カギの行方
カシ介
カギの行方
身体の中にカギがある。
レントゲン検査で黒とぼんやりした白色に変わってしまった僕の身体は、指先ほどのとても小さなカギをたしかに捕食していた。
「カギを飲んだ覚えは?」と、
渋柿みたいな顔で医者に聞かれたけど、そんな記憶はどこまで遡ってもあるはずがなかった。
位置からして胃のあたりだ。まあしばらくすれば出てくるでしょう。と、医者は他人事であることを隠そうともしない話口で診察を締めくくった。
しかし、一週間経ってもカギは出てこなかった。かといって、別段不自由を感じるようなことがあるわけでもなし。ついついそのことを忘れたまま月日は流れていった。
僕がカギのことを再び思い出したのは、マキという女がカギを無くしたのよねえ、とぽつりと呟いたからだった。マキは半年前に出会ってから、ちょくちょく会っているセフレだ。
僕はその一言を聞いた日からなんだかもやもやを抑えられず、もう一度やぶ医者を訪ねることにした。医者は僕のことなど忘れていたが、レントゲンに写ったカギは覚えていた。
「そうそう。この何に使えるのかわからん小さなカギだ」と言っていた。
カギは移動していた。上半身の胃のあたりにあったはずのカギは、やぶ医者の予想に反して上昇していた。やぶ医者が言うには、それはちょうど心臓のあたりにあるらしかった。とはいえ、僕はいたって健康らしく、手術で取る必要もないだろうからこのままほっておこう。という選択になった。医者はなんの役にも立たなかったが、僕はしっかりと治療費を払って病院を去った。
僕が家に帰るとマキがいた。マキには合鍵を渡していたからいつでも出入りできる。
マキが作ったビーフシチューを食べながら、僕はカギが身体の中にあることを何の気なしに食卓の話題に挙げた。マキは最初興味なさげに流していたが、どんなカギかを尋ねてきた。とても小さなカギだと答えた。小さ過ぎて何に使えるかわからないほどだ、とやぶ医者が言っていたことも話した。
食後、いっしょにシャワーを浴びてからマキと寝た。マキはくびれと細い足が魅力的な女だ。僕は満足してマキより先に眠りについた。マキはもう一度シャワーを浴びると言った。
五日後、僕は病院で目を覚ました。僕はその間生死の境をさまよい続けたけど、やぶ医者の頑張りと驚異的な生命力でなんとか生還したらしかった。
マキはというと、僕を無免許で切開した罪で留置場にいるらしい。可哀想に。
でも、カギはマキの手に帰ったし、やぶ医者は名医みたいだったし、僕はカギが取れてすっきり。
カギの行方 カシ介 @ichinichiissetu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます