02. 僕?私?俺?

「ナイスハイエース」


 腕を引かれて俺が車に乗った瞬間、気の抜けた賞賛の声が聞こえてきた。

 声のする方へと目を向けると、中学生ぐらいの体型をした少女が手元のパソコンに目を落としていた。


「ツバキ、準備が整ったわ」


 腕を引いた女の子のかけ声と共に、運転席に誰も居ない状態で車が急発進しはじめる。今では珍しくもない自動運転車だが、ひどい急制動だ。

 果たして自動運転でこんな粗暴な運転が出来るのだろうか。


「対象で間違いないわ。乱暴に扱われてたから仲間ってことはなさそうね」


 ブロンド髪の女の子がそう言って、俺の目をじっと見た。

 さっきの奴らと一緒にいるよりはマシな気がするが、果たして安心して良いのかどうか。つられて車に乗り込んだのはいいものの、どうしたものかとモジモジしてしまう。


「えっと、あの子は?」


 言葉がみつからず、今まさに車外で銃器を持った男相手に暴れ回っている黒髪の女の子について俺は訊ねる。


「ツバキなら大丈夫よ。ほら――」


 ほら、と眼前の彼女が窓の外を指差した丁度その時、自動で開かれた助手席ドアから転がるようにして、黒髪の子が車内へ飛び込んできた。


「ね、言ったでしょう?」


 最初ハナからこうなることは分かっていたとでもいうように、柔和な笑みと共にそう付け足した。


「ね、ね、ツバキ? この子お人形さんみたいですごくかわいい。あたしがもらっていい?」


 名前すら聞いてないというのに、ブロンド髪の女の子がむぎゅっと抱きついてくる。

 突然、暗くなる視界。

 顔に当たるふくよかな感触。これって、もしかしなくても……胸、だよね。


「タチアナは駄目」

「リコには訊いてないわよ」


 彼女が喋る度に、むにむにとした弾力が俺の顔に返ってくる。

 この状態はまずい。あまりに不健全すぎる。


「あの、タチアナ様。困っていらっしゃるようなので、そろそろそのへんで……」


 危うく脳がオーバーヒートしかけた手前だったが、誰かが彼女をたしなめてくれて、ようやくのことで解放される。


「ああ、ごめんごめん。あたしってば、可愛い物を見るとつい」


 ぷはっと息をついて顔を上げると、彼女の後ろで山積みにされた何かが視界に入った。

 よく目を凝らしてそれを見てみれば、サブマシンガンやアサルトライフルなど危険な代物ばかりだった。


「お、お、お前ら、一体何なんだ!」


 ドスを利かせて叫んだと思ったが、動揺してしまった上に声が甲高かくなってしまった。

 声が裏返ってしまった訳ではなく、どうも首を絞められて痛めた喉がいまだに治っていないらしい。


「それに、それはなんだ」


 『それ』と言って、一番近くに転がっているショットガンを指差すと、車内に気まずい空気が立ち込めた。

 少し間が空き、タチアナと呼ばれた奴はわざとらしく咳払いをして、


「えーっと、ほら? 最近、銃の規制が緩和されたし」


 確かにオートマタによる犯罪が増えた昨今、生身の人間は銃を携帯してもよいという内容の法案が可決されたばかりだ。


「緩和されたと言っても、この大きさは違法なんじゃ……」

「この国には、大は小をかねるってことわざがあるみたいじゃない?」


 このようなケースには使わないと思います。


「それに、ロシアにはショットなんて大したことないっていう、ことわざがあって」


 それ、ことわざなのか?

