第二章 ぱる龍馬見参
「おきばりやす」
池田屋騒動から一ヶ月、京都の人たちの新選組を見る目が少しだけど変わった。
以前は通りを歩くだけで引き戸を閉める音が波のように続いたけど、今ではこうして声をかけてくれる人が出始めている。
「変わるいいきっかけかも知れない」
山南さんがぽつりとこぼした言葉が昨日からずっと頭に残っていた。
「 抜きやぁ!!」
馴染みの木屋町の料亭の知らせで駆けつけた時にはもうすでに命のやり取りが始まろうとしていた。
刀を抜かず、柄に手を添えたまま間合いを詰める沖田総司。さきに駆けつけた隊士はもうすでに斬られたのか地面に仰向けになったまま動かない。
「どこのもんや、あんた」」声を押し殺して総司が叫ぶ。殺気が味方の私にまで伝わる。
だけどなにかおかしい。沖田総司が相手が刀を抜いてからこれほど待つのも見たことはない。彼にとって誰であろう、人の刃を長く見ていることはあり得ない。抜けば斬るそれが総司の最強理論。
「なんで名のらなあかんがや!貴様らみたいな腐れもののふごときに!」
動く度に切っ先が上下に振れる。 まさかこれって・・・
総司の眼を見る。眼は相手を見据えたまま小さく頷く。
「鶺鴒の構え。北辰一刀流や。それにこいつ、真剣に見えてるけど本身やない、刃は研いでない」
「なにをこそこそ話しちゅう!おまんら、それでも男かや!抜け言うちょろうがぁ!」
すでに相手との間合いは互いの背丈ほど。総司の有効範囲はもうとっくに過ぎている。
畳2畳分もあれば総司の切っ先はどこへでも飛び込める、誰であろうと。
「総司、陰になって顔がよう見えへん。月明かりの方に追い込まれへん?」
「やってみる」
三条大橋の西のたもと、平成の世なら、ちょうどスタバの前辺り。時刻は子の刻、午前0時過ぎ。あちこちから息をひそめて覗き見る視線は感じるものの、通る人影はほとんどいない。
野犬の遠吠えだけが聞こえる、深夜の京の町。真っすぐ西に進めば数十歩で池田屋、北に上がればすぐに長州藩邸、南に下がれば土佐藩邸、鴨川を背にして、なんとも微妙な位置に私たちはいた。
「月夜の晩に人恋しさに誘われて出てきたんが、こんざまじゃ!おまんら覚悟しいや、
今日はちとわしは機嫌が悪いきに!」
草履の音を殺しながらすり足で右へと回り込む総司。暗闇に目が慣れてきたのか相手の姿もうっすらと確認できる。背丈は160そこそこ。この時代ならそんなに小柄でもない。刀の切っ先はやっぱりゆっくりと揺れている。一人を倒して、なおも二人に囲まれながらこの落ち着きはかなりの使い手に見て取れた。逃げようとする素振りも全く見せないのも不気味さを感じさせる。
「気いつけや、総司!こいつただもんやない」
「んなこと、さっきから分かってる」
「総司? ほーっ、沖田総司ちゅうんはおまんのことか」
「・・・」
「ほなら、そっちのがたいのええお人はもひかして・・」
「・・・」
「ふっ、それはそれは。京の人斬り名人がふたりお揃いで」
気がつけば、驚いたことに相手は草履二つ分ほどその距離を詰めてきていた。にじり寄る影がいっそう大きく見えた。暗闇のなか、こちらだけまだ眼がなれていないのはどう考えても形成は不利。相手の力量が分からないなか、たとえ二対一でもこれはまずい。
「土佐っぽさんよ、能書きたれてんとあんたも名乗ったらどうや」
斬る気や、そう思った。総司の肩の力がスッと抜けていく。
「待ちや、総司!あんたの思てる通りかもしれん」
「・・・」
「仕掛けてみる」
相手の吐く息に鼓動を合わせながらゆっくりと腰に手を当てる。自分のなかの近藤勇がゆるりと動き出すのが分かる。抜くときは一気に抜く、それが天念理心流。
「切っ先を見たらあかん、ゆいはん!肩の動きや、それで斬る方向がわかる!」
「ゆいはん?」
「近藤勇、参る!」
名乗ってから、打ち出す、これも天念理心流のひとつの形。
「待ちや!!」
「騙されたらあかん!打ち気をそぐ、これもひとつの業や!」
「承知!」
「あほなことを・・・ 」
じりじりとにじり寄る近藤勇。抜かれた小鉄は月の光を浴びて妖剣のごとき輝きを帯びる。
青眼の構えから振り下ろされるその剣の破壊力は沖田総司をも凌ぐ。
「死なせはせえへん、確かめるだけや」
「ふふっ、それはこっちのせりふじゃき!殺したりはせんから、安心しぃや
けど、そっちがその気なら、ちと遊ばしてもらうかのぉ、、
なんせ、ワタシはもう・・昔の塩やないじゃきに!
