第42話

 ストラディゴスは地下通路を出ると、作った地図とエドワルドの遺体をエドワルドの仲間に託した。


 潰れた浴場の大きな乾いた浴室の中。


 エドワルドの部下達は、ボスの亡骸を囲む。

 殆どの者が無力感から、遺体を前に放心状態であった。

 人目も気にせず泣き崩れる者もいる。




「あんたは、これからどうする」


 酒場で会ったエドワルドの側近らしき部下が、ストラディゴスに聞いてきた。


「連れをさらったのも、エドワルドを殺したのも、ヴェンガンの仲間だ。奴の城に乗り込む」

 ストラディゴスは、ブルローネから持ってきた物と、馬車の上で無事だった装備を装着し、戦に出る準備を整えている。


「あんた、なんでヴェンガンだってわかったんだ?」


 場の空気が凍り付いた様に緊張したのを、その場の全員が感じた。


「俺の連れが、奴に呪いをかけられた。恐らく、その呪いのせいで奴の仲間が……」


「あんた、ボスは、エドワルドさんはそれじゃあ、あんたの連れを逃がす為に、リーパーに殺されたってのか」


 エドワルドの側近の言葉に、エドワルドの亡骸を囲んでいた無法者達の中に、殺意が沸き上がった。


 ボスは、どこの誰とも知らない女を逃がそうとして殺された。

 巻き込まれただけ。

 しかも、逃がしきれなかったとあっては、完全な無駄死に。


「あんたら、何なんだ。ボスの古いダチか?」


「そうだ。エドワルドとは戦場で背中を預けあった戦友だった。エドワルドは俺の女を逃がそうとして殺された。あんたの言う通りだよ」


「あんた、名は?」


「ストラディゴス」


「あんたが、噂の団長殺し……あんたの大勢いる女の一人を逃がして、ボスは死んだってのか」


「……そうだ」


「ふざけてるのか! あんたダチ殺されて涙も流さないのか!」


「俺が泣くとしたら、仇をとってからだ」


「…………あんたなら、とれるんだな? 軍隊とリーパーを相手に、戦うって言うんだな?」


「命に代えても、奴の首をエドワルドの墓に」


 ストラディゴスの言葉を聞き、エドワルドの側近は全員に見え、聞こえる様に浴場に備え付けられたサウナにある様なベンチの上に立った。


「お前ら、よく聞け! ボスは、ダチの、このストラディゴスの為に死んだ! 伯爵に殺されたんだ! だがな、こいつをボスに直接謝らせにやっても、ボスは喜ばねぇ! ボスの為に俺達は何が出来る!」


「敵討ちだ!」「伯爵を殺せ!」


「そうだ! ストラディゴスは命に代えても伯爵の首をとると言った! お前ら聞いてただろ! それなら、俺達はボスの為に、それを手伝うしかない! そうだよな!」


 エドワルドの側近は、密輸組織のナンバー2だけあり、その場にいる部下全員をまとめ上げ、ストラディゴスに向かっていた殺意を伯爵へと向きを変えてしまったのだった。

 敵討ちだと盛り上がる部下達をしり目に、側近はベンチから降りるとストラディゴスの前に立つ。


「モサネドだ。あんたを伯爵の近くまで連れて行ってやる」


「どうして……」


「ボスがあんたを気に入ってたのは、ここにいる全員知っている。ボスがあんたの女を救おうとして死んだのなら、救ってやらなきゃ、ボスが浮かばれねぇじゃねぇか……あんたの為じゃない」




「連れて行くって、城の裏口でも知ってるのか?」


「あんた、俺達を何だと思ってる?」




 * * *




「逃がしただと!? 頭から花を咲かせたバカ女一人捕まえられないのか! この役立たずが!!」


 フィデーリス城の地下牢ではヴェンガンが、リーパーが彩芽を取り逃して帰ってきた事に怒り狂っていた。


「どうかお許しを、主様。思わぬ邪魔が入って」


 リーパーは、何人もの人の声が重なった様な聞き取りづらい声で、怯える様に言い訳をする。


「咎人の分際で口答えするのか! ならば、望み通り牢に戻してやろう! 貴様の代わりなどいくらでもいる!」


 地下牢の中を見ると、生きた人間は誰もおらず、白骨死体が一室に一体転がっている。


「お、お許しを! (死の)宣告を受けた女が下水道に逃げたので、追ったのですが、俺とは別の死人が女をさらって」


「別の? ははぁ、そう言う事か。過去の亡霊め、墓守の分際で、まだ私の邪魔をするのか……それよりも、あのバカ女、奴の知り合いだったのなら、遊ばずに殺しておけば……」


「そいつは壁の外でも動けて、俺では追う事が出来ず……」


「あれは私の魔法とは、また別物だからな。そうか、あれが墓から出て来るとは、珍しい。何十年ぶりだ? それほどまでにバカ女が大切なのか? あの盗人の事が……」


「主、様?」


「女を取り逃した罪、貴様には苦痛を持って償って貰わなければならないが、あいつめ、そうか、今度は下水道から……奴には相応しいが、どうやって入ったのだ? 出入りは誰にも出来ない筈……」


「それが、下水道の下に、横穴が」


「なんだと!? すぐにその穴を埋め、奴を閉め出せ。くそぉ、いつの間にそんな物を……それと、ストラディゴスとか言う女の連れがまだ町にいる筈だ。見つけたら生かして捕えろ。使えるかもしれん」


