第46話

 ヴェンガンは、機嫌が良かった。


 ストラディゴスが、よもや逃げ出すとは思っていなかった。

 城落とし、団長殺し、竜殺し、そんな武勇伝をいくつも持った男が、まさか逃げ出すとは……

 こんなに可笑しい事は無い。




 リーパー軍団と言う絶対的な力と、フィデーリス騎士団を持ってすれば、巨人など取るに足らない。

 実際、戦闘になればリーパーが数体いればストラディゴスなど、すぐにでも殺せるだろう。


 だが、ヴェンガンはストラディゴスを殺したいのでは無い。

 苦しめたいのだ。


 そのサディスティックな欲望を満たす為には、何としても生け捕りにしなければならない。

 周囲をリーパーに守らせ、目を閉じてリーパーの視界をジャックする。




 ヴェンガンを殺そうとストラディゴスがもっと足掻くと思っていたのに、予想に反してストラディゴスが逃げ回る。


 それも、城内から逃すまいとリーパー軍団が包囲する事で、なりふり構わず城内を破壊しながらである。

 なんとも無力で、みっともない存在だろう。


 籠の中の鳥を棒でつつき回す様な感情だが、こそばゆく心地良い。


 鍵のかかった扉があろうと、巨人はショルダータックルで無理やり突破こそするが、リーパーからは絶対に逃げられない。

 こんなに楽しくて一方的な狩りは、久々であった。




 * * *




 リーパー達は焦っていた。


 一刻も早く巨人を捕えなければ、ヴェンガンから仕置を食らう事になる。

 唯一にして絶対の恐怖の対象。


 巨人が相手をしてくれれば、どうとでも出来る。

 だが、逃げ回る上に、生け捕りとなると行先を塞ぐか、足を止めようとするしか出来なくなる。


 リーパー達は、骨が核であり、何も壁抜けが出来る訳では無い。


 そうなると、ストラディゴスと同じ様に城内を移動する事しか出来ないので、狭い場所で一人で戦う事の地の利はストラディゴスにあった。


 戦場は、ストラディゴスが逃げて長く伸び、狭い場所ならタイマンになりやすくなってしまう。


 ストラディゴスは、剣だけでなく、城内の調度品から家具まで、あらゆるものを武器にして、リーパー達を次々と破壊する。

 剣での斬撃よりも、鈍器による衝撃の方が骨には効果があった。


 それでもリーパーはすぐに元に戻るし、痛みも無い。


 でも、バラバラに潰されれば修復するまでの何秒間かは意識が途切れ、動けなくなってしまう。


 あくまでも、骨と言う核を中心に存在しており、頭蓋骨を叩き割られれば疑似的に頭を潰されたような状態になってしまうのだ。

 死なないし痛くないので、怖くも無いが、潰れれば思考自体が出来ないのだ。


 さらに、死の宣告によって呪われていないストラディゴス相手では、流れ出る呪いの霧を追えず、目で追うしかない。

 頭を潰されて目覚めると、リーパーは騒ぎの方に飛んでいくしかなく、攻めあぐねていた。




 * * *




 ストラディゴスは、逃げ回りながらも考えていた。


 このまま持久戦になれば、負けるのは自分である。

 城からも逃がしてくれないとなると、ヴェンガンをどうにかしなければ、いずれ捕まってしまう。


 ストラディゴスは、リーパーを退けながら、この窮地を脱する作戦を立案する。




 ヴェンガンの家族である。

 卑怯などと言っていられない。

 大勢で寄ってたかって襲ってくる相手に、正々堂々も何も無い。




 これだけ城内に、奥方の肖像画が飾られているのだ。


 もし人質に出来れば、ヴェンガンとの交渉の余地が生まれるかもしれない。


 絵画のおかげで奥方の顔は分かる。

 あとは居場所である。


 居場所が分からなければ、どうするか?


