選択物はなんですか
白川 夏樹
あなたの選択物
まいった、まさかいきなり雨に降られるなんて。
今日は晴れるだろうとたかを括っていたのだが、神様はなんて意地悪なんだろう。
おかげで私が住んでるアパートから随分離れたコインランドリーを使う羽目になってしまった。
時刻は午前2時。
インターネットで調べた経路をたどり、着いたのは随分古びたコインランドリーだった。
「写真だとこんな古くなかったような…」
あの写真はよくある宣伝のために美化された写真なのだろうか。
世も末だな、と思っていると不意にコインランドリーの扉が開く。
扉の奥から出てきたのはぴっしりとしたスーツに身に包んだ20代とも50代とも取れる風貌をした男性であった。
男性は
「ようこそ、我がコインランドリーへ」
と、よく通る声で私を歓迎してくれた。
「はぁ、どうも。この時間まだ営業してますかね?」
「ええ、このコインランドリーは24時間、お客様が望む時間にご利用いただけます」
まだ、営業していたのか。
よかった。もしや、もう閉まっているのではないかという心配は杞憂だったようだ。
では、用事は手早く済ませよう。
「あの、じゃあ早速洗濯してもらいたいんですけど」
「いいえ、センタクするのはお客様です」
「は?」
「ここはセンタクすることでお客様の過去の失敗を清算するコインランドリーでございます」
と、男性が続ける。
「あの、意味がわからないのでほか行きま…」
「今日の仕事での失敗。清算したくはありませんか?」
私の言葉を遮った仕事での失敗という文字で去ろうとしていた足が止まってしまった。
たしかに私は今日。日をまたいでしまっているから正確に言えば昨日、取引先でトラブルを引き起こした。
「……どうしてその事を?」
「どうもこうも、ここはそういう場所だからですよ」
このコインランドリーの異常性を理解すると同時に、ある言葉を思い出した。
「……そういえば!さっき過去を清算できるって言いました?」
男性は深く頷く。
「ええ、あなたにセンタクをして頂ければ、過去は自然に洗い流されます」
清算できる。私の今日の行動も把握している力を持つのならそういうことも出来るのかもしれない。
「じゃ、私やります。私の失敗、清算してください」
そう言って私は、なんとも奇妙なコインランドリーの扉の奥へ足を踏み入れた。
「それで、私は何をすればいいんですか?」
私が通された部屋のソファに座りながらそう尋ねた。
「お客様には、自分が大切だと思うものを二者択一で三回。センタクしていただきます」
なるほど、文脈から察するにさっきから男性の言っていたセンタクというのは選択の事だったらしい。
「だいたいわかりました。始めてください」
と私が言うと、男性は満足そうに微笑んで
「ではお客様、くれぐれも選択を間違えることがなきよう」
と言って選択をはじめた。
「では一回目の選択です」
男性が高らかに宣言する。
「お客様の目覚まし時計とスマートフォン、どちらが大切かを選択なさってください」
最初に出された選択肢は目覚まし時計とスマートフォン。
「うーん……」
悔いがないように選ばないと。
普通の人ならかかる金額と利便性を考えて即決でスマートフォンを選択するのだろう。
だけど私の場合はちょっと事情が異なる。
私の部屋にある目覚まし時計は大好きなおばあちゃんからの譲りものなのだ。
なくなってしまっては困る。
スマートフォンは、無くなるのは少し痛いけどまた契約し直せばいいか。
そう言って私は最初の選択を決定した。
「決めました。私は目覚まし時計が大切です」
そう言うと男性は手元にあるメモ帳に何事が書いて私に告げる。
「目覚まし時計ですね。了解致しました。
では、二回目の選択といきましょう」
「二回目の選択は、お客様が大事になさっているペットのミケとお客様の録り溜めたお笑い番組です」
私は耳を疑った。
「選択を間違えるとミケが消えるの!?」
「ええ、そう考えていただいて構いません」
私はなんて場所に迷い込んでしまったんだろう。
いくらペットとはいえ、命あるものを選択肢にするなんて……。
しかもミケにはかなりの愛着もある。
しかしもう一方の選択肢はお笑い番組。
これなら消えたって痛くも痒くもない。
悩むべくもない選択肢に狼狽えながらも解答をする。
「ミケ、ミケが大切です」
男性がまた、何やら書き込む。
そして少し間を置いて、男性が口を開く。
「では、最後の選択にいきます。最後の選択肢は、お客様のご家族とお客様の親友であるサナ様です」
信じられない言葉が男性の口から出てきた。
私はすぐに理解はできずに口をぱくぱくしていた。
しばらく経って、声とも言えないような大きさで呟く。
「帰ります」
男性が前に立ちふさがる。
「困りますお客様。このコインランドリーは途中退席を許可しておりません。」
「だってありえないでしょ!私の選択ひとつで親友か家族が消えちゃうなんて!
……もう仕事のミスなんてどうでもいい!」
男性を押しのけて出ようとする。
すると男性が意地の悪い声で
「このまま退席してしまうと、どちらも消えていただくことになります」
と告げた。
「……なんで」
それを聞いた私は、フラフラとソファに戻るしかなかった。
男性はいつの間にか元の位置に戻っており、再度繰り返す。
「では、サナ様かご家族、どちらかを選んでください」
サナも大好き。親も、兄も、おばあちゃんも家族みんな大好き。
どっちも決めることは出来ない。
けど、私が決めないとどっちも消えちゃうんだ。
そこで私の頭をよぎったのは、昔大怪我をして泣いて帰ってきた私の頭を撫でてくれたおばあちゃんだった。
家族を捨てること、それはおばあちゃんにも会えなくなるってこと。
それは絶対に嫌だ。
そこで私は苦渋の決断をしたのだ。
「決めました。私、サナより家族が何よりも大切」
「サナ様を選ばなくてもよろしいのですね?」
と、男性に念を押された。
「はい」
迷いのなくなった私は力強く答える。
「では、最後の選択を、ご家族と決定いたしました」
ごめんね、サナ。親友の私が裏切るような真似をして……。
「うう………ひぐっ」
私は罪悪感と言い知れぬ喪失感でしばらくは泣き止むことが出来なかった。
「では、三つの選択の結果を反映いたします」
私が泣き止むのを見計らって男性はそう告げた。
「では、本日の選択はこれにて終了でございます。お疲れ様でした。お気をつけてお帰りください」
男がそういうとわたしがさっき入ってきた扉がひとりでに空いた。
もう二度と来ない。そう思いながら無言でこのコインランドリーを去ろうとしたその時、ポケットでスマートフォンの通知が鳴る。
それはサナからのLINEのメッセージだった。
「あれ、スマートフォンは選択しなかったから消えたはずじゃ……。それにサナだって……」
違和感を覚えて男性の顔を振り返ってみる。
すると男性は今まで見たことのないような顔でニヤッと笑って言った。
「消えるのはお客様が選択をしたモノです」
選択物はなんですか 白川 夏樹 @whiteless
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