎士は俊敏に身構えると貴史と間合いを取る。



貴史は、相手の騎士から放たれる空気がピリピリとするような波動を感じて素早く盾を構えて防御姿勢をとった。



城門中の広場は、凍り付いたガイアレギオンの兵士の死体が転がっているとはいえ、ヒマリアの夏の空気に入れ換わっていたが、貴史の周囲は身を切るような冷たい空気に代わる。



貴史氏と対峙する騎士が、冷気の魔法を放ったのだ。



「私の魔法に耐えるとは見上げたものだ。そなたはもうすぐヤマ神の審判を受ける身の上だから教えてやろう。我が名はムネモシュネ、ガイアレギオンの女王ガイアの娘だ」



貴史は声を聞いて初めてその騎士が女性だと知ったが、性別などに関係なく強敵なのは間違いない。



貴史は右手に持った邪薙ぎの剣で渾身の斬撃を放った。



しかし、ムネモシュネは身軽に貴史の切っ先をかわす。



「そのララアという小娘は私の術をかけてやった。彼女は既に死せる肉親たちに迎えられ、そなたと同じくヤマ神のもとに向かうはずだ」



ムネモシュネは無駄口をたたく余裕を見せながら体勢を立て直そうとする貴史に再び冷気の魔法を放つ。



どうにか盾で冷気の魔法を受け止めた貴史は、左手に違和感があったので盾を持ちなおそうとしたが左手の皮膚が冷気で盾の持ち手に張り付いていることに気づき、そのまま盾を握り直した。



そして貴史は再びムネモシュネに剣を振り下ろすが、ムネモシュネは貴史の剣を弾き返すと荒々しく剣を振るう。



貴史は頭上から振り下ろされたムネモシュネの剣を受けそこない、兜に強い打撃を受けて目がくらむが、続くムネモシュネの攻撃をどうにか自分の剣で受け止める。



しかし、ムネモシュネの鋭い斬撃に貴史の剣は根元から折れてしまった。



ムネモシュネの攻撃は続き、貴史は盾でムネモシュネの斬撃を受け止めるしかなかった。



その時、貴史の耳にヤースミーンの声が飛び込んだ。



「シマダタカシ、そのまま盾で防御の姿勢をとってください」



同時に手の皮膚が張り付くほど冷えていた盾が厚くなり、貴史の周囲は猛烈な熱気に取り囲まれた。



それはまるで、ドラゴンのブレスを魔法防御がかけられた盾で受け止めているようだ。



貴史が盾を構えたままじりじりと後退して様子を伺うと、ムネモシュネはヤースミーンが放った炎の魔法の火炎に包まれていた。



しかし、ムネモシュネ自身の周囲には青白く光る壁があり、彼女を炎から守っていることがわかる。


それでも、貴史はムネモシュネが火炎に囲まれている間は、自由に動けないとみて取り、慎重にムネモシュネを回り込んだ。


そして、意識を失って倒れていたララアを抱えると懸命に走った。



貴史はガイアレギオンの兵士の凍り付いた死体が無数に転がる悪夢のような情景の広場を横切り、ヤースミーンの傍までたどり着いた。



ヤースミーンは一心に詠唱を続けており、貴史が振り返ると、ムネモシュネは依然として青白い光の壁に守られているが、その周囲は猛烈な火炎が渦巻いている。



貴史はこんな強力な魔法を使い続けたら魔力を使い果たして死んでしまうのではないだろうかと心配してヤースミーンをのぞき込むが、彼女は詠唱を止めない。



やがて、ムネモシュネの青白く光る壁の内側にもチロチロと炎が漏れ始め、それはムネモシュネの体に燃え移って勢い良く燃え上がっていった。



炎に包まれたムネモシュネは忽然と姿を消し、その後に彼女が占有していた空間に空気が流れ込む雷鳴のような音が響いた。



ガイアレギオンの後続部隊は城門の外側に詰め掛けて部始終を見ていたが、司令官のムネモシュネが炎に包まれた後に姿を消したのを見ると、慌てふためいて後退を始めた。



「ララア、もう大丈夫よ目を覚まして」



ヤースミーンがララアに呼びかけたがララアは反応を見せない。



「ムネモシュネ、今戦った騎士がララアに術をかけたと言っていた。彼女は死んだ家族に迎えられてヤマ神のところに行くというのだ」



ヤースミーンの顔がにわかに青ざめた。



「ヤマ神とは、ガイアレギオンの信じる神々のうちの死をつかさどる神のことです。どうしよう。私はその術の解き方がわからない」



ヤースミーンが困惑して見守るしたで、ララアは眠り続けていた。

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