償いは契約の後で 2/10
今手にできる限界のお金を銀行から下ろし、駅に向かう。三日間ならハワイで豪遊したって余る額だ。
身内の居ない私には、どのみち遺すべき財産など無い。
金が貯まっていたのは使い道を知らなかっただけ。つくづくつまらない人間だと自分でも思う。
最寄りの駅から電車に乗る。平日の昼前で良かった。銀行や電車が無い時間に【契約】をしていたら半日無駄にするところだった。
もっともその辺りまで計算して【契約】を持ち掛けたのかも知れないが。
がら空きの座席の一つに腰を降ろし、缶ビールを開ける。
真っ昼間から酒とは……しかも無断欠勤、会社からの電話は着信拒否。こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。今頃慌てているんだろうか?
いや、私が居なくたって大して変わらないだろう。死を実感して自分の価値観が大きく変わっている気がする。若しくは、今が本当の自分ということなのか……。
程なくして電車が動き出した。
【契約】で見た映像には、駅の名前とそこから彼女が住んでいる場所までの道のりが見えていた。
駅構内でその駅名と時刻表を調べてみると、此処から三時間もあれば辿り着ける場所だった。意外に近くに居たらしい。もっとも「だから何だ」という話だが。
流れる景色を眺めながら、真波の事を想う。
ある日起きると、居間に置き手紙と、真波の名前が書かれた離婚届があった。
置き手紙には彼女の字で「ごめんなさい。あなたは悪くない。悪いのは私の男運だけ」と書かれていた。
怒りは無かった。寧ろ、よく今までこんなつまらない男の元で我慢してくれたものだと、感謝しか無かった。
その日の内に離婚届を出し、それから一切連絡を取っていない。
あれから三年。会いに行ってどうしたいという訳ではない。ただ気になった。
自身の幸せの為に私から離れた彼女が、今どんな幸せの中に居るのか、最後に知って納得したかったのだろう。
だからこそ、咄嗟にあの場で【契約】する事を選んだのだ。
電車は長いトンネルに入った。ここを抜けた先の景色の中に彼女が居る。
幸せでいて欲しい。「私と別れて良かった」と思わせて欲しい。
突然開けた視界には海が広がっていた。
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