七章:奔走 7



『ちょっと……今の聞いてた?』

「――ああ。感想は?」

『現実逃避したいわ』

「同意見」


 トーリの通信をオンにしていた九角と姫宮は、トーリの会話していた仮面の男の名を聞いた途端、眩暈を覚えた。

 信じがたい名前が出てきたものである。と、九角は階段を昇りながら嘆息ひとつ。

 ――エイケン。ハワード・H・エイケン。

 確か合衆国出身の物理学者の名前であり、コンピューターの開拓者パイオニアと呼ばれた男。

 何故、その名を持つ人物が異世界に――電子工学の発展とは程遠い蒸気機関の世界ノスタルギアに存在しているのか。


「電脳ドラッグから随分話がぶっ飛んだもんだ……」

『そういえば最初はそんな依頼をしてたわね』

「最早、遥か過去の話になってしまったがな」

『言っておくけど、依頼してから一週間も経ってないわよ』

「そう感じないのは何故だろうな……」

『……密度の問題じゃないかしら』


 軽口を叩いて気分を変えようとするが、土台無理な話だった。気分転換をするには状況が切迫し過ぎている。


「――姫宮。レイヤーフィールドの降下率は?」

『現在十二パーセントってところね』

「猶予はどれくらい?」

『今調べて――ああ、出たわ。大気汚染レベルから逆算して、四〇パーセント以上下がると危険。五〇を超えたら上昇指示(コマンド)を受け付けなくなる仕様みたい』

「残り三五パーセント……絶望的な数字だな」

『ホントその通りよ……で、そういう貴方は今何処にいるのよ? さっきからビーコンはタワーで点滅しっぱなしだけど?』

「そんなの――決まっているだろ」


 答えながら、九角は階段を上る足を止めて、目の前に或る扉に手を伸ばした。触れると同時に電脳接続し、プログラムを走らせて――

 ――ピピッ

 電子ロックが外れるのを確認。一息に扉を蹴破って中に侵入する。

 銃を構えて周囲を確認――敵影はなし。


「中に入ったところだ」

『ああ、そう……相変わらず仕事が早いことで』

「仕事だからな」

『でも、大型演算機関は電脳都市の統制システムでしょう? そんなところで何ができるのよ』

「レイヤーフィールドはラース社が作ったものだ。その制御は専門の管理施設で行われているが、その制御システムの運用は電脳都市からでも可能だ」

『どうしてよ?』

「どっちもラース製だからだよ」

『ああ、なるほど』


 納得した様子の姫宮を余所に、九角は仮面越しに目の前に設置された装置を確認する。

 それはこの都市における電脳の中枢。京都――近畿東地方のあらゆる電脳情報が収束し、膨大な情報をたった一機ですべて統制・処理する演算装置。

 第三超大型演算機関――《マター・リ=エイダ》が、そこにあった。

 今も稼働し続ける装置を見上げ、九角は銃をしまって制御装置に歩み寄ると、自分の首筋にある電脳端子にコードの一端を繋げ、もう一方を《マター・リ=エイダ》の制御装置へと接続して――意識操作。

 ――電脳没入、開始。


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