第23話 救出ミッションは我らの手で

夜間に行動すると、敵に見とがめられないという利点はあるが、何かに躓いて転ぶ危険は付きまとう。



森の中を進んだ貴史とヤースミーン、そしてクリストの3人は木の根や石ころで何度も転びながらレイナ姫たちが築いたホフヌングの村の近くまでたどり着いていた。



森を透かして平原の方向を見ると無数のかがり火が輝いている。



「すごい数の兵士がいますね」



貴史がつぶやくと、クリストのシルエットが首を振るのが見えた。



「レイナ姫の手勢で太刀打ちができる数ではありませんね。おそらく彼女は自分たちが盾となって住民を逃がそうとしたのでしょう。」



クリストの言葉が終わらないうちに、シュンという風を切る音が響き平原で閃光がきらめくのが見えた。



貴史は衝撃波をもろに受けてしりもちをついた。



「見つかったのか」



「違います。攻撃を受けているのはガイア・レギオンの宿営地です」



ヤースミーンの言葉にかぶせるように貴史たちを爆風が襲った。猛烈な砂ぼこりと熱風で息もできない状態が続き、ようやく砂ぼこりと煙が収まりかけると次の爆発が起きる。



「もしかして、これはララアの陽動部隊の攻撃かもしれませんよ」



ヤースミーンは顔をくっつけるようにして貴史の耳元で叫んだ。爆風の風音のために普通に話しても聞こえないからだ。



「陽動作戦でこんな派手な攻撃を仕掛けるなんて聞いたことがないよ」



貴史は反論するが、クリストの考えは違った。



「恐らく敵の注意を引くには大規模攻撃が適していると思い、彼女に可能な最大限の攻撃を加えたのでしょう。」



クリストは自分の頭の上に落ちてきた木の枝を振り払うとさらに二人に近寄った。



「私たちが陽動作戦を行う意味はほとんどないでしょう。このままガイア・レギオンの司令部を探して、捕らえられているレイナ姫たちの救出を試みましょう」



貴史とヤースミーンはクリストの言葉を理解すると同時にうなずいた。



「ホフヌングの村は丘の上の高台に建設されていたそうです。ガイア・レギオンの司令部は村に置かれ、大多数の兵士は丘の下で野営しているはずです」



貴史は、ホフヌングの村からたどり着いた兵士から出発前に聞いたことを伝える。



「恐らくこの斜面を登ったところがその高台に違いない。とりあえず登ってみましょう」



土埃で真っ白になったクリストはそれを気にする様子もなく斜面を登り始め、貴史とヤースミーンは慌ててクリストの後を追った。



高台の上に着くと、そこには急ごしらえだが生活感のある家並みが立ち並んでいた。しかし、早朝の襲撃に慌てふためいて建物から出て行くのはゾウやヒョウ、そしてサルなどの獣の顔をした獣人ばかりだ。



「中央にある集会所をあたってみましょう。捕虜はそこに集められているのかもしれない」



クリストはひときわ大きな建物を指さしてから駆け出していく。



多くのガイア・レギオンの士官たちは混乱を極めていてほとんどが貴史たちに目も留めなかったが、中には冷静なものもいる。黒ヒョウの顔を持つ、指揮官らしい戦士が貴史たちを呼び止めた。



「お前たち地元の人間だな。司令部に入り込んで何をしている」



その指揮官は外部からの侵入者に気付くだけの落ち着きがあったが、周辺を完全に制圧していたことで油断していた。貴史やクリストが目立つ剣を背中に背負っているのにそれを見過ごして安易に近づいたのだ。



