ご契約ありがとうございました。次回作にご期待ください 5/7

 見渡す限り桜が咲き乱れる中心に彼女は立っていた。その姿はまるで一本の桜の木のようだった。そして、彼女がそこに居た事に心から安堵した。

【契約】してから今日で三日目、間に合って良かった。


「春見君!!」


 呼ばれて振り向いた顔は、想像よりは落ち着いて見えた。

 まるで私が来るのを待っていたかのように見えたのは自惚れ過ぎだろうか?


「……よく此所が分かりましたね」

「ああ、桜前線と、編集部から聞き出した君の出身、その近くに桜並木がある場所を調べてね、後は賭けだよ。それでも見つけ出すのに三日掛かった」

「そうですか……」


 そう言って彼女は再び満開の桜を仰ぎ見る。

 そんな彼女に続けて呼びかけた。


「手紙、読んだよ。まさかファンレターの中に混ぜておくとはね……私が読まない可能性は考えなかったのか?」

「それならそれで良いと思ってました。『私は悪魔と【契約】しました』『私は3日後に死ぬらしいです』……だなんて、信じてもらえると思わなかったし……」

「……」

「実は、先生が『バドの終わり無き旅路』でデビューするきっかけになったコンテスト、私も応募してたんですよ」


 それは初耳だった。そもそも、彼女が作家志望だったことすら知らなかった。


「春をテーマにした旅の話です、もうこれ以上の物は生涯書けないだろうなって思えるほど自信作で、これで駄目だったら作家になる夢は諦めようって。で、やっぱり駄目でした」

「……」

「そこで、先生の作品見て思ったんです。ああ、敵わないなって……」


 そう言って向けてくる笑顔は、夢を潰された人が、潰した人に向ける顔としてはあまりにも清々しい。


「だから私は編集者になったんです。誰よりも早く、誰よりも近くで『バドの終わり無き旅路』を読み続けたいって思ったから……」

「……だから、寿命一年と引き換えに『バド』の最終話を見ることを望んだ、と?」

「私にとってはそれだけの価値があります!」


 その瞳は今まで見た中で一番強く、そして美しかった。


 良かった、本当に良かった。

『バド』をこんなにも愛してくれる人が居て良かった。

 その人が身近に居てくれて良かった。

 心からそう思えるからこそ、私は彼女にこれを渡すことができる。


「……これは!?」


 無言で差し出した原稿用紙を受け取った彼女は、その文面を一瞥するなり、すぐに察したらしい。


「『バド』の最終話だよ。私が書き上げた。ここに来るまでの移動中にね。君が見た内容と一字一句同じ筈だ」

「そんな!……どうして?どうやって書いたんですか?」

「私も【契約】したんだ。全く同じ内容のね」


 彼女は驚愕に眼を丸くする。


「それを君が今この場で読めば、【契約】不履行だ。つまり、君は寿命を削らなくて良い、という事になる」

「なぜ?どうして……そんな……」

「『バド』を終わらせたくないからさ」


 そう言って、次に渡したのは家の鍵。


「君に『バドの終わり無き旅路』の続きを書いて欲しい」

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