第57話

 彩芽が目覚めると、両腕を後ろ手に柱を挟んで縛られ、拘束されていた。


 そこには誰もいない。

 どこかも分からない。


 どこかの地下室らしい。


「っ……」


 頭が二日酔いの様に痛い。

 どうやら、まだマリアベールの魔法の力場の中らしい。


 彩芽は縛られた腕に力を加える。

 ロープは切れそうにない。


 周囲を見ると、様々な道具が置かれている。

 それはどれも拷問器具であった。


「っは……」


 少しだけ動揺で息が乱れるが、ミセーリアとヴェンガンに捕まったのなら、今更驚く事ではない。


 それよりも、拘束されてから時間は僅かしか経っていない。

 外では、何度もモサネド達の城壁爆破の重低音が響いている。


 何も知らない彩芽でも、わかる。

 みんな戦っている事が。




 彩芽は拷問器具の並んだテーブルに足を延ばそうとする。

 しかし、腕を後ろ手にされ、足の長さ分しか伸ばせず、あと少しで届かない。


 彩芽は、ボロボロになって戦うみんなの事を思い出した。


 敵の親玉の一番近くにいるのは、彩芽である。

 ネヴェルの見張り塔の上に、フィリシスに尖塔にひっかけられた時とは、状況が違う。


 悪意に満ちた相手の手に落ち、いつまで守ってもらうつもりだ。


「っくぅ!」


 彩芽は足を延ばす。

 目標は、テーブルの上に並べられた刃物。


 テーブルさえ蹴れれば、床に落とせるかもしれない。


「もうちょっと!」


 肩が悲鳴を上げる。

 関節技をきめられたように痛む。


 だが、それは確かに痛いが、痛いだけだ。


 力場の中では、頭と心臓が無事なら、死にはしない。


「っあ”あ”あ”ぁぁぁ……!!!!」


 必死に声を殺し、自分の肩に全体重をかけて左肩が狙い通り脱臼すると、足がテーブルの足に届いた。

 テーブルを蹴ると、拷問器具が床に散乱し、凄い音が響く。


 急げ急げ急げと焦る。

 誰か来る前に脱出せねばと、足で自分の方に手近にあったナイフを引き寄せ、なんとか座り込んで右手に持たせる。

 ナイフでロープを切り、自由になる事に成功した。




「あああぁ、もうぅ……」


 壁に肩を押し付け、激痛に耐え一気に肩を間接を元に戻すと、裸足になって足音を消し、そのナイフを持ったまま部屋を出た。




 薄暗い通路を進んでいくと、大勢の気配を感じる。

 かなり多い。

 彩芽は、気配を殺して、部屋の中を盗み見た。


 そこは部屋では無かった。

 部屋と呼ぶには、広大な空間。


 想像以上に広い空間が地下に広がっており、壁にかかる様々な種類のボロボロの旗を見ると、そこが王族や貴族が本来は使う、地下シェルターか、騎士団の臨時本部の様な施設であった事が分かる。


 その空間を埋め尽くすのは、檻に入れられた無数の奴隷達。




 彩芽は、奴隷達を見て、鳥肌が立つ。




「なんなの……これ……」


 奴隷達は、皆、一様に似た顔をしていた。




 似ているだけで、同じでは無い。

 その殆どが赤ん坊と、少年少女。

 少女は、ほとんどが妊娠していた。


 男は皆が皆、セクレトと似た顔をしている。

 そして、女は皆、ルカラと似た容姿を持っていた。




 突然、襲い掛かる斬撃。

 寸での所で彩芽は、かわす。

 床に毛先が落ち、攻撃者を見る。


「どうやって逃げた。やっかいな女だ……」


 そこには、暗がりの中でヴェンガンが立っていた。


「ヴェンガン!?」


 彩芽はナイフを構え、視線はヴェンガンの指輪を僅かに確認する。


「マリアベールの目の前で、カーラルアに拷問されるのが待てなかったのか」


「ここは何なの」


「見てわからないとは、やはりバカか、お前。私の物を盗む大バカは、いつもそうだが、お前はその中でも特に腹立たしい。あのような方法でマリアベールを手引きし、ただで済むと思うな」