 そんな物、誰にでも良いから聞けばいいのだ。




 ストラディゴスは、ストラディゴスとリーパー達の争いから逃げ遅れた奴隷をさらう様に捕まえていく。

 そうやって奴隷を抱えたままリーパーから逃げつつ、話しを聞いていくのだ。


「お前、伯爵の家族の居場所を知らないか!」


「ひいぃぃ、どうかお助けを! 伯爵様に家族なんていません!」


 どの奴隷も巨人にひっつかまれるとパニックを起こし、そんな事を言う。

 ストラディゴスは話にならないと奴隷を安全そうな部屋に解放すると、次の奴隷、次の奴隷と逃げながら話を聞いて行く。

 だが、どいつもこいつも同じ事を言う。


 伯爵に家族はいない。

 見た事も無い。




 肖像画の人は知らないと。




 * * *




 ヴェンガンの弱点が他に思い浮かばなかった。

 ストラディゴスは、奥方らしき人物が故人の様だと期待が外れると、そこで策は尽きてしまう。


 気が付けば、一階の船着き場へと降りて来ていた。

 ストラディゴスが木箱で運ばれてきた場所である。


 水中に逃げれば、呼吸がいるようには見えないリーパーに分があるだろうし、立体的に囲まれるのは絶対に避けたい。

 空を飛ぶリーパーから逃げられる様な速さの船が、この世界にあるわけも無い。

 唯一の陸路である城内からは、追手の気配が近づいてくる。




 仕方が無く隠れる様に地下へと続く階段を下りて行くと、そこは地下にある監獄であった。

 突然の侵入者に慌てた看守を一撃で伸し、どうやら他に見張りはいないようだと進んでいく。


 すると、広大な牢屋の中には囚人がギッシリとつめられ、絶望に染まった視線がストラディゴスに突き刺さった。


「おいあんた!」


 囚人の一人が、ストラディゴスに話しかけて来た。

 それは、いつぞやの背の高い盗賊であった。


 左手の小指が壊死して黒くなり、身体中傷だらけになっている。

 男には、両耳も無かった。


「ここから出してくれ!」


 ストラディゴスは、無視して奥に逃げようと走っていく。


「待ってくれ! あんたの仲間の奴隷! あの子の居場所を知っている! 本当だ! ここにいる! このもっとずっと先だ! 嘘じゃねぇ! 俺なら居場所が分かる!」


 必死の背の高い盗賊の言葉に、ストラディゴスは足を止めた。


「ルカラが……捕まってるのか!?」


 ストラディゴスは、自分が疫病神だと見捨てたルカラが、伯爵から五年も逃げ続けていたルカラが、自分と別れてすぐに伯爵に捕まったと言う話が信じられなかった。


 ルカラなら、どこかに身を隠すと思っていた。

 また、誰かを利用して生きようと試みると、そう思っていたのだ。




「違う! あの子は、自分で戻ってきたんだ」


「どう、して……」


 ルカラの言葉を思い出す。

「私だってアヤメさんを助けたいんです!」

 確かにそう言っていた。


 ストラディゴスは、ルカラが彩芽を助け出そうとフィデーリス城に来てしまった事が、確信めいて分かってしまった。

 ルカラは、自分の出来る方法で彩芽を助けようとしていた。

 ルカラには、これしか手段が残されていなかったのは、明白だ。


 自分が追い詰めた。

 ストラディゴスの中に、ザラザラとした罪悪感が芽生えた。


 背の高い盗賊は、ストラディゴスの考え等知る由もなく、答える。


「そんな事俺が知るか! あんたの女の奴隷だろ! 伯爵は、あんたの女を拷問する為に、あの子に拷問官をやらせようとしてるんだ! この指も耳も、あの子にやられた! ここにいたら俺は殺されちまう! 何でもする、ここから出してくれ! 頼む! あの時は悪かった! もう、仲間が一人、ザーストンが伯爵に殺されちまってるんだ! あいつは完全に狂ってる!」