「生かして、ですか? ああ、ですが、穴の方は女をさらった死人の仲間がもう塞いじまったようで、埋めるにしても時間が……」


「ならグズグズするな! 全員でかかれ! 愚か者が!!」


 ヴェンガンが命令をすると、牢屋の中に数十を超えるリーパーが一斉に起き上がり、檻の扉が解放された。




 * * *




「あの……ここは……」


「アダマス王家の墓、と言って、お前は恐らく知るまい。人族ではな」


「王家の墓って、ピレトス山脈の亡国の王墓?」


「なんだ、多少は物を知っておる様だな」


 ライターの明かりだけが彩芽の周囲を照らす中、彩芽は得体のしれないマントを着て鎌を持った赤い瞳の何かが墓場だと言う場所を歩いていた。

 自らを死を統べる者と名乗った、それが何なのか、彩芽は分かっていた。


 ソウルリーパーとストラディゴスが言っていた、マルギアス王国によって二千万フォルトの懸賞金をかけられている怪物である。


 しかし、彩芽を追ってた同じ様なリーパーから助けてくれた上に、普通に話しが通じる。

 怪物と言う感じは、あまりしない。




 最初に「なんで、私を助けてくれたの?」と聞くと「助けたかった訳では無いが、助けを求められれば助けぬわけにもいくまい」と答え、その後も聞けば答えてくれる。




「しかし、一つ間違っておる。亡国と言ったな。 ここに、まだ侵攻に抗う国がある。生者がいないとしてもな。我らは王の帰還を待っておるのだ」


「王?」


「裏切り者ヴェンガンに捕らえられし、ミセーリア・アダマス。フィデーリス王国の真の主だ」




 彩芽が死を統べる者を名乗るリーパーに連れて来られたのは、広大な地下空間に作られた神殿であった。


 上を見ると、遥か上に網目状に光が差し込んでいる。

 どうやらピレトス山脈とは、テーブルマウンテンと呼ばれる卓状山の集合体らしい。


 外から見た時は、頂が雲で隠れている巨大な山脈でしか無かった。


 だが、その内部は、天井が網目状に崩落し、地下には広大な大空洞があり、そこに神殿が建てられ、荘厳な空間となっていた。


 ただし、所狭しと無数のスケルトンが石を切り出して彩芽が今しがた歩いてきた通路へと運んでいた。


「あの、あの人達は何を?」


「彼らを人と呼ぶか、面白い奴よ。聞けば泣いて喜ぶぞ。泣けぬがな」


「え、あの……」


 リーパーなりの冗談だったが、彩芽はまったく笑えない。


「まあいい。フィデーリス王国は四百年もの間、フィデーリスの名を汚し続けるあの男、ヴェンガンから王と国を取り戻す為の戦いをしておる。あれはその一環、攻め込む道を作っておるのだ」


「あ、あの、私、町に帰らないといけなくて、待ってる人が」


「我も、町に行くぞ。機は熟したのだ。積年の恨みを晴らす時よ。それより、そんな霧を身体から出していては、目立って仕方が無かろう。そいつはヴェンガンの魔法だな? いつまでも進歩の無い上に、なんとも品性の無い。取ってやるから、こっちへ来るがいい」


「え、とるって、呪いを? 出来るんですか?」


「当たり前だ。我を誰と心得る。フィデーリス王国一の魔法使いである」


「あの、おいくらぐらいで?」


 エルムは相談だけで一千フォルトだった。

 呪いを解くなんて、いかにも金がかかりそうである。

 しかし、リーパーは赤い目を細めて、おかしそうに笑いながら答える。


「何を言っておる。奴の嫌がる顔を見れれば、それで十分よ。むしろ、お前に金を払ってやりたいぐらいだわ」




 * * *




 そこは、城の拷問部屋であった。


「伯爵様、どうか、お慈悲を……」


「咎人の分際で許しも無く話しかけるなっ! だが、まあ良い。新しい拷問官の腕前はどうだ? 気にいってくれたか?」


 椅子に全裸の状態で、首、手、足を固定され、血まみれで泣き叫ぶ一人の男。

 彼は、ルカラを捕えようとしてエドワルドに兵士の詰所へと引き渡された、盗賊の一人。

 背の高い男であった。


「カーラルア、練習だ。殺さない様に、痛めつけるんだ」


「やめてくれ! やめっもがっ!? んんんんっ! んんん!」


 本職の屈強な拷問官が背の高い男に猿轡をかけ、ヴェンガンが嬉しそうにルカラに指つぶし機を手渡す。


「使い方は分かるか? わかるよな? なんども見せて貰ったはずだ。ここにどの指を挟む? 一本か? 全部一気に挟むか? それとも、別のものを挟んでみるか?」


 ヴェンガンは、背の高い男の股間を見た。


「伯爵様、これ以上は……どうか、この人が本当に死んでしまいます」


「カーラルア、指が無くなっても死なないから安心するんだ。こっちが無くなってもね。それに、練習でうまくなっておかないと、お前の大好きな女の番が来た時に、誤って殺してしまうかもしれない。それは嫌だろ?」


「伯爵様……お願いです。鞭打ちでも何でも受けます! だから!」


「いいからやれ!!! お前が、十秒以内にこの男の何かを一本でも潰さないなら、この場で殺す。十、九、八……」


 ルカラは男の目を見た。


 椅子に縛り付けられ、猿轡をはめられた男は、必死に左手の小指を立てる。


 いいから、やってくれと目で訴える。


「三、二……」


 ルカラは男の指を装置に挟むと、挟み込む物を締めあげる為のネジを回し始めた。

 男が猿轡越しに絶叫して痛がると、ヴェンガンは男と同じ様な辛い顔をしながらネジを震える手で回していくルカラを見ながら勃起していた。


「やれば出来るじゃないかカーラルア。この男から痛みが引くまで、次はこの男で練習だ」


 そこには、背の高い男と同じ様に、全裸で椅子に固定された、背の高い男と一緒にいた小柄な男がいた。


「カーラルア、この男のどこを壊して練習したい?」

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