「ここは何!」


「見ての通り、奴隷牧場だ。わめくな鬱陶しい」


「奴隷牧場!?」


「セクレトの話はマリアベールに聞いているな? いや、さっきミセーリア様に見せて貰ったか。 いくら人の物を盗むバカでも、こいつらを見てわかるだろ」


「ここで……ルカラは……」


「人の物を、間違った名で呼び続ける。本当にお前は私をいつまでもムカつかせる……だが、察しの通り、カーラルアは、ここで生まれたのだ。セクレトと、ガモスの娘の子供。裏切り者共の血を引くフィデーリスとミセーリア様に尽くす事を義務付けられた運命の奴隷達だ。ソウル・イーターの材料であり、次の奴隷を産む為の奴隷、そして、ミセーリア様が愉しむ為の家畜だよ」


 よく見ると、少ない割合で耳がとがった者がいる。


「そんな! 子供は関係無いでしょ!」


 腹立たし気なヴェンガンの剣が、彩芽を襲う。


 彩芽は小さなナイフで防ぎ、奴隷牧場の中へと逃げ出す。

 マリアベールの体感覚があるおかげで、一方的にやられる事は無い。


 だが、彩芽にはマリアベールとの致命的な差がある。

 それは、人を傷つける事に対する、大きな抵抗であった。




「盗人がっ! 聖人面かっ! まずは盗人らしく腕を切り落として、おとなしくさせてくれる!」


「あなたは! 国民やマリアベールを助けようとしていたのに! なんでこんな事を出来るの!」


「なっ!? なぜ、何を急にっ!?」


 ヴェンガンは振りかぶる剣が鈍り、彩芽に心の内を見透かされたように動揺を見せた。


「伯爵、あなたは、ミセーリアさんにも秘密にして、マリアベールを助けようとしていた。討伐してでもマリアベールを取り戻そうとしていたんじゃないんですか!? あなたは、フィデーリスの人達も、マリアベールも、ミセーリアさんも、全員助けたかっただけなんじゃないんですか!?」