「……俺も伯爵に追われている。そこの通路以外で、他に逃げ道はあるか?」


「ある! 闘技場まで続く道がある! 案内ならする!」


 ストラディゴスは、剣で檻の鍵を一刀のもとに切ってみせた。


「下手な事はするな。早くしろ。まずはルカラの所にな。あいつがアヤメを拷問するためにってのは、どういう事だ?」


「あの子は伯爵に無理やりやらされたんだ。この指も、耳も、伯爵から俺を助ける為に。伯爵は、あんたの女をあの子に拷問させるって、俺は、それぐらいしか知らない」


 背の高い盗賊が、檻から出ると一緒に入れられていた囚人達も「恩に着る」と、どんどんと逃げていく。

 皆、闘技場に続く道を知っているらしく、そちらに向かって流れていった。


「おい、何してる。さっさとルカラの所に案内しろ」


「待ってくれ!」


 背の高い盗賊は、壁にかかっていた牢屋の鍵を掴むと、檻の一つに駆け寄った。


「ゾフル、すぐに出してやる。一緒に逃げるぞ」


 背の高い盗賊が、ゾフルと呼んだ小柄な盗賊が入れられた檻を開けると、ゾフルの両足は腱が切られていた。

 背の高い盗賊は、その自由に歩けない小さな体を背負った。


「俺はもうだめだ……マリードだけで逃げてくれ」


 ストラディゴスは、マリードからゾフルを取り上げると、黙って脇に抱えた。


「あんた……」


「お前じゃ足が遅くなる。とっとと案内しろ」


「あ、ああ。すまない」


 マリードと呼ばれた背の高い盗賊は、他の囚人に牢屋の鍵を渡し、ストラディゴスをリードして監獄を案内し始めた。

 次々と囚人達は逃げだし、その殆どが先に逃げた者を追って群れを作っていた。




 * * *




「ここだ」


 マリードが連れて来たそこは、拷問部屋であった。

 中からはうめき声が聞こえてくる。

 静かに扉を開けると、広い部屋の中には拷問器具が並んでいる。


「見習い、この臭いを覚えろ。人の肉が焼ける良い臭いだ」


 拷問官は、目を背けているルカラの横で、やたら親切に拷問を、まるで弟子に教え込む様に気持ちよさそうに語っていた。


「うう~ん。実に良い焼き色が付いてきた。焼き鏝には、二つの道がある。行きの道と、帰りの道だ。良いか? 鏝を押し当てて焼ける火傷の痛みが、行きだ。温度が低いと意味がないし、高すぎても上手に焼けない。帰りの道は、鏝を剥がす時だ。ここで、鏝に皮が張り付いて一緒に剥がれ落ちる。すると、火傷に空気が触れる。一流になりたいなら、焼き加減も大切だが、鏝の剥がし方にも気をつけるんだ。苦しめてやりたければ、油は塗るな。相手を労わるなら、油を増やせ。その方が綺麗に焼ける。さあ、次はお前が実際にやってみろ。ああ、それと、ゆっくり端から剥がせば痛みは長引くが、綺麗に剥がしやすいし、治ったらまた焼ける。まっすぐに一気に剥がせば、皮が焼けていない部分まで引っ張られて血が出てしまう。身体の部位によっても、焼き方、焼き時間は変わってくるし、天気にも左右される。ゆっくりと、練習を重ねて、一つ一つ学んでみなさ……」


 ストラディゴスが剣を構えて中へと入ると、そこでは本職の拷問官が猿轡をされた囚人の背中に焼き鏝を当てている真っ最中であった。


「動くな」


 ストラディゴスの声に、拷問官は部屋に入ってきた覆面の巨人に驚いて、焼き鏝を床に落とした。

 鏝を当てられていた囚人は、背中の皮ごと鏝が剥がされ激痛にうめいている。


「なんなんだあんたは!? どこから入った! 看守ぅ~っ!!!」と拷問官はヒステリックに叫んだ。

 ストラディゴスは、面倒そうだと頭を殴って黙らせてしまう。


「ストラディゴスさん?」


「ルカラ、こんな所で何をしてる」


「ストラディゴスさんこそ……私は、ただ、アヤメさんを、殺さない引き換えに……ここで仕事を……」


「あのサイコ野郎に、何を言われた。自分で来たのか?」


「ええ。伯爵は、私がアヤメさんに拷問し続ければ、二人共殺さないと……」


「そんな条件を飲まされたのか!?」


「逆らえなかったんです! 逆らえばアヤメさんを、すぐにでも殺すって脅されて……ストラディゴスさんこそ、なんで……アヤメさんを助けに来たんですよね! アヤメさんは!?」


「確かに、その為に来た。だが、伯爵の言う事が本当なら、アヤメは、ここにはいない」


「じゃあ、私は、伯爵に騙されて? 待ってください、それならアヤメさんは、まだ地下を逃げてるんですか!?」


「わからない……わからないが、ルカラ、一緒に逃げるぞ。お前をこんな所には置いておけない」


「……ストラディゴスさん、私は、行けませんよ」


「なんでだ!? アヤメがここにいないのに、お前がいる意味は」


「私が伯爵に逆らうと、誰かがまた死ぬんですから。ストラディゴスさんの言う通りでした。アヤメさんに会えたら、謝っておいてください。迷惑ばかりかけて、ごめんなさいって」


「お二人さん、急いでくれ」

 マリードが急かす。

 外が騒がしく、囚人達の集団脱獄で城内が騒ぎになっている様であった。

 この混乱に乗じれば、十分に逃げられる。


「ルカラ……」


「ストラディゴスさん。私は、カーラルアです。呪いを運ぶ奴隷で、ここがお似合いなんです」


 そう言うと、ルカラは寂しそうに笑った。

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