 しかも、ショットじゃなくて、ショットガンでしょ。違うでしょ。


「困ったことに、うちの鏡花きょうかがトリガーハッピーな奴なのよ。あー、うん。やっぱり違法だよね?」


 いや俺に聞かれても、と困りかけていると車内に取り付けられた機械から別の女性の声が聞こえてきた。


『あ? 言うにこと欠いて、ハッピーな奴だと!? だいたいアンタは――』


 無線と思わしき機械から、延々と愚痴が車内に流れ続ける。

 トリガーハッピーとハッピーを取り違えたみたいだが、下手に口を挟めば殺されるかもしれないので、野暮なツッコミはしまい。


「うるさいから切った」


 俺の横にいたもう一人の女の子が、機械の電源を落とすとピタリと声が止まった。


「えっと、あなたの隣にいるのがリコで、あたしはタチアナ」

「リコとタチアナ?」


 タチアナ、というだけあって彼女の持つブロンド髪と青い瞳は日本人のものではなかった。それでもタチアナは少しの違和感もなく、流暢な日本語を話している。


「よろしこ」


 反面、今受け答えたリコと一番始めに見た運転席の子は、二人とも黒髪で日本人に見える。年齢についてはリコが十代半ばで他の二人は二十歳前ぐらいだろうか。


「それで、運転席にいるのがツバキよ」

「以後よろしくお願いいたします」


 タチアナやリコはともかく、あの人離れした動きをしていたツバキを俺は一番恐れていたわけだが、どうしたものか呆気にとられるほど彼女は礼儀正しかった。


 ――正直、参った。こういうのもストックホルム症候群に該当するのだろうか。

 違法な銃を所持しているというのに、なぜだか酷い安心を感じてしまっている自分がいた。


「それで、あたしたちは――……って、あれ? あたしたちって、チームの名前がなくない? タチアナファミリーとか?」

「怪人二十二面相」

「なにそれ?」

「今考えた」

「……リコ様、それは少し不謹慎かと」

「元ネタの方」

「チーム名はその辺にして、これからどうしましょうか」

「ひとまず、市ヶ谷の拠点に行くのはいかがでしょう」

「ツバキがそう判断したならそれでいいわ。運転よろしく」

「心得ています」


 三人の間でめまぐるしく会話が繰り広げられて、置いてけぼりにされてしまう。


「おい、待てよ。勝手に話を進めないでくれ」

「そんな可愛い顔して荒っぽい言葉使わないの。鏡花みたいになっちゃうよ」


 タチアナの言う鏡花、という奴はさっき機械から聞こえてきた声の主のことだろうか。確かに口が悪かったが、そんなことよりも気がかりなことが一つあった。


「さっきから可愛いってどういうこと?」

「うーん、自分がよくわからない状態で実験台にされたんじゃないかしら?」


 実験台とか不穏な言葉をタチアナが口にする。


「こちらで確認できますでしょうか」


 そう言って、ツバキはバックミラーをこちらが見えるように向けてきた。

 バックミラー越しに後ろのシートを見ると、そこには女の子が三人並んでいて――――って、三人?

 左右にいるタチアナとリコの間に、メイド服に身を包んだ銀髪の少女がちょこんと座って、鏡越しにこちらへ気難しそうな顔を送っている。


 ……………………誰?


 周りを見渡しても、そんな場違いな服装の女の子はいない。俺はそこで異変に気づいて、試しに手を振ってみると、鏡の中のメイド少女が手を振り返してきた。


「え、ええええええええええええええええええええ?」


 誰というか、なんか自分だった。 


「これが、おれっ……いや、僕?」


 あれ? 何だろう。自分の呼び方が心の中で、引っかかってしまう。

 ストンと納得できないことに出くわしたような。そんな違和感。

 いや、今はそんなことどうだっていい!

 まてまてまて、ちょっと、どうなってるんだこれ。


「僕?」「僕、ですか」「ボクっ娘?」


 慌てふためくとは対称的に、三人がきょとんとする。


「あなた、元男だったりするの?」


 タチアナに問われて、僕は首をぶんぶん振る。


「今も男のつもりなんだけど」


 僕の答えにタチアナは肩をすくめる。


「えーっと、よくきいて? あなたは奴らの実験台にされたの」

「実験台?」


 するとつまり、男を女にする実験ということだろうか。

 あんなチンピラみたいな奴を抱えた集団が、それを行っていた?

 なにそれ、こわくね?