「知った風な口をきくな!」


「マリアベールさんを隠す為に! リーパーを作ったんじゃないんですか!」


「っつ!? 黙れ!」


「あなたが好きだったミセーリアさんは、あれで良いんですか?!」


「黙れ! 黙れっ! ミセーリア様は、長き時を民の為に戦い、深く傷つかれたのだ! そのお心を癒すのに裏切り者の悲鳴が必要なら、私は悪魔にだってなってやる!」


「あなたがミセーリアさんとマリアベールに嘘をついた! あなたの嘘が! 大事な人を傷つけるのをあなたが怖がるから! 二人共もっと傷ついたんじゃないんですか!」


「黙れえええええええ! その舌! この場で切り取ってやる!」


 激昂するヴェンガン。


 ここには今、ストラディゴスもエドワルドもいない。


「本当に好きなら! 逃げないで!」


「黙れ! お前に何が!」


「あなたにしか、あなたの正しさは分からない! けどっ!」


 ヴェンガンの手にした剣は、舌どころでは無く、彩芽を殺す勢いで力任せに振り下ろされた。


「私だってっ!」


 彩芽は、マリアベールの残した感覚を頼りに身体を捌き、ヴェンガンの剣をギリギリで避けると、その手につけられた指輪を、指もろとも両断した。




「がぁあああああっ!??!??」




 ヴェンガンは地面に落ちた指よりも、指輪を元に戻そうと残った震える血まみれの指でつなごうとするが、指輪は機能を失っている。


「何て事を!」


「ミセーリアさんはどこ!」


「ここまで私が守り続けて来たのをっ! 全部お前がああぁっ!」


 ヴェンガンに掴みかかられそうになった時であった。


「アヤメさん!」


 そこには、ルカラの姿があった。

 マリードとゾフルも一緒にいる。


 マリアベールの足止めをストラディゴスとエドワルドに任せ、加勢に来たようであった。

 三人と共にスケルトンも雪崩れ込み、ヴェンガンを遂に包囲した。


「ヴェンガン伯爵、もう観念してください。ミセーリアさんはどこですか!」


 スケルトンの群に剣を向けられるヴェンガンに対して、彩芽は聞く。

 ミセーリアを押さえなければ、この事態は収拾しようがない。


「観念だと?! マリアベールが巨人を殺せば、こいつらは骨に戻る! あとはソウル・イーターが全てを食い尽くすのだ! 私一人捕えて勝ったつもりか!」




 その時であった。


 彩芽の背中に痛みが走った。


「ひぐっ!?」


 彩芽達が振り向くと、そこには怒りに目を血走らせ歪むミセーリアが奴隷牧場の奥から歩み寄る姿があった。

 ヴェンガンの指輪が壊された瞬間に、精神の牢獄から異変を察知し、奴隷牧場へと駆け付けたようだ。


 探す手間は省けたが、鞭による手痛い不意打ちを貰い、彩芽の背中から血が噴き出している。


 だが、それよりも彩芽を驚かせたのは、ミセーリアの姿であった。


 ヴェンガンの幻惑魔法がすべて解除され、あんなに美しかったミセーリアの面影は、そこにない。

 わずか四百年あまりで長命のエルフとは思えない老け方をして、ガリガリに痩せこけた醜い魔女にしか見えない容貌に変化したミセーリアがそこにいた。




 ヴェンガンは、ミセーリアと自分にさえ嘘をついていたのだ。




 そして、ミセーリアは、セクレトの時と同じであった。

 精神の牢獄で変わったなどと言っていたが、本質的には変化が無い。


 ミセーリアは、自分の敵に対して、怒りが一度爆発すると、いたぶらなければ気が済まない。

 傷つける事に対して、我慢が出来ないのだ。




 彩芽は、まるで漏らしたように血が足を伝って背中から流れる。

 だが、マリアベールの魔法によって、血はすぐに止まり、傷口が開いたまま止血された状態になる。

 空気に皮膚の下が触れ、我慢出来ないぐらい痛いが、泣き言を言っていられる状況ではない。


「ミセーリア様! なぜここに! お逃げ下さい! あなたさえ生き残れば、私は死んでもお仕えします!」


 痛みに顔を歪めながらも彩芽は必死に、ミセーリアを観察する。


 首から下げているネックレス。

 どの肖像画にも必ず描かれている。


 肌身離さず持っているネックレスが魔法で光って見える。


 間違いなく、あれがミセーリアの魔法を補助している。


「本当に、なんなのあなた!!」

 向けられる、ミセーリアからの強烈な殺意。


