予知夢

mojo

予知夢

 私は路地裏へ迷いこんでしまった。

 細い道が碁盤の目ように走っていて、古い民家が立ち並んでいる。交差点を渡ろうとしたそのとき、大きな魚が視界の右から現れた。私は電柱の陰に隠れ、魚は私に気づくことなく、ゆっくり視界の左端へ消えた。電柱から首だけだして魚の往った方角を確認してみる。鯉幟のようなその魚は、私のいる地点から3ブロックほどさきの民家の前でじっと動かずにいる。尾びれと胸びれがゆっくり空気を掻いている。見てはいけない。強くそう思い、私は魚が往った反対の方向へ歩いて行く。

 ある民家の格子戸を開けてみると、上がりかまちに男が座っていて、テレビ局に勤めていそうな風体である。ネクタイをしないサラリーマンのようなこの男に、大きな魚がすぐそこにいることを告げる。しかし男はにやにや笑うばかりで、何でもないことじゃないか、とでも言いた気である。私は諦めて玄関を出た。魚に気づかれぬよう慎重に格子戸を閉める。

 抜き足差し足で路地裏から大通りにでた。大通りを横ぎると、埋立地のように殺風景な原っぱが広がっていて、ススキや泡立ち草が生い茂る中に、外壁がくすんだ灰色の倉庫のような建物がぽつんと一棟だけ在る。中に入り、階段を最上階まで登ると、そこは何故か病室になっていて、私が常日ごろから死んでほしいと願う女がベッドに横たわっていた。 ベッドの脇の椅子に座り、私は女と言葉を交わす。釣師が海底に沈めた仕掛けを探るように、慎重に言葉を選びながら、私は女を観察する。女の青くむくんだ顔を見て、この女はもうすぐ死ぬと確信する。私は嬉しくて堪らない。


 いつもより1時間早く目覚ましがなった。早番出勤のためである。

 ベッドの傍らに同棲している女が横たわっている。もぞもぞ動く毛布越しの輪郭が紡錘形の魚のようである。しかし私は最近この女に欲情しなくなってきている。少し前から女の体臭が気になり始め、それが兆候だったかもしれない。今では女のやることなすことが気に入らない。

 ベッドから降りた私はクローゼットからワイシャツをだして着けた。女はようやく目を覚まし寝ぼけた声で言った。

「起きれなくてごめんねぇ。朝ご飯はコンビニのおにぎりですませてちょうだい」

 さっきまでの夢を反芻していた私は、知らぬうちにネクタイの結び目を解いていた。端と端を持ち、だらりとUの字に弛ませたネクタイ。私はそのままの姿勢を保ち、ベッドへ近づいていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

予知夢 mojo @4474

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る