Atmosphere

東雲 彼方

1日目 彼女の声


 ジジジジジジジジジジ……。アブラゼミが近くの木で喧しく鳴いている。刺すような日光が降り注ぐ縁側。もうこれだけで熱中症になってしまいそう。お茶だけじゃなくて、さっきばーちゃんに貰った塩飴も舐めとかなきゃかな。


 そんな茹だるような暑さの中、ふと涼しげな風がザァッと吹く。家の周りの木々を揺らし、僕の汗で濡れてしまった前髪を一気に乾かしてくれるような、そんな風が。気持ちが良い。



『ねぇねぇ』



 毎年夏になると、風に吹かれて「りんっ」と鳴る風鈴の様な、美しい少女の声が聴こえてくるんだ。



『ねぇ、今日は何するの?』


「今日は学校の宿題。英語からやろうかな」



 ふぅーん、と不思議そうに言う。僕はそんな彼女を無視して単語帳に目を走らせる。あぁ、全然覚えてないなぁ……今度の模試ヤバイかも。



『遊ばないの?』


「だって受験生だもん、そりゃ休んでられないさ」


って大変なのね』


「まぁね、いつか楽になるために今頑張らないと」



 受験生にのうのうと遊ぶ時間なんて与えられていないんだ、っていうのは少し違うけどな。時間の使い方が上手い人はちょっとは遊んでるよ。受かるかどうかは別として。まぁそんなの教えてあげないけど。



『今度遊んでよ?』


「ハイハイ、受験終わったらね」


『……むぅ』




 お盆に祖父母の家に遊びに行くと聞こえる彼女の声。心が安らぐこの声は、一度この家の近所の夏祭りであったことのある少女の声。













 今日も僕は縁側で庭に向かって1人で喋っている。







      彼女の声は透明だ。

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