第10話 マンイーター
貴史たちは、かつてエレファントキングのダンジョンと呼ばれた古い城で発掘作業にいそしんでいた。
発掘するのは落盤事故で埋まったヒマリア正規軍の食糧パックだ。
これまでにもたくさんの冒険者が宝を発掘しようと押し掛けていたが、冒険者たちはダンジョンの深部で金貨が見つかったという情報を頼りにやみくもに地下深くにもぐった。
その結果、多くのものは何一つ得る物もないうちに、食料を使い果たし、ヒマリア本国へ引き上げていった。
利益を手にしたのは南方から食料などの物資を運び、ダンジョンの入り口で冒険者に売りさばいた商人だった。
タリーはその傍らで、誰も見向きもしなかった遺棄された軍の食料を掘り出して使おうと企てている。
「シマダタカシの旦那。上げてください。」
石造りの床にぽっかりと空いた穴の中からリヒターの声が響いた。
貴史たちが発掘のために開けた穴だ。貴史は滑車につながったロープを力いっぱい引っ張った。
滑車とロープをうまく組み合わせれば、ロープにかかる重さは四分の一に減らすことができる。難点は、引っ張るロープの延長が長くなることだ。
貴史の息が切れてきたところでイザークが交替し、せっせとロープを手繰る。やがて縦坑から上がってきたのはロープに下げたネット一杯に詰まった小麦粉の缶だった。
縦坑の上から横の床にネットを引き寄せた貴史は、小麦粉の缶を床におろしてから再びネットを縦坑に戻す。
先ほどから繰り返している地下からの引き揚げ作業で周囲にはおびただしい量の小麦や油、そして肉の入った缶が積み上げられていた。
貴史たちはこれまでに、ダンジョンの入り口周辺で営業していた商人たちに隊商を紹介してもらい。相当な量の食料をギルガメッシュに運ばせていた。
「今日はさっきので終わりです。あっしたちを引き上げてください。」
リヒターの声で再び貴史はロープを引き寄せ始める。今度はイザークが貴史の後ろでロープを体に巻いてアンカー役を果たす。発掘チームがネットに乗っているので、万一貴史が手を滑らせてもリヒターたちが落ちないようにするためだ。
縦坑から引き揚げたネットが床の面よりも高くなったところでイザークがネットを床の上に引き寄せ、中からは、リヒターとクリストそしてヤンがネットに引っかかりながら這い出してきた。
「これって人を乗せるには向いてませんね。」
リヒターがぶつぶつ言いながら服のほこりを払って立ち上がる。
「仕方がないよ地下から荷揚げするための仕掛けだからね。」
滑車を使ったとはいえ3人を引き上げた貴史は息を切らせながら言う。
「使えるものはあらかた荷上げ出来たようだ。そろそろ引き上げ時かもしれないな」
クリストは縦坑の脇に積み上げられた物資を見ながらつぶやく。
「明日、運んでくれる隊商がいないか探してみましょう。それに。」
貴史は言葉を切ってまだネットと格闘しているヤンを眺めた。
「落盤で死んだ兵士の復活の儀式をしないとな。」
ヤンは絡まっていたネットをどうにかほどいて、ため息をついた。
「あまり期待しないでくれ。あの術の成功率は低いんだ。」
ヤンはクリストやララアを死体の状態から蘇らせたヒーラーだが、謙遜して見せる。
その時、荒れた城の中に軽い足音が響いてきた。
「みんな、ご飯ができたよ。」
ララアは宿泊に使っている城の広間の方から呼びに来たのだ。
「今日の晩御飯は何ですか。」
慣れない穴掘りに疲れた表情のホルストが聞くと、ララアは得意げな表情で答える。
「あのね、ヤースミーンが焼いたパンと私が捕まえてきたメラリザードの丸焼きよ。」
「へえ、どれくらいの大きさの奴だったの?。」
貴史は子供が捕まえてきたメラリザードでは皆が口にできるほどの大きさではないだろうと思いながら聞いた。
「体長3メートルくらいの大人だったからものすごい火炎を吹いて捕まえるのが大変だったよ。」
貴史は絶句した。そのサイズだと大人でも捕まえるのは至難の業だ。
ララアはあっという間に言葉を覚える聡明さに加えて、時折見せる魔法や武術では人間離れした強さを示す。
皆が大広間に入るとヤースミーンが焼き立てのパンと、こんがりと焼けたメラリザードの丸焼きを、オーブン代わりに使っている石を積み上げたかまどから引き出していた。
切り分けたパンと肉の食事を一同はなごやかに話しながら食べ始める
「メラリザードも結構いい味ですね。」
「ああ、食用に程よいサイズで癖がないからね。」
貴史はヤンとクリストが当たり障りのない会話をしているのを聞きながらメラリザードの骨付き肉をかじっていたが、背筋にザワリと冷たいものが走るのを感じた。
食べるのをやめて広間を見回すが、これと言って変わったことはない
しかし、ヤースミーンとララアも訝し気な表情で周囲を見回していた。
「外に何かいる。」
ララアがぽつりと言う。
貴史はヤースミーンと顔を見合わせる。
そして、貴史は傍らにあった邪薙ぎの剣を手に取ると立ち上がった。
「ちょっと様子を見てくるよ。」
「私も行きます。」
ヤースミーンも片手に杖を持っている。
貴史とヤースミーンは怪訝な表情をしている他の者たちを後にし、城の外につながる回廊を歩いた。
少し遅れて、パタパタと足音を立ててララアが追いかけて来る。
城の外に出ると、日はとうに暮れて星空が見えていた。
先に走り出たララアが指さす方向には一人の兵士が倒れていた。
兵士はヒマリア軍の装備を身に着けている。
貴史が駆け寄って助け起こすと、兵士は切れ切れにしゃべり始めた。
「レイナ姫様が建設した村が魔物を率いてやってきた敵に襲われたのです。姫様は手勢を率いて砦で戦われていましたが、私は姫の命を受けて村人を連れて逃げてまいりました。」
「しっかりしろ。村人はどこにいるのだ。」
「それが、敵勢は避難民を大きなレッドドラゴンで追い立てたのです。そいつはマンイーターでした。私達護衛の兵が戦ったのですが全く歯が立たず、避難民の何人かはつかまって食べられ、残りの者はバラバラに逃げました。どうかヒマリア本国に急を知らせて救援を呼んでください。」
兵士は力尽きたように意識を失った。
「マンイーターってなんだろう。」
貴史がつぶやくと、ヤースミーンが説明を始めた。
「ドラゴンは知性の高い生き物です。それゆえ、人のような知的生命体を好んで捕獲するようなことはしません。ところが、好戦的な国の中にはドラゴンを極限まで飢えさせてから人を食べさせ、人を襲うことに禁忌を持たないようにして他国に放つことをします。人を食べる習性を持ったドラゴンがマンイーターなのです。」
なんてことだと思いながら貴史は南へと続く平原を見つめた。
そこには、人の気配もなく荒涼とした草原とそれに続く森が連なっていた。
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