「塩?・・」
近藤勇の刀から殺気が失せていく。この世界は夢のまた夢、まだそんな思いを引きずる平成の軟な心に、頭から冷や水を掛けられたような現実が重くのしかかる。
さっきまでざぁざぁと心のひだを舐めるように聞こえていた鴨川せせらぎが闇に溶け込むように消えていく。
「来てたんや、あんたも。この京に」
「ゆいはん!?」
総司が声がさや姉に戻っていく。月明かりに照らされた鴨川桟敷がまるで秋葉の舞台の様に思えた。二人の想いが一つになる時のあの歌が聞えるようだった。
「友達でいられるなら・・・」
友達でいられるなら
こんなに苦しくは なかっただろう
この胸が張り裂けそう
どちらかが傷ついても 赤い血を流しても
僕たちの 恋の予感は
打ち消せない
友達でいられるなら・・・
ぱるるも来ていた。この維新前の幕末の京の都に。
暗闇のなか、ゆいはんとさや姉の戸惑い に押し出されるように足音も残さず、坂本龍馬は京の町へと消えていった。
「なんで?ゆいはん。なんで・・・」
「名乗りおうてどうせい言うんや。向こうは土佐の脱藩浪士、池田屋の件でも私らが追うてる首謀者でもあるんや」
「そやけど・・・」
「居場所は分かってる。けど今行ったとしても、何にもならへん。この場合、斬るしかないんや、私も沖田総司も 」
この時、坂本龍馬はもうすでに米国式連発銃を肌身離さず懐に隠し持っていたと言われている。二人に相対してそれを使う素振りも見せなかったのは龍馬一流のプライドのなせる業か、それとも盟友横山由依への隠すことの出来ない郷愁なのか。
どちらにしても龍馬絶命まであと3年、幕末の京の歴史は島崎龍馬がかき回していく。
彼女が龍馬としてこの時代に生きる限り私たちは彼女をぱるると呼べない。そこには歴史があるから。
「みんなが積み上げてきた歴史の不文律を崩すなんて、そんな大それたことできるわけがないやろ、こんな私等に」
「もう塩やないとも言ってた、ぱるさん」
「うん・・・想いはそんなに変われへんのかもわかれへん、私らと・・
でも見てみたかったのも、ちょっとあるかな、島崎龍馬」
「確かに・・」
「ふふっ」
会えば斬る、けどどんなに激しく遣り合っても互いに死ぬことはおろか傷つくこともない、それは歴史が証明していること。そう考えれば少しは気分が楽になる。
ただぱるるが龍馬をきちんと理解しているのかどうかには疑問符が付く。もし彼女がうかつに動けば歴史は変わってしまう、幕末だけじゃない日本が大きく変わることになる。
そう考えれば、会って話すことも必要なのかもしれない、勿論、近藤勇と坂本龍馬として。
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