第17話「ざんねん」
最終ステージは、ボス戦だった。
巨大な死神が、不規則な動きで宙を舞いながら、プレイキャラに向かって鎌を振り下ろしてくる。
死神の攻撃は、鎌と、棺桶の二種類だった。
鎌による攻撃がひとしきり行われたあと、死神が両手を上げて呪文を唱えると、雷のようなSE(サウンド・エフェクト)と共に画面全体が揺れ、その直後に、上から連続して棺桶が降ってくる。
棺桶が当たればもちろんダメージとなり、ゲームオーバーだ。
すべての棺桶をよけると、最後に降ってきた棺桶が割れ、中から水晶玉が出てくる。
その水晶玉が、死神への唯一の攻撃手段だ。
踏みつけで倒すことのできない死神は、水晶玉を投げてぶつけることによってのみ、ダメージを与えることができる。
攻撃手段はすぐにわかった。
だが、水晶玉は一回のターンにつき一つしか降ってこない。
死神の鎌をすべてかわし、そのあとに降り注ぐ棺桶すべてかわして、そこで初めて、やっと一回だけ攻撃のチャンスが手に入るのだ。
シュウは、黙々と死神の攻撃をよけ、水晶玉を拾っては投げつける、その作業を繰り返した。
一回……二回……三回……。
死神の鎌と、ローブのフードに包まれたドクロの顔に、ヒビが入る。
四回……五回……。
(――まだか。あと、何回あるんだ)
脳よりも先に、もう、肉体のほうが限界を迎えようとしていた。
シュウはここまで、慎重に、とにかく慎重にゲームを進めてきた。
そのかいあって、どうにかこうにかゲームオーバーにはならずにすんでいたが、代わりに、一つのステージに費やす時間はかなりの長さになっていた。
ゲーム開始から、すでに何時間が経過しているだろうか。
その間、ずっと同じ姿勢で居続けたために、肩も首もガチガチにこわばっていた。
加えて、ヘッドギアの重みで、首の筋がギシギシと軋みを上げている。
コントローラーを操作する指も、肉の中に針金でも通されたかのように痛み、今にも攣りそうだ。
目もかすんで、まばたきのしすぎで瞼さえもが痛みを持ち始めていた。
シュウは、割れた棺桶から飛び出た水晶玉を拾い、死神に向かって投げつける。
六回目の攻撃が、当たった。
その瞬間。
死神の動きが空中で止まり、その鎌とドクロの顔が、粉々に砕け散った。
「――や」
思わず声を上げかけた。
が、次の瞬間。
砕けた死神のドクロの中から、ぎらぎらと光る三日月のような細い目と、鋭い牙の覗く耳まで裂けた口が現れ、真っ黒だったローブが一瞬にして赤く染まった。
――第二形態だ。
まだ、終わりではなかった。
ボスに第二形態があることは、この手のゲームの常套として、充分に予想はしていたけれど。
真っ赤なローブをまとったボスが、再び攻撃を始める。
その攻撃は、先ほどまでよりも複雑な、かわしづらい動きとなっていた。
必死によけながら、シュウはその新たな攻撃パターンを記憶する。
一度でもミスすれば、ゲームオーバー――。
肉体は限界だった。
ともすれば意識までもが、ぷつんと消えてしまいそうだった。
ボスが第二形態になったあとも、こちらからの攻撃方法は同じだった。
ただひたすら、攻撃をよけ、水晶を拾って投げる。
一回……。二回……。三回……。
(――何回。あと、何回で)
四回……。五回……。
六回目の攻撃が、当たった。
しかし、ボスは倒れなかった
喉の奥から、弱々しくかすれた悲鳴が漏れた。
(――あと、何回? 何回で。何回で。何回で。何回で。何回で)
もう、指が思うように動かない。
視界がぼやける。
すでに覚えた攻撃パターンに対処するだけの作業でさえ、脳の処理が追いつかず、タイミングを計るのが困難になり始めている。
いまだに敵の攻撃をかわし続けていられるのが、もはや奇跡のようなものだった。
七回目のターン。
ここが、限界だ。
これ以上は、たぶん、もう……もたない。
かすむ意識の中で、シュウはぼんやりとそう思った。
敵の攻撃を、なんとか、かわしきる。
水晶玉を拾う。
投げる。
――あ。
声にならない声が、吐き出される短い息に紛れた。
操作のタイミングが、方向が、狂ったのだ。
プレイキャラの手を離れた水晶は、敵に当たることなく、地面に落ちて砕け、消えた。
一回のターンにつき、たった一度しかない攻撃のチャンスを、ふいにしてしまった。
全身から、力が抜けていく。
次の攻撃のチャンスを待つには、また一ターンぶん、敵の攻撃を凌がなければならない。
一度たりともミスすることなく、すべての攻撃を――……。
無理だ。
そんなの、もう。
八回目のターンが始まる。
敵が、攻撃直前のモーションに入る。
指が痛い。
肩が腕が首が背中が腰が目が頭が痛い。
これだからゲームのやりすぎは。ベッドに入ってゆっくり休まなきゃ。宿題やったっけ? あれ? 明日って日曜日? 月曜日? 今何時? えーと、これって、どこ押せばゲーム終わらせられるんだっけ……?
画面の中で赤いローブが揺らめく。
シュウは、ハッと我に返った。
(――だめだ! 動け、動け……動けっ!)
力を振り絞って、痛みを振りきって、シュウはコントローラーのボタンを押した。
攻撃を、かわす。かわす。かわす。
よける。よける。よける。
当たるもんか。当たるもんか。当たるもんか。――絶対に。
やがて、敵の攻撃が止んだ。
水晶玉を拾う。
今度は狙いをあやまたず、投げる。
……当たった。
画面の中で、ボスのグラフィックが静止した。
一瞬の間があった。
直後。
赤いローブのボスは、断末魔の咆哮を上げて、足先から千切れるようにその姿を失っていった。
ボスの姿が消えたあと、画面の中央に「13」と書かれたリトルゲートが現れた。
ゲートが開く。
その向こうから、光が溢れる。
真っ白な光が、画面を埋め尽くした。
『GAME CLEAR!』
画面の中に浮かび上がったその文字を、まぶしさに目を細めながら、シュウは見つめた。
「やっ……た……」
コントローラーを手放すと同時に、両腕がだらりと体の横に落ちた。
そのまま、ほんの寸刻、意識が途切れた感覚があった。
気がついたときには、目の前で、ヘッドギアを抱えた死神姿の係員が笑っていた。
「お疲れさまです! ゲームクリア……残念でしたー!」
係員のその言葉で、シュウは思い出した。
――そうだった。
この遊園地の、このゲームセンターにおいて、ゲームクリアとはすなわち〈ハズレ〉ではないか。
シュウは力なく笑った。
自分はいったい、何をやってるんだ。
何をしにこの遊園地に来たんだ。
完全に本末転倒じゃないか。
(ついつい、夢中になっちゃった。……ゲーム好きの
ふらふらと椅子から立ち上がり、倒れ込むように壁に手を突きつつ、シュウは個室を出た。
全身がこわばって、呼吸さえも苦しいほどだったが、ヘッドギアが外れた頭は軽かった。
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