「アヤメさん、下がって!」

「あとは俺達が」


 ルカラとマリードとゾフルが彩芽を後ろに下げ、スケルトン達がミセーリアを取り囲む。


「ここは、なんなんですか」とマリードが聞く。


「それは……」

 彩芽は、ルカラを見て答えに詰まった。


「もういい! ソウル・イーター! こいつらを殺して!」


 スケルトンに包囲されたミセーリアが叫ぶと、天井を破って巨大な腕が侵入してきた。


「ば、化物!? 城門で死んだ筈じゃ!?」


 ゾフルが言ってる傍から、ソウル・イーターは地下を満たす様に溶ける様に広がっていく。


「ミセーリア様あああああああ!?」


 スケルトンや檻の中の奴隷達と共に、ヴェンガンもソウル・イーターに飲み込まれていき、ルカラ達は彩芽を連れて逃げようとする。


 ルカラが手を引こうとするが、彩芽の右の瞳には赤い光が宿っていた。


「アヤメさん逃げなくちゃ!」


「急いで逃げよ……お前には、嫌な役を押し付けてすまぬ……」


「アヤメさん!?」


 誰に言ったのか、彩芽にしか分からなかった。

 彩芽の口から、マリアベールの言葉が出て来ると、彩芽はソウル・イーターを避けながら檻の上を駆けぬけ、ミセーリアを視界に捉える。


 ミセーリアはネックレスの宝石を中心に、見えない壁で守られる様に、ソウル・イーターを寄せ付けずに立っていた。

 それは、裏を返せばソウル・イーターの海に囲まれ、動けないと言う事でもあった。


「マリア!?」


 ミセーリアには、彩芽がマリアベールに見えたらしい。

 マリアベールと共に彩芽の投げたナイフがミセーリアのネックレスを砕くと、ミセーリアを守っていた見えない壁が無くなり、ミセーリアはソウル・イーターの中に、あっという間に飲み込まれてしまった。




 * * *




 暗く広い空間。

 肉の海に浮かび、沈みゆく檻の上で、ただ一人取り残された彩芽は、逃げ場を失っていた。




 ミセーリアのネックレスを砕けば、ソウル・イーターが自壊する筈。

 そうマリアベールも彩芽も思っていた。

 だからこそ、危険を冒した。




 しかし、もはや、どうする事も出来ない。


 ヴェンガンもミセーリアもいなくなった。

 ソウル・イーターは、このまま広がっていくのだろうか。


 ヴェンガンとミセーリアの魔法の道具が壊れ、マリアベールが正気戻った筈。


 マリアベールがいれば、きっと大丈夫。

 どうにかしてくれる。




「死にたくないよ……」




 飲み込まれれば、マリアベールの魔法があっても、助かるまい。


 もう一度、みんなに会いたかった。


 ストラディゴスに、会いたい。




(お姉ちゃん)


 セクレトの声が聞こえた気がした。




 それを最後に、奴隷牧場からは誰もいなくなった。




 * * *




 フィデーリスの町を飲み込むソウル・イーターの海。

 人型だった物は原形を失い、肉の海が城壁内を満たし、あらゆる物を飲み込んで増殖を続けている。


 生き残った人々は、モサネドやスケルトン達の誘導でフィデーリス城や城壁の上へと避難していた。

 市民も、フィデーリス兵も、奴隷も、貴族も、スケルトンも、獣も関係無い。




 フィデーリス城に集まった面々は、急ぎ作戦会議を開いていた。


 打倒ヴェンガンも、ミセーリア救出も失敗に終わり、やった事と言えば四百年前の古傷を掘り起こし、刺激したのみ。

 当初の目的はミセーリアの置き土産によって消え去り、生き延びる事が最優先になっていた。




 絶望的光景が眼下には広がり、フィデーリスは化物の肉で出来た海に覆い尽くされようとしている。

 正気に戻ったマリアベールによって、彩芽がソウル・イーターに飲み込まれた事を聞かされ、ストラディゴスは静かに怒っていた。


「なんでアヤメを一人で行かせた……」


「呪具を破壊すれば、化物を止められる筈であった……」


「止まるどころか、化物だらけじゃねぇか」


「ミセーリアが一枚上手だった……ソウル・イーターとあやつが呼んだあの化物は、あれ自体が力場で、我のスケルトンやヴェンガンの操っていたリーパー共と違って、あの姿でも生きておる。自分で生命力を補給して、どこまでも大きくなる。恐らく、ピレトス山脈の生命力も我らが掘ったトンネルから吸っておるのだろう。せめてトンネルを崩せれば……」