三人が仕方なく足を止めて様子を伺っていると、指揮官は占領下の住民を相手にするように威圧的に指図をし始める。



「この村の住人には立ち去るように警告したはずだ。戦闘が起きた時にみだりに司令部に入ると不穏分子として処刑されるんだぞ」



さらに言葉を続けようとした戦士は体を二つに折って絶句した。ヤースミーンが不用意に近付いた黒ヒョウの戦士のみぞおちに、強烈なパンチを入れたのだ。



「すいませんね。私たちが不穏分子なんです」



黒ヒョウの戦士が苦悶しながら何かしゃべろうとした時、貴史が邪薙ぎの剣を抜いて県の腹の部分を戦士の頭に叩きつけた。



「親切に忠告してくれたから命は助けてやろう」



貴史はあっけなく気を失った戦士を物陰に引きずり込む。



「シマダタカシは優しすぎますよ。この場面では喉を掻き切るべきです」



戻って来た貴史にヤースミーンは物騒なことをつぶやくが、貴史は笑って受け流した。貴史としては、不要な殺生は避けたいのだ。



集会所の入り口にはさすがに見張りの兵士が立っていたが、貴史は背後から忍び寄って後頭部を剣の腹で強打した。



一声も挙げられずに地面に倒れた兵士を見て、ヤースミーンは口を尖らせた。



「ほらまた、今のもバッサリ切り捨ててしまえばいいのです」



不満気なヤースミーンを、クリストがなだめる。



「いや、致命傷でも即死しなければ大声で助けを呼ばれる可能性がある。シマダタカシのやり方はあながち間違いではないよ。それよりもレイナ姫たちを探さなければ」



クリストに促されて貴史とヤースミーンは集会所に侵入した。



建物の中は荒れていた。寝具や食器が散乱する中を貴史たちは捜索を進める。



早朝に襲撃を受けたために、建物内にいたガイア・レギオンの兵士たちは見張り以外は建物の外に出て行ったようだ。



捜索を進めた貴史たちは地下室への階段を発見した。



階段を下りた入り口の扉は大きな南京錠を思わせる鍵で施錠されていたが、どう見ても後付けで取り付けた構造だ。



「鍵がないな」



貴史が周囲を見回していると、ヤースミーンが貴史に命じた。



「私が攻撃支援魔法をかけるから、剣でそのカギをぶった切ってください」



ヤースミーンは貴史の返事も待たずに魔法の詠唱を始めている。この世界で生まれ育ったヤースミーンは貴史よりもアクティブで攻撃的だ。



ヤースミーンが魔法をかけ終えても貴史は、鍵を取り付けた金具に向かって剣を振り下ろせない。頑丈な金属製品を見ると跳ね返されることをイメージしてしまうからだ。



貴史は金具に剣の切っ先を押し付けると全身の力を込めて突いた。



すると金具はさして抵抗もなく切断され、貴史の剣は分厚いドアの板をぶち抜いていた。



「私の支援魔法をもっと信用してくださいよ」



「ごめん」



貴史はご機嫌斜めのヤースミーンに謝りながら、ドアから剣を引き抜いた。



地下室に入ると、照明も少なく薄暗い中、木製の枷に首と両手首を固定された虜囚の姿が見えた。



それはレイナ姫と、ラインハルト、そしてミッターマイヤーの3人だった。



「レイナ姫様、助けに参りました」



ヤースミーンは3人の元に駆けて行くと叫ぶ。



「お前たち助けに来てくれたのか。あれほどの軍勢の中どうやってここまでたどり着けたのかのお」



ミッターマイヤーは追い詰められた状況でも飄々とした雰囲気を失っていない。その足元には魔法陣のような模様が書かれていた。



「別同部隊が、陽動作戦で敵の注意を引きつけてくれているのです。これはもしかして瞬間移動の術のための魔方陣ですか?」



ミッターマイヤーは枷にはめられた顔に苦笑いを浮かべる。



「そうじゃが、この地下室の中では強力な魔封じの術が使われていて魔法が使えないのじゃ。しかし、そなたが来たら方法がないわけでもないの」



レイナ姫とラインハルトが枷をはめられてぐったりとした様子で座り込んでいる横で、ミッターマイヤーは思惑ありげに微笑した。

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