第7話「【三日月と霧の大観覧車】」
「僕――観覧車にしようかな」
大きな三日月が飾られた観覧車を見上げて、シュウは言った。
園内のどこからでも見える大観覧車は、単に目に入る頻度が多いためか、遊園地の象徴ともいえる風景であるためか、数あるアトラクションの中でもひときわ印象深く、シュウの気持ちを惹きつけた。
パンフレットによると、アトラクションの正式名称は【三日月と霧の大観覧車】。
〈安楽度〉90%
〈幻想度〉50%
〈興奮度〉と〈遊楽度〉はパーセンテージなし。
致死時間は約5分。
必要なチケットは1枚。
――となっている。
「あら、もう決めちゃうの」
「観覧車かー。〈興奮度〉も〈遊楽度〉もないし、つまんなそうじゃない?」
「まあ、いいじゃないか。シュウがそれでいいならさ」
ということで、四人が向かう最初のアトラクションは、シュウの選んだ観覧車となった。
「観覧車もよさそうだね。でも、私はもうちょっと考えてから決めようかな」
「私は、こういう大人しいのより、もっと派手なやつのほうがいいや」
「俺は、何か絶叫系にするつもりだから」
ほかの三人は、そんな感じでまだアトラクションを決めかねていたので、観覧車に乗るのはシュウ一人だ。
ただ、自身も〈安楽度〉の高いアトラクションを選ぶつもりだという母は、
「もしなんなら、私もいっしょに乗ろうか?」
と、搭乗口の前でシュウに言った。
「ううん、大丈夫。母さんも、気が済むまで選んでから決めなよ」
シュウはそう答えて、母に、そして父と妹に、手を振った。
「一応、観覧車が一周するまで、ここで待ってるからな」
「うん、ありがと。……それじゃ」
こんなふうに見送られるのを、シュウは少し照れくさく感じつつ、三人に背を向けた。
観覧車に並んでいる人はいなかった。
この時間だと、どのアトラクションもまだ人が少ないのだろう。
待ち時間なく乗れるのはありがたい。
搭乗口にいる死神姿の係員に、チケットを渡す。
バチン、と音を立てて、四枚つづりのアトラクションチケットが一枚、切り離される。
残り三枚になったチケットを返され、一応、それを受け取る。
そうして、シュウは観覧車に乗った。
死神姿の係員が、外側からゴンドラの扉を閉め、鍵を掛けた。
シュウは、大きく息を吐いて、椅子に腰を下ろした。
ゴンドラはゆっくりと上昇していく。
地面が遠ざかる。
少しずつ。けれども刻一刻と、確実に。
下で待つ家族三人の姿も、だんだんと小さくなっていく。
シュウは深呼吸した。
いくら〈安楽度〉の高いアトラクションといえど、さすがに心臓がドキドキしてきた。
このアトラクション――【三日月と霧の大観覧車】は。
パンフレットに記載されていた概要を、シュウはぼんやり思い返す。
……この観覧車のゴンドラは、半周して頂上に達すると、密閉されたゴンドラ内に致死性の毒を含んだ霧が噴出される仕掛けとなっています。毒の霧を吸い込んでも痛みや苦しみはありません。ゆっくりと眠るように意識を失い、観覧車が一周するまでに、確実に死に至ります。……
この大観覧車の前面には、観覧車の直径よりも一回り小さい三日月のオブジェが飾られている。
三日月の先端は観覧車のちょうど真上と真下にあり、三日月のない側が昇りの半周、三日月のある側が下りの半周となっている。
なんで、乗った直後から毒の霧が出てこないんだろう。
昇りの半周の間は、観覧車から見える景色でも楽しんでいればいいということか。
この大観覧車、パンフレットによると確か、一周が十五分だったはず。
半周だと……七分三十秒。
致死時間は五分とあったけど、それは、毒の霧のギミックが作動し始めてから死に至るまでの時間の目安で、実際にはその前に七分三十秒、こうしてただじっと待っていなければならない時間があるわけだ。
正直、手持無沙汰である。
一人ではなく誰かといっしょに乗ったなら、また違ったかもしれないけれど。
ほかの人たちは、カップルや友達同士や家族で乗ったりもしているのだろうか。
そんなことを考えながら、そわそわと景色を眺めたり、狭いゴンドラの中を見回したりしていたところ、ゴンドラの天井に取り付けられた監視カメラを見つけて、シュウはますます落ち着かない気分になった。
(そういえば。このアトラクション、けっこう〈幻想度〉が高めだったけど、あれはなんでなんだろう?)
ふと、それが気になった。
50%の〈幻想度〉は、いったい何によるものなのか。
パンフレットのアトラクション概要でも、そこには特に触れられていなかった。
数分後に噴き出す毒の霧には、いくらかの幻覚作用でもあるのだろうか?
それとも、ゴンドラ内を霧が満たす様が幻想的だから、ということだろうか?
(“そのとき” になれば、わかるかな)
シュウは大きく息をついた。
心臓は、相変わらずドキドキしている。
窓の外の景色に目をやる。
シュウの乗ったゴンドラは、もうだいぶ高いところまで昇ってきていた。
「うわあ、すごい見晴らし」
観覧車からは、山を下った先に広がる街が一望できた。
それを眺めていると、なぜだか、胸の内に非現実感が吹き込むような心地がした。
そこにあるのは、これといってどうということのない、ありふれた街の景色でしかないというのに。
自分の住んでいる――住んでいた街と、たいして違いもなさそうな。
シュウは、景色から目を離して、座り直した。
巨大な三日月の先端が迫る。
もうすぐ、昇り切る。
観覧車の頂上に来るのが、シュウの乗っているゴンドラの番になる。
シュウは軽く姿勢を正して、目を閉じた。
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