 マリアベールは、計算違いによって彩芽を失った自責の念に駆られているが、落ち込んでいる暇も無い。


「マリア、どうすれば良い? あの化物が生きてるなら、どうすれば殺せる?」


 エドワルドが言うと、モサネドが言葉を返す。


「頭を潰したり爆破しても死なないんですから、あとは心臓とか」


 モサネド達は、エドワルドからマリアベールの説明を既に聞き、それでもなお協力してくれていた。


「うむ、あれは、ミセーリアも不完全だと言っておった……何か弱点があるはず……だが、あの海に心臓がある様にも見えぬ。あるとすればどこだ……」


「触った物を飲み込む様な奴だぜ、危なくて近づけねぇよ」

 マリードとゾフルが万事休すとばかりに、倒せる訳がないと嘆く。




(……る?)


「……?」


(……聞こえる?)


 マリアベールの頭の中で、彩芽の声が響いた。


(……まさか、生きておるのか!? あの状況で、どこに?)


(よかった……私は、まだ生きてる……セクレトが、守ってくれてるから……マリアベール、もう一回、記憶のフィデーリスに来て……ミセーリアが、まだ……みんなを連れてきて、探さないと……)


(みんなだと?)


(ヴェンガンの部屋の……金庫……中……日誌……セクレト……部屋で……待……)


 彩芽の声が途切れた。




 マリアベールは、血相を変えてヴェンガンの部屋に走っていく。


「どうした!?」


「アヤメは生きておる!」


 その一言に、彩芽を知る者達がゾロゾロとマリアベールに続いた。




 * * *




 ヴェンガンの部屋。

 ヴェンガンの金庫を開けようとするが、鍵がかかっている。


 すると、ゾフルが役立てるとばかりにピッキングをしようと前に出る。

 その前に、マリアベールは金庫の扉の部分だけを鎌で切り離した。

 ゾフルは、そっと後ろに戻る。


 マリアベールは、彩芽が何を伝えたいのか確認する。


 金庫の中には、魔法の研究日誌が何冊か入っていた。




 マリアベールが中を見ると、ヴェンガンとミセーリア、そして四百年前のマリアベールの魔法について詳しく書かれている。

 しかし、その内容は、所々がミセーリアの拷問日記となっていて、マリアベールには見るに堪えない内容の方が遥かに多かった。


 だが、この中にヒントがある筈だ。




『122:〇年△月□日、セクレトの身体を使ってネクロマンスの限界を試すのは、セクレトを殺してしまう可能性がある。セクレト以外で実験をしなければならないが、犯罪者だとしても民を傷つけるわけにはいかない……』


『223:〇年△月□日、セクレトとラタ(ガモスの娘)の子供が生まれた。セクレトそっくりの憎らしい顔をしている。実験によってセクレトに生殖能力が残っている事が分かった……』


『313:〇年△月□日、ネクロマンスについては把握できた。頭か心臓が破壊されると、補完しきれずにアンデッドとなってしまう。生きていても老化は止められない……』


『474:〇年△月□日、ラタが川に身を投げた。あの水死体ではセクレトと子供をつくらせる事は出来ない……』


『545:〇年△月□日、セクレトと実の娘との間に子供を作らせる。セクレトの子供は大勢いる。この方法を繰り返せば実験を繰り返せる……』


『612:〇年△月□日、ヴェンガンと自治権を買う資金の話をした。私がセクレトに拷問をする姿を見て、闘技場が色々と良さそうだと言う話になる。少しひっかかったが、私も良い考えだと思う……』


『776:〇年△月□日、セクレトの子供をセクレトの目の前で実験に使うのは楽しい。セクレトが苦しむ姿を見るのは、セクレトを痛めつけるよりも効果がある。子供達は死にたく無いのか私の言う事をよく聞く……』


『896:〇年△月□日、セクレトの心が限界らしい。あまりにも長い間、拷問をして、目の前で子供を殺し過ぎたせいか、何をしても反応しなくなる。こんな事でセクレトを楽にさせる訳にはいかない……』


