1.1.8 発芽
『グルルルルル…』
そのうめき声でタケルは恐れ戦き、エミに肩を貸していた彼の脚は固まった。ここで自分が止まればエミまで巻き添えになってしまう、そうさせてたまるかと自分に言い聞かせた。タケルは勇気を振り絞り、
「エミ、超走るぞ。振り落とされないように超強く首掴んどけ!」
「え、え!?」
タケルはその太い筋肉質な腕でエミを抱きかかえ、出口へと走った。しかし、扉は何故か硬く閉じられていた。
「開かないな、、ちょっと離れてろ」
タケルは扉から距離をとり、助走をつけて扉へと体当たりをした。しかし、その扉はまるで盤石の壁であった。出入り口のドアには外から鍵がかけられていた。彼らは完全に逃げ遅れてしまっていた。エミは、誰かが講義室外の安全の為掛けてしまったのだろうと悟った。
「おい!誰か!誰か外にいないのか!扉を開けろ!まだ中に人がいる!誰か!!」
タケルの声は講義室の外へは届かなかった。なぜならこの講義室の音が外へ漏れないようにと、防音加工になっているである。
「タケルくん…私たち死んじゃうのかな…」
エミは壁に寄りかかりながらつぶやいた。まだ腰の調子が戻っていない様子だ。
「諦めんな!あのオッサンどんだけ強く当たったんだよ、自分だけ助かればいいってか?…まあそんなこと言っても助かんねえ、俺一個だけ超イイ策思いついたんだけど、それに賭けてくれよ」
「え…?」
「俺がこのバケモノども引き付けるから、エミはあのブッ倒れてる研究員からスタンガン取って俺に投げて渡してくれ。それで猿どもを気絶させて、助けを待とう。」
「え…でもそれって、タケルくんをおとりにするって…」
「いいから、ゆっくりでいい、超静かに移動すれば大丈夫。アイツらは元気なヤツが好きっぽいからな!」
タケルは猿たちの方を見ながらエミに指示した。タケルの頬は引きつっているが、うっすらと笑顔であった。その笑顔を信じ、エミは猿たちに存在を察されないように、講義室の隅を座席に身を隠しながらゆっくりと這った。
『ピュ~~~~イ!』
タケルは指笛を高らかに吹いた。
「猿ども!そんな牙じゃキスもできねえな!可哀想に…同情するぜまったく」
『グルルル…』
「まあそんなに血気盛んなら相手も見つかんねえよな!ハハハハッ!」
タケルはそう煽りながら、一歩一歩猿たちに近づく。
『ギィイ!!ギィイ!』
「はいはい、落ち着け、落ち着けよー」
『ギィイ!!ギィイ!ギィイ!!ガァアアアア!!!!』
手前にいた猿が一匹タケルに跳びかかってきた。タケルは身構え、右の拳で猿の顔面を捉えた。その猿の門歯は折れ、タケルのパンチに押し負けた体は空を舞う。床に着地したその猿は、前歯が折れた痛みに悶え苦しんでいる。その隙にタケルはその猿の脊髄に膝蹴りを入れた。『パキッ』と細めの木の幹が折れるような音とともに、武器の無い一匹の悪魔は生気を失い、倒れた。
「超骨脆いな~~!ちゃんと牛乳飲んでんのか?少なくとも俺よりは飲んでねぇな!」
タケルが一匹の猿を殺したのとほぼ同時に、エミは研究員の片手からスタンガンを取った。まだ電源は入っている。外の雨は講義の時よりも激しくなっていた。
「タケルくーん!とったよ!やった!」
とエミは歓声をあげた。エミはスタンガンを持ち上げ手を大きくタケルへ振った時だった。タケルの目の前にいた、あの三匹の猿の中で最も大人しかった猿はエミの方へ走ってきた。
「お、おい!待て!」
タケルはその猿を止めようと出入口付近から追いかけた。あっという間にエミの前へ着いた猿はその長い手を、スタンガンをよこせと言わんばかりに振り回した。エミは腕を引っかかれ、血まみれになりながらも必死にそれを渡すまいと拒んだ。
「エミ!スタンガンを捨てろ!…早く!」
タケルはエミの真っ白だったシャツが赤く染まっていく姿を見ていられなかった。その猿はだんだんと眉間にしわを寄せ、感情をあらわにした。
『ギャァァァアアア!!!!!』
タケルはその猿の首根っこを掴み、遠くへ投げ捨てた。
「エミ…!大丈夫か?!ムリさせてごめん。負ぶうから、俺がスタンガン持つよ。背中捕まれ。あんなことされて、渡さないなんてスゲーよ。ありがとう。」
「う…うん!」
タケルの慰めと称えで少し前向きになったエミは彼にスタンガンを渡した。
「あッ…腕…痛い…。」
「あとで治療してやっから任せとけッ……」
タケルの言葉はそれで途切れた。彼の胸元から赤いモノが滲み出ている。彼は背後から猿に胸をその鋭い爪で貫かれたのだ。
「ク…ソ……」
タケルは散り際に悔し気に笑みを浮かべた。倒れたタケルの血がエミの足元までつたってくる。エミの顔は青ざめる。
その悪魔は爪でスタンガンを破壊し、その真っ黒な目でエミを見つめた。
『フーッ…フーッ。』
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