「実験台って、それでこの姿に?」


 タチアナがうなずく。

 自分から訊いておきながら、あまりに衝撃的すぎて理解が追いつかない。


「えっと、お名前を教えてくれるかしら」


 タチアナから優しく語りかけられるが、名乗ってしまって良いのだろうか。車に乗り込んでおいて今更だが、慎重になるべきだ。


「女の子ばかりだけど、信用できるとも限らない」

「教えてくれたら、あとでお姉さんがイイコトしてあげるから、ね?」

加藤蓮弥かとうれんや


 どうして答えちゃったんだろう。僕。

 イイコトと聞いて脊髄反射のように答えてしまった。


「加藤って……。ああ、そういうこと」

「アタリ」「アタリですね」


 タチアナの意味深そうな呟きに、リコとツバキが揃ってアタリと口にする。


「それと、もう一つ。あたしたちに全身ギタイの設計図のありかを教えてくれないかしら」

「あいつらにも言われたが、設計図ってなんのことだ? 全然知らないぞ」

「ハズレ」「これに関してはハズレですね」


 アタリなんだかハズレなんだか。人に向かって失礼じゃないだろうか。


「あ、あたしが悪いみたいに言わないでよ! これはみんなで――」


 と、タチアナが声を荒げている最中、車のエンジンが獣のように唸った。

 赤信号を無視して突っ切り、車のスピードが急激に加速していく。


「ちょっとちょっと、何なのツバキ」

「歓談の最中で申し訳ございませんが、私たちの後ろから六台もの車がつけられているようです」


 つけられているというツバキの言葉に、タチアナが険しい顔をする。


「いつからつけらてたの?」

「つい先ほど、こちらの進路に合流したようです」

「……もう少しあとのほうになるかと思ったけど、意外に早いわね」


 左へ右へとぐわんぐわんと揺られる車内から後ろを見ると、追ってきていると思わしき黒いセダンの助手席から、ライフルを持った男が顔を出していた。

 いや、まさかなーと思って見ていると、悪い予感ほど当たるものはなく、車内に居ても聞こえてくるぐらい弾をばらまき始めた。勘弁して欲しい。


「警察だ。警察を呼ぼう」


 今まですっかり頭からすっぽ抜けていた警察の名前を挙げると、タチアナはため息をついた。


「警察を呼んだら、余計わけわからない状況になるわよ」

「なんで」

「車をよく見てみなさいよ」


 タチアナに言われて、僕はそこら辺に無造作に転がっている火器類の数々を見た。

 確かに。これだけ違法なものを車に積んでいたら、御用なこと間違いない。


「まったくどこを見てるのよ。相手のナンバーよ。ナンバー」


 足下を見ていた僕に対して、タチアナがナンバーとしきりに口にする。


「ナンバー?」


 後ろにいる車のナンバープレートを見てみると、珍しいことにプレートが青色で普通はひらがな記載の場所に『外』の字がついていた。

 いわゆる、外交官などが乗る車に付く外ナンバーだった。


「確実に国際問題よこれ。外交の車で銃弾ばらまきながらカーチェイスなんて普通する?」

「タチアナ。出番」


 命の危険があるのにさして動じた素振りもなく、リコがタチアナを見て言う。


「どーしてあたしの名前が挙がるのよ! 外国人だからなんとかしなさいって訳!?」

「そこまでは言ってない」

「そんなことを言う暇があったら、リコがなんとかしなさいよ」

「今やってる」


 リコは膝の上にのっけたノートパソコンを注視して、バスバスとマシンガンのような音を奏でながらキーボードを叩いていた。

 そのタイピングはあまりにも早く、今まさに飛んできている銃弾なのかタイプの音なのか区別がつかないほどだ。こんなぐらぐら揺さぶられている中で、パソコンを使っているというのに微塵も酔った素振りを見せていない。

 もともと感情が表に出なさそうな子ではあるけれども。


「これで完了」


 リコがエンターキーを子気味よく叩いた瞬間、先頭にいた車両のスピードがみるみる落ちていく。


「衛星をクラックして、偽の位置地情報を割り込ませた。これで相手はカヤックで太平洋を横断するルートが選択されている」


 タイピングだけではなくその技術も堂に入ったもので、どうやらこの状況から追いかけてきている車をクラックしたらしい。しかも、車を相手取っていたかと思えば、衛星が相手とは僕の想像の上を行っていた。


「……あの、カヤックで太平洋って何?」


 最後の一言がなんとなく気になってしまった。


「送りつける情報は面白い方がいい。探すのに骨が折れた」


 ネタを探さなければ、もっと早かったんじゃ……。


「さすがリコ! ……といいたいところだけど、あと二台残ってるみたいなんだけど」


 タチアナがそう言うと、リコは首を横に振った。


「アナログはムリ」


 恐らく、後ろの二台は古いタイプのアナログ車なんだろう。

 アナログ車でもブレーキなどはデジタル制御されてはいるものの、いずれの部品もネットワークに繋がっていなければハッキングは到底無理だ。


「ツバキは?」

「申し訳ございません。さきほどので、少し」

「……しょうがない。こうなったら、あたしがやるしかないわね」


 タチアナは胸ポケットに入れていたサングラスを掛けて、車内に転がっていた銃を背中に担ぐ。

 ……いや、銃だと思ったが違った。

 それは、RPG-7――いわゆるロケットランチャーだった。

 実物を見たことがあるわけじゃないが、知識として見た目だけは知っている。


 タチアナがそれを担いで窓から顔を出すと、後ろの車は急ブレーキを踏んだのか、残った二台同士で派手に接触して、はるか後方に消えていった。


「腰抜けね。なんにもしてないのに自爆とか」


 タチアナがサングラスを外しながら、ため息をつく。

 ロケットランチャーなんて、気軽に買えるような代物ではない。

 日本全国どこの店を回ったって、まず見ないものだ。

 ロケットランチャーに視線が釘付けになってしまっていると、窓から顔を引っ込めたタチアナは僕を見て、


「安心して。コレはオモチャだから」


 絶対嘘だ。安全ピンを弾頭へ慎重に差し戻しているその手はなんだ。

 違法な武器を所持している彼女らと、謎の集団。

 それと、どう見ても女の子の身体になってしまっている自分。

 今更ながらに、とんでもないことに巻き込まれてしまったと、僕は憂いでいた。

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