『999:〇年△月□日、セクレトに似た子供をいたぶって我慢する。セクレトの苦しむ顔が見たい……』


『1022:〇年△月□日、セクレトの心の中に入る実験を始める。マリアの資料は役に立つ。惜しい人を無くした……』


『1134:〇年△月□日、マリアのおかげで心に入る魔法が出来たが、思ったような効果が得られない……』


『1256:〇年△月□日、マリアのおかげで活路が見いだせる。人の記憶は一人より大勢の方が、相互反応が生まれ、結果的に鮮明になる。人の記憶を繋げる実験を始める……』


『1378:〇年△月□日、セクレトの子供のおかげで記憶の事が分かってきた。血が近く、環境も近い方が鮮明になる。育てた環境が違い過ぎると、おかしな反応を示す……』


『1411:〇年△月□日、血の遠い人でも同じ様に出来る方法を遂に見つけた。血を混ぜて、固まらなければ生きたまま繋げられる。これは大きな発見だ……』


『1578:〇年△月□日、ついに生きたまま繋げた生物が出来る。これにセクレトを繋げれば、彼を正常に戻して、今度はもっと酷い拷問が出来る……』


『1699:〇年△月□日、記憶の中のフィデーリス城に入る事に成功した。セクレトは夢を見ている様だけど、驚いたのは、セクレトが大勢いる事だ。これは繋げた子供達や奴隷では無い。全部セクレトだ。調べる必要がある……』


『1788:〇年△月□日、一番幼いセクレトと話をした。マリアに憧れて英雄になりたいらしい。セクレトが英雄になりたいと言うなら、フィデーリスを救う英雄にしてあげようと思う。それが彼の償いにもなる。セクレトがマルギアスとエレンホスを亡ぼせば、私はセクレトを許せるだろう……』


『1865:〇年△月□日、セクレトに人以外を繋げる実験を始める。最初は何がいいだろう……』


『1943:〇年△月□日、セクレトの身体が人以外を受け入れた。接ぎ木の要領でやればと思ったが、それが間違いだった。亜人や獣人の奴隷を無駄に死なせてしまったが、必要な犠牲だった……』


『2022:〇年△月□日、セクレトの心が、減っている。あまりにも混ぜ過ぎて自分の事が分からなくなっているらしい。前の様に拷問をして分裂させるには、残った心は弱すぎる……』


『2145:〇年△月□日、何と言う事だろう。セクレトの孫を餌に与えたら、セクレトが正気に戻った。やはり自分の血が必要なようだ……』


『2267:〇年△月□日、ヴェンガンは渋ったけど、奴隷牧場が出来た。どこを見てもセクレトとラタに似た顔が並んでいて壮観である。牧場の管理も奴隷に任せれば良い……』


『2384:〇年△月□日、セクレトの事をソウル・イーターと名付けた。もはやセクレトの原型は無い。最初に混ぜた人以外の生物、キマイラの素材にもなるアンフィスバエナの影響か、様々な生物の特徴を持つようになった……』


『2477:〇年△月□日、ピレトス山脈で私の家の墓が怪物に荒らされているらしい……死んだマリアの亡霊なんて言われているらしいけど、まさかね……』


『2592:〇年△月□日、ヴェンガンがピレトス山脈で話題になっているリーパーを模した兵隊を作ろうと言い出す。ヴェンガンのおかげで景気は良くなった筈なのに、盗みや殺しが後を絶たない。民を守るためにも……』


『2670:〇年△月□日、城に盗みに入った不届き者がいた。丁度良いから、リーパーの実験に使う事にする……』


『2799:〇年△月□日、骨だけにしても動かせるけど、動かすのに消耗が激しい。城壁内でしか使えないし、大量に動かすと土地が枯れかねない……』


『2887:〇年△月□日、ソウル・イーターは大分大きくなった。けど、セクレトの子孫を与え続けないと、制御が出来ない。セクレトを核にする事にこだわり過ぎた。でも、これだけは譲れない……』


『2955:〇年△月□日、ソウル・イーターの中の記憶を再現したフィデーリスが完成した。年代ごとに再現する事も出来る。中に暮らす彼らは、本物だと思っている……』


『3043:〇年△月□日、ソウル・イーターに死者を取り込む事に成功した。マリアのおかげで、死者の記憶も組み込める……』


『3126:〇年△月□日、幻のフィデーリス。記憶の中に入り浸っている。あの頃に戻りたい……』


『3226:〇年△月□日、ソウル・イーター自身を力場にして、捕食によって維持する事は理論的に可能だが、今のキャパシティではマルギアスどころかエレンホスさえ飲み込めない。拷問する数を減らして、奴隷牧場を稼働させなければ……』


『3333:〇年△月□日、ソウル・イーター……』




 * * *




「マリア?」


「聞けエドワルド、全員を我の部屋に集めよ……」


「全員?」


「この城に避難してきた全員だ。アヤメを、フィデーリスさえも救えるかもしれん」




 日誌を一読し、マリアベールはミセーリアの作った精神の牢獄、記憶のフィデーリスへの入り方を理解した。

 それと共に、ソウル・イーターがどの様に作られたかを知り、作り方や運用の仕方から、解体の方法を導き出した。




 * * *




「って事は、アヤメを助けられるのか!」


 ストラディゴスとルカラは、手を合わせてピョンピョン喜ぶ。


「これはアヤメが、我らに残した最後の希望だ。我と共に、記憶の中のフィデーリスに入ってくれる者はいるか? 精神世界、と言ってもピンと来ぬか……ソウル・イーターの心の中に、これから魔法で乗り込む。帰って来れる保証は無いし、成功するかもわからん。分の悪い賭けだ。だが、より多くの者が参加すれば、成功確率はグンとあがる」


「アヤメを迎えに行くんだろ。俺達が行かないでどうする」

 ストラディゴスとルカラが手を上げる。


「マリアが行くなら、俺も行くぜ」

 エドワルドも手を上げた。


「エドワルドさん! それなら俺達も!」

 モサネド達も手を上げる。


「乗りかかった船だ。いくぞ」

 マリードとゾフルも手を上げる。


 グルル


 エドワルドの相棒である竜も、来てくれる様だ。


 スケルトン達も手を上げ、一部の戦えそうも無い市民と、城に逃げて来ただけの獣達以外は、ほぼ全員が行く事になる。

 何もせずここに残っていても、いずれソウル・イーターに飲み込まれる運命なら、何かした方が良い。




「出来るだけ知り合いと手を繋ぎ、目を閉じよ!」


 マリアベールが、みんなを並べ、人の輪を作らせる。


 フィデーリス市民達は、スケルトンを介せば、全員が知り合いで繋がる。

 市民も、兵士も、よそから来た移住者もだ。

 奴隷も、平民も、貴族も関係無い。


 数人辿れば、全員が知り合いである事に、皆が複雑な表情を浮かべる。

 こんな事態にでもならなければ、こんな事は知る事も無かった。


 全員が手を繋ぎ、輪になった。


 身分も何も関係の無い。

 生き残る為に戦うと言う、一つの目的が、結束を固める。


「良いか、記憶の中とは言え、死ねば心がやられる。危なくなったら逃げろ! 行くぞ!」


 ソウル・イーターを止める為、フィデーリスを救う為の、仲間を救う為。


 マリアベールが意識を集中する。

 彩芽の肉体を遠隔操作する要領で、前に記憶のフィデーリスに行った時の逆をする。


 前は、マリアベールの所に彩芽が迷い込んだ。

 今度は、彩芽を目的地に設定し、自ら乗り込んでいくのだ。


 一つの目的の下に束になる、それぞれの目標を持った人々の、最後の戦いがこうして始まったのであった。

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